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第26話 一石三鳥

 ベッドの上で横たわる元クッシーロ領主の男性は呼吸するだけでも辛そうにしている。

 心配そうに寄り添うセンナの隣にしゃがみ込み、少しでも安心できるように微笑みかけた。


「じゃあ、治療してみるね」


 閃刀せんとう雷覇らいは』の鞘は彼女の雷撃を完璧に防いでくれた。

 だったら、葬刀そうとう紅縞くしま』の鞘はクシマが罹患させた者を治すことができるんじゃないか。

 僕はわずかな可能性に賭けて、男性の腹にクシマの鞘を突き立てた。


「ぐぅ」


 小さな声でうめき始める男性の顔色をうかがいながら全身に鞘を押しつけては離してを繰り返す。


「ん!? 息が楽になったぞ」


「主殿!?」


 もう一息だ。

 やっぱりクシマの鞘でもクシマ的治療が可能だったんだ!

 この男性が何の病気なのか分からないけど、センナも喜んでいるし良かった。


 寝たきりの期間が長かったのなら起き上がることも辛いだろう。急いで話を聞くこともないし、気長に回復を待てば良い。

 その間に僕は溜まった書類を片づけることにした。


 それから三日後。

 一人で起き上がれるようになった男性は深く頭を下げて感謝の言葉を述べてくれた。


「取引をしましょう」


「俺にできることはならなんでも言って下さい。命の恩人である大将に一生従います」


 ォショウさんのサヤマ卿も恥ずかしいけど、大将って呼ばれるのもむず痒い。


「では、トゥリョウさん。あなたにクッシーロ領主の役職をお返しします」


「「は、はぁ!?」」


 驚きの声を上げたのは当事者であるトゥリョウさんとセンナだけで、ヴィオラやヒワタは眉一つ動かそうともしない。

 僕の心が読めるヴィオラはともかく、ヒワタもこの展開を予測しているとは恐れ入った。

 そんなに僕って分かりやすいのかな。


「うまく政務から逃げるおつもりですね」


「ま、まさか! 元領主さんの方が僕よりも上手にやってくれるよ」


「あらあら」


 口元を手で隠すようにお上品に笑うヒワタの隣ではヴィオラが瞳を輝かせていた。


「表向きはあの男に任せて、あなたは裏から手を回すのね!」


 うっとりとするヴィオラが僕の腕に絡みつく。


「クッシーロ監獄もないし、俺が領主をしていた頃とは全然違いますよ。それに皇帝陛下以外がそんなことしていいのか?」


「僕が不在のときだけですから大丈夫なはずです」


 トゥリョウさんが大きな手のひらで顔を覆う。

 喜んでくれているようで何よりだ。


「別に好き勝手やらせるわけじゃないわよ。不在時とはいえ最終決定は委ねてもらうわ。あなたはお膳立て役ってこと。全ての功績は主人のものよ」


 ヴィオラがとんでもないことを言い出したが、僕としてはもしものときはクッシーロ領主として全権を委ねるつもりだ。

 後処理はアリサ皇女にお願いしよう。最近は人使いが荒いから多少のわがままは聞いてくれるはずだ。


「あらあら。ダメよ、ヴィオラちゃん。まずは能力を確認しないと。使えない駒なんていらないもの。サヤ様の負担が増えるなら氷漬けにしてしまいましょう」


 ニコニコしているけど、ヒワタの目は一切笑っていない。

 この人たち怖いんだよな。


「た、大将。俺はどうすれば?」


 すでに町人に話は聞いたし、ドクタャブよりも良いと言ってくれる人が多くて安心していたところだ。


「町人もトゥリョウさんのことが好きみたいですよ。ちなみにですが、クッシーロ監獄の管理はどうされていましたか?」


「俺はノータッチでした。監獄は皇帝陛下直轄だったし、典獄が仕切っていたから」


 僕は密かに胸をなで下ろす。

 トゥリョウさんもドクタャブのように悪い人だったら、どうしようかと思っていたからね。


「では、条件付きですが復権という形でお願いします。ただ――」


 僕はニヤリを笑う。

 今こそ本当の目的を果たそうじゃないか。


「センナをください」


「「っ!?」」


「センナの攻撃範囲の広さと警戒レベルの高さは非常に優秀です。クッシーロ領の防衛の要として協力して欲しい。いや、なによりもきみが欲しい」


 ん?

 センナが頬を染めてモジモジし始めたけど、僕は何か変なことを言ったかな。


「センナが欲しい、でござるか。そんなことを言われたのは初めてでござる」


 反対にヴィオラとヒワタの背後からはとんでもないオーラがあふれている。


「主殿はそれでよいでござるか?」


「あ、あぁ。俺だと使いこなせないからな。正しく使える人のそばにいた方がいい。今までありがとうな」


 二人の間には信頼関係が成り立っているのだろう。円満に解決して良かった。

 これでナイトオブクワットロとしての功績を残し、領主の仕事を減らして、刀を集めることができた。

 アリサ皇女がここまで想定した上で僕を派遣したのであればすごい切れ者だ。

 絶対に敵わない相手じゃないか。


 スキル『契約』は何度やっても発動できず、センナとの間に縁は生まれなかった。


「ダメか。なんとなくそんな気はしてたけど」


 しょぼんとする彼女の頭を撫でつつ擬刀化をお願いして、流れるような線の模様が施された鞘を取り出し、糸刀しとう繊那せんな』を納める。


「これで元鞘ってね」


 直後、いつものように脳内には数々の情報が開示された。


 糸刀『繊那』

 繋ぎ絶つことに主眼を置いて創られ、"斬死"を象徴としている。

 全てを繋ぎ合わせることも可能な刀。目視できないほどに細くした刀身を全方向に展開し、近づいた者全てを死に至らしめる。


「残酷だ」


「んにゃ!?」


「ごめん、ごめん。見えちゃうんだ」


 胸を両手で隠すような仕草にドキッとした。

 こんなに可愛い反応を示したのはセンナが初めてだからね。


 ヒワタと同じで僕の意思では刀を抜けないけど、センナの意思で刀と人の姿になれるらしい。

 見えないレーザートラップみたいなものだし、グロテスクな光景を見なくて済むなら格式奥義は使えない方が良い。


「さて、サヤ様。約束はお忘れではありませんよね」


「もちろん。じゃあ、トゥリョウさんはもう少し休んでいてください。官邸の執務室も自由に使っていいですからね。僕たちはクッシーロ更生施設に戻ります」


 呆然としているトゥリョウさんを置いて、僕たちが部屋を出て行くとセンナも一歩下がってついてきた。


「サヤ殿、どこへ向かうのでござるか?」


「お風呂だよ。ヴィオラとヒワタの体を手入れするんだ」


「なんと!? そ、それはセンナもでござるか?」


「いや、強制じゃないからね」


 こういうのは本人の同意が必要だ。

 浴室の扉の前でモジモジしているセンナは「うぅ」と恥ずかしながらも敷居をまたいだ。


 糸刀『繊那』、収集完了。

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[気になる点] 「クッシーロ監獄もないし、俺が領主をしていた頃とは全然違いますよ。 それに皇帝陛下以外がそんなことしていいのか?」 「僕が不在のときだけですから大丈夫なはずです」 大丈夫なわけない。…
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