27ページ目 死体置き場
──夜が更け、日がまた昇る。そんな早朝の時間帯、セイカは目覚めた。
「はっ! ホ、ホムラ様! すみません! すっかり寝過ごしてしまいました!」
「いや、別に構わないよ。二日も殆ど眠らずに俺の看病をしてくれたんだ。まだ借りは返せていない」
あの後二人は就寝する事にしたが、追っ手が来る可能性を考えて交代制で夜番をするつもりだった。
なのでセイカが先に眠り、数時間したらホムラと代わる予定だったのだが、予想以上に疲労が募っていたセイカはそのままぐっすりと眠りこけて今に至るという事だ。
しかしながらホムラは二日間意識を失っていた。人は寝溜め出来ないが感覚的にはそこまでツラくないようだ。
「一先ず昨晩はこの近くを誰も通らなかった。ま、徹夜してまで探す必要は無いって判断の元、街に帰ったんだろうな。その辺のツメは甘い」
「成る程。確かにそうですね。ホムラ様は罪人として指名手配されていますが、虚無の境地などに比べて危険性が無いのは街の方達も理解している筈……それならばあまり必死にもなりませんね。街の方々の過半数は自分に被害が及ばないのならどうでもいいという考えですから」
「そう言うことだな」
自分勝手な貴族や王族達は、自分勝手なので自分が良いならそれで良いという判断となる。
だからこそ虚無の境地はともかく、ホムラの探索は早々に切り上げているのだろう。
要するに今回のホムラとセイカは上層部が無能だから余裕を持って過ごせているようだ。
「木にでもマーキングくらいはしているだろうけど、念の為にまた1から探す筈。馬車とかを使って来る可能性を考えて……せめて今日中に森くらいは抜けようか」
「はい。ホムラ様」
先ずは森を抜けるのが先。軽い朝食を川で摂った後、ローブを身に付け杖を持って移動を開始した。
「お待ちを……!」
「遅いぞ。セイカ」
森の道を進み、
「崖……登れない高さじゃないな」
「は……いっ……!」
ホムラがセイカの手を引いて小さな崖を登り、
「キノコ……」
「おっと、そのキノコは多分毒だ。本で読んだ事がある。触らない方が良い」
「は、はい!」
キノコの生える道を進み、
「わぁ……木漏れ日が差して綺麗ですね」
「日も高くなってきたな」
木々の並ぶ、木漏れ日の道を行き、
「──居たか?」
「いや、この辺には居なさそうだ……!」
「やっぱり馬車とかを使って来たか。此処からは道じゃない場所を行くぞ」
「はい……!」
時折現れる追っ手から隠れ、道ならざる道を行く。
そう、この森。ホムラ達の街の近くというだけあって案外整備され、整った道が多い。
しかしそれは馬車などの乗り物に追い付かれる事を示しており、案じたホムラ達はそろそろ道を外れる事にした。
「……っ。急に険しくなりましたね……」
「これが本来の森の在り方だ」
道なき道を進み、セイカは徐々に疲労が募る。
睡眠を取っていないホムラはセイカ以上に疲弊しているのだろうが、元より自分の事など既にどうでもいいと判断している今。空元気でもなんでもなく、ただただ進んでいた。
「チッ、火の系統が居ないのは面倒だな。木が邪魔だ。風の精霊よ……──“ウィンドカッター”!」
「ああ。風の精霊よ……──“ウィンドソード”!」
「酷い事をする」
「木々が無ければ困るのは自分達ですのに……」
風魔法使いの追っ手が風魔法で木を斬り倒し、自分達が通りやすくするのをホムラとセイカは遠目から見た。
木が無くなって困るのは自分。それは環境問題的な部分もあるが、この森自体が貴族の街の防壁のような役割を果たしているので通りやすくするのは愚作でしかない。
しかしホムラ達を探せれば他は良いという、自分本意な判断があるのでその様な事は何も考えていないだろう。
そんなこんなでホムラとセイカは見つかりにくい整備されていない道を進み、拓けた場所に出た。
「……! 此処は……」
「うっ……オェ……」
──そしてそこに広がっていた光景を見、ホムラは苦虫を噛み潰したような顔となり、セイカは吐き気を催した。
そう、その光景──
「……戦争犠牲者達の……遺体置き場……」
「子供の亡骸まで……うっ……腐敗臭が酷いですね……」
「半分白骨化しているものもあるな。一番下に積まれた遺体はもう骨になっている。かなり長い事放置されたままらしい」
──戦争による犠牲者達の、死体置き場。
殆どの死体に原型は無く、小さな亡骸から子供であると特定するのが関の山。
周囲は凄まじい腐敗臭が立ち込めており、鼻で呼吸をすると吐き気を催すので二人はローブを更に深く被った。
「切り傷、刺し傷、弾痕。潰れた身体に火傷……兵器と魔法、様々な方法で殺されているな。布切れすら身に付けていない者は穢された後に殺されて放置されたって事か」
「うっ……オェ……ゲホッ……す、すみません……」
「その気持ちは俺も同じだ」
腐った死体の山。死因は様々。それ程までに戦争で使われる武器や魔法は残酷なものであるという事の証明でもあった。
単純に刃物で殺されたものや、銃弾や矢によって射抜かれたもの。そして炎魔法で焼かれ、土魔法で潰され、風魔法で斬られ、水魔法で溺死など、死因の数は多種多様。凌辱された形跡のものもあり、悲惨や凄惨。残酷という言葉では物足りない程の死体があった。
そんな、夥しい数の死体を前にしたセイカはとうとう吐いてしまい、涙目でホムラに話す。が、その気持ちはホムラも同じ。優しく背中を擦り、この世の醜さを実感した。
「意外と刃物や弾丸、矢などの武器はありませんね……」
「貴重な資源だからな。矢によって死んだなら矢を抜き、弾丸なら弾丸を取り除き、刃物も同様。再利用してまた戦争に駆り出すんだろうさ」
「ウェ……ま、また吐き気が……」
「此処に捨てに来た兵士も同じ考えだろうな。他の地面より湿った場所がある。死体から流れた血や、兵士達の吐瀉物が溢れたんだろう」
周りを見れば、此処でも色々とあったと思しき状態だった。
ホムラは一番新しい死体の近くに行き、その死体を観察する。
「腐っているけど、まだ肉体はある。だけど一部は白骨化。1年くらい前に捨てられたみたいだな。けどそれ以降誰かが来た形跡はない。流石にこの悪臭に耐え切れず完全に放置されたようだ。こんなに人の死体があるのに魔物すら寄り付かない……セイカの反応は正常だ。気分は悪くて酷いのが分かっているのに、比較的平然としている俺がおかしいみたいだ」
「……。なんて残酷な……。このまま此処は忘れ去られてしまうのでしょうか……」
「……さあな。何十年後か、死体が全部白骨化して臭いもマシになったらまた死体が捨てられるかもな。戦争は数年じゃ終わりそうにもないしな」
「……っ」
死体を調べた結果、此処は既に放置されている事が分かった。
しかしまだ面積はある。死体の回収ではなく、また死体を捨てる為に何年か何十年後かは盛んになるだろう。
「無念でしょうね……此処に居る皆様は……。国の為に戦い、死んだら捨てられる。何の罪も犯していない者達まで尊厳を破壊された後で殺され、用済みとあれば遺棄……私が悔しさを感じます……。許せません……許しません……! ──私達を捨てたこの世界を……!」
「……。オイ、セイカ」
ふと、セイカの様子が変になっている事に気付いた。
見れば黒い霧のようなものがセイカに纏割り付いており、その身体を蝕んでいる。
「そして此処に入ってきた……高貴を自称する、悪魔のような血族が許せない……!】
「……。大変な事になったな」
セイカの美しい声が重低音となり、闇魔法とはまた違う黒い魔力が増幅する。
おそらくそれは、“怨念”と言われる物の類い。ホムラは冷静に呟き、杖を構えた。
「何十人もの人が重なり合ったかのような声。この場に居る、全ての“無念”の集合体か」
【貴様らをォォォ……!】
「……っと」
セイカ? が手を伸ばし、黒い魔力をホムラへ放つ。
触れたらどうなるかは分からないが、念の為にそれを避け、ホムラはセイカに視線を向けた。
「オイ。お前ら。会話くらいは出来るか?」
【許せない……!】
「反応無し。怨念が意思を持った姿。思考や意志疎通は出来ず、目の前に居る動くモノだけを機械的に屠る存在か。魔物ともまた別の存在だけど、まあどうでもいい」
無表情を崩さず、淡々と冷静に怨念の集合体の性質を推測する。
言葉は話せるが、会話は不可能。今の感情とそれに伴った言葉を話すタイプのナニカのようだ。
「セイカは無駄に優しいから死体に同情した。その隙を付き、怒りと悲しみが乗っ取った。そんな程度の存在か。下らないな」
【許さぬ……!】
「“許さない”のバリエーションは豊富か」
ホムラの背後に怨念が集まり、それが滝のように降り掛かる。前方へ駆け出してそれも躱し、全体像を改めて見やる。
「セイカは巻き込まないように気を付けなくちゃな。──火の精霊よ。その力を我に与え、標的を打ち砕く」
【ア゛ァ゛ァ゛……!】
「その力を放出せよ。“ファイアキャノン”!」
【ア゛ア゛ア゛!?】
再び手のような怨念が伸び、そこにホムラは炎の中級魔法を放出して打ち払った。
どうやら炎は効くらしく、確かな手応えを感じた。
「……ダメージはあったけど、直撃しても微動だにしない部位もあったな。そこだけ炎耐性があるのか」
手応えは感じたが、違和感もあった。
呟くように話、再び迫る怨念を飛び退いて躱す。
「今の状況からして、炎の何かしらの成分が一つの要因。それか、至るところに置かれた死体に秘密がある。挙げ出したらキリが無いな」
敵は無形物の怨念。何かしらの対処法はあるようだが、それが何かは不明。
ある程度の怨念を払ったとしても、その何かを突き止めなければ完全に消滅させる事は不可能かもしれない。
「この辺りだ。黒い何かが見えのは」
「此処は使われなくなったゴミ処理場じゃないか」
「なんだそれ?」
「戦争で使い物にならなくなった人間が捨てられる場所だよ。すげえ臭いからオススメは出来ない」
「確かに臭いのは嫌だな」
「……。追っ手も来たか……さっきの怨念が原因みたいだな」
考えていると声がする。どうやらそれは二人の追っ手の声。
貴族か王族か、それらしい性格をしており、ナチュラルに此処にある者をゴミと揶揄していた。
【許さん……!】
「ヒッ!?」
「なんだよこれ!?」
(俺じゃなくて声の主を……成る程な。俺への攻撃が緩かったのは、俺が遺体に対して特に何も感じていなかったからか)
声が聞こえた瞬間、標的がホムラから変わったのを確認する。
大抵の戦争の原因である貴族や王族に怨みのある存在なのはそうだが、その中でも明確な“悪意”などの“感情”を持つ者が狙われるらしい。
「オイ! ローブの貴様ら! 貴様らの仕業か!?」
「離せ! 俺達を何だと心得ている! こんなゴミ山に連れて来てただで済むと──」
次の瞬間、二人の貴族は怨念に飲み込まれ、見るも無惨な姿となって死体置き場に加わった。
これで1年程前の一番新しい死体から更新された事だろう。
(さて、セイカごと仕留めれば楽に終わるんだろうけど、セイカの事は好きだからな。なるべく殺したくない。俺を殺してくれる存在が居なくなるのも困る。やりにくい相手だな)
淡々としているが、ホムラの中の優先順位はセイカが一番上であり、自分は二の次。因みに同率一位にはフウ達や四宝者達が居る。
なのでセイカごと消し去るつもりは毛頭無く、助けるつもりしかなかった。
「(敵が感情に反応する怨念なら……)オイ、お前ら。彼女を返せ。少し同情されたくらいでその気になってんじゃねえぞ馬鹿共が。八つ当たりもいいところだ。さっさと解放してお前らも消え去れ」
【許さない……!】
「悪いが、お前達の何億倍くらいかは俺の方が許せていない……!」
【ァ゛ア゛ア゛!?】
子供のような挑発をし、怨念はホムラへと嗾けた。そんな怨念に向けてホムラが行った事は、闇魔法の展開。
自分の周りにだけ闇魔法を生み出し、怨念が触れた瞬間に一部を消滅させたのだ。
(予想通りだな。全ての敵になる闇魔法なら怨念みたいな概念すらも消し去れる。セイカが直接攻めて来てはいないし、他人に取り憑かなきゃ存在出来ないみたいだ)
闇魔法は、もはや形容出来ない、絶対的な力。
オートガードは備え付けであり、全ての存在をも無効化して一方的に仕掛けられる。虚無の境地のような存在に対しては難しいが、敵が概念ならば簡単に破壊する事も出来るようだ。
(さて、そうなると後は上手くセイカから引き離すだけ。やり方は色々思い付くけど、大抵セイカが犠牲になるな……死なない程度には済むけど)
闇魔法ならば、セイカを殺さぬように怨念のみを引き離すのも可能。
しかしそのやり方には色々と問題も生じる。セイカに闇魔法をぶつければどんな状態になっても生きたまま怨念を引き離せるが、その後の事は治癒魔法の使えないホムラには難しい。自然治癒に頼るにしても何十年間もセイカが苦しむ事になるのでホムラ的にはNG。
(現状、挑発して一部を引き寄せて破壊する……しかないな。これもまた面倒だ)
【許すまじ……!】
「相変わらず許さないのバリエーションだけは本当に豊富だな」
怨念が縦横無尽に襲い掛かり、その全てをホムラは動かずに消し去り、少し考える。
(別に挑発しなくても良いな。俺が生きている限りコイツらは俺を狙って来るし)
【許さざるを得ない】
「許してんじゃねえか」
たまに逆の事を言ってくるが、おそらく言葉の意味をあまり理解していない事の証明。言葉など何でも良く、ただ此処に来た者を自分達の仲間にするのが目的のようだ。
いや、仲間というよりはただの道連れだろう。
(ただひたすらに力を放つだけが闇魔法じゃない……炎魔法も色々な形があるように、闇魔法の形も変えられるか。実際に虚無の境地と戦った時変えたし)
闇魔法の形を上手く変え、セイカから引き離す。それが現状、セイカを傷付けずに終わらせるやり方。
難しい事には変わりないが、これしかないのも事実。ため息を吐き、肩を落とす。更なる闇魔法を展開し、その形を変化させた。
【許しません……!】
「セイカに精神乗っ取り返されたか?」
軽口を叩き、怨念の除去へ本格的に乗り出す。
死体置き場の怨念。セイカの救出を第一としてその討伐が本格始動した。




