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Spirit of Shadow  作者: ユキ。
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第1話「東影学園入学! そして始まる選影試合」

まだまだ未熟で稚拙な文章と物語ではありますが、誤字・脱字・訂正ポイント・アドバイスなどがありましたら、一切の遠慮なくご連絡いただけると今後の励みになります。


それでは、ご覧ください。


Side 龍夢


 私には兄がいた。


 でも、居なくなってしまった。


 死んでしまったわけじゃない。行方不明なだけ。でも、両親や周りの人たちは既に兄は死んでいると思っている。


 私は兄を慕っていた。優しくて、勉強が出来て、いつも私を助けてくれる自慢の兄だった。


 でも、兄が小学校卒業を目前に控えた日、ゲンガーテストを受けたことで私の日常は崩壊してしまった。


 兄はシャドウ・ランクで最底辺のガンマと認定されてしまい、父から烈火の様に怒鳴りつけられた。その怒声は離れていた私の部屋にまで響き渡って来て、当時小学校三年生だった私は怖くて部屋の隅で震えていた。


 そして兄は私を置いて家を出て行ってしまった。それから三年が経った今でも兄の行方は分からないままだった。


 行方不明とはいってるけど、私以外の両親や周りの人たちは、もう兄が死んでいると思っている。


 今、社会問題にもなってるシャドウ・ランクでの差別。兄は差別される側の最低ランクであるガンマになってしまったことに絶望して自ら命を絶った。皆はそう思っていた。


 でも、私は兄が死んだなんて思っていない。


 その理由は、兄の遺体が未だに発見されていないから。当時の兄はまだ十三歳になる前という子供で、そんなに遠くに行くことは考えられない。それに兄は遠出する為に必要な物を一切持っていってはいない。財布、スマホ、その他の着替えやバックといった物は諸々兄の自室に残されていた。


 これだけなら自殺した可能性も十分に高いだろうけど、兄がガンマになったからとはいえ、両親も行方不明になった兄の捜索を警察に要請した。


 その警察でさへ兄の遺体すら発見できないでいる。だから私は今も兄が何処かで生きていると信じている。


 私も今年で十三になる。小学校を卒業してこれから中学校に進学する。本当なら、私の進学と一緒に兄も高校生になる筈だった。


 今日、私はゲンガーテストを受ける。



Side Out






Side 三人称


 “国立東都心影使専門育成学園”。通称『東影学園』。


 東京にあるゲンガー専門の教育機関であり、幼稚舎・初等部・中等部・高等部・大学部を持つ超一貫校にして、百年を超える古い時代から存在し続ける超名門校。


 そして現代日本の四十七都道府県に点在するゲンガー専門の教育機関の中でトップレベルに入る超強豪校として知られている。


 名門というだけあって多くの若者たちが入学を志すが、その場所は狭き門。入学志願者よりも多くの若者たちが門を通ることが出来ない。


 故に東影学園に入れたという学歴だけで高いアドバンテージをステータスに得られると言っても過言ではなかった。


 加えて東影学園は幼稚舎からのエスカレーター式。初等部や中等部からの途中入学も可能だが、幼少期からの英才教育を殆どの家庭が望み幼稚舎からスタートを切る子供たちばかりだった。


 一般的には、幼稚園や保育園にて健全な精神と肉体を宿す基盤を作る。小学校にてその精神と肉体を育て上げ、ゲンガーの知識を身に付ける。そして小学校の卒業と共にゲンガーテストを受け、ゲンガー顕現後に中学校へと進学しそこで実際にゲンガーと生活しながらゲンガーの実用性と危険性を学ぶ。高校ではより専門的にゲンガーについて学ぶのと同時に就職や進学に備え始める。大学では完全に個々のゲンガーに合った専門分野と職業体験を学ぶ。


 それらを経て若者たちは社会へと出て行く。これが一般的なゲンガー専門の教育機関の流れである。


 だが、東影学園ではそれらの流れに加えてある特別な“試験”が存在する。


 それが『選影試合』。


 選影試合は、学園創立に頃から脈々と受け継がれてきた伝統行事であり一年に一度、新年度毎に行われている腕試し大会である。参加するのは東影学園に所属している全学年。参加資格は単純明快でゲンガーが顕現していて、ただ強さを望む者のみ。強ければ年齢性別問わず戦い合い、勝てば特別待遇生徒に選ばれ、一般の生徒と一線を画す豪華な環境で学校生活を送ることが出来る。


 その為、全生徒はこの選影の為に心血を注ぎ自信を高める。


 そして今年も新たな年度を迎え、選影試合が開かれる。


Side Out






Side 幻進


 あれからもう三年が経った。


 懐かしい街並みを眺めながら、俺は流れた月日の速さを実感した。


 三年前、俺は究人さんと出会いその研究に協力する形で生まれ育った街を出て行った。それから行脚を繰り返し自分自身を鍛えた。


 正に地獄の日々だった。何度死ぬ思いをしたことか、数え切れない程に究人さんが課した実験は過酷なものだった。


 でも、俺はそんな実験を生き抜いた。そして少しは強くなれたと思う。


 そんなある日、究人さんは俺にこう言った。


「高校に通ってみないかい?」


 俺は中学へ入学する前に究人さんの手伝いをする為家を出たから、中学には通っていない。でも、中学で習う一般教養は実験の合い間に究人さんに勧められて一通り勉強はしていた。


 だから今更学校に通う必要をあまり感じなかった。それに俺は強くなることに没頭したかったから、学校になど通ってる暇なんてない。


 俺は究人さんの申し出を一度断った。


 しかし、それを見越していたのか、究人さんは俺の興味を惹く内容を提示してきた。


「もうすぐ入学シーズンに突入する。君も今年で高校生になる年齢だ。タイミングとしてはとてもいいし、将来の為には高校位は出ていないといけない。だけどそれだけが理由じゃない。入学シーズン、つまりは新年度。その度に特別な恒例行事を行う学校を知っているかい?」


「ッ!」


 この街いや、この日本に住んでいてその学校のことを知らない奴はいない。俺は直ぐにピンときた。


 何せ俺が嘗て通っていた学園でもあるからだった。


「そう。君の察しの通り、君に入学してもらうのは国立東都心影使専門育成学園。通称東影学園。君が小学生として通っていた場所であり、君がそのまま進学する筈だった学園さ」


 俺の家は旧家だった。そんな家柄に生まれた親父は昔気質で頭の固い人間だった。旧家としての家柄に見合った人間に育つように幼少期から俺は厳しく躾けられた。


 そして通う学校も現代で高い社会的地位に就きやすくする為にと超名門の東影学園に幼稚舎から入園させられた。


 でも、その結果があれだ。


 俺はあの日の嫌な記憶を思い出し顔を顰めた。


「嫌なことを思い出させてしまいましたね」


「ッ! いや、大丈夫です」


 あの時の俺は弱かった。ガンマと診断され期待を裏切った俺を叱責する親父に対して何も言い返せなかった。思い出すだけで腹立たしかった。


 でも、もう俺はあの頃の弱い自分とは違う。


 これはチャンスだと思った。


 究人さんの実験協力という名目で俺は国内全土を行き来した。時には国外に行く事もあった。そのお陰で俺は同年代がするであろう経験よりも多くの経験を得られた。


 “ゲンガーの戦いについても”。


 でも、まだまだ足りない。もっともっと経験を積まなければいけない。だけど、俺は自由にあちこちへ行くことが出来ない。小学校卒業前に失踪した俺は世間じゃ行方不明者扱い。究人さんの世話になっているから身分証も金品も持ち合わせていない。遠方へ行った際も究人さんの手の届く範囲外には行けない。


 だからこの提案は正に好機そのものだった。


「……分かった。行かせてもらいます」


「フッ。ありがとう。では、こちらで手続しておくね」


 究人さんは満足そうな笑みを浮かべてそう言った。


 嗚呼、思い浮かぶのは懐かしい東影学園での日々。愚かだった嘗ての自分。それを嘲笑った嘗ての級友たち。彼らに見せつけてやる。


 今の“俺たち”を!!



Side Out






No Side



 その日の東影学園は人で賑わっていた。


 満開の桜が咲き誇る中、新品の制服に袖を通した生徒たちが初々しく保護者たちと校門を潜っていく。


今日はこの東影学園の入園入学式。超名門校である為、狭き門を通って入園入学した新入生たちはその保護者共々希望に満ち溢れた表情を浮かべていた。


 学園内では各校舎にて入園式と入学式が既に開始されていた。


 しかし、列席する在校生そして新入生、生徒たちに歓迎の演説を送る校長を筆頭とする教師陣や来賓の面々と、この場にいる全員の意識はこの式には一ミリたりとも無かった。


 皆が思っていることは一つ。


 それは“選影試合”。


 年に一度この東影学園にて行われる優秀者を選出する為の実施試験。実力主義にして参加資格は実力があることのみ。故に学年関係なく選影試合にて力を示そうとする者は数多いる。


 生徒たちは優秀者となるべく競い合い、教師と来賓たちはそんな生徒たちを見守り見定める名目で選影試合の観戦を楽しんでいた。


 勝てば優秀者として一年の間、特別待遇生徒として優遇された授業内容と学校生活を送ることが出来る。


 負ければ一般生徒としての授業内容と学校生活を送ることとなる以外、デメリットは存在しない。


 だが、その勝敗によって得られる優遇が齎す知識と経験は、生徒たちの将来に大きく影響を与える程のクオリティ差を有する。


「~であるからして、今後の諸君の活躍を大いに期待している。と、堅苦しい挨拶はここまでにしておこう」


 東影学園の現理事長である皇天影〈スメラギ テンエイ〉は、モニターを通して東影学園のそれぞれの入学式が行われている会場で新入生歓迎の挨拶をしていた。


 そして校長にありがちな長話を理事長である天影も続け、退屈な長話を漸く締めくくると本題へと移った。そのことに生徒たちを始め、教師も来賓たちも皆目の色を変えた。


 それは天影も同じだった。


「新入生の諸君は初めてで、在校生たちは一年ぶりだろう。恐らく皆、この日を心待ちにしていたのではないだろうか。かく言う私も毎年この日が楽しみで仕方がないのだよ」


 天影は薄らと皺の刻まれた顔を破顔させる。そんな天影の気持ちをこの場にいる皆は痛い程よく理解できた。皆もこの日を心待ちにしていたのだから。


「では諸君! 移動しようか!」


『オォォォォォォォォ!!』


 式場の生徒たちが咆哮の如き歓声を上げる。そして我先にと式場を飛び出し学園の中央に聳える巨大な選影試合専用の会場に急いだ。


 東影学園を構成する幼稚舎から大学部までの五つの式場から轟く生徒たちの歓声と、その五つの式場から流れ出る数千を超える人波が地を蹴る震動。


 その二つが重なり合い学園全体を鳴動させる。まるでこれから始まる選影試合を待ちわびている人々の心を体現しているようだった。


□■□■□■□■


 選影試合専用の会場。それは入園式や入学式が行われていた各部の体育館、そしてどの校舎よりも巨大であり、東影学園のシンボルと言っても過言ではない建物だ。


 その正式名称は“中央大ホール”。国立スタジアムに匹敵する広大さと、ゲンガーの能力を応用して生み出された最新テクノロジー。それによって生み出される疑似空間にて行われるあらゆる状況下での訓練が、この中央大ホールにて可能になった。加えて東影学園は小高い丘の頂に存在し、この街のどこからでも中央大ホールを確認することが出来る。


 その為、東影学園の目玉ともいえるこの中央大ホールは、東影学園の象徴と呼ばれている。


 そんな中央大ホールで行われるメイン行事こそが選影試合である。


「皆様、大変お待たせ致しました!」


 既に超満員となった中央大ホールの観客席で、今か今かと開始を待ち侘び騒然としている来賓たちが、東影学園の教師であり放送部の顧問である鶯谷音羽〈ウグイスダニ オトハ〉のアナウンスで一瞬にして静まり返った。


「これより本年度、選影試合を開始いたします!!」


『オォォォォォォォォォォォォ!!!!』


 音羽の高らかな開会宣言に観客たちが歓声を上げホール全体を鳴動させる。


「皆様一年振りでございます! 私〈ワタクシ〉は本日の司会兼実況を務めさせて頂きます鶯谷音羽と申します! そして本日の主賓の方々をご紹介いたします!! まずは我が東影学園の理事長“皇天影”!!」


 音羽の自己紹介に続き観客席で一際目立つ主賓席に座る主賓たちの紹介が始められた。そして最初に名の上がった入学式の挨拶を務めたこの学園の理事長、天影が紹介に応えて観客に手を振る。


「続いては、国立シャドウ委員会委員長“松陰幻一郎〈ショウイン ゲンイチロウ〉”!!」


 天影の隣。六つ並べられた主賓席の右端の席に座る短髪に白髪の老人が朗らかな笑みを浮かべ会釈する。


 国立シャドウ委員会とは、その名の通り競技としてのシャドウを運営管理している組織。ゲンガー専門の教育機関である東影学園とは関係が深く、在校生や卒業生のシャドウ参加への斡旋や推薦、卒業後の就職先の一つとして学園とは長らく懇意の関係である。


「国家防衛局局長“黒影豪造〈クロカゲ ゴウゾウ〉”!!」


 幻一郎とは対極の位置、左端の席に座る筋骨隆々の巨躯を持つ初老の男。二人とは違い厳しい表情を観客に向ける。


 国家防衛局は、日本国の防衛を担う組織。元は日本がまだ大日本帝国だった時代の軍隊組織であり、それが世界大戦の終戦と共に防衛局へとなった。東影学園とは帝国軍時代から生徒を兵士として徴兵していた関係があり、防衛局になった今では現場仕事の隊員または内勤の局員となる生徒の就職先の一つとなっている。


「東都ゲンガー研究所所長“真登博司〈マト ヒロシ〉”!!」


 豪造の隣の席に座る長い髭を携えた痩躯の老人。豪造同様に笑みは浮かべておらず神経質そうな表情を観客に向ける。


 東都ゲンガー研究所は、世界にも名が広がっている国内トップクラスのゲンガー関連の研究開発を行っている機関。東影学園とは定期的に技術提供をしており、その技術は学園の施設や設備にふんだんに使用されている。研究員として卒業後の就職先の一つで、選影試合では生徒たちの技能の解説役も担っている。


「我が学園の卒業生にして、去年のシャドウ世界大会優勝者“神代影児〈シンダイ エイジ〉”!!」


 主賓席の中央右側。天影の隣に座る他の主賓たちに比べて若々しい青年、影児は太陽を彷彿とさせる明るい笑顔を浮かべ観客に会釈と手振りを送った。


『キャァァァァァァァァ~~~!!』


 観客の女性陣から黄色い声が上がる。女性陣から絶大な人気があるのが伺える。


 それもそうだろう。影児は現代で最も人気のあるシャドウの選手アドミニストの日本代表。加えて他の主賓たちに比べて一回りも二回りも若く、眉目秀麗なその見た目も相まってまるでアイドルの様な人気振りである。


「そして皆さんご存知! 我が学園創立の立役者! 皇財閥総帥“皇神影〈スメラギ ジンエイ〉”!!」


 その名が出た瞬間、観客席の全員が背筋を伸ばした。中には席を立ちあがる者もいた。皆一様に緊張した雰囲気を醸しだしていた。


 畏敬の視線が集中する中、神影は他の主賓たちとは異なり、厳しい表情も笑いかけることもせずに抑揚のない表情を浮かべている。


 皇財閥は、その昔戦で武勲を立てた士族の一族で、その身分が廃止された後も様々な分野で才覚を発揮し、現代の日本に置いて実質的な支配力を持つ“皇族”として君臨し続けている。


 齢九十を超える神影は一族の現当主。天影はその名の通り一族の一人であり、神影の息子なのである。


 つまりは、この学園もまた皇財閥の所有物であるのだ。


「それでは選手の入場です!!」


ガゴンッ!!


 扉が開かれる。中央大ホールの試合場は楕円形になっており、八方に入退場用の出入口が存在する。


 開かれた扉の向こう側。脚光が生み出した影の奥から選手である生徒たちが入場してくる。



□■□■□■□■



 時は少し巻き戻って中央大ホールの正面出入口。


 そこでは選影に参加する生徒たちが受付をしている最中だった。


「次の方どうぞ」


「はい、確認しました」


「試合開始までこちらでお待ちください」


 東影学園の教師が受付に立って生徒たちからエントリーシートを受け取りその内容を確認する。


 選影に参加希望する生徒たちは皆、エントリーシートの記入が求められる。記入内容は有り触れた物で、名前や年齢、自信のゲンガーとランクなどの基本情報。そして選影参加に際しての注意事項の同意が求められる。


 競技として扱われているとはいえ、選影やシャドウなどのゲンガーを戦わせる試合では、必ず大なり小なりの負傷が発生する。軽傷程度なら良いのだが、中には生死に関わる重傷を負う場合もある。戦闘を行う為、それは避けられない。


 なのだが、それでも尚不平不満を申してくる生徒や保護者が後を絶たない。


 そんな事態を避ける為、選影へ参加希望する生徒たちには、怪我などに対して自己責任をとることに同意を求めるようになっている。


「はい、確認しますので少々お待ちください」


 受付担当の教員の手元には生徒たちのデータが入ったパソコンが設置されており、提出されたエントリーシートの内容を教員が目視で確認した後、パソコンにてデータの照合確認を行う。


 生徒に限らずこの国で暮らす人たちは、役所に住民データと一緒にゲンガーのデータとシャドウ・ランクも記録されている。


 そのデータとエントリーシートを見比べ、生徒が詐称していないかを確認した後、生徒を控室へと通す。


「はい、確認できました。奥の控室へどうぞ。次の方~」


 毎年行われるこの選影には、中等部以降の生徒たちが参加する。

その人数は莫大で学園の殆どの生徒が参加している。


 しかし、参加している生徒の殆どがベータ以上のランクであり、ガンマの生徒は滅多に参加しない。


 選影に参加制限は殆どないが、ランク差別によってガンマが参加するのを良しとしない風潮が、昨今流れるようになってしまった。


 参加する生徒がいようものなら、受付の教師は「本当に参加するの?」と言う様な懐疑的な視線を送り、他の参加生徒たちは「ガンマ風情が」と言う様に嘲笑の眼差しを送られることだろう。


 そういった事例が無い訳では無いのだが、近年までそのようなことは滅多に起こっていない。


 なのだが、今その状況が現実となっていた。


「えっと……」


 受付の教員は提出されたエントリーシートと提出した生徒、“御影幻進”と手元のパソコンの画面を交互に見比べながら困惑した。


「何か問題でも?」


「あ、いや……大丈夫です!」


 規則上何ら問題が無い為、受付の教員は幻進のエントリーを拒否できない。懐疑的に思いつつも控室に案内するしかない。


 教員の案内を受け、幻進は他の生徒たちと同様に奥の控室へ向かって行った。


 その背中を受付した教員が訝しい目で追いながら、呆れとも関心ともとれる口調で言った。


「……ハァ、マジかあの子」


「どうしました?」


「いや、さっき受付した生徒なんだけど、あの子ガンマだったんだよ」


「え!? ガンマですか? 本当に選影に参加するつもりなんですか?」


「エントリーシート提出したんだし、本気で参加するつもりなんだろうな。でも、なぁ?」


「ですよね~。ガンマで勝ち抜くなんて無理ですよね」


「戦闘向けのアルファや万能なベータと違って補助型のガンマじゃね~」


「まぁ、記念参加なのか単なる馬鹿なのか。どちらにしても俺たちには関係ねぇけどな」


「それもそうですよね」


 ガンマの参加という珍しい事態への興味も直ぐに失せた受付の教員たちは、受付作業に意識を戻していった。


 だが彼らは知らなかった。内輪だけで話していたつもりの話が、幻進の耳に確りと聴こえていたことに。


「好き勝手言ってくれてるな。まぁ、カースト最下層のガンマだからそう言うのも仕方ないか。それに外野がどうこう言おうが、俺は俺のやることをやるだけだ」


 そう言って幻進は控室がある奥へと歩いて行った。


 控室という名だが、実際には一般学校の体育館程の広さがある。まぁ、毎年の選影参加人数を鑑みれば相応の広さだと言えるだろう。


 控室には既に受付を終えた生徒たちで溢れていた。


「おいお前!」


「ん?」


 控室に入った途端、幻進は声を掛けられた。


 声の方に顔を向けてみると、そこには三人の生徒が立っていた。


「お前、ガンマなんだって?」


 そう言って三人の生徒は嘲笑う様な表情を浮かべクスクスと笑っていた。


 どうやら先程の受付の教員たちの話を聞いていたらしい。それで早速揶揄いに来たと言う訳なのだろう。


 幻進はそう理解して心の中で大きな溜息を吐き、興味無さ気に揶揄いに来た生徒たちを見た。


「困るんだよな~。お前みたいな場違いがいるとさ」


「そうそう。ここには真剣な奴らしかいないんだ。お前みたいな記念受験気分の奴は目障りなんだよ」


「ガンマ風情が参加した所で痛い目見るだけだぜ。さっさと出て行きな」


 三人は大きな声で彼を侮蔑した。


 周囲の生徒たちも騒ぎに聞き耳を立て始め、ガンマである幻進へと視線を集めた。


 三人同様に嘲笑する者、受付の教員同様に懐疑の視線を向ける者、そのどちらでもない者、様々な視線と思いが彼らの方に向かっていた。


 しかし、幻進はそんな視線が集まる中でも、動じる様子を見せることは無かった。


「そうか」


 それだけ言うと幻進は人波の中へと歩いて行った。


「へ?」


 予想外の反応に三人を含め周囲の生徒たちは面食らった。


 ガンマであることは一種のコンプレックス。それを揶揄われて何とも思わぬ人は居ないと皆思っていた。当然、幻進が激昂するか落胆する姿を皆想像していた。


 だが、実際は一切心を乱す事無く業務対応する店員の如く三人からの嫌味を受け流した。


「ッ!? おい待て!!」


 面食らって硬直していた三人は我に返り人波に消えようとしていた幻進の肩を掴んだ。


「何だ?」


「テメェ、ナメてんのか!?」


「別にそんなつもりはないけど?」


「その態度がナメてるっつってんだよ!!」


「それはそっちが勝手にそう思ってるだけだろ」


「んだと!?」


 肩を掴んでいた手が胸倉へと移動する。


 だが、それより早く幻進の手がその手を掴み捻り上げた。


「あがっ!?」


「止めてくれよ。試合前に無駄な労力は使いたくないんだ」


 幻進は涼しい表情を崩さず冷淡な眼差しで捻る腕の主を見て言った。


「テメェッ!!」


「やる気か!?」


《ウキャァ!!》


《キィキィ!!》


 取り巻きの二人が臨戦態勢に入り、二人の影からゲンガーが姿を現す。人と同じ大きさの猿に似た姿のゲンガーと、蝙蝠の姿によく似た姿のゲンガーが幻進を威嚇する。


「はぁ、俺はただ自分の身を守っただけだ。ここで戦うつもりはない。ほら、こいつの腕も離したぞ」


 幻進は捻っていた相手の腕をパッと離す。


 拘束と痛みからいきなり解放され、リーダー格の生徒は地面にへたり込んでしまった。


「痛ってぇなぁ!? もう許さねぇ!! 来い!!」


 リーダー格の生徒も影からゲンガーを呼び出した。


《ガウッ!!》


 ハイエナに似た姿のゲンガーが勢いよく飛び出して来た。流石リーダー格というだけあって、取り巻き二人のゲンガーと比べて見た目から強いことが伺える。


 ザワザワザワザワ


 突然の喧嘩に周囲が騒めく。止めるべきか、関わらないでおくか周囲は戸惑っていた。


「もう謝っても許さねぇからな!」


「ガンマ風情が身の程を弁えろ!」


「テメェ如きが選影試合に参加できないことを今ここで教えてやるよ!!」


 臨戦態勢。一触即発。今すぐにでも控室が戦場と化しそうなピリついた空気が漂う。


「(はぁ、やれやれ。軽く無力化するか)」


 戦闘は避けられないと悟った幻進は、途端に涼しい無表情に闘志を現した。


「「「ッ!?」」」


《《《ッ!?》》》


 その瞬間、対面している三人と三体に怖気が奔った。


 彼らのランクはベータ。世間一般ではガンマより優れていると言われるランクである。そんな彼らは先程まで目の前に立つ幻進のことをただの最低カーストのガンマとしか見ていなかった。


 だが、今目の前に立つ幻進は先程とは全くの別人の様に豹変した。


「(何だコイツ!?)」


「(か、体が、動かないっ!?)」


「(ゲンガーたちも怯えてる!? コイツ、本当にガンマなのか!?)」


 理性と感情が織り交ざっている人間とは違い、ゲンガーは動物と同じく本能的に勝てない相手かどうかを判断できる。


 そんなゲンガーが怯えているということは、今目の前に立つ幻進は確実に自分たちより強い存在であるということだ。


 ザワザワザワ


 周囲が再び騒めく。一触即発だった筈の状態が、喧嘩を吹っ掛けた三人組が委縮し硬直してしまったことで変な空気が漂っていた。


「そこまで!」


『ッ!?』


 漂う空気を可憐な一声が打ち砕いた。


 全員の視線が声の方へと向く。そこには青い髪の美しい女生徒が立っていた。


「鳳先輩!?」


 リーダー格の生徒が女生徒を見て彼女の名を言いながら驚愕した。


 ザワザワザワ


「うわっ! 本物の鳳先輩だ!!」


「今日もお美しい!」


 鳳と呼ばれた女生徒の登場に周囲が一層騒めき立った。先程までの喧嘩を眺める野次馬のような騒めきではなく、まるでアイドルのライブで湧き上がる観客のようぶ騒めき立っていた。


「鳳?」


 騒めく生徒たちとは異なり、幻進は鳳のことを知らなかった為、彼女が何者なのか首を傾げた。


「はぁ!? お前知らないのか!? この方は“鳳澪子オオトリ レイコ”様!! 今年二年に上がられた東影学園高等部二年生にして連続で特待生権利を獲得した実力者!! その実力と優秀な学力を買われ生徒会役員を務める才色兼備のマドンナ!! それが鳳先輩だ!!」


「へぇ~、実力者……」


 リーダー格の生徒も彼女のファンらしく幻進に鳳澪子の簡単な説明を熱弁した。


 しかし、そんな熱弁よりも澪子が実力があるという点に幻進は興味を持っていた。


「はいはい、ありがとう。そんなことより、揉め事ならここじゃなくて試合でしなさい。他の生徒の迷惑になります」


 この状況になれているのか、澪子は周囲の囃し立てる喧騒を軽く受け流しつつ、四人の諍いを窘めた。


「「「は、はい! すみませんでしたっ!!」」」


 憧れのマドンナからのお叱りを受けた三人組は、形はどうあれ澪子と話せたことに感激して自ら吹っ掛けたいちゃもんのことをすっかり忘れてしまっていた。


 三人は嬉々とした離れて行った。


「入学早々災難だったね。大丈夫だった?」


「はい。ありがとうございました」


 そう言って幻進は澪子に感謝を述べた。軽く頭を下げつつ澪子のことを改めて見据える。


 周りが囃し立てるだけあって外見は眉目秀麗。男女問わず人目を惹く容姿をしている。


 だが、それだけではなく、彼女自身から只者ではない雰囲気が醸し出されている。


「(この女、確かに強いな)」


 幻進は澪子の醸し出す雰囲気と、彼女の陰に潜むゲンガーの強さを感じ取った。


「ん? どうかした?」


 自分を見据える視線に澪子は小首を傾げる。ただそれだけの仕草なのにとても絵になる。


「いえ、何でも――」


「大方お前さんの実力を見定めてたんだろうよ」


 幻進が返事をするより前に新たな闖入者が口を挟んできた。


 二人の視線が声の方へと向く。そこには澪子同様に眉目秀麗な銀髪の男子生徒が立っていた。


「あら、大神君じゃない」


「よっ鳳! 相変わらず世話好きだな」


 大神と呼ばれた生徒は澪子と気さくに言葉を交わす。その親し気な様子から彼は澪子と同じ高等部の二年生であることを幻進は理解した。


 それと同時に澪子の実力を見据えていたことを見抜かれた。そのことから大神もまた澪子に匹敵する実力者かもしれないと彼は思った。


「生徒会の一員として控室で勃発しそうな諍いを未然に防ぐのは当然の責務だと思うんだけど? そんなことより、私は御眼鏡に叶ったのかな?」


 澪子の視線が彼を射抜く。


 清楚な見た目に反して、その視線は小悪魔の如き加虐性を秘めていた。曰く、自分を値踏みした事に対するちょっとした意地悪と言うことなのだろう。


「え? あぁ、不躾な真似をしてすみませんでした」


 そう思った彼はすぐさま澪子に頭を下げ謝罪した。


「おぉ! 鳳が新入生を虐めてる!」


「虐めてないわよ!」


「俺も別に、虐められてる訳じゃないですけど……。先程の返答ですが、お二人が強いということは何となくではありますが、伝わってきてます」


 二人の立ち振る舞い。そして影に潜んでいるであろうゲンガーから醸し出される気配。それらが二人が強者であることを幻進に伝えていた。どれ程の強さを持っているかは分からないが、少なくとも先程のいちゃもん三人組よりかは遥かに上の実力であることは確かだろう。


「お前、分かってるな! 自己紹介が遅れたな。俺は“大神白狼オオガミ シロウ”。鳳と同じく高等部二年だ! よろしくな!」


「さっき紹介されたけど、改めまして。東影学園高等部二年の鳳澪子よ。生徒会の一員で書記をしてるわ。よろしくね」


 白狼と澪子。二人の上級生と図らずとも入学早々に知り合ってしまったガンマの生徒。その内心は穏やかなものとは言えないが、特待生となる実力を持つ生徒と知り合えたことに高揚を覚えていた。


「ご丁寧にどうも。俺は御影幻進です。こちらこそよろしくお願いします」


 幻進はそう言って二人に頭を下げた。


「御影って、あの旧家の?」


 澪子は幻進の苗字を聞きそう尋ねた。


 皇財閥程ではないにしろ御影家もまた旧家として一部の者たちにその存在を知られている。


「え? あぁ、まぁ……。よく言われますけど、俺は違いますよ」


 幻進は嘘を吐いた。


 確かに幻進は御影家で生まれ育ったのだが、三年前に家を飛び出した為に世間で幻進は行方不明扱いとなっている。


 恐らくだが、御影家の現当主である幻進の父にとって、家出した幻進のことなど絶縁したも同然に思っている筈だと、幻進は思っている。例え父親がそう思っていなかったとしても、幻進当人が勘当されたと思っている為、どの道自らを御影家の一員であると認めることは出来なかった。


「そうなのね。ごめんなさい」


「まぁ、似た苗字もあるわな」


 同じ苗字を持つ者は数多く存在する。相当な珍名でない限りは、世界を見ても同性の人間は少なくても二人はいるものである。


「はい、そういうことです。それでは先輩方、後程の試合よろしくお願いします」


 幻進はそう言って頭を下げると、今度こそ人波の中へと消えていった。


「……アイツ、一瞬言い淀んだな」


「えぇ、そうね。恐らく、御影家の人間であることは間違いないわね」


「嗚呼。名前に“影”が付く奴は珍しくねえが、苗字に“影”が付くのは由緒ある家柄か、歴史ある一族の血統に連なるかのどちらかしかないからな」


 遥か昔、ゲンガーと共に英雄となった者がいた。後世では、その者の偉業に肖るべく、英雄の名を拝借したのが由緒ある家柄の始まりだった。


 効果があったのかは定かではないが、英雄の名を拝借した者たちは様々な方面で大成した。武勲を立て貴族となった一族や商業で財を成したコミュニティ、そして政を執り仕切り国を統治する為政者たち。その殆どが英雄の名の欠片を持つ者たちであり、今に伝わる由緒ある家柄の始まりという訳である。


 だが反面、そうでない家柄の家名には英雄の名の欠片が入っていない。


 その為、一般の家柄では家名ではなく個人の名前に欠片を入れる。


 まだ身分制度が厳しい時代では、欠片を名前に入れることは身分の高い者にしか許されていなかったのだが、それが撤廃された現代では誰でも自由に欠片を名前に入れることができ、現代の全世界で老若男女問わず誰しもが個人名に命名する程の人気振りを誇っている。


「御影の人間ならあの威圧感も頷けるな」


「でも、彼は御影であることを隠してるみたい。てことは、彼が行方不明になってた御影の長男……」


 御影家の長男が失踪したことは各方面に伝わっていた。ガンマと認定された為に逃げ出したのだろうと、大半の者たちは早々にそう結論付け、その存在を視界と脳裏からシャットアウトした。


 だが中には、仮にも欠片を名に持つ一族の一人だから何かあるかもしれないと勘繰り、一応はその行方を気に留めていた。


 今の澪子と白狼のように。


「まぁ、何にせよだ! 今回の選影試合は荒れそうだな」


「えぇ、楽しみだわ」


 美麗な二人から溢れ出る血を求める獣の如き闘争のオーラ。


 二人は成績優秀者ではあるが、選影試合の常連で何度も勝利を重ねてきた強者。そして同じ強者を求める闘い好きでもある。


 故に二人は胸を高鳴らせていた。


 そんな合い間に受付は終了して、控室は参加生徒たちで埋め尽くされていた。


 中央大ホールには参加者用の控室が複数存在する。それは毎年参加する生徒の数が膨大である為、一般体育館程の大きさがある控室一つでは、その数が入りきらないのだ。


「皆さんそろそろ時間です!!」


 係員の教師の声を合図に生徒たちが列を成す。ここにいる参加者の殆どが参加経験のある者たちばかり。流石に慣れたものであり、すぐさま入場の隊列に並び始めた。今回が初参加となる生徒たちは、そんな彼らに倣い拙い動きで並び始める。


 控室はそのまま会場へと通じている通路が一本伸びている。普段はその通路は大きな門で閉じられており、控室に集まった生徒たちはその扉の前に並んで入場を待っていた。


 扉の向こうから音羽のアナウンスが響いてくる。会場と控室は二つの扉と通路に隔たれていて音羽のアナウンスはハッキリとは聴こえていない。


 それでももう直ぐ試合が始まるのだと、控室に集まっている生徒たちは緊張と高揚で張り詰めた空気を漂わせていた。


 そして扉は開いた。


「それでは入場してください!」


 教師の声を合図に生徒たちは歩き出す。


 控室側の扉を抜け、生徒たちは無機質な通路を通っていく。その先には、通路と会場を隔てるもう一つの扉があり、今は硬く閉ざされていた。


 生徒たちの行進が扉に近づくと、扉は重々しい音を上げながらゆっくりと開いた。暗い廊下に脚光が射し込み、彼らが進む先に白く輝く光が現れ、皆その中へと入っていく。


 これより、選影試合が開始される。


To be continued

いかがでしたでしょうか?


私の妄想の具現化を少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。


次回もよろしくお願い致します。

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