90ページ目 約束
──“三日後”。
「「…………」」
エルフの国の騒動を解決してから三日後の夜、自室のベッドの上にてホムラとセイカは衣服を纏わぬ姿で向き合っていた。
互いに妙な緊張感が走っており、セイカは真剣な面持ちながらも赤面し、ホムラにも落ち着きが見えず何度も繰り返すように深呼吸を続けている。
「……そ、それではホムラ様……お約束通り……今夜こそ……」
「……ああ……覚悟は決めた。男に二言は無い」
──そう、エルフの国へ行く前の約束通り。ホムラとセイカは今夜事を済ませるつもりなのである。
本来は婚約し、成人を迎えたその日に交わる者達は多い。そうする事で早いうちに世継ぎを残し、貴族や王族として将来を安泰させるのだ。
ホムラとセイカは婚約し、成人を終えるまで会っておらず、久々の再会の日は最悪の日だった。
それもあって未だに初夜は過ごせずに居る状態にある。だからこその今夜。
「では、口付けから……」
「ああ……」
二人はまず口付けを交わす。それによって脳から幸福を感じさせるドーパミンが分泌され、互いの気持ちがより高揚する。
互いに顔を近付け、目を閉じて唇と唇を重ね合わせた。そのまま舌と舌が絡み合い、唇と舌。互いの感覚を味わう。歯に当たるなどもなく二人とも上手かった。
そのままホムラはセイカを優しく押し倒し、セイカの胸と共にベッドが小さく弾むように揺れる。重なり合う二人の体。互いの顔を離し、息の掛かる距離で向き合った。
「…………」
「…………」
鼓動がより早くなる。心臓の音が互いの耳に届きそうな程の緊張感。
貴族・王族としての家はもう無い。家族すら残っていない。だからこそ、二人で今宵、共に新たな家族を──
「ちょっと待ったーッ!」
「……っ。今夜も来ましたか……!」
「……」
そこに、バーン! と言う効果音が似合いそうな登場を果たす者、トキが虚空から現れた。
時間を止め、動かして現れたのだろう。
そしてセイカの言葉。今夜“も”。
約束では戦争が終わったらすぐだったが、終戦直後にする事が出来ず三日も経過した理由がそれである。
毎晩トキがホムラを寝取りにやって来るのだ。
「今夜は邪魔させません!」
「今夜も邪魔するからね!」
セイカが杖を出し、引火しない程度の魔法で牽制。当然無詠唱。当たってもダメージは無いだろう。それはあくまで脅し。だが、そんな小さな炎に反応するトキでもない。
トキは重力を操り、空気の方向を操作。炎魔法の火を消し去る。同時にセイカの周りの空気を軽くして持ち上げ、そのまま自分と場所を入れ替えた。
「これでホムラの初めては私が……!」
「……っ。卑怯です……!」
「はあ……」
一連の流れに巻き込まれたホムラはベッドの上で仰向けになっている。その足元に衣服を取っ払ったトキが乗る。ベッドの上にて甲から膝に掛けて体を少し浮かせホムラに股がり、衝撃でまたベッドが軋んだ。胸は揺れない。
まだ足に乗っただけであり、何もしていない。しかしこれからするつもりだろう。
「いただきます♪ ホ・ム・ラ♡」
「ホムラ様ぁ!」
ホムラの顔に迫り、セイカは悲鳴にも近い声を上げる。
因みに、此処までが全てこの三日間でのやり取り。……そう、三日間全て。此処まで同じような流れだった。
「何か楽しそうな音がするー! あれ? ホムラ達今日も裸で寝るの~?」
「……ああ、そうだよ。ゼッちゃん」
賑やかな音に誘われ、興味を持ったゼッちゃんがやって来た。
まだ幼いゼッちゃんには行為を行う姿を見せる訳にもいかず、中断。それが三日間続いているのだ。
そんなこんなでホムラとセイカは今日も行為をせずに終わった。
高揚し、火照った体を冷ますのは難しいが、夜も暮れて自然と冷める事だろう。
そして、ゼッちゃんには裸で寝ると言った手前、衣服を着ずに寝なければならないのもまた少しツラいものがある。
初夏なので寒くはないが、毛布に陰部が当たる事への衛生面。互いの体が触れ合う事で求めてしまう生理現象。今夜も中々眠れない夜になりそうである。
「じゃあボクも一緒に寝る~!」
「では、私は自室に戻っております。いつものようにゼッちゃんを頼みました。ホムラ様」
「ああ、いつものように任せてくれ」
ゼッちゃんは寝間着を着用してホムラとセイカ、トキの居るベッドに入り、無邪気に笑う。
執事は頭を下げて部屋を出、ホムラはゼッちゃんの頭を撫でた。
「じゃ、今日も一緒に寝るか。ゼッちゃん」
「うん!」
「ふふ、そうですね。ホムラ様。またの機会にしましょう」
「残念。もう少しだったのにぃ」
「……。トキさん。なぜ貴女もベッドに?」
「いいじゃーん。別に!」
ゼッちゃんが居るので、全員が眠った後でする事も出来ない。
ホムラとセイカ的に悪い気はしないが、それでもまたお預けである。
今夜も四人仲良く、一緒に眠りに就くのだった。
*****
──“翌日”。
「ふぁ……おはようございます。ホムラ様」
「ああ、おはよう。セイカ」
次の日、体が火照りながらも何とか眠れたホムラとセイカは朝の挨拶を交わした。
トキとゼッちゃんはまだ眠っている。この光景だけ見たら事後だが、何もしていない。何も出来なかった。しかし関係は良好なままである。
ホムラは既に衣服を着ており、セイカも立ち上がってドレスを着用する。
「あ、ホムラ様。抑えてください」
「分かった」
ドレスは着用するのも割と複雑。なので基本的には平民が着るような物を使っているが、全部洗濯中なので三日に一回くらいはきらびやかなドレスになる。
いつもはフウが手伝っているが、丁度ホムラが居るので調整は頼んでいた。
「ふわぁ……あ、おはよう。ホムラ。セイカ」
「むにゃ……朝~?」
「おはよう。トキ、ゼッちゃん」
「おはようございます。二人とも」
毎晩邪魔しに来るトキだが、それが原因で不仲になったりはない。ほんの戯れのようなものなので恨み言は無いのだ。
朝食を摂る為に一先ず食堂に向かう。その渡り廊下を進む。途中でゼッちゃんの執事とも合流し、その道中セイカとトキの二人が話していた。
「もう、トキさん。そろそろ私とホムラ様をさせてください」
「ダーメ。だってセイカだけ先に行くのはズルいもーん。私の後なら良いよ?」
「初夜は婚約者が過ごすものです。他の貴族や王族の方々にはメイドさんや奴隷で終わらせた人も多く居ますけど、私は大義に則って終わらせます」
「お堅いなぁ~」
「堅い堅くないは関係ありませんよ。好きな人の初めては私が良い。初めてなので上手い下手もあるかもしれませんが、それでも私はホムラ様と初めてを行いたいです」
「それなら私だって……」
恨み言は無いが、そうして欲しいという考えはある。
トキもそれについては思うところがあるようだが、大きくは言わなかった。
「ねぇねぇ。二人は何を話してるの~?」
「ゼッちゃんにはまだ早い事かな」
「えぇ~?」
「ほら、朝御飯に行こう」
「え! うん! 朝御飯食べに行こ!」
教えて貰えずガッカリするゼッちゃんだったが、朝御飯と聞いて明るくなる。
この単純さは今後も残して置きたいところだ。
「あ、ホムラ! ご飯出来てるよ!」
「一緒に食べよ。ホムラ」
「フウ。サチ。そうだな」
「ボクも一緒~!」
「あ、ホムラ様の隣が取られてしまいました……!」
「あーあ。残念」
食堂に着き、既にフウとサチが準備をしており、ホムラとゼッちゃん。及びセイカとトキ。そして執事も手伝いを行う。
今回はメランがおらず、このメンバーだけの食事。と言うのも“厄災の王”を魔族の国で捕らえているのでそれについて色々あるのだ。
それでも手慣れているのでテキパキ進み、すぐに食事の準備が整った。
「朝ごはーん!」
「ホラ、ゼッちゃん。そんなにはしゃぐなよ」
「ホムラ。私は隣」
「ああ、見たら分かる」
「えーと……セイカ様。せめてホムラの前は譲りましょうか?」
「いえ、先を越されたのは私です。それを奪う訳にはいきません」
「私も……本当はその席を盗みたいけど、此処からでもホムラの顔は見れるからね!」
着席は誘った順。ホムラの両隣にサチとゼッちゃんがおり、フウはホムラと向き合う形で座っている。そんなフウの両隣にセイカとトキが着席していた。
並んだ献立は朝なので軽めの物。パンやサラダに卵類。肉類は重いので朝は摂っていない。それでも栄養バランスの取れた食事である。
「フフ、今日も賑やかな一日になりそうでございますね」
執事はいつものように窓辺から食事の様を眺め、穏やかな表情でその様子を見やって呟く。
ふと見た窓の外には森と青空が映り、風が吹き抜けると同時に小鳥が飛び去った。
また今日も、新たな一日が始まる。




