3ページ目 フラム家の日常
「じゃあな~!」
「おう。また明日!」
「バイバーイ!」
「またね」
しばらくのんびりし、多少の疲労を癒したホムラ達は互いに手を振って別れを告げる。
これだけで難癖を付けられる事も考慮し、誰も居ない所で別れた。
「ただいま~」
「おかえり~お兄ちゃん!」
「おかえりなさい。ホムラ」
帰宅し、母親と妹が迎えに出る。どうやらまだ父親は帰って来ていないらしいが、貴族というのは結構忙しいもの。不在なのはあまり珍しくないのだ。
「どうだったホムラ。今日の授業は?」
「まあまあかな……嘘。本当に大変だったよ……疲れた」
「あらあら。フウちゃん達はどうなの?」
「俺と同じ感じかな。やっぱりみんな苦労しているみたいだ」
「へえ。けど、その年で中級魔法の一歩手前まで行けるもの。アナタ達全員、それは誇りなさい!」
「ハハ……まあ、誇ってはいるよ」
中級魔法やフウ達の事。つまり今日あった事を話す。
他の貴族達は違うが、ホムラ、フウ、スイ、リクの両親は互いの付き合いを認めている。と言っても友人関係だけだが。
そもそも両親が反対していたら他のみんなと付き合えないので、平均的な貴族に比べたらフラム家とフウ達の家系は異質とも言えるかもしれない。
しかし、フラム家とフウ、スイ、リクの家系は国の中でも確かな力を持った貴族なので、他の貴族達も嫌がらせや手出しはそう簡単に出来ないのである。デメリットの方が多いからだ。
なのでされる嫌がらせは親ではなく子供であるホムラ達の悪い噂を流すと言う、出所が特定されにくい陰湿なもの。
何はともあれ、それらはあくまで下層部の貴族からの事なので、家庭内は平和で比較的幸福ではある。
「それじゃ、夕飯を作ろっか!」
「いや、母さん。使いの人達に任せて良いんじゃない? 既に待機しているし……」
と、ホムラの指差す先には複数人のメイドや執事。ホムラの言葉を待ってましたとばかりに全員が同時に頭を下げ、完璧な連携で言葉を発した。
「はい。奥様。夕食の準備は私達にお任せください」
「それ以前に、そうでなくては私達の仕事が無くなってしまいます」
「なので私達の為と思い、家事やお家の事は全て私達にお任せを!」
「奥様。御坊っちゃまにお嬢様。アナタ方は仕事を与えてくださる我々の希望。どうか御寛ぎを……!」
「この命に変えても完璧なものを提供致します……!」
「アハハ……凄いやる気ね……それと、命懸ける程の事じゃないから……」
キリッと言う効果音が似合う程のやる気に満ち溢れたメイドと執事。
ホムラの母親は苦笑を浮かべ、使用人の圧に押されていた。
と言うのもこの使用人達は、そう言った家系の出ではない。全員が職も無く、飢えていた所を拾われた者達。
衣食住を与えられ、仕事も与えられる。それ故に全員がフラム家を尊敬しており、フラム家の為なら命すら投げ捨てる覚悟を持っていた。
父親曰く「重い。もっと気楽に」との事だが、本当にその様な気概なのである。
「だってさ。それを無下にするのは失礼だろう?」
「まあ、そうかな。じゃ、頼んだわよ。アナタ達」
「「「御意!」」」
頼まれ、敬礼と礼を同時に行い、迅速にその場を離れる。
これはフラム家では日常的な光景。母親的にはなるべく使用人達にも楽をさせたいが為に名乗り出るが、それは仕事を奪う事になるので阻止されるのだ。
「じゃあ、私達は待ちましょうか」
「はーい!」
「うん」
妹のカエデが返事をし、ホムラは頷く。
一先ず今日習った事の復習などもあるのでホムラは自室に向かい、母親と妹は居室で待機していた。
「──ふう。勉強はこれくらい……後は実践だな」
独り言を呟き、本を閉じて杖を持つ。
理論と実践の両立。一流の貴族になるとして、“最低限”、これを確立する必要がある。
後は家柄や地位に実績など、まだ独立していない今のホムラには少し難しい事柄。と言っても家柄や実績はそこそこなので、やるべき事はただひたすら自分を高めるという行為である。
「作った火球を固定……徐々に引き離していく……」
今はあくまで感覚の練習。放出する必要も無いので無詠唱で火球を作り、それを留める特訓をしていた。
魔法を使う際に呼ぶ火の精霊。それのみならず、精霊全般はあくまで存在しない、架空の存在である。
しかし何故それを行うか。
それは言葉に表す事でやるべき事を理解し、実感する為。即ち詠唱の相手となる“精霊”とは=“自分”の事である。
“言葉”が持つ力は凄まじく、そうする事でより洗練された力が放てるようになり、魔力の質が高まって限りなく100%に近い力が使えるようになる。
それは魔法学会でも確かな証明がされており、偽りではない本当の文献がいくつも存在している事で常にその様な力を使うからこそ魔力が高まり、更なる成長に繋がる。なので詠唱が必要なのだ。
しかし100%というものは、詠唱による魔力もその分上乗せされる。加えて本当に威力が高まって危ないので、練習では無詠唱で行う魔法使いも少なくない。同年代よりも頭一つ抜けているホムラは尚更だ。
「後はこれを……いや、やめておこう。火の系統の家が火事になったら洒落にならない」
火球を生み出し、空中に留める事は成功した。
後は放つだけだが、ある程度の魔法耐性が家にあるとしても万が一を考え、あくまで留めるだけにする。
「……っ。消えないように力を留める……この行為もかなり練習になるな……!」
だが、“留める”という事は、“その場で魔力を展開し続ける”という事。これにもかなりの労力が伝わり、普通に撃ち出すよりも鍛練になっていた。
「……って、これ……ちょっとマズくないか……?」
留めた火球は見る見るうちに巨大化し、その熱量も高まり本や棚が燃え広がる。
火球の温度で言えば800℃くらい。それでも巨大化するとエネルギーが高まり温度も上昇する。
消せば良いと思われるかもしれない状況だが、実は一度体外へ放出した魔力を戻すのは至難の技である。
初級魔法くらいなら問題無く戻せるだろう。しかし、魔力の質が高まり、巨大化すればする程に威力の上がった現在の魔力の塊。それを取り込むとなれば肉体の一部が崩壊するのは目に見えている。
なのでホムラは杖を片手になんとか部屋の窓を開けて誰も居ない空中へと──
「……!?」
──その時、ホムラの脳裏には体験した事のない記憶が過った。
それは真っ赤な業火がホムラと思しき人物の全身を焼き尽くすモノ。熱く、痛く、苦しい。凄まじい激痛と苦痛の記憶。
息も出来ず、吸う度に喉が焼け落ちる。そこで記憶を掻き消した。今まさにそれが起ころうとしているので、早いうちにこの巨大火球を消し去るべきだからだ。
時間で言えば数秒。走馬灯のような記憶を消し去り、空中に留めた火球を打ち上げた。
「……──!」
声にならない声を上げ、火球を放出する。数百メートル打ち上がると同時に空中で爆散。空に浮かぶ一筋の光も通さなかった分厚い雲が全て蒸発し、隠れていた月と星が露になった。どうやら今宵は満月のようである。
「なんだなんだ!?」「敵か!?」「いや……」「今の音……」「上級魔法……?」「一体誰が……」「確かにこの辺りは火の系統しか居ないけど……」「あのレベルとなると上級学校はもう卒業している程だぞ……」「と言うか、下手したら“四宝者”クラス……」
巨大な火球による目映い光と爆発。
爆発音はあまりなかったが、それでも夜に現れたもう一つの太陽。それだけで周りがパニックにも近い状態になるのは十分な理由だった。
しかし不幸中の幸い。ホムラの住む地域は火属性、火の系統しかいない。なので誰かが練習か何かで放ったのだろうという結論に至りつつあった。
「ホムラ……今の……貴方が……?」
「か、母さん……」
──根源の家を除いて。
ホムラの声は聞こえており、窓から放った火球の眩しさも下の階層まで届いていた。
なので母親と妹、使用人達にはホムラの仕業という事がバレたようだ。
「す、凄いわ。凄いわホムラ! 貴方この年齢でもうあんな魔法を!?」
そして、部屋が火で滅茶苦茶になったので叱られるかと思ったが、そんな事は無かった。
しかしそれも当然だろう。
基本的に実力主義者の貴族。他の貴族達よりも優しく聖母のような母親だが、自分の子供にこれ程の才能があれば歓喜するのが普通だった。
「いや、偶然だよ。中級魔法の練習していたら偶々ね」
「中級魔法の練習で上級魔法規模の力を!? それなら尚更よ! 魔法の質は偶然で片付かないからね! 今夜はお祝いパーティーよ! 料理を作りましょう!」
「奥様。何度も申し上げますが、私達の仕事を取ろうとしないでくださいませ」
「うっ……すみません……」
使用人に言われて落ち込む母親。他の貴族なら刑罰ものだが、フラム家では本当に茶飯事の光景である。
割とよく母親と父親と使用人の立場が逆転する。見慣れたものだ。
「ホムラ坊っちゃま。御夕食の準備はそろそろ終わります故、ゆっくりとおくつろぎ下さい」
「あ、ああ。……って、俺ももうすぐ成人なんだから……坊っちゃまは止してくれ……」
「かしこまりました。ホムラ様」
「ハハ……父さんが堅いって思うのも分かるよ……割とフランクに接してくれて良いんだぞ?」
「御命令とあらば」
「いや、命令ってもな……まあいいや」
「はっ。では……」
「ハハ……凄いな。本当に」
メイドさんが頭を下げ、母親を引き摺るようにホムラの部屋から出る。
既に何人かは余波による燃えカスなどの片付けをしており、相変わらず迅速な対応だとホムラは感心していた。
「あ、俺も手伝──」
「いいえ。ホムラ様。貴方が手を下すまでも御座いません」
「汚れてしまいましたね。共に湯殿へ向かいましょうか。御背中を御流し致します」
「いえ、それなら私めが」
「いえ、結構です。私がホムラ様と共に入浴します故」
「私の方がホムラ様にはお似合いです」
「ほほ、戯れ言を」
「「では、行きましょうか?」」
「いや、行かないよ……と言うか、手を下すって……ただの片付けでそれ程の事か?」
少し大袈裟な使用人達に気圧されるが、一先ずは置いておく。
部屋が散らかり、やる事も無くなったホムラは夕飯まで居室で母親、妹と共に過ごす事にした。
「そう言えば明日は学校よね。フウちゃん達だけじゃなく、ちゃんと他の子達と交流出来てるの?」
「うーん……まあまあかな。悪くはないと思うよ」
「そう?」
ソファに座り、明日の学校について聞かれたホムラは曖昧気味に伝えた。
と言うのも、実際に貴族の子供達とは、表面上は悪い付き合いをしていない。学校の評価がそのまま将来に直結される可能性も高いので普通の友人と言った関係になっている。
元より、敵が多いホムラ達ではあるが家柄や実力は本物。なので将来の為に媚を売ってくる生徒も少なくないのだ。
ホムラ的には普通に仲良くしたいと思っているのだが、貴族と言う立場上、向こう側からしたら難しい問題である。
当然、フウ達以外にも裏表無く付き合いや交流のある者達は居る。その者達の場合は本人ではなく、その家系や親が問題。前述したように親側にホムラ達が煙たがられており、あまり目立った付き合いは出来ないのである。
なので結果として、親も子供も、裏表無く良好な関係を結べているのはホムラ、フウ、スイ、リクの四人の家系だけになってしまうのだ。
「それにしても、たった二回の学校なんてね。殆ど行く意味無いんじゃないかしら?」
ホムラ達の通う中級魔法の学校は、週に二回しか開校しない。
その二回以外は家庭教師を雇った上での自己学習となり、一週間にその二回だけクラスメイトと交流したりする。
貴族同士のいがみ合いは教師達も理解しており、元よりその教師達も子供の頃は親の言うがままに育った存在。
なので貴族間のトラブルなどが起こった時、最小限に抑える為にも二回と言う制限を設けた上での学校と言う形なのだ。
その癖して授業料が高く割に合わない事も多々あり、基本的に同系統との付き合いがあれば良いという考えの元、学校に行かない者達も少なくなかった。
「ハハハ。まあ、今のうちに人脈を広げるのが学校……と言うか貴族側の目的だし、敵を作らなければ大丈夫だからね。俺的には普通にみんなと楽しい学園生活を送りたいけど」
「貴族なのに友達想い……うっうっ、なんて優しい子なの! 貴方を産んで良かったわ!」
「大袈裟だな……」
「ママー! 私はー?」
「勿論! 貴女も天使よカエデ!」
ホムラと妹に抱き付き、大袈裟な涙を浮かべる母親。
周りの使用人達はやれやれと呆れており、苦笑を浮かべていた。
「やあ、我が愛しき子供達! そして優秀かつ誠実な使用人諸君! お仕事から私が帰ってきたよ!」
「あ、パパー!」
「アナター!」
「お帰り。父さん」
「「「お帰りなさいませ。旦那様」」」
そこへ扉が開き、ターンステップからのバク転。もう一度クルリと謎に回って父親が帰宅した。
妹はそんな父親へ駆けて抱き付き、母親はハグしてキスをする。
ホムラは普通に返し、使用人達も頭を下げて礼儀正しく挨拶をした。
「旦那様。無闇に飛び回るのはお止めください。埃が立ちます」
「埃はアレルギーの要因になりうる事柄。我々が隅々まで掃除してもすぐに現れる有害物質」
「おそらく大半の原因は外から帰って来て早々に暴れ回る旦那様かと」
「うっ、すみません……」
使用人達に注意され、父親はガクンと肩を落とす。
フラム家は元よりこの様なノリ。元々の原因が原因なので気にする必要も無いだろう。
「皆様。御夕食の準備が出来ました」
「あら、ご苦労様!」
「丁度空腹だったんだ!」
「わーい! ご飯ー!」
そんなやり取りの中、夕食の準備を終えた使用人がやって来た。
母親と父親、妹がそちらに向かい、ホムラもその後に続く。
これがフラム家。世間的に見たら一流である貴族の日常である。