表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/54

第10話 罪人を管理する悪人

※典獄=監獄の長


 僕はヒワタの言いつけを破って、クッシーロ監獄の門を叩いた。

 昨日の門番にアリサ皇女殿下から貰ったコインを見せつけ、恫喝する勢いで中へ押し入る。


 高い塀のある広場の真ん中には痩せ細った囚人を囲む看守たちと昨日の典獄がいた。

 典獄の手には見るからに冷たそうな一本の刀が握られている。


「では始めよう。罪人、エンザィを斬首刑に処す」


 典獄が刀を振りかぶり、死刑囚は固く目をつむる。

 彼がどんな罪を犯したのかは知らない。もしかすると本当に極悪人なのかもしれないけど、昨日の悲しげなヒワタの顔を思い出すと体が勝手に動いていた。


「やめろっ! その刀をこれ以上、悲しませる行為は許さない!」


「昨日の小僧か。早くつまみ出せ」


 僕の両腕を掴む看守たちの力が強すぎて振りほどけない。


「無礼者! 僕は皇女殿下の遣いだぞ!」


 その言葉だけで看守たちが力を抜き、僕は典獄に向かって叫ぶ。


「寒刀を渡せ! それは僕の刀だ!」


「何を馬鹿なことを。邪魔するなら貴様から切り捨ててやるわい」


 寒刀かんとう氷綿ひわた』の切っ先を向けられた途端、言い様のない寒気に襲われ、膝が震え始めた。


「……これが十刀姫の威圧感か」


「十刀姫? 何を言っている。貴様、何を知っている!?」


 突きの構えで腰を低く落とした典獄を睨みながらゆっくりと足を滑らせる。

 今はヴィオラの声が聞こえないから、自分の感覚だけで突きを避けなければならない。

 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』と同じで特殊な能力を持っているはずだから、避けても無傷では済まないかもしれない。


「奥義、月下氷尽げっかひょうじん


 典獄が短く息を吐いた直後、刀身が目の前に迫っていた。

 咄嗟にかわしたが、側頭部を掠めたのか髪が舞い散る。

 生温かい血液が頬を伝って流れ落ち、足元の雪を溶かした。


「よくかわした。だが次で仕留める。この寒刀『氷綿』が刺されば最期よ。体が凍り始め、じわじわと体温を削られて死に至る」


 典獄の言う通り、側頭部の傷は凍って塞がったのか既に出血は止まっていた。


「もうヒワタに人殺しはさせない! 僕の鞘に納めて二度と苦しませたりしない!」


「ハハハハッ! 刀なんてただの道具にすぎん。最後までおかしなガキだったな。アリサ皇女殿下には、このクッシーロの寒さに耐え切れずに凍死した、と伝えておこう。安心して逝け!」


「僕は死なない! ヒワタを寄越せ!」


 次の瞬間、心臓に鋭い痛みがはしり、ドクンという音が体中に響いた。


「無茶をしてるわね。こんなところで死なれると困るのよ」


 なぜか僕は響刀『美蘭』を握っていて、寒刀『氷綿』の突きを鞘で受け止めていた。


「ヴィオラ!? どうやってここに!?」


 返答は脳内にだけ響き、彼女がいかに野蛮なやり方でここに侵入したのかを知る。


「分かったよ。さっさと終わらせて暖かいお風呂に入ろう。そのときはヒワタも一緒だ。いくぞっ!」


 典獄から距離をとり、抜刀していつものように構える。

 楽器を長時間、雪に晒すわけにはいかないから一気に決める。


「響刀『美蘭』、格式奥義――剥牙絶弦はくがぜつげん


 突き刺さなければ最大の力を発揮できない『氷綿』と違って、『美蘭』は遠距離攻撃が可能だ。

 この状況なら圧倒的に僕の方が有利だ。

 典獄や周囲にいる看守たちの戦意を削り取るつもりで右手を動かし続ける。


「ギヤァァァアァァァ」


 彼らの叫び声は監獄内に響き渡り、それを聞いた囚人たちも恐怖で身を縮こまらせたらしい。


「僕の勝ちです。これ以上、続けるなら心を壊します」


 典獄の震える眼球を見下ろし、彼の手から寒刀『氷綿』を奪い取る。


「ヒワタ、あなたの鞘を持っています。僕はこれから残りの八人を探すつもりです。一緒に来てくれませんか?」


 寒刀『氷綿』は僕の手から離れ、昨日出会った雪女風の姿となって地に足をつけた。


「な、なんだ!? 刀が人の姿になっただと!?」


 この人たちはヒワタの存在を本当にただの刀だと思っていたようだ。

 驚く典獄たちを前にヒワタがひざまずく。


「穢れた身の私を許していただけるのでしょうか」


「あなたは穢れてなんかいません。これからは僕があなたの帰る場所です。絶対に悲しませたりはしないと約束します」


 ヒワタは綺麗な瞳から涙を流し、僕の手を取ってくれた。

 よし、これで刀の回収は終わった。

 あとはこの事態をどうやって収拾するかだ。


「サヤ様、ここに収監されている者達は全て濡れ衣を着せられた者達です。斬ってはいけない人たちを私は斬っていたのです」


「どういうこと!?」


「本当の極悪人は捕まった時点で死罪となりますが、それとは別に見せしめの為に罪を被せた者をここに収監するのです。それが難攻不落と呼ばれるクッシーロ監獄という要塞の正体です」


「じゃあ、この人も?」


 抗うことを諦めきった男は生気の無い目で地面を見つめている。

 こんなことがあっていいはずがない。

 僕は皇女殿下の遣いなんかじゃないけど、この事実を早く報告しないと。


「貴様、人の姿になれるのか!? ならぬ、ならぬぞ! 絶対にこのクッシーロの秘密を他言してはならぬ!」


「こんな場所があるからいけないんだ。僕がこの監獄を終わらせる」


「やめろ、小僧! 歴史あるクッシーロ監獄だぞ! ドクタャブ様が黙っていないぞ!」


 今にも食ってかかりそうな雰囲気だけど、僕の前にはヴィオラとヒワタが仁王立ちしているから、きっと大丈夫だ。


「それはアリサ皇女が決めます」


「アリサ? まだアリサは皇女なのですね!?」


 なんとヒワタがアリサ皇女を知っているとは思わなかった。

 まぁ、僕も一回しか会ったことはないし、完全に虎の威を借る狐状態なんだけどね。


「あらあら。クッシーロに住み着いて以来、世の中の情勢は知り得ませんでしたけど、ようやく事態が動き出したみたいですね。いいでしょう。アリサ皇女には私から説明します」


「やめろ! 今更、善人になれると思うなよ! お前も同罪だぞ!」


「ですから今日でこの生活も終わりにします。私はサヤ様の刀となって罪を償います」


 つまらなさそうに立っているヴィオラはヒワタに泣きつく典獄の前にしゃがみ、冷めた声でささやいた。


「うるさいのよ、小物風情が。弱者は黙って言うことを聞きなさい」


 絶対にヴィオラを怒らせないようにしようと誓った瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ