66ページ目 達成
「居ませんね」
「うん、居ないみたい」
数分間休み、少しは楽になったトキとセイカは外の様子を確認。それと同時に“クイック”にて高速移動を開始した。
速度は通常の2倍から3倍になる。狭い場所だと調整も難しいが、この屋敷は広い。それなりの移動は出来るだろう。
「見つけた♪」
「……! 上から……!」
少し進んだ所にてライアが泥の波に乗ってセイカ達の前に現れる。厳密に言えば上。
魔法の波が自然の波と同じ速度なのかは不明だが、少なくとも今のセイカ達よりは速い。このままでは追い付かれてしまうだろう。なのでセイカは走りながら言葉を綴った。
「──火の精霊よ、その力を我に与え、泥の波を固めよ……息吹け! “フレイムブレス”!」
「……!」
詠唱によって威力を増幅させた中級魔法。それを用いて泥の波を固め、少しの間動きを止めた。
「はぁ……はぁ……!」
「無茶は駄目だよ、セイカ。話しながら走るのも辛いのに、詠唱での魔力増強。疲れがより溜まっちゃう」
「だ、大丈夫です。トキさんが居ますから。ふふ、頼りにしてますよ」
「え!?」
ドキッ。と、セイカに笑顔で言われ、鼓動が少し早まった。
トキはよく悪態を吐いたりしているが、セイカには頼られている。トキ自身単なるじゃれ合いのようなものだが、少し頬が緩んだ。
「し、しょうがないなぁ。じゃ、セイカ。掴まって!」
「え?」
「“ダブルグラビティ”!」
セイカの手を引き、その身体を軽量化。同時に足を降ろし、その降ろした足を重くした。
そのまま床に足が着き、踏み込んだ瞬間に重くした足も含めた自分の身体を軽くして加速。同時に“クイック”を使い、三重の合わせ技によって十倍近くの速度となり、馬よりも速くこの場から離れた。
「赤毛の娘は魔法使いと分かっていたが、あの杖も使わぬ移動魔法。やはり“瞬盗女王”か……フフ、アタシは運が良い」
固められた泥を解き、崩すライアは笑っていた。
してやられた現状よりも嬉しい状況、コレクションの数が増える。それがライアにとっては何より重要だった。
「ト、トキ……さん……速い……です……」
「話してたら舌噛むよ! 今の私は馬より速いし、馬と違って固定出来ないし、軽くしたセイカの身体を私の握力で支えているからね!」
「そう言うトキしゃん……ッ! あう……か、噛みみゃひた……」
「だから言ったじゃん! 私は慣れてるから平気なの! あ、これは口内炎になるかもね」
空気圧に苦しみ、話そうとするセイカは舌を噛んだ。トキは慣れているのでこの速度でも問題無く話せるらしく、連れられる側からしたら中々に大変である。
「あ、けどそろそろ速度が落ちるね。スタートダッシュが早まるだけだから」
「しょ、しょうでふか……」
「けど大丈夫! ちょっと難しいけど、足が床に着く瞬間に重くして……それを交互に繰り返せば速度は継続するよ! 失敗したら壮大にコケるから大変だけどね!」
「は、はあ……」
ちなみにトキはそれなりに大きな声で話している。それは空気によって声が掻き消されるから。
次の瞬間に今言った事を実行し、この速度を継続して広い屋敷内を駆け抜けた。
「あ……」
「……! トキさん!?」
そして、失敗。足を軽くするのが遅れ、足が上がらず壮大に転ぶ。ビターン! と床に顔から突っ込み、身体が軽いままのセイカがフワリと飛ばされた。
「だ、大丈夫ですか!? うっ、話すと舌が……“ホットヒール”」
「痛かったぁ~」
身体が軽いのでセイカに怪我はないが舌の口内炎は痛む。そしてトキは顔や膝に擦り傷が。鼻血も出ていた。なので自分達に治療魔法を使い、一先ず回復した。
重傷なら中々治らないが、口内炎や軽い擦り傷は治るので実質無傷である。
「大分距離は稼げたかな……まあ、屋敷の主だからすぐに追い付かれるだろうけど」
「それでも十分ですよ。けど、此処まで出口はありませんでしたね……」
「うーん、残念。また此処から探そうか」
「そうですね」
距離は稼げた。なので二人は再び──
「見ーっけ♡」
「……!? 屋敷の壁を……!?」
「私達を捕らえる事を優先したって訳!?」
──動き出そうとした瞬間、壁を土魔法にて突き破ったライアが姿を現した。
自分の屋敷だろうとお構い無しに破壊してセイカ達を捕らえようとする気概。もはや尊敬すら出来る。
「ああ。君達を手中に収められるんだ。壁の修繕費など容易い。さあ、アタシの物になってくれ!」
「断ります! “フレイムトルネード”!」
「……!」
ライアの利益の無い誘いを一蹴し、セイカは炎の竜巻起こす。それによって視界が覆われ、セイカとトキは居なくなっていた。
「中級魔法……しかし当てていないな。単なる目眩ましか。優しい人のようだな」
中級魔法。当たれば一堪りも無いので泥の準備をしていたライアだが、狙いはただの目眩まし。拍子抜けしたように肩を落とし、再び泥を用いて移動した。
「……。行ったみたいですね……」
「うへぇ……泥塗れ……」
そして、セイカとトキはライアの生み出した泥の中から姿を現した。
基本的に魔法の余波は数分間残る。自分の意思で解除するか時間が経過しなければ留まったままである。当然、あの土人形のように永続させようと思えば永遠に残す事も可能。
二人はその性質を利用し、今までに何度も逃げていた事への先入観と併用して敢えて近場に隠れたのだ。
その結果は成功を収め、あまり騒がなければしばらく見つからない状況が作られた。……その代償として泥塗れであるが。
「ローブの下裸だし、冷たい感覚が直に来て気持ち悪い……そして寒い……」
「相手を撒く為です。致し方ありませんよ。それに、泥は美容に良いとか聞きますし」
「まだそれを気にする年齢じゃないよ……この世界だと気にする年齢まで生きられるかも怪しいし」
炎魔法で少し乾かした泥を払い、再び移動を開始する。
広いと言っても迷宮ではない。それなりの速度で奔走していた事を考えればそろそろ手掛かりくらい見つけられるだろう。
「取り敢えず前は分かれ道だし、ライアが行った方向とは逆方向に行こうか」
「そうですね。壁とか滅茶苦茶にしていますけど、ある程度の検討が掴んだら普通に進みました。余計な破壊はしないようです」
「そうそう!」
互いに頷き、二人は移動する。
──そして、そんな二人を見やる、一つの白っぽい人影に二人は気付かなかった。
*****
「あ、トキさん! あれ!」
「あった! あからさまな出入口!」
それから数分後、二人はライアに見つかる事無く女の勘をフル活用して屋敷内を進み、偶然にも出入口と思しき場所に到達した。
まだ屋敷を抜けた訳ではないので油断はせず、気も緩めずに真っ直ぐと向かう。
「逃がすか!」
「……! 流石に追い付かれましたか……!」
「また壁を破壊して……!」
そして、おそらく最後の対面。ライアが泥の波と共に横から飛び出す。同時に泥を放ち、油断していなかった二人は飛び退くように躱して臨戦態勢に入る。
「貴女の瓦礫……利用させて貰うよ!」
「……!? いつの間に!?」
その瞬間、いつの間にか瓦礫を浮かせていたトキがその瓦礫の隕石群をライアに放った。
ライアは土の壁で咄嗟に防ぎ、背後に回り込んだトキが言葉を発する。
「それ! 回し蹴り!」
「……っ。いつの間に背後に……重っ……!? その華奢な身体の何処にこんな力が……!?」
蹴った瞬間に足を重くしており、文字通り重い蹴りがライアを打ち抜く。
それも土の鎧で防いだが鎧は砕け、吹き飛ぶように泥の上から落とされた。
「へへん。私って結構やるんだよねぇ。職業柄、少しはやれなきゃ死んじゃうし!」
「フッ、流石の“瞬盗女王”だ……! 護身術も身に付けているか……!」
「ありゃ、気付かれていたんだ」
「トキという名を聞いた時からな……洒落じゃないぞ?」
「あ、私の所為です……すみません。トキさん」
「いいよいいよ! あの時の私はボーッとしてたし、正体がバレただけだからね!」
捕まった時、咄嗟にその名を呼んだ。それもあってバレてしまったようだ。
しかし、それがなければ今頃二人は土人形になっていた。真名を知られた訳でもなく、正体と引き換えに命が助かったなら安いものだろう。
「取り敢えず、早く逃げなきゃね!」
「……!? また瓦礫がいつの間にか……!」
時間を止め、重力操作によって操った瓦礫を投げ付ける。それはライアには分からない。
生き物には干渉出来ないが、重力操作の延長である為攻撃手段はあるのだ。
「セイカ……次に時間停止を解除したら“クイック”を掛けるよ……もう結構使っているから、魔力もギリギリ……此処で逃げ切る……!」
「は、はい……トキさん……」
またセイカの近くに戻っていたトキがヒソヒソ声で話、次の行動を決めた。
瓦礫を使えば目眩ましは可能。その間に移動する。簡単な方法である。
「せーの!」
「……!? 先程よりも多い……!?」
止め、始動。瓦礫がライアを襲う。
同時に二人へ“クイック”を掛け、セイカとトキはライアの横を高速で駆け抜けた。
瓦礫を防ぐ間に二人が居なくなり、ライアは泥を大きく展開する。
「コレクションを……逃がすものか!」
「ど、泥の大波……!」
「トキさん! “ファイアウォール”!」
泥の波に向け、炎の壁で防ぐ。しかし詠唱も出来ず咄嗟に放った魔法。それでは持って数秒だろう。
その数秒は、疾うに過ぎていた。
「「……!」」
「終わりだ!」
泥の大波が二人の身体へ降り掛かる。
次の瞬間──集落が引っくり返った。
「……っ!? なっ……!?」
嘘偽りはない。文字通り、読んで字の如く全ての建物と野盗が引っくり返ったのだ。
建物は逆さまになり、泥も重力に伴って落ちる。
その光景を前に驚愕するライア。同時に足元を闇が通り抜け、ライアの身体を闇が貫いた。
「あが……!?」
貫いたのは足の裏から甲に掛けて。両手も貫かれ、鮮血が散ってライアは倒れる。
集落そのものを転回させる技。そして精密な攻撃。この様な芸当を出来る者は限られている。
「ねえねえ、ホムラ! これで良いのー?」
「ああ、上出来だ。お陰で敵を簡単に見つけられた」
──ゼッちゃんが重力を操作して全てを引っくり返し、広くなった所に闇を這わせる簡単な作業。
二人はゼッちゃんの力で飛んでおり、今仕事を終わらせた。
“人類の敵”と闇魔法の使い手。この二人が入ればもはや敵と呼べる存在は限られてくる。それ程までの実力だった。
「アハハ……私達の苦労はずっと隠れているだけで良かったんですね……」
「そうみたい。……けど、私達も少し仲良くなれたし、良いんじゃないかな?」
「ふふ、そうですね。元々嫌いじゃありませんでしたけど……こう言うのって吊り橋効果って言うんでしたっけ?」
「それはまた別の扉を開けちゃってるから違うねぇ」
浮遊感を覚えながらもへたりと座り込み、改めて仲間の偉大さを理解した二人。
今日最後のクエスト、野盗の討伐。逃走は完了し、クエスト自体が終わるのも時間の問題だろう。




