第34話 歪
「クシマ……てめぇ」
額から脂汗を流し、押し寄せてくる胃内容物を必死に堪える。
「おにいちゃんたちは詰めが甘いなー」
耳までおかしくなったのか、やけに甘いクシマの声が頭の中でグルグルと回った。
「鞘のおにいちゃんはお金を払うことにも殺すことにも躊躇ってるし、剣のおにいちゃんは自分のことしか考えてないからクシマ的な能力を見誤ってるし」
「なんだと。どういうことだ」
「その気になれば柄からもクシマ的な病気にさせられるだよー。もっと早く気づいて欲しかったなー。クシマ的にはおにいちゃんたちの愛が足りないのー」
ヴィオラがクシマと口論を始めた。でもその内容が全く入ってこない。
泣き出しそうな顔のライハから『紅縞』の鞘を受け取り、弱々しく握る。
「どっちが早く立ち上がってクシマ的抱擁をしてくれるのかなー? それとも、おにいちゃんたちはこのまま死んじゃうのかなー? でも、そんなはずはないよね! だって勇者なんだもん!」
ヴィオラを押し倒し、僕とライハが一緒に持っている鞘を蹴り飛ばしたクシマはミニスカートを翻しながら僕の目の前にしゃがみ込んだ。
「ほらほらー。クシマ的なパンツを見て元気を出してー。自信を持って良いよ! 鞘のおにいちゃんは即死でもおかしくない病気なのにまだ生きてる。まだまだ頑張れるね!」
同じようにナガリの方へ向かったクシマの背中を見上げていると怒りが込み上げてきた。
死ぬほど心臓は痛い。
今の状況で動くとマズいことは理解しているつもりだけど、このままクシマを放っておくわけにはいかない。
震える足で立ち上がり、ヴィオラとライハに肩を借りながら歩き出す。
クシマは何も言わず動じずに僕を待っていた。
「剣のおにいちゃんに二回勝ったからっていい気になってたんでしょー。不殺なんてイキったことしてて刺されるとかざっこ。その服返してきたらー?」
パンッ!!
「? ぇ? え??」
「いい加減にしろよクシマ! お前は自分の能力の使い道を分かってない! クシマは確かに強い! だけどドクタャブもナガリもお前を使いこなせていない!」
熱を帯びる頬を押えるクシマは信じられないと言ったように絶望的な顔で僕を見上げる。
「そこにお前の鞘が転がっているだろ。そいつを拾って持ってこい」
「え? なんで、クシマ的に――」
「黙って従え」
もう一度、手を上げると体を強ばらせて逃げるように鞘を取りに行き、小走りで戻ってきた。
「僕の病気を治せ。クシマ的治療なら治るんだろ?」
「は、はぁ? この鞘があれば自分で治せるんでしょー? 自分でやれば!?」
「手荒な真似はしたくないんだ。早く治せよ」
強がっていてもクシマの瞳は揺れ続けている。
もう戦意は削がれているはずだけど、元々の性格で口から出任せを言い続けているに違いなかった。
「次はナガリも治すんだ」
「どうして? 剣のおにいちゃんを生かしてもまた刀を奪いに来るよ」
「それでも命を奪って良い理由にはならない。クシマは医者の助手だったんだから、もっと命の重さを知るべきだ」
無事に僕もナガリも一命を取り留めた。
結局、クシマは僕たちに大金を払わせたり、同時に病気にしたり、一体何がしたかったんだろう。
「鞘野郎。てめぇ、なんで動けた?」
「さぁ、なんでだろう。鞘を持っていたからかな。そんなことはいいから、争いを止めよう。クッシーロやオークション会場の人たちを襲ったことは許せない。でも、僕はきみを無闇に傷つけたり、殺したくはない。僕が十本の刀を集めるから一緒に元の世界に帰ろう」
「ぐっ。お前の情けなんていらねぇ」
「僕たちが来たから世界が狂い始めたんだ。500年前の勇者も僕たちもこの世界にとっては異物なんだよ。ここに居てはダメだ」
「うるせえ。俺は元の世界に未練なんてないからよ。帰るなら一人で帰りやがれ」
立ち上がったナガリはクシマのことも無視して歩き出した。
「剣のおにいちゃん? クシマを持って行かないの?」
「お前みたいに煽ってきて、所有者を病気にするようなクソガキなんていらねぇよ。鞘野郎と仲良しごっこでもやってろ」
ナガリを取り押さえるべきだ。
しかし、足を踏み出した僕の腰にしがみついたクシマが黙って首を振る。
「離してよ、クシマ。ナガリを放置できない!」
「ダメだよー。この世界は刺した奴が悪いんじゃない。刺された奴が悪いんだよー? 結局、アリサの言った通りになっちゃったねー」
「アリサ!? アリサ皇女が何か仕組んでいるの?」
「んふふー。そんなことより、クシマ的には弱い人間に使われる気はないから誰にも負けないでよねー」
悪戯っ子のように微笑むクシマにごまかされた。
「なんなんだよ、まったく。自由でありたいなら好きにすればいい。でも、きみが悪に手を染めるなら何度でも頬を叩く」
「剣のおにいちゃんは傷つけたくないって言ってたくせにー」
そう言いつつも擬刀化した葬刀『紅縞』を漆塗りの上からまだら模様が施された鞘に納める。
しかし、スキル『契約』は発動できずクシマとの間には縁が生まれなかった。
「後味は悪いけど、これで元鞘か」
もう慣れてしまったが、いつものように脳内に数々の情報が開示された。
葬刀『紅縞』
多様性に主眼を置いて創られ、"病死"を象徴としている。
先端に触れた相手を病気にする刀。即死疾患から慢性疾患までランダムで罹患させ死に至らしめる。
もう一度、刺せば完治させることが可能。しかし、元々の病気を治すことは不可能。
「クシマも大人しくなったし、アリサが来る前に帰るわよ」
「アリサ皇女に事情を聞きたい。いくらなんでもやり過ぎだ」
「ダメよ。次の仕事の依頼が入っているでしょう。このままクッシーロに帰るわよ」
「え、でも……」
「ヒワタに怒られたくないもの」
後ろ髪引かれる僕の手を掴んだライハの瞬間移動が発動する。
僕はモヤモヤした気持ちを抱えたままクッシーロへと帰還してしまった。
葬刀『紅縞』、収集完了。




