84ページ目 エルフの森
──“エルフの森”。
「見れば見る程、自然豊かな国だな。魔物も居ないしこんな状況じゃなけりゃ散歩するのに最適だ」
「こんな状況じゃなければ君達は国に入れてない……」
「ま、そうだな。こんな自然をお目に掛かれた事に感謝するのは不謹慎だからやめておこう」
第三拠点を発ち、ホムラ達は美しい森の中を進んでいた。
まだ昼間。なので木々の隙間から差し込む木漏れ日が光の目印のようになっており、穏やかな春風がザワザワと吹き抜ける。時間帯的には丁度眠くなる頃合いだろう。
魔物は居ないが小動物などはおり、丸太の上にて木の実を頬張って道行くホムラ達を眺めていた。
木々に草花。自然豊かな場所だが、それ以外にも色々と気になるものはある。
「なんか、エルフの国ってキノコの類いが多く生えてるな。色鮮やかで俺達の知るキノコより大きいけど」
それはチラホラ見れるキノコ。
高さは数十センチから5m程の物まで様々。考えてみれば街の方にもキノコを利用した物件は色々あった。
ホムラの見るキノコに視線を向け、エメラは話す。
「これはこの国にしか生えていない特殊なキノコ。大きいから色々利用出来るし、人が数十人乗っても潰れない物もある」
「へえ。強度もあるのか。そして柔軟だから加工もしやすい。便利なキノコだ」
「便利なだけじゃない。毒キノコとか、特殊な胞子を撒き散らす危険なキノコもある」
「へえ。毒キノコ以外での危険なキノコか。どんなだ?」
この国のキノコは色々と特殊。そして当然危険な種類もあるらしい。
それについて訊ねたところ、エメラは指を差す。
「例えば向こう側にあるのは痺れ茸。その名前の通り胞子を吸ったら痺れる。動けなくなった生き物をジワジワ吸って自分の養分にする。後はワライダケ。それ自体は小さなキノコで、食べた人を笑い殺して親キノコの養分にする。キノコダケ。食べた人にキノコを生やして爆発。胞子を飛ばす。その他にも……」
「そうか。理に適ってるな。人間もキノコも子孫を残すのが生の目標。あらゆる方法で生きて子孫を残すのか」
生き物を殺し、宿として種を繁栄させる。キノコも人間も根本的な所はあまり変わらないんだなと小さく笑った。
それを聞いていたセイカがエメラに話す。
「全て物騒ですね……なんか、人を殺めるとかではなく、単純に不思議な効果のあるキノコとか無いんですか?」
「害は無くて単純な……それならアイアイダケとか……」
「アイアイダケ? 面白そうな名前ですね。どう言った効果があるんですか?」
「大きさは3~6m。人二人が丁度入るくらいの大きさで……特殊な胞子を出してその二人の仲をグッと近付ける……」
「わあ、ロマンチックですね! 愛を育むから“愛々茸”ですか!」
両手をパンッと叩き、乙女っぽくニコやかに笑うセイカ。エメラは淡々と説明を続ける。
「それで、性行為に及ばせてその時に出た体液を栄養に成長する。大きい“アイアイダケ”程沢山の人や生き物が性行為をした証。別名“ビヤクダケ”」
「え゛……そ、それは……ロマンチックじゃありませんね……」
「けど良いかも。ホムラを誘い込めば私が先に……!」
「それもダメです!」
要するに特殊な胞子には別名が示すように強い媚薬のような効果が含まれており、男女。何なら男同士女同士問わず性的興奮を与えるのだろう。
体液があれば良いのだから、他種族の体液はどちらのでも構わないようだ。
「びやくって何~?」
「媚薬って言うのは人がセッ「わー! わー!」をする時に性的「ちょっとエメラさん!?」を高めてより効率的に「ダメです! まだゼッちゃんには早いです!」する薬……」
「セイカうるさーい! よく聞こえなかった!」
「人を興奮させてしまう薬です! ただそれだけですよ!」
色んな方向で苦労するセイカ。
自分が他に不思議なキノコが無いか聞いたのが原因なのでその尻拭いは自分でするようだ。
「お疲れ様。セイカ」
「ホムラ様ぁ……」
ホムラから何もする事は出来ない。なので軽く頭を撫で、疲弊するセイカを宥めた。
セイカはホムラに抱き付き、泣きそうな表情で甘える。
「ちょっとセイカー。ホムラにくっ付き過ぎ~」
「今だけは私の特権です。トキさん」
「ボクもホムラにくっ付きたーい!」
「じゃあ私も」
「賑やかな方々……」
セイカに紛れ、トキ、ゼッちゃん、サチの三人もホムラに抱き付き、エメラは何とも言えない表情をしていた。
実力が確かなのは目の当たりにしなくとも分かるが、その様な者達がこんなにわちゃわちゃしているのがおかしいのだろう。
エルフから見た人類の印象は危険なもの。少なくとも今のホムラ達にはその様な気配も感じなかった。
「まあ、こんなに自然豊かな国。この調子だとキノコ以外にも不思議な植物は生えてそうだな」
「実際生えてる。ダークエルフの拠点に着くまで数日。食事も摂らなきゃいけないけど、料理する前に私に見せて。エルフ全員、植物の知識があるから」
「そうか。その時は頼むよ」
魔物などもおらず、自然の多い環境だからこそ他の植物は独自の進化を遂げている。
それもあってキノコや毒を持つ葉や花以外にも危険な植物は多い。森自体に魔力も流れているのでこの様な変化を遂げるのだろう。
しかし、エルフであるエメラには植物の知識が確かにあるようなので食事時などは頼りっ切りになりそうである。
エルフ救出の為に同行して貰ったエメラだが、エメラが居なければ食事もままならない事だっただろう。
ホムラ達は森の中を進み行く。
*****
そして数時間後、日も暮れた頃合い。月と星達が高い木々から顔を見せ、ほんのりと明るい拓けた空間にてホムラ達は野草やキノコなどを掻き集めていた。
触れるだけでも危険が及ぶ可能性を考え、ホムラが確認してもし駄目だったらゼッちゃんに治療して貰う。その様なやり取りを経て集めたのだ。
ちなみに、実際に三回はホムラの手が腫れ上がったり痺れたりしている。しかし症状を無効化出来るサチとメランの回復魔術を模倣したゼッちゃんが居るので無問題である。
「それで、集めてみたけどどうだ?」
「じゃあ選別するね」
入れ物はその辺の蔦を編んで作った。ホムラにはサバイバル能力もあるのでこれくらいの工作なら容易いものである。
そんな、野草やキノコが大量に入ったカゴが三つ。空のカゴが一つ置かれ、エメラは迅速に目利きする。
「オーケー。ダメ。オーケー。ダメ。ダメ。ダメ。ダメ。ダメ。オーケー。ダメ……って、触ったら駄目だったのは入れなくても分かったんじゃないかな? ……ダメ。ダメ。ダメ。オーケー」
「やっぱりダメなやつは多いか」
「ホムラ様の手に異常があったのも火を通せば大丈夫かと思いましたけど、やっぱりダメなんですね」
素早い選別。ある程度の予想はしていたが、やはりダメな物が多い。
ブーツなどを履いており、ローブで肌を隠しているとはいえこんなに危険な森の中を進んでいたんだなと改めて実感した。
「こんなところかな。全体の二割。初めての人が見つけたにしては上々。けど、安全な物もダメ物と重なってたり被さっていたりしたのは自然に還したよ」
「そうか。苦労かけたよ。エメラ」
「別に……国を助けて貰う訳だから安いくらい」
選別の結果、カゴ三ついっぱいの二割は大丈夫との事。
実際、エメラが言うように初心者がテキトーに集めた割には上々だろう。
ホムラ達にはエルフの国を救って貰う必要がある。なのでエメラは恩義など感じなくて良いと遠回りに返した。
一先ず調理を開始する。
「基本的に生でもいけるか。ダークエルフが潜んでいるから火はあまり使わないようにするべきか」
「せめてお湯は欲しいですね。火や光を出さずにお湯を用意出来ないでしょうか……」
「私なら出来る……エレメントは一通り使えるから、熱の魔力を水魔法に割り当てれば可能……」
「そうか。じゃあ任せた。鍋とかは一応持ってきてるからな」
「何で野草容れに使わなかったの?」
「毒が表面に付着したら大変だからだ」
「成る程……」
火は使えないが、お湯は出せる。当然のようにエルフも四大エレメントは全て使用可能。組み合わせ次第ではお湯だけを出す事も可能である。
風呂などのように温度調整が必要な場合は難しいが、取り敢えず熱くても問題無い調理用のお湯はテキトーでも何とかなる。
余裕もある屋敷ではなるべく美味しい物を食べる為に水からお湯を作っているが。
「これで良さそうですか?」
「良さそうだな。エメラ曰く、布の代わりになる葉らしい」
そして夕食を終え、風呂に入る余裕は無いが草を布代わりにして使う。これでも清潔感は保たれるだろう。
ホムラ達は衣服を脱ぎ、一先ず身体を拭く。手足に首や肩。取り敢えず手の届く範囲だ。
セイカが胸の下に手を回して持ち上げるように拭いている時、トキはじっとそれを見ていた。ビクッと反応を示して話す。
「な、何ですか……トキさん……」
「胸が大きいと体を拭くのも大変そうだなって……今だけは私の勝ち!」
「すみません。言ってる意味が分かりません」
ホムラ、トキ、ゼッちゃん、サチ、エメラは体を拭くのも楽そうだが、確かに色んな意味で大変そうなセイカ。何より大変なのはトキに絡まれる事だろう。
一先ず体も拭き終わった。後は就寝だが、まだ幼いゼッちゃんや色々と成長途中のサチはともかく、ホムラ達は見張りも兼ねて交代制で眠るべき。人数的に2:2で分ける事にした。
「じゃ、最初は俺とセイカで起きているか」
「はい、ホムラ様♪」
「くっ……ジャンケンの弱さが此処で……」
「……?」
最初に起きるのはホムラと誰か一人だったが、セイカとトキが名乗り出てジャンケンをし、今に至る。
ホムラとセイカ。トキとエメラで夜番をする事になった。
「ふふ、ホムラ様。二人でこうするのも久し振りですね」
「二人でって、一応部屋は俺達二人だろ?」
「違いますよ♪ 二人で野宿する事です」
「……ま、確かにそれは久し振りだな」
ホムラとセイカ。ゼッちゃん達も居るが、今起きているのは二人だけ。
野宿を二人でするのは逃避行の時以来であり、セイカはこの状況を楽しんでいた。
「このまま夫婦の営みに勤しみたいところですけど……流石に起きちゃいますよね」
「さあな。てか、その件はこの戦争が終わったらだろ。終わってからも必ずする事になる訳じゃないし」
「けど、この戦争で私が死んでしまう可能性も──」
「ねえよ。俺が守るからな。将来、俺にトドメを刺してくれるのはセイカだ。それまで死なせない」
「ホムラ様……」
最後はセイカがホムラを殺す。それはずっと変わらない約束。
最近は愉快な仲間も増え、昔のホムラに近くなっている。しかしそれでもホムラが死ぬつもりなのはずっと変わらずにいた。
愛する者に殺される。この理不尽な世界でそれは最上位の幸福となるだろう。
「てか、この話聞かれてないよな?」
「大丈夫みたいですよ。ちゃんと寝ています」
トキにはもう話したが、ゼッちゃんやサチに聞かれるとマズイ。エメラはそうでもない。
しかしそれについては大丈夫そうである。トキ達は全員熟睡しているからだ。
セイカはそっとホムラに寄り添い、ホムラも否定はしない。月明かりの照らす静かな森の中。二人の見張りは終わった。
「トキ。エメラ。交代だ」
「ん……」
「うーん……あと5分……」
「じゃあホムラ様。3回戦と行きましょうか」
「3回戦!?」
「静かに起きろよ」
交代の時間が来、トキとエメラを起こす。当然まだ行為には及んでいないが、トキを起こす口実には十分だったようだ。
「じゃ、おやすみなさい。トキさん。エメラさん」
「待って……! 本当に何もしてないんだよね……!?」
「ふふ……どうでしょう?」
「……大丈夫だよね……」
「大丈夫ですよ♪」
「くっ……私が手玉に……!」
「今までの仕返しです♪」
何はともあれ、ゼッちゃんとサチは起こしていない。ホムラとセイカは欠伸をして横になり、眠りに就く。
トキは渋々見張りに変わった。
「楽しそうだね。君達」
「楽しくない……」
「ふふ……羨ましい……」
エメラのこの一言は風に巻かれて消えた。
野宿の見張り。ホムラとセイカに代わり、トキとエメラがまだ眠そうな目でボーッと空を眺める。
この日は何も起こらず、そのまま日が昇って翌日となる。ホムラ達はエルフの森を進み行くのだった。




