98ページ目 悩み事
「ホムラ!」
「ホムラ様! ご無事でしたか!?」
「ああ。数百メートルは飛ばされたけど表面的な傷は無い。鈍痛があるだけだ」
「ほっ……」
「良かったです……」
虚無の境地が去ってから駆け寄った二人はホムラの様子を見て安堵する。
そんなホムラに傷は無いが、心残りはある。少なくとも、まだ虚無の境地に敵認定はされていない。ただの面白い観察対象のようなものだろう。
「取り敢えず帰るか。今回は多少の収穫もあった。ついでにこの果実も持ってくか」
「そうですね。魔力増幅効果があるみたいですから。虚無の境地も愛食してましたね」
「これで私も少しは力にならなきゃ……!」
それを言う必要は無く、此方も一度帰る事にする。
ついでに赤い木の実を持ち帰り、三人と一匹は鍵を使用。自分の屋敷に戻ってきた。
「ただいまー……って、誰も居ませんよね。まだ昼間。それどころか長くて一時間くらいしか経過していません」
「そうだな。今からでもクエストを受けるか、少し休憩するか」
「虚無の境地と一戦交えたし、流石に休んだ方が良いんじゃないかな?」
帰って来たのは誰もいない静かな屋敷。
時間帯が時間帯であり、トキ達はクエストに行っていると考えれば当然の事だった。
ホムラもクエストに行こうとするが、それはフウが制した。
あまり大きな戦いではなかった。しかし戦ったのは事実であり、ホムラは吹き飛ばされもした。そして何より魔力の消費量が多く、身は休めた方が良い状況である。
「けど、何かしていないと逆に落ち着かないな。のんびりと寛ぐのは性に合わないって言うか、落ち着かない」
「ホムラって昔から落ち着きなかったもんね。常日頃から慌ただしいし、少しはのんびりしなきゃ」
「分かってるけど、そう簡単には行かないさ。昔からだからこそ今から変えられないって言うか」
「もう、ホムラったら」
「…………」
幼馴染のフウはホムラの事をよく知っている。なので軽く笑いながら話、心なしかホムラもいつもより軽く話せている。
それを見ていたセイカは複雑そうに俯き、ホムラは小首を傾げた。
「どうした? セイカ。元気がないな」
「はい……。少しヤキモチ的なモノを焼いてしまいました」
「え? ヤキモチって……私にですか……? セイカ様。婚約者であるセイカ様が何故私なんかに……」
正直に言い、フウは困惑する。
それもそうだろう。立場的にセイカはホムラにとって絶対の位置に居る。三人の相手をした方が良いとメグミからアドバイスも貰ったが、ホムラは最初の相手にはセイカを選んだ。色々と邪魔が入るのでまだ終わらせていないが、基本的にセイカ優先。
フウからしたらヤキモチを焼く理由が無いのだから。
それについてセイカは小さく笑いながら話す。
「それは……私の知らないホムラ様を知っているから……でしょうか。フウさんの言うようにホムラ様は私の婚約者。しかし、私の方がホムラ様を知りません。それが少しモヤっとするのです」
「それは……仕方無いですよ。本来、婚約者同士が相手と会う回数は然程多くありません。必然的に私のような立場の方が多く知れると言うか……」
「ふふ、すみません。少し僻んでおりました。付き合いの長さならフウさんの方が長いですもんね。何となく、疎外感を覚えるんです。愛する人が他者と親しくしているのは」
笑って返し、反省する。
そう、セイカは案外そう言った部分もある。そもそもホムラとセイカは依存関係に近いので些細な切っ掛けが不信感を持たせてしまうのだ。
二人の両親か兄弟姉妹か。親しい使用人か。誰か一人でも残っていれば此処まで荒む事も無かっただろう。
しかしながらホムラもセイカも自己分析と他者への気遣いは出来る方。今以上に歪む事は、どちらかが死するか居なくなるまでは無い筈である。
二人の会話を聞いていたホムラは天井をボーッと見つめながら話す。
「多分それは俺が原因だな。最近はようやく実行しつつあるけど……前までは自分の気持ちを抑えてセイカを受け入れなかった。あの逃避行の夜にでも受け入れていたらセイカもそんな風に思う事は無かったのかもしれない」
あるのは後悔。行為に及び、子を残すのは貴族、王族として当然の事。それだけではなく、二人の立場からそうするべきだったのだ。
それこそ二ヶ月前、逃避行の初夜。セイカが求めた時にホムラが受け入れていれば今頃セイカに子が宿っていたかもしれない。
相手と肉体的な関わりを持つのは天涯孤独になった二人に必要な事。それは口約束だけではなく、命として確かな“形”を残さなければならない。
それを踏まえた上での後悔がホムラにあった。
もっとも、ホムラは元々死ぬつもりであり、子供が出来たとしてもセイカとその子供を残して逝く事になりそうだが。
「ホムラ様……。……今からでも遅くありません。貴方様と私が居るのならば、例え世界が滅んでも繋がりは残せます……!」
「そうだよ、ホムラ。そんな態度じゃセイカ様が可哀想。メグミさん程はやり過ぎだけど……もうちょっと前向きに、積極的になるべきじゃないかな?」
「そうだな。参考くらいにはしておこう。まあ、今はフウも居るし時間はあっても……する訳にはいかないな」
基本的に、あらゆる事柄に対して後ろ向きなホムラだがセイカとフウに言われて頷く。
今は時間もあり、余裕もある。しかしする気にはなれなかった。
フウは苦笑を浮かべて話す。
「別に私は良いよ……。此処でのんびり過ごしてるから。まだ昼間だからムードは無いけど、部屋のカーテン閉めたり薄暗くすれば出るんじゃないかな……」
「フウさん……。やはり、一昨日言ったように私達三人で……」
「い、いえ。それも一昨日お断りしたようにやはり婚約者であるホムラと……」
「しかし、フウさんの呪いもホムラ様と交わらなければ解けないとメグミ様が仰っておりました故に……!」
「そ、それは二番目や三番目でも大丈夫だと思いますよ? それに、それによって死する者は居るかもしれませんけど、メグミさんの判断では私が一生引き摺るだけで命までは失わない筈ですから」
「心に傷が残ってしまうのが問題です。私もフウさんには幸せになって欲しいのです……!」
「幸せですよ。今でも十分。一昨日も言いましたよね? 仲間達や好きな人と一緒に居られる今が幸せだと」
「いえ、やはり貴女には真の幸福を与えたいです。ぶっちゃけ私自身の願望です!」
「いえ、やはりセイカ様が……」
「いえ、フウさんも……!」
「…………」
また、セイカとフウのやり取りは長くなりそうな雰囲気。もう既に大分長い。
傍から聞いたら低俗とも取られる事だが、二人に俗な気持ちは無く純粋に相手を想っての事だった。
一番の問題は、セイカにとってホムラが絶対だからこそ二回戦や三回戦。何人まとめてもイケると買い被っているところ。流石にそんな体力は無い。行為一回で数キロ走ったのと同じくらいの疲労が募るらしいので色々と大変である。
もう巻き込まれているがこれ以上巻き込まれぬようホムラはその場から離れ、ガルム、カエン、スイレイ、センプウ、ガンセキと共に散歩に出た。
*****
「休憩ってのを進んで取った事は無いけど、こう言うのも悪くないな」
『ワウ!』
『ボニャア』『ニャバァ』
『ビュニャア』『ニャゴン!』
屋敷から少し離れた森の中。ホムラとガルム達はのんびりと散歩をしており、戦場や都会と違った味わい深い空気を感じていた。
自然と言うものは心を落ち着かせる事が出来る。生きるだけで精神的に疲れてしまうこの世界。ペット? と自然で癒されるのは効果的だった。
「……お。こんな所に湖があったのか。二ヶ月住んでいるけど、意外と気付かないものだな」
『バウワウ!』
『『『『ニャニャニャニャー!』』』』
いつも行かない方向に少し進み、透き通る湖を見つけた。
太陽の光に反射して水面がキラキラと輝いており、ザァザァと辺りを優しく初夏の温風が吹き抜ける。
地面は短い草が生い茂った自然のカーペットのよう。座ると柔らかく、土にも汚れない心地好いものだった。
ガルム達もホムラに続いて座り、と言うか寝転がり、大きく欠伸をして目を閉じる。早くも眠くなってきたのだろうか。
「ま、いいか。悪くない場所だ。秘密基地……にするのは少し幼いな。けど秘密の場所にはなるかも」
ホムラは自分の手を枕にして寝転がり、森の木々が見下ろす青空を見て一息吐く。
何をする訳ではない。ただ何となく空を見上げると心が安らぐだけ。
ローブは外しており、顔は露になっている。しかし人が来た痕跡も人が来る気配も無く、本当に孤立した場所の様子。外では常に被り物をして居るので中々に新鮮な感覚だった。
「…………」
風を感じ、ボーッと空を眺める。この二ヶ月は短い期間で色々あった。
家族と使用人が死亡。自分の系統が全滅。脳裏にこびりついた鮮明な光景は取れない。しかし少しは落ち着きを見せていた。
そんなもの存在しないのは分かっているが、例え死した者達を生き返らせる術があってもホムラは使わないだろう。凌辱の果ての死亡。このまま生き返らず次の生を受けた方が間違いなく最良の選択だからだ。
【俺がもう少し早く来ていれば……】【ありがとう……ホム……】【逃げるぞ……逃げ……】【ヒャハハ! 死ねェ!】【……! ホムラ様!】【……! ホムラ! 危ない!】
「……っ」
静かな場所で間を置くと余計な事やトラウマ。後悔を常に考えてしまう。ホムラは頭を抱え、身体を丸めた。
助けられてばかりで、自分は助けられなかった。自分では何も出来なかった。
思ってみれば真の復讐対象である首謀者や親しい者を殺めた野盗は既に殺害済み。切っ掛けになった虚無の境地を仇として行動しているが、おそらく討伐したとしても虚しさしか残らないだろうと言うのは既に理解している。
理解した上で目的が無ければ脱け殻のようになるだけ。故にせめて今を生きる気力として虚無の境地を仇に見立てている現状。ホムラは既に自分自身に虚しさがあった。
考えれば考える程に頭に靄が掛かり、胸が苦しくなる。呼吸も少し早くなり、歯を食い縛って目を閉じる。しかし嫌な記憶は鮮明に焼き付いたまま離れない。
「──ホムラ様?」
「ホムラ。こんな所に居たんだ!」
「……。セイカとフウか」
モヤモヤ。それだけでは説明出来ない牴牾しい感覚。鬱陶しさを覚えていると、セイカとフウがホムラを見つけて話し掛けてきた。
そちらに視線を向け、見上げる形となった二人の存在は太陽に照らされ、後光が差しているようにも見えた。
「話し合いは終わったのか?」
「はい。今夜のお楽しみです♪」
「私は別に……」
ホムラが訊ね、セイカが笑い掛ける。フウは俯き、少し赤面していた。
そんな二人もホムラの横に寝転がり、空を見上げる。
「こんな場所が近くにあったんですね。ホムラ様。ズルいですよ。こんな良い所を独り占めなんて」
「いや、俺も今さっき見つけてガルム達の散歩ついでにのんびりしていたんだ。休むってのは家の中でボーッとするだけじゃないしな」
「ふふ、この感じ、四人で切り株に寝転がっていた事を思い出すね」
「ああ、そうだな」
牴牾しい感覚。進展しない事態。進展した所で残るであろう虚しさ。
しかしセイカやフウ。トキ達など今のホムラにはまた親しい者達が出来た。
限りなく最低に近い現状ではあるが、本当の最低ではない。本当の最低というものはセイカ達も死亡し、ホムラが真の意味で一人になった時。現状のツラさに満足は出来ないが、妥協する気概があればほんの少しだけ幸福に戻れるかもしれない。
ホムラ、セイカ、フウの三人とガルム達五匹。トキ達が帰って来るまでの少しの間、のんびりと一日を過ごすのだった。




