32ページ目 死刑囚
『ブモオオオオ!』
「最近、肉類は食べてなかったな。頂くとするか」
『モ゛ッ……!?』
翌日、早朝からホムラはイノシシっぽいウシ型の魔物と相対していた。が、勝負と言えるものになりはしない。その脳天を闇魔法の小さな線で貫いて絶命させる。
同時に闇魔法で臭みの強い内蔵などを処理し、食事用の肉を手に入れた。
「あ、ホムラ様。どうでしたか?」
「ああ、魔物が一匹居たから肉を剥ぎ取った。魔物の肉は魔力にも変換されるから味はともかく力にはなる」
「成る程……しかし、朝から肉類は少々キツいかと……」
「それは俺も同意見。だから魚と木の実が今朝の主食だ。魔物肉は保存食みたいなものだな」
そう言い、捕っていた魚をセイカへと見せる。
昨日の今日。あの村の者達が死してから丁度一日分経過しており、まだ優れない様子ではあるが比較的落ち着いてはいた。
まだ廃墟を発っていないが、今日こそは人の居る街に行きたい気持ちである。
早々に朝食を終わらせ、魔力も補給出来る魔物の肉を簡易的な箱に仕舞い、ホムラとセイカは廃墟を後にした。
「此処からは基本的に一本道……追っ手も一昨日以降見ていないし、人が居ないならもう少し速い移動方法で大丈夫そうだ」
「速い移動方法?」
「ああ」
「わっ……ホムラ様……」
そう言った瞬間にセイカを抱き寄せ、セイカは赤面しながらホムラの方を見やる。
ホムラは足元に闇魔法を展開し、自分達を乗せて加速した。
その速度は馬車を容易く凌駕する。圧力を抑える為の処置も施されており、この速度で移動しても問題は無かった。
「……! 街が見えてきたな。闇を消すぞ。掴まれ」
「は、はい!」
物の数秒後、数キロ先に街を見つけ、闇魔法を消し去る。セイカと共に着地し、改めて確認した。
「遠目からじゃよく分からないけど、チラホラ人は見えるな。別に揉めている雰囲気も無いし、大丈夫そうだ」
「そうですか……視力良いんですね」
「まあな」
視力が良くとも見える範囲は限られている。しかし、その微かな情報でも大丈夫そうという事は分かった。
二人はローブを深く被り、杖を隠し、その街へと入る。
*****
「人はそれなり。治安もこの世界じゃよくある感じ……普通の街だな」
「戦争の被害に遭っていないのは珍しいですね」
その街は、よくある街だった。
活気はそれなり。裏路地にはチンピラのような者もおり、牛や馬が闊歩している。
建物は基本的にレンガ造りであり、石畳や街路樹と平均的な面持ち。
しかし、普通ではあるが今日は少し騒がしかった。
「オイ! ついに処刑されるってよ!」
「本当か!? てか、いつ捕らえたんだ?」
「それが、たった今名乗り出て処刑しろと兵士を脅したらしい……」
「はあ!? 一体何が目的なんだよ……」
「ホムラ様……何者かの死刑らしいですよ」
「そうみたいだな。別に不思議じゃないけど……その死刑囚が自ら名乗り出たってのが変だな……」
それは、誰かが死刑になるらしい。
捕らえたという言葉や名乗り出たという部分から何かしらの罪を犯した罪人という事は確かみたいだが、自首したというのが少し気になった。
「聞いてみるか……」
なのでホムラは処刑場に向かう途中の住人へ話し掛ける。
「すみません。何かしらの物騒な話が聞こえましたが……一体何の事ですか?」
「んあ? ああ、旅の方か。それがよ、最近巷を賑わせていた盗人が自ら名乗り出て処刑になるんだと。それが結構美人でな」
「盗人……? それだけ……とは言いませんが、それで死刑ですか」
「被害総額は数千億フレイ。金貨に直して数千万枚。つまりとんでもない大泥棒って事よ!」
「数千億フレイ……ちょっとした国家予算クラスはあるな。そりゃ名乗り出たら死刑だ」
「そう言うこと。んじゃ、折角だから旅の方も死刑を見てみなよ!」
この世界では金貨や銀貨を主な通貨としており、“フレイ”という単位が使われている。
とある女神の名から取ったものでるが、どちらかと言えばその女神の妹に値する者の名。それはともかく、小国の国家予算に匹敵する程のとてつもない大金という事。それ程までの盗みを働けば先ず間違い無く死刑になるだろう。それが今実行されるらしい。
ホムラに概要を話した男性は去り、ホムラは思案する。その横からセイカが話し掛けた。
「ホムラ様……その……盗人は自ら名乗り出たと……」
「そうみたいだな。さっきの男性が話すにかなりの美人……それなら捕まった時、死ぬより酷な目に遭うから自首したって分かるけど、そんなに盗める実力があるなら自首する必要も無さそうだけどな……」
美人の女泥棒。捕まれば凌辱されるのは目に見えている。故に自首し、さっさと死ぬのは分かるが、それでも腑に落ちなかった。
国家予算相当を盗める実力者。あまりにも変だった。
「時間はあるし、ちょっと見に行ってみるか」
「そうですね。それ程の方。私も結構気になります」
正直言って、ホムラ達は暇である。
一応は“虚無の境地”と“絶望の象徴”を始末するのが目的だが、何の当ても無いのでテキトーに彷徨くしかない。
なので気晴らしに行くのも悪くない。その考えの元、二人はそこへ向かった。
*****
──“死刑場”。
「すごい人数だな。これ程の有名人か」
「公開処刑は一種の娯楽ですからね……有名な罪人程人も多く集まります……私は人の死が見世物になるのは好きじゃありませんけど……」
公開処刑の行われる断頭台がある広場にて、ホムラはその人数に気圧されていた。
セイカはあまり処刑を見たくないのか少し落ち込んでいるが、王族だからこそ処刑について詳しく、ホムラへ説明した。
そんなやり取りの中、ロープで腕を縛られた女性が兵士と共に現れる。
「来たぞ……!」
「ゴクリ……」
「あれが大泥棒……」
「“瞬盗女王”……!」
「“瞬盗女王”。盗人の異名か」
「瞬間的に盗む女王とは、言い得て妙ですね」
「なんか語感が悪いけどな」
盗人の名よりも先に異名を知ったが、あまりセンスは感じられなかった。
何はともあれ、そんな女王様のご尊顔をホムラとセイカは拝見する。
「さあ、来るんだ」
「……分かってるよ。バカ」
「「「おぉぉ……」」」
思わず男性陣から声が上がる。
その女性、色白の肌、銀髪に碧眼。盗人だからか髪は動きやすいように短く纏まっており、顔立ちはまだ幼さが残っていた。
成人はしているのだろうが、盗人というだけあって夜の行動が多いのを考えれば日に当たる機会が少なく、そう見えるのだろう。
「銀髪……魔法使いとかじゃないのか?」
「もしくは混血……風と水の系統でしょうか……魔法使い以外で数千億相当を盗めるとしたらそれも問題ですけど……」
「何にしても、その実力者の命は今日までか」
赤の他人。しかも明確に悪党と言える存在。その者が死のうと特に何も思わないが、個人的な興味でどの様な実力を持っていたのか気になった。
そんな事を考えているうちに銀髪の女性は断頭台に頭を付けられる。
「罪人、ハヤカワ・トキ。貴様の死刑を遂行する!」
「一々宣言するのって面倒じゃなーい?」
「罪人は黙ってろ!」
「はーい」
その名、真名か仮名かは不明だが、ハヤカワ・トキ。
死刑前にも関わらず執行人に軽口を叩き、怒られてムスッとする。
悪人ではあるのだろうが、何となくそこまで悪い者には見えなかった。あくまでそれもホムラの個人的な感想であるが。
「…………」
「ふわぁ……」
刃物の準備を終え、罪人はあくびをする。この状況で何とも言えない自由さ加減だろうか。
しかしそんな余裕も束の間、女性の上から鋭い刃が──
「セーフ!」
「なっ……!?」
──落ちた瞬間、トキは断頭台から離れており、代わりに執行人の持っていた斧が置かれていた。
斧の柄は刃によって真っ二つになり、執行人は驚愕してトキの方を見やる。
「貴様……何をした!?」
「そうだねぇ。入れ替わりマジック……かな? マジックって知ってる? 都会の方で人気の──」
「貴様!」
説明した瞬間、トキの頭に向けて剣を振り抜く。同時にトキは剣尖に立っており、フラつきながらも身軽な動きで飛び降りた。
「おっとっと。ほいっと。遅いよぉ。執行人さん!」
「何を……! いや、それより住民の皆さんは避難を! 極悪人が逃走しました!!」
「「「わあああああ!?」」」
トキの悪戯っぽい言葉に返そうとしたが、執行人は第一に住民の安全を考え、周囲へ注意を促す。
住民達は一斉にそこから離れ、意図せずともトキの通り道が作られる。
「人は居ない! 撃て! 撃てェ!」
「わっ、鉄砲に矢! 遠距離なんて卑怯だぞー!」
「何を言ってるんだアイツは……」
住民が居ないのを確認し、銃弾や矢が撃ち出される。
しかし不自然なまでにトキには当たらず、ヒョイヒョイっとスキップでもするように逃げていた。
「何故当たらんのだ……狙いは正確な筈だ……」
「クソッ……!」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
手拍子を鳴らし、軽やかな動きで飛び回る。
狙いは正確。それは間違いない。動き回る存在が相手だとしても、先を読んでの射撃を行っているのだから当然だ。
ホムラはその光景を見、驚愕していた。
「まさか……この世に……ちゃんと住民の心配をする兵士が居るなんて……!」
「そこですかホムラ様!? あの盗人が逃げているんですよ!?」
住民の事を配慮した射撃を行う兵士の存在。
ホムラの知る兵士は基本的に他人などどうでもよく、目的を遂行する事だけが在り方。
しかしこの街の兵士はそんな考えを持ち合わせておらず、ちゃんと配慮と考慮した上での行動。ホムラは感動を覚えた。
対し、トキに何の指摘もない事へセイカはツッコミを入れる。
そのツッコミに対し、ホムラは冷静に返した。
「まあ、見る限り何らかの魔法は使っているんだろうな。杖無しのを見ると魔術かもしれない。ほら、魔力の気配が少しあるだろ?」
「え? あ、そう言えば……確かにあの女性の周りから少し異質な魔力が漏れていますね……街の皆様は魔法使いではないので魔力を感じないのでしょうけど……お漏らししています……」
魔力の存在は、今のような遠目からだと魔法使い。それも上級魔法使いクラスしか分からない。
かなりの近場なら平民や奴隷でも何となく分かるのだが、見ての通りトキは一人で走り回っている。他の住民や兵士は銃弾と矢に巻き込まれぬよう距離を置いているので結果的に魔力の気配が分かるのはホムラとセイカだけだった。
「ちょっとちょっとー。魔法使いってワードが出てきたって事は、アナタ達貴族? お漏らしって、誤解を生むような言い方しないでよねぇ! 立派な私の魔法だよ!」
「……! な……」
「まさか……!」
──次の瞬間、ホムラとセイカが見ていたトキは、自分達の後ろに回り込んでいた。
その声を聞いた二人は杖を構え、迅速に対応する。
「そんな物騒な物使わないでよ。私まだ何もしてないでしょ?」
「馬鹿な……」
「そんな……」
構えた杖はホムラとセイカの手から離れており、トキはクルクルと回す。ローブも捲れてホムラの黒髪とセイカの赤髪が露になっていた。
しかしそんな事はどうでもよく、たった今置かれた状況が何よりも問題だった。
「オ、オイ……あの二人……」
「杖に赤い髪……貴族……貴族様だ……!」
「何故こんな街に……」
「いや、それよりあの少女……いつの間に此処へ!?」
その光景を見、周りの住民達はざわついていた。
処刑される筈のトキはともかく、平民にとってはあまり良い存在じゃない上流階級の者達。
二つの混沌が織り混ざり、もはや混乱を通り越して冷静になりつつある状態だった。
「……。一つ聞きたい……アンタは敵か? 味方か? それとも中立か?」
「ぇ……何ソレ……貴族って先ず敵か味方で判断するの……? 怖っ……」
ホムラの質問に対し、本気で怖がるトキ。
今の言い方からして何かしらの魔法は使えるようだが、貴族や王族などの身分には居ないようだ。
ホムラとセイカ。二人が寄った街。この街では少し不思議な少女と出会った。




