62ページ目 一夜の休息
──“屋敷内”。
「セイカ様。火加減はそろそろ良さそうですよ」
「そうですね。風の調整、ありがとうございました。フウさん。……あ、ホムラ様、トキさん。そろそろお風呂の方見てきてくれませんか?」
「今俺は野菜と肉切ってる。それと薪運び中だからトキ、任せた」
「オッケー! ゼッちゃんは皿運び頼んだよ!」
「うん! トキお姉ちゃんの物真似で……“ライトグラビティ”!」
「ゼッちゃん。雑用は私がやりますので」
「ダーメ! ボクが任されたんだからボクがやるの!」
「かしこまりました」
「…………」
屋敷に戻り、ホムラ達は夕食や入浴の準備をテキパキと塾していた。
セイカとフウは鍋を掛けた火の調整。ホムラは闇魔法をフル活用しての肉や野菜の切断と薪運び。トキは普通に湯殿の様子を見に行き、ゼッちゃんと執事は皿運びなどの簡単な作業を行う。
その光景を見、メランは色んな意味で呆気に取られていた。それについてホムラが指摘する。
「どうした。メラン?」
「……あ、いえ……斬新な闇魔法の使い方だなと思いまして……」
「そうか? 変幻自在の闇魔法は結構便利で色んな事に使えるんだ」
「左様ですか……あ、私も何かお手伝い致します。慣れてますので」
「分かった」
本当に。本当に色んな意味で困惑しているが、使用人という立場上、一先ず簡易的な事や残っている家事の手伝いを始めた。
魔族にも文明がある。メランは城に仕えているのでホムラ達よりも手慣れていた。
「ふふ、そう言えば、いつの間にか使用人さんが二人出来ましたね。ホムラ様♪」
「そうだな。一人はゼッちゃんの付き添い。もう一人は俺の……というより闇魔法の見学者。心なしか家事がスムーズに進む」
「やはり本職の方は違いますね。私もこの数週間で使用人さん達の苦労を身に染みて理解致しました」
「そうだな。使用人達には最期にお礼でも言っておきたかったよ」
「ええ、私も同じ気持ちです……」
「ホムラ……セイカ様……」
使用人であるゼッちゃんの執事と魔族の女性メラン。二人が居る事によって作業がスムーズに進んでいるのを実感する。それと同時に生前の使用人達に今一度感謝の言葉を述べたい気持ちになった。
しかしそれは叶わない。フウは二人を心配そうに見やり、次の瞬間にパチンと火花の散る音でハッとし、ホムラは切り終えた野菜と肉を鍋に掻き込んだ。
「一緒に炒めて良いんだっけか?」
「別に問題無いと思いますよ。火が通りますからね」
「うん。私達が森で焼く時も一緒に焼いてたもんね!」
雰囲気を戻す。肉と野菜を一緒に炒める事について話、貴族と王族というのもあって料理に詳しくない三人はこれでヨシという結論の元、次の作業へと移る。
その横でゼッちゃんの執事とメランがこっそり順番や炒め方を変える。人並み以上に料理が出来、使用人としての気遣いも出来る二人なのでより美味しくなるように、主人により美味なる物を食べさせる為にそうしたようだ。
何ともまあ、気が利く者達である。
そして数十分にて人数分の料理が完成し、ロングテーブルに集まって食事が始まった。
「大勢で食べるのって美味しいね!」
「左様で御座いますね。ゼッちゃん」
「今日はずっと裏側だったし、あまり食べ物の準備もしてなかったから美味しいね。ホムラ」
「……そうだな。闇魔法を使っているけど、味覚に変化無いからまあまあ旨い」
「以前申し上げたように、闇魔法による肉体的な変化は髪と目。後は魔力が関係する部分ですから。視覚、聴覚、味覚。その他の五感には何の影響も及びませんよ。ホムラ様」
「それは良かった。どれか一つでも失うと不便だからな。まあ、その場合は別の感覚が発達するらしいけど」
単純に大人数で食す事を心から楽しんでいるゼッちゃん。そして今日の食事について話すフウとホムラ。メランはそんなホムラの言葉に補足を加えていた。
貴族・王族の食事は静かに、優美に、優雅に、様々な原則があるが、ホムラ達は気にしない。
元々ホムラとフウはスイ、リクと共に食事をしていたのもあり、話ながらの不特定多数から見た下品な在り方にも慣れている。セイカもこの数日で慣れた。魔族にはその様な習慣があるのか分からないが、何となく馴染んでいるようだ。
「トキさんの空間でも食事って冷めるのですか?」
「うーん、そうだね。私が触れたら冷めるよ。私が触ったら生き物以外は動くからねぇ」
「成る程」
「トキの空間って何々~?」
「ふふ、秘密で御座いますよ。ゼッちゃんさん♪」
「えー! つまんなーい!」
「そのうち分かるかもねぇ~。根拠はないけど!」
「こんきょ?」
「理由ですよ。ゼッちゃん」
「理由が分からないのにボクがトキの空間を分かる……? 益々分かんないからいっか!」
一方で、セイカとトキ。ゼッちゃんと執事がトキの時空間について話していた。
ゼッちゃんに悪用されたら困るので皆までは言わないが、濁しながら話す。
前は分からない事について癇癪を起こしていたゼッちゃんだが、今はもう分からないなら分かるまで放置しても良いという考えが芽吹き、もうそんな事は起こらなかった。
他者と触れ合う機会が無かった。もしくは自ら拒んでいた。そんなゼッちゃん自身がホムラ達と触れ合う事によって性格も年相応になりつつあるようだ。
そんな、貴族らしからぬ楽しい食事は終わった。
「わーい! おっ風呂ー!」
「わっ! ゼッちゃん。飛び込んじゃダメだよ! あと先に体洗って!」
「ごめんなさーい♪」
そして入浴。食事前の方が消化的にも良いのだが、別にまだ健康を気にする年齢でもなく、関係無い事だ。
一目散にゼッちゃんが飛び込み、セイカが注意する。トキがフウの方を見て話していた。
「フウちゃんって、毎回タオル外さないよねぇ。何かあるの~?」
「うーん……まあ、ちょっとね。けど大丈夫。ホムラと……その……うん……その時はちゃんと見せるから!」
「別に俺はいいよ。見られたくない物の一つや二つ、誰にでもあるだろ? トキだって他の異性に見られたらどうする」
「確かに困るねぇ。恥ずかしいとかもあるけど、なんか嫌~……って、それってフウちゃんが私に裸見せたくないって事!? 私って同性愛者に見られてる!?」
「ううん。そうじゃないよ。ちょっと体が傷付いているから……ね」
「ふうん? まあ、私も無理強いはしないよ。嫉妬しちゃいそうだからあまり同性の裸は見たくないね!」
基本的に混浴だが、フウは傷の事を見せたくはない。傷の事を理解しているホムラがフォローし、トキもちゃんと分かっていた。
所変わって食堂。
「貴方は入らないのですか?」
「ええ。淑女の方々が異性に裸体を見せるのは大事な時……ゼッちゃんとはよく一緒に入っていましたが、今はもうそれ程子供じゃありません。ホムラ様方がおりますので私は必要無いかと。……貴女は?」
「私は今から向かうところですね。食器の洗浄も終わりましたので。……では」
「ええ。ごゆるりと」
食事の後片付けと諸々を終えたメランとゼッちゃんの執事が会話をする。
どうやら執事は場を弁えており、ちゃんとした考えの元で行動しているようだ。
元々ゼッちゃんの我が儘は何でも聞いていたみたいだが、そんなゼッちゃんがある意味での親離れのような事柄になるかもしれない現在。その意思を尊重しているらしい。
二人は互いに会釈し、メランも賑やかな浴場へと入った。
「まずまずの広さですね。この屋敷の湯殿は」
「ああ。この人数だから問題無い感じだな」
(あ、やっぱりメランさんもそうなんだ……)
妖艶な裸体を見せ、浴場を一瞥する。
ホムラ達も見た通り、メランも大きな城に住んでいた。なのでこの広い大浴場はそこそこの扱いなのだろう。
それについてトキは言葉を出さずに内心で思い、メランの裸体を確認する。
「う゛……やっぱり大きめ……だってメイド服であんなに膨らんでいたもんね……これで私が最下……いや、下から2番目かぁ……」
「ゼッちゃんをそれに含めるのはズルくないかな? トキさん」
「むぅ……フウちゃんも人並みだけど……タオル越しでよく分からない……。……あ、もしかして下から3番目じゃなくて私よりも下かも……!」
「怒るよ?」
「あ、ごめんなさい」
メランを見、トキは何かしらの順位を付けていたがフウに言われて気泡を浮かべながら沈む。
ナニについて、フウが下から三番目なのはトキの中で確定した様子。かなり失礼な順位付けだが、トキとしても譲れないモノがある……のかもしれない。
「何を比べてるんだか」
「それについては私もお答えしたくありませんね……。それで、ホムラ様はどちらがタイプですか? 大きい方が良いのなら慰み者として私の有効活用が──」
「──はい、そこまで。「あうっ……」……さっきも言っただろ。自分は大切に、だ」
「……。痛かったです」
「少し闇を込めたデコピンだからな。魔族のアンタには普通の攻撃じゃ効かないだろ?」
「確かにそうですけど……身体的構造は案外表側の人間と変わりませんよ。受精すれば魔族と人間のハーフも産めます」
ホムラの話を聞いていなかったのか、相変わらずメランは自分を大切にしていない。
しかしそれはメランなりの心遣いなのだろう。メランの発言からして魔族と人間の三大欲求は変わらない。魔族の場合は三大欲求に“戦い”が含まれるかもしれないが、どうすれば主が悦ぶかを判断しているようだ。
そしてそれは、ホムラにとってはあまり悦びでは無いので本末転倒もいいところである。
そんなメランとの会話にセイカが入ってきた。
「そもそもですよ。メランさん。まだ婚約者である私とホムラ様の初夜すら終えていません。ホムラ様の初めての相手は私で内定していますので取らないで下さい」
「おっと、そうでしたか。これは失礼しました……しかし、まさかセイカ様がホムラ様の婚約者だったとは……初耳です」
「そう言えば教えていませんでしたね。私、将来的にホムラ様とご結婚致します」
婚約者として、ゴタゴタもあったのでまだ終えていない事は多々ある。だからこその注意喚起。婚約者として譲れないモノがある。
メランは納得し、そこにトキが割り込む。
「ちょっとー! 私も婚約者なんだから。初めては私かもしれないよ!」
「トキさんにも譲れません。譲りません」
「はあ……」
また女性同士の譲れない戦いが始まった。ホムラはため息を吐く。
それは呆れと、賑やかな入浴に対しての安堵を含めたもの。そのやり取りを見ていたメランはゼッちゃんと遊ぶフウに視線を向ける。
「成る程。一夫多妻制でしたか。まだ幼いゼッちゃん様はともかく、フウ様は話に入っておりませんが、フウ様も婚約者ですか?」
「あ、私はただの友達……というよりそれより上の親友ですね。ホムラの幼馴染なんです。今は訳あって同行を……まあ、その訳は虚無の境地の捜索なんですけど」
「フム……友人関係でありながら裸体を見せるのに羞恥心が無い……今思えば、見事なまでに全員が恥じらいを持っておりませんね。私はその様な教育をされていますが、恥ずかしくないのですか?」
「勿論少しは恥ずかしいですよ。けど、ホムラに下心が無くて……恥ずかしがる必要が無いなぁって感じです」
「確かに……ホムラ様は女体に然程興味を示しておりません……もしや……」
「勘違いするな。俺も色々と考えているよ」
またメランが曲解しようとし、ホムラは即座にツッコミを入れる。
ホムラは女体に興味がない訳ではない。基本的に貴族や王族がその様な関係になるのは定められており、昔から男女についての教育はされていたが、実物を見るのと知識で保管するのは違う。
本当に色々と、そのうち死ぬつもりの自分で良いのだろうかなど、セイカ達が聞いたら激怒するような事を考えているので中々乗り出せないのだ。
「けど、今はまだその時じゃない……本当に色々あるからな。正直、そんな俺を求めてくれるセイカには悪いなと思っているよ。単純に俺の勇気が無いんだ。人は殺せるのにおかしな話だろ?」
「ホムラ様……」
「またしれっと私はスルー……けど絶対に振り向かせるから……!」
内情はセイカ達も理解している。それを踏まえた上での勇気の無さが、ホムラは自分で情けないとも思っているようだ。
しかし、セイカはホムラの手を取り、自分の胸に当てて言葉を続けた。
「私はいつでも覚悟出来ています……ホムラ様がその気になるまで誘惑し続けますから!」
「ちょっと! スキンシップ激しいよ!」
ザパァと立ち上がり、トキはセイカの行動に対してツッコミを入れる。
ホムラは小さく「そうか」と呟き、セイカの胸から手を離した。
「なら、俺がそう思える日を待っててくれ。あくまで内情の問題……生理現象とでも言うべきか、俺の体自体はセイカを求めているんだ。別に俺以外と結ばれる選択肢もあるんだけど……」
「それはお断りします」
「だよな」
スキンシップは多い方。ホムラ自身、肉体が相手を求める事はある。だが、イマイチ踏ん切りが付かないので保留にしているのだ。
そんな会話の横で、ゼッちゃんがフウに訊ねた。
「しょやってなに~?」
「う~ん……その……結婚した後に色々と初めて迎える夜だよ」
「ゆうわくって?」
「相手を誘う事……かな。ほら、ゼッちゃんも私達を遊びに誘っているでしょ? それの……え~と……大人バージョン……みたいな……感じで……」
「そうなんだ! じゃあボクもホムラを誘惑する~!」
「うん。それはいいけど、あまり他人に聞かれないでね。後言わないで。他の人は色々と勘違いしちゃうから」
「そうなんだ!」
子供と言うものは、遠慮云々以前に知識の収集を目的として色々聞いてくる。それについては答えにくいが、何となくそれっぽい言い方で返した。
大人の会話かどうかはともかく、小さい子供の前でする事ではないだろう。ホムラ、セイカ、トキの三人は苦笑を浮かべつつ、恥ずかしい事を話したなと肩まで湯に浸かり、ブクブクと気泡を浮かべた。
「私もまだまだ勉強すべきですね」
「あまり余計な知識は身に付けなくて良いぞ。仮に相手をする機会があったとして、全員の相手は労力が半端無い。最悪俺が死ぬから」
メランがまた何かを自己完結し、グッと握り拳を作る。
ホムラはそれについて軽く指摘し、また一つため息を吐いて天井を見つめる。
落ち着く空間。最近はそこまで野盗被害などもない。街の復興具合を考えて、そろそろ新たなクエストを受ける事も出来るだろう。
ホムラ達は一時の休息を深く味わった。




