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31ページ目 正義と悪

「……。今はこれくらいしか出来ない……なるべく安らかに眠ってくれ」


「おやすみなさい……皆様」


 ──子供達と女性の墓を作り、埋葬したホムラとセイカは数秒間目を閉じて黙祷を捧げ、自身の杖を持ってまた歩み出した。

 魚や木の実は自分達の分だけを食し、残りは供えてある。

 そのうち野生動物に荒らされ、供物も無くなってしまうのだろう。しかし、今はほんの少しでも彼女達の冥福を考えていた。

 あの世まで供えた物が届くかは分からないが、せめてあの世では幸せになって欲しいという考えの元の行動である。


「……。ホムラ様……おかしくありませんか?」


「……。そうだな。今まで身を潜めていた“虚無の境地”や“絶望の象徴”。何故急に動き出したんだ? しかも、近辺の街や村で」


 虚無の境地や絶望の象徴。それらは本に載る程の、悪い意味での有名人だが最近まではただの噂に過ぎない程度の話しか出回っていなかった。

 しかしながら、この一週間も経たないうちにその二つが近くで動き出している。

 おそらくそれは此処数百年のうちに前例の無い事態。もしかしたら、事は思うよりも大きく深刻なモノとなっているのかもしれない。そんな懸念が過る。


「偶然……で片付けるのは簡単です……しかし、あまりにも不自然……」


「切っ掛けを考えるなら……まあ、俺の闇魔法の目覚めかな。騒動は全部その前後の出来事だ」


 思い当たる節は、ホムラが闇魔法に覚醒した事。

 こじつけにも近い感覚だが、同じく人類の敵と称される闇魔法。こじつけにしてもこれ程信憑性の高い事柄は無いだろう。


「闇魔法……そう言えば、その対になる光魔法使いとはまだ出会っていませんね……。闇魔法使いが現れたのなら自ずと光魔法の使い手も現れる筈ですのに……」


「資格は誰にでもあって、条件が必要なんだろうな。俺だって今まで闇魔法の予兆が無かった。ただ単に一家を皆殺しにされて俺の住む区画も滅びて、怒ったら覚醒しただけだし」


「だけ……。いえ、皆までは言いません。そうなると、その逆の事が起これば光魔法の使い手も現れるのでしょうか……」


「逆の事……か。それなら、他人の一家を皆殺しにして区画を滅ぼし、笑ったら良いのか。それなら虚無の境地が適性だな」


「えーと……」


「冗談だ。何処までも深い正義と慈愛の心を持ち合わせて、人を殺めず自分本意な怒りも悲しみも抱かない。それが最低限の条件だろうな」


 恨み、辛み、憎しみ、怒り。それによって闇魔法が目覚めたのならば光魔法はその逆の感情を持ち合わせる事が条件のようだ。

 そんな聖母のような存在、少なくともこの醜い穢れた世界に現れる事はないだろう。

 しかしながら、ホムラにはそれとは別の懸念もあった。


「……。そう言や、別に俺の行動理念は“悪”って訳じゃない。寧ろ悪を滅ぼす側……絶対悪とされる闇魔法なのに何で俺は資格を得られたんだ?」


「うーん……世には“正義”や“悪”という概念が存在しないからじゃないでしょうか? 一番分かりやすい戦争で例えると、一人の兵士を殺めたとして、その兵士と親しい者達にとっては殺めた者が悪となる。しかし、国の為の殺生ならばその者は国からした正義の存在になる。不幸や憎しみが溢れる世の中ですけど、正義と悪の定義が曖昧なのでその辺に明確な差は無いのかと」


「成る程な。クズみたいな貴族や野盗であっても自分の為の、自分にとっての正義で動いているから関係無い……か。一理あるな。だから俺の負の感情に魔力が反応してこの力に目覚めた訳か」


 世には正義も悪も居ない。悪にとっての正義は敵であり、正義にとっての悪は敵。敵=悪という方程式が全人類の中にあるのでその辺りは有耶無耶なのだろう。

 何故ホムラに闇魔法が宿ったのかは不明のままだが、少しは進んだ。虚無の境地や絶望の象徴については依然として謎のままであるが。


「けど……力があっても親しくなれそうな人を護れない……俺は明確な悪かもな。少なくとも正義を謳う資格は無い。本物の正義なら犠牲者が出る前に全てを終わらせられる筈だからな。犠牲者を出しながら正義を謳う者は法螺ホラ吹きの偽善者でしかない」


「そうですね。しかし、他の偽善者と違い、私にとってのホムラ様は明確な正義です。ホムラ様が居て下さるだけで私は生きる気力が湧いてきます……どうか自分を責めないで下さい……」


「…………」


 自虐的に言うホムラへ向け、セイカは心の底から思っている事を告げた。

 それを聞いたホムラはセイカを一瞥し、言葉を続ける。


「俺は別にセイカに何もしていない。何なら俺を求めるセイカの頼みを断った。改めて聞きたい。何故俺なんかに着いて来る? セイカは指名手配されていない。今からでも街に戻れば歓迎される筈だ。それに、俺の顔は治らない火傷痕がある。醜いだろ」


「醜くなどありません。そして、理由なんかありません。強いて言えばホムラ様と居たいから。本当に、何度も言うように、何もせずとも、ただホムラ様と一緒に居るだけで私は幸せなのです。とても自分勝手な理由で御座います」


「……。そうか」


 ホムラと居たいから居る。ただそれだけ。それ以外に何の理由も無い。

 ホムラの良いところも悪いところも知ったセイカだからこそ、それらを含めて共に居たいのだろう。


「俺は……セイカに相応しくない。ただの婚約者なだけだ。親が決めた……な」


「私は貴方様を見、私自身で決断しました。そうでなければ、やさぐれてしまった今のホムラ様に着いて行く理由はありませんからね♪」


「意外とはっきり言うな。事実だけど。……俺はよく分からないや。確かにセイカと居ると安心出来る感覚はある。けど、それが好意からなるものなのかは分からない。本当に、何もかもが分からないんだ。俺が何をしたいのか、俺が何を求めているのか」


「目的はあるじゃありませんか。虚無の境地を倒す。その後の事はその後に考えれば良い筈です。未来を見据えた所で人はいつお亡くなりになるかは分からない。なので確実性の無い未来を見定めるより、今の瞬間を生きた方がお得ですよ」


 セイカに言われ、ホムラは何も言えなくなる。

 返す言葉も思い付かないのだ。おそらく今からホムラが何をした所でセイカは全てを肯定し、受け入れる。

 善人から悪人まで全人類の殲滅を目論もうが、野盗のように自分の快楽の為だけに暴行を行おうが、今此処でセイカを殺めようが。全てを優しく受け入れてくれる事だろう。

 故に、セイカに対して言葉を返す必要が無いのだ。

 ホムラとセイカ。目標を見定めつつも何も分からぬまま、二人は先を行く。



*****



「もう日が暮れる……今日中に次の街へは行けなかったか」


「その様ですね。というより……此処もかつては栄えていたという事でしょうか」


「……そうだな」


 ──そう言い、ホムラとセイカは一日中歩いた先に辿り着いた、何年も前に廃墟と化したであろう街に来ていた。

 瓦礫などで足場は悪く、辺りも散らかっている。人どころか魔物の気配も無く、人にも動物にも見放された街がそこにあった。


「野盗の襲撃……じゃないみたいだな。至るところにある弾痕や切り傷。投石の痕……そして骨になった亡骸。戦場になった街みたいだ」


「此処での犠牲者が昨日見た死体置き場に運ばれたのでしょうか……」


「近隣の街や村がどうなのかは分からないけど、多分そうかもな。同じ頃合いに捨てられた死体は多かったし、此処の戦争もそれなりの範囲で行われていたみたいだ」


 戦争被害の廃墟。この世界ではそう珍しい事でもない。

 逆に、まだ形の残っている建物もあるので旅の途中であるホムラとセイカにとっては都合の良い状況だった。


「今日は此処に泊まらせて貰うか。資金も持ち合わせていないし、隠れる場所も多いから丁度良い」


「そ、そうですわね。けど……ゴーストとか出てこないでしょうか……」


「大丈夫だろ。それに、多分そう言った輩が出てきても昨日の怨念と同じ感じだ」


 滅びた街。丁度良いには良いが、セイカは霊的な事を心配していた。

 しかしそれに対するノウハウはある。なので心配は無用だろう。


「では、夕食にしましょうか」


「そうだな。薫製した魚や、いくつかの木の実は残っている。少なくとも今夜は持つか」


 魚や木の実。朝採った物。魚は日持ちしないので薫製にし、保存が利くようにして。

 朝食、昼食、夕食と自分達の分だけは残していたので今夜の分は確保出来ていた。

 女性と数十人の子供達の分の食料を彼女達の為に採って来たのだから。供えたとしても数は残っていた。


「いただきます……」

「……」


 セイカが食事の挨拶を行い、ホムラは無言で食す。

 幼き日より教え込まれた、食事のマナー。それもあって静かな食卓は慣れていた。

 それが本来の食事の形。それが正しい在り方。しかし、それでも今の食事には寂しさがあった。


「……うぅ……」

「…………」


 食わなければ生きられない。そして貴族や王族として食事は静かに行うと教えられている。だが、セイカはポロポロと涙を流しながら薫製の魚を頬張る。

 ホムラも一口(かじ)り、静かに飲み込む。何故かその料理は無味無臭に感じた。

 そんな、寂しくつまらない、生きる為だけの食事を終え、ホムラとセイカは比較的形が残り、崩れそうにもない建物の中へと入った。


「此処なら人も来なさそうだ。多分、ゆっくり休める。少し埃っぽいけどな」


「そう……ですね……。けど、これくらいなら近くの川で洗えば大丈夫そうです。結構良い宿屋だったみたいですね」


「ああ、そうだな」


 そこはおそらく宿屋だった建物。

 内装は比較的整っており、埃っぽくボロボロだが住めない事はないものだった。

 しかし色々と汚れも気になるので、使えそうな布類を探し出して持ち、二人は近くの川へ行く。

 これ程の街となると大抵は川の近く。なので心身を清める事も可能だろう。


「ホムラ様。折角ですのでこのまま水浴びをし、汗を流しましょうか」


「……ああ。考えてみたらこの数日間風呂に入ってなかったし、湯は作れるから大丈夫そうだな」


 使えそうな布類を軽く洗って炎魔法で乾かし、自分達も風呂に入る事にした。

 いつ何時なんどき人が来るかは分からない。なのでホムラとセイカは互いに衣服を脱ぎ、材木を掛け合わせて造った湯殿に浸かる。

 既に夫婦を約束された二人。結婚した訳ではないのでまだ初夜を過ごしては居らず、男女の営みもまだ終えていないが、互いの裸体を見るという行為には特に思うところもなかった。


「ホムラ様。たくましいお身体をしておりますね。やはり魔法使いとして鍛えていたのですか?」


「そうだな。どちら側の魔法使いになるかは分からなかったけど、基礎体力は各種方面で使うらしいんだ。だからそれなりに体力は付けているよ」


「なんだか落ち着きます……」


「そうか。女性の身体は男よりも柔らかいんだな。脂肪が多いのか?」


「……んっ。……ホムラ様。それは失礼に値しますよ。女性は体内のホルモンや肉体的な構造からして、脂肪が付きやすくなるんです。仕方無いじゃありませんか」


「へえ。けど、見た目はスラッとしてるよな」


「内部に蓄えますからね。一説では女性の方が体温が高いとか。けど、男性の肉付きは勉強になりますね……肉体的な強度など、戦闘や狩りに適した身体付きです……」


 好奇心から、純粋な気持ちで男女の身体を観察する二人。

 羞恥心など無く、腹部や胸元、首元などを興味深そうに互いに優しく触れる。

 元々この二人は知的好奇心が高いので欲情するよりも先ずは興味が先行するらしい。


「男女でこうも変わるのか。妹や母親、使用人やフウにスイの裸体は幼い頃に見た事あるけど、俺やリクとあまり変わらなかったのに……」


「意外と見ておられるのですね……私は男性の裸体なと父上のすら見た事がありませんよ……」


「姫君だからな。お世話も同性の使用人が行うんだろうし、婚約者にしか見せないように注意されていたのか」


「多分そうですね」


 互いに一度触るのを止め、湯船に浸かって今度は視覚で中心的に考える。

 しかしながら、次第にセイカの息が荒くなってきた。


「す、すみません……ホムラ様……また私の身体がホムラ様を求め始めています……」


「これもまた生理現象……俺も若干疼くけど……明日も長距離の移動……支障が出るといけないな」


 という理由から、互いに互いを求めていたが互いに互いを抑え込む。

 ホムラは一足先に上がり、その後にセイカも出た。


「ホムラ様……その……今夜も……」


「さっき言った通りだ。明日も一日中歩く事になる。いつ敵が来るかも分からない。何も出来ないさ」


「そう……ですか……」


 簡易的な寝床にてホムラに否定されたセイカはシュンと落ち込み、洗いたての布にくるまる。

 ホムラはため息を吐き、片手でセイカの頭を抱き寄せた。


「全てが終わったらいくらでも応えるよ」

「はい……ホムラ様……」


 そして二人は眠りに就いた。

 本当に望む目的も、虚無の境地の居場所も絶望の象徴の居場所も分からぬままに夜が更けるのだった。

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