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Spirit of Shadow  作者: ユキ。
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第3話「強敵登場! その名は千影獅吼!!」



No Side



 千影獅吼は、その名に“影”を背負っている通り由緒ある家系の一員である。


 「千影家」は最も古い歴史を持つ一族の一つで、ゲンガーを用いた商業を日本で最初に確立させた一族。


 その起源は武家。戦で武勲を立てたことで出世を果たすが、時代が文明開化を迎えたことで商人となったことで才覚を発揮。莫大な財を築き上げ、現代では世界に名が知られる程の発展を遂げた。


 獅吼はそんな千影家の令嬢なのだ。


 現在、獅吼は澪子と同じ東影学園の二年生。そして澪子と白狼に匹敵する実力の持ち主なのである。



Side Out



Side 澪子



 最初はチャンスだと思った。


 控室で見つけた今試合唯一のガンマ参加者である御影幻進。彼を一目見て私は実力者であることを察知した。


 今まで彼の様なガンマを見たことがなかった私は吃驚した。彼という未知の存在は私にとって脅威になり得るかもしれない。


 だから私は、可能な限り早い段階で彼の実力を見極める必要があった。


 そしてその時は早々に訪れてくれた。


 試合開始と共に私は彼を探していた。幸運なことに中等部一年の頃から特待生になっていた私に戦いを挑んでくる参加者は殆どおらず、私は捜索一本に専念することが出来た。


 捜索し始めて直ぐに爆発よりも強大な轟音が響き渡り、私はこの音の元に彼が居ると直感した。そしてその直感は正しかった。


 開始早々、私は彼と一対一で対面することができた。


 さぁ、試させてもらおうと思った矢先に横やりが入って来た。


 あの千影獅吼さんの襲来。


 獅吼さんとは中等部からの同級生。私は中等部からの入学だけど、彼女は幼稚舎からのエスカレーター進学。だから顔を合したのは中等部が初めて。


 だけど、彼女の“噂”は学外にまで広まっていて、千影の名と相まって私は彼女のことを一方的に知っていた。


 彼女、千影獅吼は《豪商・千影家》の令嬢ではあるけど、実際は一族の“逸れ者”と呼ばれ蔑まれてる。


 千影家は武力よりも財力や情報力を重視している。


 自分たちに利益を齎すお金の使い方やお金の流れを読む力。商売人にとって有力な武器となる能力を千影家は重宝する。


 でも、彼女はその能力よりも武力に秀でていた。必要以上の武力を求めない千影家に生まれながら、財力や情報力は人並みかそれ以下。自ら学び鍛えようとすることもせず、武力にばかり熱意と力を注ぐ彼女は、あっという間に一族から孤立してしまった。


 それ故に彼女は“逸れ者”と呼ばれている。


 蔑称であるその呼び名だけど、彼女は唯々見下される存在なんかじゃない。


 彼女には武力があった。それも並みの才覚なんかじゃない天武の才能が。


 本当なら特待生にもなれる実力を持っている筈なのに、何故か彼女はいつも私に突っかかってくる。その所為で、いつもソリタリアに進む前に脱落してしまう。


 私はソリタリアに進む為になるべく体力や手の内は温存しておきたい。


 彼、御影幻進君の実力を測るのもそのつもりだった。


 なのに、彼女の乱入でその目論見が崩れてしまった。彼女は問答無用で私に挑んでくる。それを躱しながら彼の実力を確かめるなんて荷が重すぎる。


 でも、彼の実力は出来るならこの目で見ておきたい。


 さぁ、どうするべきかしら。



Side Out



No Side



「今度こそ勝たせてもらうよ!!」


 並々ならぬ闘志を燃やしながら、獅吼は澪子を指差し叫んだ。


「まったく、何でいつも私にばかり挑みに来るのかしらねぇ?」


 澪子はそれに対し呆れたように呟く。


 この質問は澪子が選影に初参加した際、直接彼女に伝えたことがあった。しかし、彼女から帰って来た返答は「アンタは強い! だからアタシと戦ってもらう!!」というものだった。


 獅吼の性格上、この言葉は本心の様にも思えるが、澪子にはどうもそれが本心のようには思えずにいた。


 ただ単に澪子の考え過ぎの様にも思えるが、真意は定かではない。


「行くぞ!!」


 獅吼が駆け出す。


 目指すは勿論澪子だった。羽撃き宙に浮く澪子目掛け、獅吼は地を蹴り飛び掛かる。


「ハァ」


 澪子は溜息を吐いてサラリと身を翻してそれを躱す。


 ザザッ!!


「ハッ! 相変わらず簡単に躱すねぇ。なら!」


 斬!!


 獅吼は腕を振るう。そして澪子目掛けて今度は斬撃を放った。


「ッ!(あれは……!)」


 幻進は振るわれた獅吼の腕を注視した。


 小麦色に焼けた獅吼の腕は、彼女の美しい髪と同様の金色の体毛に覆われ、指先の爪は獣のそれに変化して刃物の如き鋭さを帯びていた。


 澪子と同じ、ゲンガーの能力の行使。


「(あの爪と体毛、彼女のゲンガーは恐らく肉食獣型。だとしたら俊敏性と白兵戦に優れている筈。それに今の“斬撃波”、相当な筋力と技術を有している証拠だ。彼女もまた、鳳先輩と同じ強き者!)フッ、やっぱり来て良かった東影学園!」


 新たな強者との遭遇に幻進は喜びの笑みを浮かべた。そして手に持っていた鋼絲棍棒を地面に突き立て近くに転がっている手頃な瓦礫に背を預けジックリと二人の観戦、を始めた。


「フン!」


 澪子は上空へと羽撃き放たれた斬撃を回避する。


「逃がさない!!」


 獅吼はもう片方の腕も変化させ、今度は両腕を振るって連続で斬撃を乱れ撃った。


 斬斬斬斬斬斬斬!!


「ッ!」


 流石の澪子もこの乱れ撃ちには表情を変えた。


 空中を飛び回り襲い来る斬撃を躱していく。


 だが、それを追って獅吼は再び斬撃を乱れ撃つ。


 斬斬斬斬斬斬斬!!


 躱された斬撃が周囲に命中して壁や天井を切り裂き抉っていく。


 まるで砂山を潰すが如く、容易くコンクリートや鋼鉄で出来ている空間の壁と天井に巨大な亀裂を刻み付ける、その斬撃の威力に幻進は感嘆の念を抱いた。


「(何て切れ味だ! それにあんなに連続で攻撃してるのに息切れ一つしてないなんて、凄い体力だな)」


 獅吼が澪子を追撃し始めて彼是、少なくても数分は確実に経過している。


 幾ら鍛えていると言っても、力の篭った腕を勢い良く振るって斬撃を放ち続ければ、誰でも流石に呼吸が乱れてくる筈だ。


 しかし、獅咆は全く呼吸を乱しておらず、余裕といった感じで澪子への追撃を続けていた。


「そらそらそらそら!! また逃げてアタシの体力が尽きるのを待つつもりかい? 甘いよ!!」


 バッ!!


 獅吼は今度は腕ではなく、足から蹴る様にして斬撃を放った。


「ッ!?」


 澪子は目を見開いた。


 彼女が蹴り出したその斬撃が巨大だったからだ。


 先程まで澪子に襲い掛かっていた腕から放たれた斬撃。その大きさは片手で投げるブーメラン程で、ブーメランの様に回転せず九の字型のまま放たれる。


 しかし、今蹴り出されたその斬撃は形に差異はないが、その大きさは人の身の丈を優に超えていた。


 差し詰めブーメランというよりも天に浮かぶ三日月といった所だ。


「クッ!」


 澪子の表情がここにきて初めて崩れた。


 あまりの巨大さに半身では躱しきれない。そう判断した澪子は翼を羽撃かせて大きく旋回。迫り来る三日月型の蒼刃を回避した。


「漸く顔色変えてくれたね! ほらまだまだ行くよ!!」


 そこから獅吼は両腕と両足の四肢を存分に振るって斬撃を澪子目掛けて放ち始めた。


 四肢を振るう獅吼の姿は、まるで渦巻く疾風か将又、メラメラと燃え揺れる炎の様であった。


 ドダダダダダダダダダダダ!!!!


 飛び逃げる澪子を追撃する斬撃が爆音を轟かせて会場の壁をズタズタに切り裂き抉っていく。


 周囲でも戦いが繰り広げられている為、爆発音や爆煙は間を置かずあちこちから巻き起こっている。だが、獅吼が放った斬撃による爆音は、その周囲から上るどの轟音よりも凄まじく、会場全体を震わせた。


「クッ!(小手調べのつもりが、これじゃ去年と同じじゃない!! )」


 飛び回りながら澪子は心の中で悪態を吐いた。


 それと同時に獅吼の実力に感嘆の念を抱いていた。


「まさかここまで力を付けて来たなんて……。全く恐ろしい才能ね」


 澪子は選影試合の度に獅吼から戦いを挑まれてきた。しかしその都度、澪子は獅吼を軽くあしらった。


 当初、二人の力のステータスに大きな差はなかった。だが、戦法には大きな差が存在した。


 格闘術をベースとする特攻を戦法とする獅吼に対し、澪子は戦略と戦術を駆使した戦法を取っていた。愚直に突っ込むだけの獅吼と、作戦を組み立て相手を嵌める澪子では、勝敗は明らかだった。


 獅吼は澪子に負け続けて来た。それも真っ向勝負での敗北ではなく、体力切れで獅吼が自滅するという独り相撲のような結果に終わっていた。


 だが、獅吼はただ負け続けた訳では無かった。澪子に戦いを挑む度、獅吼は確実に強くなっていった。戦法は基本的に変わらず特攻オンリーだが、技のレパートリーと体力が増えていき澪子に喰らい付く時間が長くなっていった。


 そして遂に今日、獅吼は澪子の敵対者と成れたのだ。


「ハァァァァァァァァ!!」


 吹き荒ぶ嵐の如く乱舞する獅吼。汗を迸らせてはいるが、相変わらず全く息を切らしていない。


「(あまり序盤から体力を無駄遣いしたくないけど、このまま逃げ続けても結局は同じこと。彼の前で手の内を晒したくはないけど仕方ない)フンッ!!」


 襲い来る蒼いかまいたちに耐えかねた澪子は、回避を止め反撃に打って出た。


 バッ!!


 ビュゥゥゥゥゥ~!!


 翼を広げ突風を巻き起こし迫り来る斬撃を全て吹き飛ばす。


 吹き飛ばされた斬撃は方向を変えて雨の如く地面へと降り注ぎ、放った張本人の獅吼に帰って行った。


「ハッ! やっと反撃して来たか!! そう来なくっちゃね!!」


 澪子の応戦に獅吼は歓喜の声を上げた。そして更に勢いを増して乱舞する。


「貴女に構ってる暇はないのよ!!」


 澪子も翼を交互にはためかせ、真空の刃を撃ち放った。


 二つの刃が衝突し爆発する。


「アハハハハ!! 良いね良いよ!! ならこれならっ!」


 ダッ!


 地を蹴り獅吼の姿が消える。そして一瞬で澪子の目の前に現れた。


「っ!?」


「ハァッ!!」


 獅吼の脚が鞭のように振るわれ澪子の頭部目掛けて放たれる。


 ガンッ!!


 鈍い音が響いた。


「ヘッ! やっぱり防ぐか!」


「当然よ」


 放たれた獅吼の鋭い蹴りは、銀色に輝く澪子の翼に防がれていた。


「やっぱり硬化させる能力があったか」


 二人の戦いを傍観していた幻進は、澪子の銀色の翼を見てそう呟いた。


 幻進の予想通り、澪子は背中から生やしている羽毛の翼を盾として使える程に硬化させることが出来た。


「フッ!」


 鋼の翼を振るい受け止めた獅吼の脚を押し払い、澪子は反対の翼を獅吼目掛けて振るった。


「ハッ!」


 獅吼も反対の脚を突き出し翼の打撃を受け止める。そしてそのまま翼を押し返す勢いで地面まで跳び退いた。


「逃がさない!」


 着地した獅吼目掛けて澪子は羽を弾丸の様に撃ち放った。


 これも幻進の予想通り、その羽は翼同様に硬質化して刃物の様になっていた。


「そんな羽如き効くか!!」


 キンキンキンキンッ!!


 獅吼は迫り来る羽手裏剣を見切り手刀で弾き落としていった。


「そんなこと分かっているわ」


「ッ!?」


 獅吼の背後で澪子が囁いた。


 突然背後から聞こえてきた澪子の声に驚き獅吼は振り返ろうとした。だが、それよりも早く澪子の鋼の翼が獅吼の背中に食い込んだ。


 メキッ!!


「ガハッ!?」


 骨の軋む音を響かせ獅吼は前方に吹き飛ばされた。


 何故、澪子が突然獅吼の背後に現れたのか?


 幻進はその様子をハッキリと目撃していた。


「(羽手裏剣は目晦まし。本命は急加速で背後に回ってからの一撃か。流石は前年度の特待生。移動の瞬間を目で追えなかった)」


 澪子の羽手裏剣は、獅吼への攻撃が目的ではなく彼女の視線を一瞬でも自分から逸らす為の陽動だった。本当の目的は、羽手裏剣に意識が逸れた獅吼の背後に瞬時に回り込み強力な一撃を加えることだった。


 幻進はその様子を一部始終見ていた。だが、澪子が移動した瞬間だけは目で追うことが出来なかった。だから幻進は結末から澪子が取った作戦を推測した。そしてその推測は当たっていた。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 獣の如き咆哮を上げながら獅吼が立ち上がる。澪子に殴り飛ばされた所為で砂埃を被っているが、対してダメージを負っていないようだ。寧ろ先程よりも興奮しているようだった。


「そうだよ、そうなんだよ。戦いってのはさ、こうでなくっちゃね!」


 獅吼は嬉々としてギラつく目を澪子に向けた。


 まるで獲物を見つけた飢えた獣の如く血走った目を向けられ、澪子はゲンナリと肩を落とした。


 澪子は全力ではないが、そこそこ本気で獅吼の背中を殴打した。勿論、澪子自身獅吼を昏倒させるつもりだったが、獅吼の馬鹿げたスタミナを目の当たりにしていた為、この一撃では倒しきれないだろうなと心の中で思っていた。


 それでも一縷の望みで獅吼がこの一撃で昏倒してくれることを願ったのだが、獅吼はそんな澪子の微かな願いを裏切り五体満足で立ち上がってきた。


「やっぱりあれ位じゃ倒せないか……」


 あまり期待してはいなかったが、実際に立ち上がる獅吼の姿に澪子は思いのほか落胆を感じた。


「(呆れたスタミナね。このままじゃ私もかなり消耗してしまう。第一試合でそれは不味い。どうするかしら……)っ!」


 その時、澪子の脳内を電流が駆け巡った。そして澪子の視線はある一点へと注がれた。


「(そうだ! この手があった!! 何で思いつかなかったの!? 私の馬鹿!!)」


 閃きによる妙案。しかし、突飛でも奇抜でもない誰でも思いつきそうな作戦。そんな物を何故思いつかなかったのか、澪子は心の中で自分に対して悪態を吐いた。


 息を整え、澪子は獅吼に言った。


「獅吼さん。貴女は私と戦いたいんですよね?」


「あぁ!! 強者と戦うことがアタシの喜びだからね!!」


 獅吼の返答に澪子は内心ニヤリとほくそ笑んだ。


「そうなのね。だったら、戦ってあげましょう」


 澪子の言葉に獅吼の目がキラリと輝いた。


「本当か!?」


 獅吼は満面の笑みを浮かべた。


 中等部の頃から今日までの四年間ずっと獅吼は澪子に戦いを挑み続けてきた。しかし、悉く翻弄されて体力切れで自滅して戦いらしい戦いは出来ていなかった。


 そんな澪子から直々に戦う宣言がなされた。獅吼が興奮するのも無理はなかった。


 今の彼女の姿は、宛ら尻尾をブンブンと振っている犬のようだった。


「ただし条件があるわ」


「条件? それは一体何をすればいいんだ!?」


 食い気味に獅吼は叫び訊ねた。


 今の獅吼は目の前に餌を出されて待てを食らっている犬の状態。目先の物に目を奪われていて澪子から出される条件の内容など眼中になかった。


「彼と戦うことがその条件よ」


 澪子はニッコリと綺麗な笑顔を浮かべ、離れた所に佇んでいる幻進を指差した。


「え?」


 突然指名され幻進は素っ頓狂な声を零してしまう。


「アイツ?」


 獅吼も訝しむ様な表情で幻進を見た。


「そう、彼に勝てたら貴女と戦うわ」


 これが澪子が閃いた作戦。内容は至って単純、獅吼と幻進を戦わせるというものだった。


 獅吼と幻進を戦わせることで、澪子への攻撃対象を回避することと、幻進の技量を見定めることができる。澪子にとって正に一石二鳥の作戦なのである。


「アイツを倒せば戦ってくれるんだな?」


「えぇ。女に二言はないわ」


「そうか。なら、さっさと済まそうか!!」


 バキボキゴキ!


 獅吼は拳や関節を鳴らしながらユラリユラリと幽鬼の如く幻進へと向かって行った。


「お前が何者か知らないが、悪く思うなよ!」


「(彼女の相手を俺に丸投げして来た。完全に巻き添え食らったな。でもまぁ、最低限の観察は出来たし、実際に戦ってみるのも悪くないな。どの道、サヴァイヴじゃ戦わないと生き残れないし)ハァ、やるか」


 澪子の思惑の半分を察した幻進は、やれやれと言った感じを漂わせながら獅吼へと向かって行った。


「ハッ! 行くぞ!!」


 ダッ!


 獅吼が幻進に向かって駆け出す。


「オラッ!!」


 真正面から幻進目掛けて殴りかかる。


 先程まで両手両足を覆っていた獣のそれは獅吼自身の物へと戻っていて、大振りで単調なその攻撃は如何にも幻進を侮っていることが伺えた。手っ取り早く幻進を倒して澪子と戦いたいという獅吼の思いが滲み出ている。


 しかし、幻進はそんなことで倒される程、弱くはない。


「フンッ!」


 ダンッ!!


 腕を交差させて獅吼の拳を受け止める。


「(重い拳だな! 能力なしでこれ程とは!)」


「受け止めたか! 中々やるじゃん! ならドンドン行くぞ!!」


 一撃を受け止めたことで獅吼の幻進に対する認識が改められた。


 認識が改まったことで幻進に容赦の無い攻撃の嵐が襲い掛かった。しかし、それで苦戦する幻進ではなかった。先程の澪子の如く流れる様に攻撃を躱していく。


 その回避能力が更に獅吼の闘志を燃え上がらせた。


「思った以上にやる様だな! 侮ってたぜ! 澪子が条件に出すだけあるって訳だ! なら、全力で行かないと申し訳ないよな!!」


 幻進を実力者と認めた獅吼は、再び四肢を獣のそれへと変化させる。


「行くぞ!!」


 ダッ!!


「ッ!」


 先程よりも素早く獅吼は幻進の間合いに飛び込んできた。獅吼の敏捷性は観察の時に見ていたが、我が身で体感するのとではその速さは段違いに感じられた。


 シャッ!


 放たれた抜き手を幻進は間一髪で躱す。


「(やっぱり早いな! 回避し続けるのは難しいか。なら、応戦と行くか!)フッ!」


 幻進は両手から糸を出す。その糸は幻進の両の拳を覆って行き、やがて幻進の手は糸玉に包まれた。


「硬質化!」


 柔らかな糸玉の繊維が鋼の様に硬化する。これが鋼絲棍棒に並ぶもう一つの武器“鋼糸のナックルダスター”である。


「ほぅ! アタシと撃ち合ってくれるのか! 良いねお前、気に入ったぞ!!」


 戦闘狂である獅吼は接近戦を得意とし好んでいる。だから幻進が接近戦のスタイルを取ったことに獅吼は喜んだ。


「それはどうも」


 歓喜する獅吼とは対照的に幻進は冷静だった。


「さぁ、撃ち合おうぜ!!」


 獅吼が獣の腕で拳を放つ。


「ッ!」


 それに応じて幻進も鋼糸ナックルでパンチを放つ。


 ダアン!!!!


 二人の拳が衝突する。


 衝撃波の波紋が巻き起こる。


「ハハッ! 良いパンチだ!! ドンドン行くぞ!!」


 獅吼は反対の拳で幻進の顔に殴りかかる。


「フン!」


 それを幻進は同じく反対の腕で受け止める。


「ニッ!」


 ガシッ!


 攻撃を受け止めた幻進の両腕を獅吼は掴み捕まえた。そして自分の方へと幻進の体を引っ張った。


「ッ!」


 当然、幻進は抗う。


 そんな幻進の顎目掛けて獅吼の蹴り上げが襲い来る。


「おっと!!」


 ギリギリの所で頭を仰け反らせることで直撃を回避した。


「それで避けたつもりかい?」


 振り上げられた獅吼の脚は彼女の頭上まで上がり、そこから勢いよく踵落としを振り下ろした。


 それはまるで罪人の首を跳ねようとする処刑人の大斧ようだった。


「フン!!」


「おっ!?」


 幻進は拘束されている両腕を無理やりに上げ、ナックルダスターで踵落としを受け止めた。


 ダァァァァァァァン!!!!


 衝撃で幻進の脚が少し地面にめり込み、大地に亀裂が奔る。


「良く受け止めたな!」


 そこそこ本気の一撃を振り下ろしたにも拘らずそれを受け止められた獅吼は喜びの声を上げた。


「そりゃ…どうもっ!!」


 幻進は受け止めた足を押し返し獅吼の体を吹き飛ばす。


「ほっ!」


 吹き飛ばされた獅吼はそれと同時に幻進の腕を離し、飛ばされた勢いに身を任せ後方へと跳び退いた。


 そして再び幻進へと向かって行った。


 拳打を放ち、受け流されカウンターを放たれるが、それを回避して足刀を放つが回避され、逆に足刀を放たれた。


 攻めては返され、また攻めてはまた返され、武道家も目を見開くであろう激しい肉弾戦の応酬。


 しかし、未だどちらも相手からの一撃を食らっていなかった。二人の技量の高さが伺える攻防だった。


 その攻防を澪子は離れた所で静観していた。


「(強いとは思ったけど、ここまでとはね。獅吼さんは単調な攻撃ばかりするけど、その一撃が破壊力は凄まじい。それを受け止めて反撃までできるなんて、驚きね)」


 獅吼の実力は四年間、挑まれ続けた澪子自身が良く知っている。それに加えて今さっきも手合わせしたばかり。


 今の彼女の実力を知る人物として澪子は正に適任者だ。


 澪子の言う通り、商業で財を成した千影一族の中で唯一嘗ての武勲を追い求める獅吼は、一族内に置いて腫れ物扱いされているが、逆にその実力から一目置かれる存在でもある。


 四年の間に澪子を驚愕させる体力と、食らえば重傷確実な破壊力を持った攻撃を身に付けた。並の者では彼女の相手は務まらないだろう。


 もし、生半可な実力しか持たない者が攻撃を受けた場合、良くて骨折悪くて肉が弾けてしまう。鍛えられた肉体や防御に特化した能力を持つ物でも、重い一撃で骨や肉が軋む感じを味わうだろう。


「(彼の体力や耐久力もあるだろうけど、攻撃を受けられてるのはあのグローブみたいな物を着けてるからっているのもあるわね)」


 幻進が糸で作ったナックルダスターを澪子は注視した。


「(糸で作られてた所を見るからには、彼のゲンガーは虫系だと思う。何の虫かは今のままだと分からないわね。獅吼さんがゲンガーを出してくれたら見れるかもしれないけど、彼女滅多にゲンガーを出さないのよね……)」


 そう。獅吼は戦いに置いて滅多にゲンガーを召喚しない。その理由を以前、澪子は獅吼本人に尋ねたことがあり、その際に獅吼はこう言った。


 “アタシは自分で戦うのが好きなんだよ!”


 何とも戦闘狂である彼女らしい言い分だと、澪子は納得したと同時に呆れたことを思い出した。


「(まぁ、ゲンガーのことはこの際置いておくとして。あの糸、今はグローブとして使ってるけど、色んな場面で変幻自在に扱えそうね。実際、周囲に糸らしい物体が転がってるしね)」


 澪子の推察は的中している。


 実際に幻進は、澪子がいなかった遂先ほどのこの場所で細い糸や網状の糸、糸を棒状に硬化させた鋼絲棍棒を巧みに使い他の参加生徒たちを脱落させていた。その時使った糸の残骸や幻進が手放した鋼絲棍棒が突き刺さっていた。


「(補助型であるガンマの能力をここまで戦えるレベルに高めなんて、実際闘うことを考えると末恐ろしいわね)」


 そう心の中で思いつつも澪子は笑っていた。


 獅吼のことを戦闘狂と呼んではいるが、澪子も似たようなものなのだ。獅吼程に戦闘に狂っていると言う訳では無いが、強い相手を前にすると倒し方を考えてワクワクする程度には、澪子も戦いを好んでいるのだ。


「オラッオラッオラッオラッ!!」


 獅吼と幻進の攻防は激しさを増していた。拳や蹴りの応酬の中に斬撃が加わり、獅吼の手足の鋭利な爪がそれぞれ意志を持っているように幻進に襲い掛かっていた。


「クッ! チィッ!」


 幻進はその応酬を上手く躱しているように見えるが、実際は何とか躱せているという状態で幻進が防戦になりつつあった。


 やはり攻撃に突出した実力を持つ獅吼の方に軍配が上がるらしい。


「ハァッ!!」


 バキンッ!!


「グッ!」


 獅吼の斬撃が交差してそれを受けた幻進の鋼糸のナックルダスターが砕け散った。更に衝撃を受け止めきれず幻進の体は後方へと押し飛ばされてしまった。


「(何て威力だ! さっきから途轍もない威力だとは思ってたけど、まさかここまでとは! このまま受け続けたら腕が持たない)」


 幻進の腕がビリビリと震えていた。


「(まぁ、こうなるわよね。並外れたモノを彼が持ってるのは確かだけど、強靭なタフネスを会得した獅吼さんの猛攻を受け続けてたら何れ限界が訪れるのも仕方ないわ)」


 澪子の推察通り、幻進は日々鍛えて来たことで頑強な肉体を待っている。加えて、硬化して鋼と化した糸のナックルダスターという防具を着用の上、受けた衝撃を上手く受け流していた為、実際に幻進が受けていた獅吼からの攻撃は本来の半分ほどの威力だった。


 しかし、それでも攻撃の威力は半端じゃなかった。その結果、遂には鋼に等しい硬度を持つナックルダスターを破壊するに至った。ナックルダスターの耐久度を超えるだけの攻撃を受け続けて来たということは、それだけ幻進の体にも負担が掛かっているということだ。


「(でも、良い対戦相手だ!)」


 幻進のスイッチが入った。


 衝撃で痺れている腕に力を籠め、拳を強く握り締めて痺れを抑え込んで止める。


 そして右手から糸を放ち澪子と獅吼を観察する際に手放した鋼絲棍棒を引き寄せる。


「“鋼絲双棍棒”」


 自身の身の丈と同じ位の長さを持つ鋼絲棍棒を幻進は真ん中から二本に分解する。そして両掌で分かれた二本の棍棒をクルクルと回転させながら新たな糸を巻き付けていく。


 二本に分かれた鋼絲棍棒。そのままでは少し長さのある太鼓の撥の様な見た目をしているそれらは、新たな糸を取り込み形を変えていった。柄の部分は形そのままに刀身に当たる部分のみが太く大きくなっていった。その姿は撥からバットへ。


 鋼絲棍棒が中・近接武器であるならば、これは超近接特化の武器。それが鋼絲棍棒の第二形態“鋼絲双棍棒”である。


「ヒュ~!! まだまだやれるってか! 良いね良いね! そうでなくっちゃね!!」


 新たな武器を構えた幻進を見て獅吼の血が更に燃え上がった。


 ダッ!


 爪の刃を振るいながら獅吼は幻進へ突撃していった。


 ガキンッ!!


 爪と棍棒がぶつかり合う。


 再び攻防の応酬が始まった。だが、先程と少し違い幻進は防戦一方になっておらず、獅吼からの斬撃を受けつつ双棍棒で攻撃し反していた。


「(彼の動きが変わった! さっきよりも動きが早くなってる。まさか、今まで全力じゃなかったってことなの!?)」


 澪子は目を見開いた。


 獅吼の猛攻は今尚加速しており、傍から見ていても全力で攻めていることが伺える。


 それに対して幻進は途中までは互角の打ち合いを見せていたが、徐々に獅吼の猛攻に押され防戦に徹していき遂にはナックルダスターを破壊され後退させられてしまった。


 その光景を見れば誰もが獅吼の方が強いと思うに違いない。


 しかし、今の幻進は獅吼と互角に戦えていた。先程よりも勢いを増して苛烈になっている獅吼の暴風の如き攻撃を幻進は双棍棒で全て受けきっていた。更には隙を見て反撃の手も出していた。


 二人の最初の応酬と同じ状態に戻っていた。だが、その応酬の激しさは最初の物と比べ物にならないものだった。


 ガガガガガガガガガガン!!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ッ!!」


 応酬の最中、幻進は獅吼の一瞬の隙を見出した。


 獅吼が同じように抜き手を放った瞬間、幻進はしゃがんでそれを躱した。そんな幻進の目の前にがら空きとなった獅吼の腹部が晒された。


 これを見逃す程幻進は間抜けではない。


「ハァッ!!」


 大太鼓を轟かせる如く、獅吼のがら空きとなった腹部に幻進は力強く振るった双棍棒の二撃を叩き込んだ。


「グフッ!?」


 獅吼の体が先程の幻進の様に後方へと押し飛ばされる。


 ズザザザザザザ!!


 獅吼の脚が地面を削っていき、数メートル下がった所で獅吼の体は止まった。


「ハハッ! 良い一撃だった! 中々何てもんじゃない。こりゃ澪子と同等位! こんな掘り出し物に出会えるなんて感激だ!!」


「(俺は“物”扱いか……)」


 強者と認め獅吼は褒めているのだろうが、幻進は物扱いされたことに苦笑してしまう。


「舐めてて悪かった。でも、ここからは遠慮も手加減も一切しない! 全力全開でお前を倒しに行くぜ!!」


 獅吼の闘気が一気に膨れ上がった。そして彼女の背後でヌルリと“影”が蠢いた。


「(来る!)」


「来い!! “レオン”!!」


 獅吼の背後から影が飛び上がる。


 影は天高く飛び上がると煌々と光る天上に浮かぶ一点の黒点へとなった。そして黒点は徐々にその巨体を露にしつつ降下して来た。


 ドォォォォォン!!


 まるで砲弾の着弾が如く轟音が轟く。またも地面に亀裂が奔り、影の姿を掻き消すように砂煙が高く舞い上がった。


 やがて砂塵は晴れていき、大地に降り立った巨大な影の全容が明らかになった。


 四肢で立つ四足歩行の巨大な獣。その体躯は人よりも大きいことは当たり前のこと、並みの獣と比べてもその体躯は数倍の巨大さを誇っていた。


 その巨体同様に目を惹かれるのは巨獣の全身を覆っている“体毛”。アドミスである獅吼の四肢を覆うのと同じ、光を浴びて輝く金色の体毛。燃え盛る炎の如き紅蓮の鬣。姿形は正に獅子その者だった。


 だが、獅子よりもガッシリとした四肢を持ち、その五指は獣と言うよりも人のそれに近い。


 黄金に輝く体毛には、獅子には存在しない波の如き黒の縞模様があり、四肢には水玉模様の黒点、そして額には兜を彷彿とさせる紋様が描かれていた。


 獣の物よりも鋭利で刀剣の様な爪は大地に食い込んでいて、飢えた獣の如く開かされた口からは太く巨大な牙が顕わになっている。


 ドン!!!!


《GRAAAAAAAAAAAAAAAAA!!》


 巨獣、獅吼のゲンガー“レオン”は、自分の存在を誇示するように右の前腕で大地を踏み締め幻進を威嚇する咆哮を轟かせ、瞳孔が開いた体毛と同じ黄金の瞳で幻進を射抜いていた。


「フッ! 大物が出て来たな。ここからが本番だ!」


「さぁ、第二ラウンドと行こうか!!」



To be continued

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