第30話 クッシーロ強襲
「んっ」
眉間に皺を寄せて瞼を開いたライハは異変に気づき飛び起きた。
「落ち着いてライハちゃん。あなたは助けられたのですよ」
「……ヒワタ。それに鞘の勇者」
「無事で良かった」
岩から閃刀『雷覇』を抜いた瞬間から嵐は止み、ブリッツマウンテンの山頂にも晴天の空が広がっていた。
「まだ本調子じゃないと思うけど、何があったのか教えて欲しいんだ」
「あいつがあたしを捨てた。首輪をつけたまま封印して、誰も岩から抜いてくれないって。もう二度と朝日は拝めないって」
震える声で語り出したライハをヒワタが抱きしめる。
ボーイッシュな見た目で少し口が悪い子かもしれないけど、中身は普通の女の子だ。
あんな所に置き去りにするなんて信じられない。
「クッシーロへ帰ろう。ライハの首輪を外す手段を探さないとね」
彼女の首輪から伸びる鎖は途中で切れているけど外れる気配はない。
僕はおそるおそる立ち上がったライハの手を引き、宿屋の外へ出た。
「眩しい」
「きみはこれからも朝を迎え続ける。僕が保証するよ」
ライハが手を握り返してくれたことで僕も少し救われた気がした。
「あたしを鞘に納めないの?」
「それはきみ自身が決めることだ。ヴィオラもヒワタもセンナも自分の意志で僕の仲間になってくれた。僕は無理矢理に収集したりしないよ」
今はライハを安心させることを優先したい。
一度、家に戻って態勢を立て直してからナガリについて考えよう。
身支度を終えた僕たちはクッシーロ領へと向かい始めた。
ライハは一歩下がってついてくるヒワタの隣を無言で歩き続けている。
「サヤ様、少しお休みになりますか?」
「大丈夫だよ。なんか嫌な予感がするんだ。胸の奥がざわつくような。気持ち悪い」
額の汗を拭いながら歩き続けていると一本の糸が木に巻きついていることに気づいた。
いつからあった?
もしかして僕はずっと見過ごしていたのか!?
これはセンナの糸だ。
まだクッシーロまでは距離があるのに、ここまで届くのか。
「センナちゃんが何故ここまで」
「クッシーロで何かあったんだ。早く戻らないと」
しかし、帰りたくてもすぐには帰れない。
「あ、あのさ。あたしがやろうか? クッシーロは行ったことがないし上手にできるか分からないけど。座標がずれてもいいなら転移に近いことはできるけど」
「ほんと!? じゃあ、すぐにお願い。僕たちはどうすればいい?」
「本当にいいの? 人間と一緒に使うのは初めてだから失敗するかもしれないけど」
「大丈夫! ライハを信じるよ」
右腰に寒刀『氷綿』を納めてライハの手を握って目を瞑る。
言われた通り、クッシーロ厚生施設を強くイメージした。
バチバチバチ!
体の中に電気が入ってくるのが分かる。
ライハの体と溶け合って一つの雷になるような不思議な感覚だ。
「終わったけど、ここであってる?」
ライハの声を聞いて目を開けるとそこはクッシーロ更正施設から少しだけ離れた場所だった。
「なにこれ!? すごい! 座標も完璧だよ」
まだ電気風呂に浸かっているような感覚は抜けないけど、感電している様子はない。
この距離ならヴィオラを感じることができるはずだ。
『助けて』
目を見開き、走り出す。
ヴィオラが助けを求めている。嘘をついている感じでもないし、本格的にピンチなんだと確信した。
「サヤ様!」
ヒワタが地面を凍らせて、氷で造形したスケート靴を靴の上から履かせてくれた。
僕たち三人はスピードスケートの動きでクッシーロ更正施設を目指す。
「サヤ殿ぉ。お家を守れなくて、ごめんなさいでござるぅ」
「何があったの!?」
「センナの包囲網にも穴があって、水道管から敵に侵入されたでござるよぉ!」
「なんだって!?」
そんなスライムみたいなモンスターがこの世界には存在しているのか。
僕は出会ったことないけど。
「ヴィオ殿が! 中にまだヴィオ殿が!」
「えぇ!? 中はどうなっているの?」
「水道管から溢れ出た水で建物が浸水したでござる。全部の扉が閉じてしまって中に入れないでござるよぉぉ」
難攻不落のクッシーロ監獄の名残が悪い方向に働いてしまったわけか。
まだヴィオラが施設の中にいるなら溺れてるってこと!?
悠長なことはしていられないじゃないか。
「ヴィオ殿がいち早く音の変化に気づいて避難誘導してくれたけど、警備システムが作動してヴィオ殿だけ閉じ込められてしまったでござるぅぅぅ!」
「裏の通気口から入るしかない。センナ、僕が通れるくらいまで入り口を切っておいて。ヒワタは施設に繋がる水道管を辿って敵がいないか見てきて」
「あ、あたしもなにか手伝えない?」
「そうだな。あ! じゃあ一つだけ」
ライハに耳打ちしてからヒワタに向き直る。
「水を外に放出させるから町の人たちも避難させるんだ。トゥリョウさんにも知らせて!」
三人に指示を出し、擬刀化した『繊那』を鞘に納めて通気口から施設内へ入ると天井近くまで水が迫っていた。
ヴィオラどこにいるんだ。返事をしてヴィオラ。
微かな感覚を頼りに何度も潜っていると床の上に横たわる彼女を発見した。
抱きかかえて浮上し、水面から顔を出す。
「ぷはッ! ヴィオラ! しっかりして!」
頬を叩いても反応がない。
「どうすればいい!? やっぱり人工呼吸か」
実際にやったことはないから方法が合っているのか分からない。
それでも躊躇っている暇はなく、必死に空気を肺に送り込んだ。
「あなた……?」
「ヴィオラ! 良かった!」
初めて自分から女性を抱きしめてしまった。
ヴィオラはまだ意識が朦朧としているのか僕の方を見上げている。
「今のってキス?」
「ちがっ! 人工呼吸っていう救命方法だよ!」
「……助けてくれてありがとう。あなたの声、聞こえてたよ」
僕の後頭部にヴィオラの手が回り、引き寄せられると唇に柔らかいものが触れた。
この前みたいに指ではなく、しっかりと唇同士が触れ合っていた。
「な、な、なぁ!?」
「今のってキス?」
「あ、えっと、いや。その、うん。そうだと思う」
「やった」
弱々しく笑顔を見せてくれるヴィオラの腕が水の中に沈んでいく。
「擬刀化して鞘の中に入ってて。地上まで連れて行くよ」
「でも、水が……」
「大丈夫。センナが一緒に来てくれてる」
僕は右腰の糸刀『繊那』の柄をポンと叩く。
「必ず生きて帰るよ」
鞘に納まったヴィオラを確認してからセンナに扉を切り刻むようにお願いする。
さすが斬死を象徴としているだけあって切れ味は抜群だ。




