7ページ目 縁談
「火の精霊よ……その力を我に与え、標的を打ち砕く。その力を放出せよ! ──“ファイアキャノン”!」
詠唱と共に火球が撃ち出され、的を一瞬にして粉砕。同時に燃やし尽くした。
その光景を見、拍手をしながら家庭教師が話す。
「お見事です。ホムラ様。中級魔法。完全に会得しましたね。これならば上級魔法にも早いうちに移行出きると思いますよ」
「はい。先生のお陰です」
──また時が経ち、一年後。
ホムラは中級魔法の大凡をモノとしており、更なる成長を遂げていた。
この年齢にして中級魔法を身に付けたのはかなりの天才という証明。家庭教師の絶賛も大袈裟な事ではなく、当然の反応だった。
「では、今日はこの辺りで終わらせておきましょうか。ホムラ様には今日、やるべき事がありますので」
「はい。ありがとうございました」
そして、今日の授業が終わった。
まだ正午を過ぎて二時間程度。いつもよりかなり早いが、それ程までに重要な事があるのだ。
「ホムラ様。準備が整いましたならお出掛けの準備を」
「ああ、使用人さん。すぐ行くよ」
「今日はいよいよ、ホムラ様の婚約者と御会いする日で御座いますからね」
そう、今日この日、ホムラの婚約者となる女性と会う予定なのだ。
13歳となったホムラは貴族の規定として将来の妻となる人物と面会する必要がある。そしてホムラは優秀なフラム家の出、本人の実力が評価され、会う予定の人は由緒ある王族の女性だった。
ホムラは準備を執り行い、馬車が玄関口まで運ばれた。
「では、ホムラ様。御気を付けて」
「ハハ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。父さんと母さん……いや、父上と母上も居るからな」
「ハッハッハ! 自慢の息子だ! 向こうのお嬢様もすぐに一目惚れするだろう!」
「当たり前よ! だって私達の子供ですものね!」
向かうのはホムラに加え、父親と母親。そしてメイド長と馬主。妹は屋敷で使用人達と留守番である。
王族の住む王都はそれなりの距離があり、その為に授業も早めに切り上げる事となった。
身嗜みを整えて馬車に乗り、ホムラは王都へと向かう。
*****
──“王都”。
「お父様! あの馬車でしょうか! 私の未来の旦那様が乗っておられるのは!」
「そうかもしれないね。フラム家の御子息。あそこの当主とは古い友人関係で、貴族と王族の壁なんて無い程に接している。向こうは遠慮しているんだけどね」
「楽しみですわ……どの様な殿方なのか。お父様。私、例えどんな人であっても愛してみせます!」
「ホッホッ。そうだな……」
お城の上階にて、きらびやかな赤毛の女性がはしゃぐように単眼鏡を覗いていた。
父親と思しき人物はその言葉に返答し、笑っているがどうやら複雑な心境ではあるようだ。
フラム家の当主とこの人物は古くからの知り合い。偽りなく友人と呼べる関係にある。
しかし、実の娘を送り出す事と、フラム家の御子息にまつわる“悪い噂”が気掛かりなのだ。
実際にホムラは何も悪い事をしていないのだが、何度も述べるように下級貴族は如何にして中流階級や上流階級の貴族をその立場から引き摺り降ろし、成り上がるかを考えている。
なので優秀な者程悪い噂が流れやすく、王族としてもそうである者とそうでない者の判別が難しいのだ。
此処の王的にも下部がそうなっている事は理解しており、フラム家当主の人柄の良さから噂半分程度にしか留めていないが、実物を見た訳ではないので不安も募るのだろう。
「良い人である事を祈ろう。最低限、人を殺めていなければその者は善人だ」
この世の中、争いが絶えず治安は悪い。
なので最低限のラインとして、人を殺めていなければ例え暴力を振るおうが異性の尊厳を穢していようが構わない。娘の為にはならないが、そう割り切るしか無かった。だからこそ娘の告げた、“どんな人であっても愛して見せる”。その言葉は大きいのだ。
王族を継ぐというのはそれ程の事柄。何よりも第一にその血を後世へ残さなければならない。
他人を信用せず、子さえ出来ればいつでも勘当する準備は整えておく必要もある。
極端な話であり、実際にその様に暴虐無人の貴族が王族と面会する機会は滅多に無いが、如何なる場合も想定して行動を起こさなければならないのである。
王族も貴族も、この者達のような一部を除いて大概腐り切っている。その為の覚悟だ。
*****
「ホムラ。今日会う予定の王族は古くからの知り合いでな。何と世にも珍しい、まともな王族だ!」
「……それ、そんな大声で言ってもいいの? いや、言ってもよろしいのですか? 父上」
唐突に、父親はホムラに向けて話した。
それについて指摘するが、父親はニッと大きく笑って言葉を続ける。
「良い! 断言出来るからな! 上流階級は基本的に腐っている! そうやって成り上がった者の集まりだから腐らない筈がないからな! ……まあ、ホムラも貴族間で王族や貴族にどの様な噂が広がっているかくらいは分かっているだろう。悪い噂が流れている程に善人で、良い噂が流れている程に悪人なのは皮肉な話だ。ホムラ自身の悪い噂も俺の元によく来る。その度に自慢の息子だからなと豪語しているが、その事実を理解していても“もしかしたら”と思うのが人間だ。それには王族も貴族も平民も奴隷も関係無い」
「はい、理解しております。自分が生まれた世。ここがそうである事は割り切っていますが、やはり辛い時もありますからね」
「ああ。だからこそ俺達はかなり幸運だ。今から会う王族は腐らずに成り上がった者の集まり。他の王族や貴族より苦労も知っているから自分自身を客観的に見る事も出来ている。ホムラ。失礼の無いように頼んだぞ」
「勿論。フラム家の恥にならぬよう、精進します」
「良く言った! まあ、例え失敗してもお前は俺の誇りだから問題無しだ!」
「ハハハ……ちょっと親バカが入っているような……」
馬車が揺れ、父親の笑い声が響く。ホムラは苦笑を浮かべた。
もう既に王都へ入っているが、馬車の移動音はそれなりに騒がしい。なので父親との会話が外に漏れる事は無いだろう。
実際、この世界でまともに生きていくのはかなりの難しさ。良い貴族や良い王族。ホムラ、フウ、スイ、リクにゴウの家系とこれから会う王族を含めても両手の指で事足りる程にしか存在しないからだ。
ホムラは改めてこれから出会う王族の手紙を読む。
「……“フレア家”。名前の系統が近いですね」
「当たり前の事だ。番になるのは勘当された身や貴族から引き摺り降ろされた身でなければ同系統の者だけ。いや、例え貴族で無くなっても他系統の相手は見つけないだろう」
「去年に先生から聞きました。二つ以上の系統魔法を扱う存在は不吉の象徴とされ、世界中から差別を受けるとか」
「知っていたか。そうだ。それがあるからどこまで堕落したとしても、迫害されたくないと他系統とは付き合わないのが普通の考えだからな。実際、今まで世に出てきた複数系統は全員、赤子だろうと関係無く死刑になっている。問答無用でな。中には善人も居たのだろうが、悲しい話だ」
「はい……」
他系統との付き合い。それがあるフラム家だからこそ、その様な扱いには思うところがあった。
しかし多勢に無勢。いくら少数が主張したとしても、その判断を下すのは前述したような上流階級者達。フラム家その物が解体される可能性もあるので当主として主張する訳にはいかないのだろう。
「さて、見えてきたな。フレア家の城だ」
「はい……!」
「いよいよホムラの出番ね……!」
「ホムラ様、頑張って下さいませ!」
「馬主であるワシも応援してますぜ。ホムラ様!」
その様な会話を行っていたから目的となる場所に着いた。ホムラは改めて身を引き締め、父親と母親。そしてメイド長に馬主からエールが送られる。
フラム家とフレア家。火の系統を司る貴族と王族が、いよいよ面会する。
*****
「ようこそ御越しくださいました。フラム家の皆様方。王と姫君が御待ちしております」
「ウム、ご苦労様」
入るや否や、規則正しい使用人と兵士達が頭を下げてホムラ達を迎え出た。
この様な光景はホムラ達も慣れている。なので軽く言葉を交わし、その案内の元王達の待つ貴賓室へと入った。
「よくぞ参った。フラム家の方々」
「お久し振りで御座います。陛下」
王と王妃、そして婚約者となる赤い長髪を持つ姫君がそこにおり、父親が挨拶を交わす。
貴賓室は絵に描いたような装い。ソファーに絵画。きらびやかな家具が立ち並び、そのソファー腰掛けた。
そこから王と父親は定型文のような会話を行う。婚約についての話は大体同じようになるのだろう。それが貴族、王族共に義務付けられているので当然だ。
「して、主が我が愛娘の婚約者になる?」
「はい。今はまだシラヌイ・ホムラと名乗っておきます」
「そうじゃな。今回はあくまで顔合わせ。真名はその時までは言うべきではない。では、主もホムラ殿に挨拶を」
「はい」
凛とした面持ちで王の娘がホムラの方を見やり、言葉を発した。
「私も今はまだヒノカワ・セイカと名乗っておきます。ホムラ様。これから末永くよろしくお願いします」
「はい。セイカ様」
互いに真名はまだ告げず、ホムラとセイカが言葉を交わす。
これから婚約者になる予定だが、まだなってはいない。なので正式になるまでホムラとセイカのままで会話を執り行うのだ。
「礼儀の良い息子殿であるな」
「いえ、貴方の娘様こそ品のある面持ちで」
社交辞令のような言葉をホムラの父親とセイカの父親が話し合い、そこからは主に二人でやり取りをしていた。
内容は“学”や“魔法”、日頃の行いなど他愛ないもの。互いに素直な話が続き、ある程度終わったところで王が周囲の兵士達と何人かの使用人達を残して下げた。
「主らは下がっておれ。見ての通り問題は無い」
「はっ」
「では」
「失礼します」
頭を下げ、規則正しい動きで貴賓室から去る。
城の整備は大変。なので何人かだけを残して下げたようだ。
者達が去ったのを確認し、王は伸びをした。
「──いやはや、やはり堅い話は疲れるな。立場上、威厳を見せる必要もあるから大変だ」
「分かる分かる。俺も結構気張っていて体が疲れたのなんのって……これがあるから会議とかにはあまり参加したくないんだ」
「ただ面倒臭いだけであろう」
「ハッハ! バレた?」
「父さ……父上!?」
「お父様!?」
兵士や使用人が去ったのを確認し、砕けた口調で友人のように話す二人。
いや、友人なのはそうなのだが、あまりの変わり様にホムラとセイカは驚愕した面持ちで二人を見やった。
「フフ、ホムラ。お父さんと王様は古くからの友人なのは知っているわね? だから色々済ませたらこうなるのよ」
「全くです。私としても王としての自覚をもう少し持って欲しいのに」
「まあ、楽しそうだから良いじゃないですか。王妃様」
「改まらなくても良いですよ。ご婦人。私達の仲じゃないですか!」
「ですわね!」
「「オホホホホ!」」
「母さん……」
「お母様……」
そして、当然のように王妃とホムラの母親も友人関係。先程までの真剣な面持ちは何処に、互いに心の底から楽しそうに笑っていた。
またもや困惑するホムラとセイカ。
「ほれほれ。主らもそう畏まるでない。既に夫婦が約束された身。もっとイチャ付くが良い!」
「キスしろキス! ホムラ!」
「「…………」」
年齢が一気に20くらい下がった様子で話す二人。
いや、この世界の貴族や王族は10代の時点でしっかりしなくてはならない。この二人が異端なのだろう。
「大変ですね……セイカ様」
「お互い様ですわね……ホムラ様。……社交辞令ではなく、本当の意味で貴方様となら末永くお付き合い出来そうです」
「そうですね。しかしまあ、私達はなるべくこの両夫婦のようにはならないようにしましょうか……」
「子供が可哀想ですものね……」
「「ハハハハハ……」」
父親と母親の様子を見、ため息を吐いて肩を落とすホムラとセイカ。乾いた笑いが溢れ落ちた。
「「はぁ……」」
形はどうあれ、互いに共通点を見つけた二人。結果的には少し仲良くなるのだった。