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35ページ目 思わぬ申し出

「ふぅ……久し振りにベッドで休めるな」

「そうですね」


 その後、ホムラとセイカは安い宿に泊まる事にした。

 報酬金はそれなりだが、豪遊すればすぐに無くなる。最低限の暮らしがあれば良く、貴族や王族としてのぬくぬくした環境からもこの数日で脱している。なのでこの宿はベッドがあるだけで十分だった。


「食事の提供は無いらしいですけど、キッチンは自由に使って良いそうですよ」


「そりゃいいな。炎魔法だと魔力を消費するし、突然の事態の事を考えると温存しておきたいから丁度良い。いくらだ?」


「5フレイ程度ですね。使用時間によって変わりますけど、水や火、器具などは使用料を払えば使えます」


 食事は自炊。もしくは外食。

 取り敢えず昨日までよりは良い暮らしが出来るだろう。

 波乱の日々で多くの者を失い、多くの者を殺めた一週間だが、これでようやく落ち着く事が──


「見つけたよ。バカ貴族……!」


「……。俺の記憶が正しければ、別れたのはついさっきだと思ったんだけどな。何の用だよ」


 ──出来るかと思った矢先、またあの盗人、トキが窓から姿を現した。

 気配も何も無く、まるで虚空から現れたかのような出現。もうホムラは慣れており、やっと休めるかと思っていたのにと苦言を申す。


「ふん。バカ貴族に用なんて無いよ」


「今さっきの自分の言葉を思い返してみろ。俺を探してたんだろ」


「知らない」

「じゃあ帰れ」

「嫌」

「……。やれやれだ」


 追い返す為にトキに触れようとした瞬間、窓に居た筈のトキはセイカの近くに居た。


「わっ……!」


「貴女……バカ貴族の彼女? まあ、貴女もバカ貴族だろうし、一緒に居るからにはそう言う関係なんだろうけど、私が話す時ずっと黙ってるよね? 人見知り? そこんとこどうなの?」


「は、離れて下さい……」


 息が掛かる程の距離に詰め寄り、大きめの胸に小さめの胸を当てて迫る。セイカは顔を赤くして距離を置くが、後ろが壁なので逃げられなかった。

 ホムラは肩を落としてため息を吐く。


「婚約者だよ。俺の。政略結婚ってやつ。それと、彼女は王族。立場的には俺より上だよ」


「へえ……王族なんだ……だからこんなに成長して……何かムカつく……年齢的に私とあまり変わらないよね……何なら私より幼そう……なにこの格差……これが王族の成長力なの……?」


「ゃ……やめて下さい……痛いです……」


 トキはセイカの胸を揉み、何なら力強く鷲掴みにして怒りを表に出していた。

 ホムラは呆れたように自分のベッドに座り、またため息を吐く。


「本当に何の用なんだよ……セイカの胸に興味があるならじっくり確かめると良いよ。何か分かるかもな」


「ホ、ホムラ様。今回ばかりは止めてください……貴方の命令でも色々と……」


「め・い・れ・いィィ~!? 貴族が王族に……!? てか“様”って、様って! それにこの部屋……見れば狭い所に男女二人……いえ、婚約者ならそれも分かるけど……何て低俗なの……貴族という存在は……!」


「ホムラ様ぁ~!」

「はぁ……」


 何となく、トキのペースに乗せられている感じもあるが、その態度からしてトキは純粋な疑問からそう言う反応をしているのが分かった。

 この世界で盗人などをしているトキだが、実のところこの世界では稀有な程に素直なようだ。


「取り敢えず……アンタは何かを俺に言いたいんだろ? それを言えよ。話くらいは聞いてやる。俺の謝罪を聞いてあり得ない程に動揺していたからな」


「人心掌握術にも長けているって訳。これだから貴族は……」


「どんな理論と思考による結論だよ。いいから話せよ。俺達は暇だから長話になっても大丈夫だぞ」


「…………」


 ホムラの言葉を聞き、トキは口を噤む。

 二人はトキを見、口を開いた。


「ねえ、私を(・・)仲間に(・・・)入れて(・・・)


「……。は?」

「え?」


 そして、思わず素っ頓狂な声が漏れた。

 予想の斜め上の返答。その返答に二人は困惑し、トキは恥ずかしそうにそっぽを向く。


「……成る程な。今は言いたくない……か。それに仲間……俺達は結構残忍な事をしている。君じゃメンタルが持たないと思うけど」


「危険な旅とかじゃなくて、アナタ達がする事に耐えられない? 何それ。変なの」


「ある意味、お伽噺でよくある魔王討伐とかの旅よりも精神的にキツいんだよ。これは優しさだ。君の性格じゃ……」


「ふん、私をあまり舐めないで。地獄なんて色々見てきたよ。この世界に生まれて生涯を平穏に暮らせる人なんて世界一運が良い人くらい。……けど、私にその地獄を見せた奴等と同じ地位の筈のアナタ達が気になったの。耐えられなくなったら勝手に逃げるから要らない心配しないで」


「……」


 バツが悪そうにホムラは俯く。

 トキはおそらく、セイカとはまた別方面で割り切っている。セイカがホムラの為に旅に同行しているのなら、トキは完全に自分本意。自分の興味の為に同行しようと考えている様子。

 こう言ったタイプの者は自分勝手故の行動なので説得などするのが難しく、厄介なのである。


「セイカ。どうする……?」


「えーと……ふふ、ここはやはりホムラ様が。私はホムラ様の言う事を聞くので♪」


「何か楽しんでないか?」


「そんな事ありませんよ♪ 何となく昔のホムラ様みたいな一面を見れるので楽しいだけです♪」


「そんなに昔の俺は困ってないだろ……会ったのも一回だけだし……てか、やっぱり楽しんでるな……」


 親しい者達の大半が惨殺され、性格が変わってしまったホムラの、珍しく困惑した人間味のある表情。

 セイカはそれが何となく嬉しくあり、もう少しホムラを困らせたいという微かな願望の元、のほほんと笑っていた。


「……はあ……。……まあ、逃げる時は勝手に逃げるらしいし、敵意剥き出しの兵士からの逃亡や数千億相当の盗みを成功させているし、足手纏いにはならないか。……良いよ。許可する。勝手にしろバカが」


「本当!? ……って、バカって言わないでよバカ貴族!」


「アンタが先にバカって言ったんだろ。俺、割と根に持つタイプなんだ。知ってたか?」


「本当、これだから貴族は。器が小さい!」


「それも知ってる。すぐに人を殺そうとするからな、俺。バカ泥棒も気を付けろよ」


「バカって言うな! 私にはちゃんと“ハール・ヤ・カルナ・ワールズ・トワイライト・キー・タイム”って名前が……」


「「…………え?」」

「……あ……」


 言い争いの果てに、ハヤカワ・トキの真名が告げられた。

 つまりこの者も貴族だったという事。それ以前に、真名を知られたのは色々と問題だろう。……お互いにとって。


「……っ。仕方無いわね……しきたりよ。しきたり。私も貴方の婚約者になるしかないわ……そうしなくちゃ将来的に大変な事になるし……で、晴れて婚約者になってあげた訳だけど、初夜はいつにする? 私は今日でも良いけど。元・婚約者の隣で喘いでやるわ」


「ちょっと待って下さい! ホムラ様の婚約者は今も昔も私ですよ! 勝手に決めないで下さい! と、言うか、トキさん! 私を何かと目の敵にしてませんか!?」


「文字通り、自分の胸に聞きなさいこの牛女ァ!」


「ええ!?」


 ガーン! という効果音が聞こえてきそうなセイカの反応。

 そしてトキが何かとセイカを目の敵にする理由は、女性として譲れないプライドからなるものだった。


「……君……貴族だったんだ。そんなに嫌っている様子からして、平民からの成り上がりか、追放された貴族か?」


 そんなやり取りの横で、ホムラが冷静に思案してトキの出生を推測する。

 長い名にはそれ相応の意味が込められており、将来的な力も相応になる。

 なので長名=貴族なのだが、トキがどの様な立場だったのか気になっていた。

 当のトキはまたバツが悪そうに応える。


「……っ。そんなところよ。けど、ちゃんと純潔は守っているわ。そこまで落ちぶれていない……貴方、系統は? 黒髪の貴族なんて初めて見た。言っとくけど私、“忌み子”だから。貴方の系統が何にしても、いくつかには適応出来るわ。元気な子供を産んであげる」


「“忌み子”……って事は混血か。確かに混血は世界に四つだけって訳じゃないからな。元々は単一だったけど、混血なのが知られて家系から追放されたのか」


「……ふん。さあね……私は別に良かったのよ……あの子達さえ無事でいてくれたなら……」


「……そうか」


 断片的だが話を聞く限り、トキにも大切な者達が居たらしい。

 言葉の選び方から考えて一回り以上年下。しかし皆までは言わない。ツラい別れがあったというのは見て分かるからだ。

 ホムラもその辺の共感が出来るので空気を読んだ。


「まあいいや。早くしよ? 王族のお姫様に見せびらかしてやるんだから!」


「服を脱ぐな服を。俺は別にそんな気はないよ」


「そうですよ! 私だってまだ……」


 真名を知られたからこそ先を急ぎ、トキは衣服を脱いだ。ホムラはそれを制止し、セイカも止めに入る。

 純潔は守っているとの事だが、貴族としてのしきたりはしかと受け入れるらしい。

 そして止めに入ったセイカに向け、率直な疑問をぶつけた。


「え? 貴女いくつなの? 婚約者なら早いうちに世継ぎは残すよね? まだ成人迎えてないとか?」


「迎えてますよ! ただ……ホムラ様にも事情がありまして……私が求めても拒否されるのです……」


「ふうん? それなら、私が先に終わらせちゃっても良い訳。実際のところあまりタイプじゃないけど、貴族としては比較的マシだからね。何家かは分からないけど、多分血筋も申し分無い。真名を吐かされちゃったし、マシな貴族なら良いよ」


「自分で勝手に言ったんだろ。俺を巻き込むなよ。アンタも元・貴族か現在も貴族なら、婚約者くらいは居る筈だろうに」


 話が進み、ホムラは呆れたように止める。

 この世界で15となれば世継ぎとなる子供が居てもおかしくない年齢。トキとしてもホムラやセイカより年上らしく、割と婚期を焦っている節があるのかもしれない。


「婚約者が出来る前に混血が発覚して勘当されたからね。年齢的には17でまだギリギリ行き遅れって言われないくらいだけど、割と焦ってきているんだよねぇ。アナタ達も貴族なら分かるでしょ? この焦り」


「意外だな。アンタのようなタイプの人は生涯独り身でも良いって考えだと思ってたよ」


「思ってるよ。いや、思ってたよ、かな。今さっきまではね。……そうだね、私の焦りはちょっと普通じゃないかな。簡単に言えば、私より年下で私より発育が良いそこの王族が気に食わないから婚約者を奪いたいだけ。泥棒だもん。他人の男を盗むのも良いでしょ?」


「完全に逆恨みじゃありませんか……」


 おそらくだが、トキが焦りを見せたのはセイカの姿を見てから。

 確かに自分より年下なのに自分より上手く行く存在を見て焦りが生まれる者も少なくない。今までの会話からしてトキは割と器も小さく、セイカへの対抗心が生まれたようだ。

 そんなどこまでも自分勝手な言動にセイカはもはや呆れを見せていた。年下のセイカの方がしっかりしているようである。


「て事で、私を仲間に入れて! 盗みとか窃盗とか泥棒とか、色々と出来るよ!」


「全部同じに聞こえますけど……」


 自分の中で完結し、改めて仲間に名乗り出る。

 正直言って、信用は出来ない。確かな、良くない方の実績があるので当然だろう。

 しかしながら、おそらく断っても付いて行くタイプの存在。どんな魔法を使っているのかも分からない不可視の移動もあって色々と厄介。ホムラの応えは──


「はぁ……好きにしろよ……。アンタの行動次第じゃ死刑対象だけど……俺の言う勧善懲悪は殺人とか人の尊厳を奪う行為とか、そう言うもの。罪に大小は無くて窃盗による被害者も居るけど……被害総額が数千億相当って考えたら、力の無い民間人から盗んだとかじゃなさそうだしな」


 言っても無駄と判断し、諦め半分で渋々受け入れた。

 当然理由はあり、トキの泥棒対象が民間人ではないと考えての事。

 その言葉を聞いたトキは笑顔で言葉を続けた。


「お、分かってるね少年。私の泥棒は大体貴族や王族、野盗からであって、それを貧困層に分け与えているんだ! 義賊ってやつ? 自己満足って言われたらそれまでだけど。けど、ちゃんと正体は明かしてるから分け与えた人達に被害は及ばないって寸法よ! すごくない?」


「だからと言って泥棒を容認出来ないけどな……ま、俺が言えた立場じゃない。罪の重さで言えば、何百人も殺めた俺の方が悪人だ」


「……ぇ……何百人……?」


 明るい態度から一変、ホムラの罪を聞いて戦慄した。

 少なくとも、トキと会ってからのホムラの態度は少し生意気な少年と言った雰囲気。口は悪く、根に持つタイプだが婚約者との関係性を含め、一線は越えていないと考えていた。

 だがしかし、そこに刺し込まれた鋭く重い言葉。トキにはそれが信じられないようだ。

 その反応を見、ホムラは言葉を続けた。


「そうだ。……そうか。これを言えば良かったのかもな。俺は俺個人の判断で何百人も殺めている。暴虐無人な貴族ですらそうそう出せない数字だ。……さて、アンタはどうする? まだ大量殺人犯の仲間に入ろうと考えているか?」


 貴族を嫌うトキだからこそ、人を殺す貴族であるホムラは受け入れられない筈。なのでそれを告げ、セイカの時のような最終確認を行う。先程は詳細を話さなかったが、今回は明確に人を殺めた事を告げた。

 それに対し、トキはまたフッと笑ってホムラの言葉に返した。


「当然。ただの善人かと思っていた、つまらなそうな君に興味が湧いたよ……。君程の人が何故そんなに人を殺すのか……気になったかな……!」


「そうか。地獄を見たと豪語するだけはある。肝も座っているな」


「ホムラ様が言うなら、私も貴女を受け入れます。トキさん」


「これからよろしくね。二人とも!」


 先程の態度から少し変わり、本当に覚悟を決めた面持ちで話す。

 ホムラとセイカ。世界への復讐の為のこの旅に、ハヤカワ・トキ。物好きな仲間が一人加わった。

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