22ページ目 一筋の炎
目の前に現れた婚約者、セイカを見、ホムラは一言。
「──今更、何の用で御座いましょうか。セイカ様?」
「ホムラ様……」
その一言には、ありったけの皮肉が込められていた。セイカは悲しい顔をする。
婚約破棄。そう断定された訳ではないが、2年間も何の連絡も無かったのだ。ほぼそうであると考えていた。
しかし、皮肉の意味は婚約破棄などではない。そんな事、そんな貴族・王族のしきたり、ホムラにとってはもはやどうでもいいのだから。
ホムラが聞きたかった事は、何故王族であり、自分ではない他の人と婚姻を結ぶべきお姫様がここに居るのか。火の系統は全滅させられた筈なのに、何故生きているのか。
全ての疑問についての、“自分への”皮肉。それを込めた一言だった。
セイカは凛とした面持ちとなり、言葉を続けた。
「貴方のご無事を知りたくて……」
「もう赤の他人になったんだ。文字通りな。ハハ、“炎”の“赤”。火属性ジョークだ。笑えよ」
「赤の他人……? そんな……私は貴方様へ人生の全てを捧げると……」
「婚約破棄したんじゃないのか? あー、成る程。貴女様以外の火の系統様方が全員お亡くなりになられましたから唯一の生き残りである俺と繋がろうと言う魂胆で御座いますか」
「ホムラ様……」
「やめて置いた方がよろしいで御座いますよ。お嬢様。俺はもう貴女の思うような人間じゃない」
「ホムラ様……!」
「もう俺は──」
「ホムラ様!」
「……!」
張り上げたセイカの声に、テキトーに敬語を交えてテキトーに発していた言葉を噤む。
しかし変わらず、ホムラは生気の無い目でセイカを見ていた。
「そんな事ではありません……私の気持ちは変わっておりません……心身ともに貴方様のモノ……婚約の件にはとある訳が……」
「訳? ですから、それは別にどうでもいいんですよ。せっかく生き延びたんですから。わざわざ危険を冒してまで俺の元に来る理由がありませんよね?」
「……やはりホムラ様はお優しいのですね。話したのは数時間だけですが、貴方様の考えは読めます。私を突き放し、自分だけが長く、険しい棘の道へ行こうと──」
「そんなんじゃない。ただ単に貴女が邪魔なだけだ」
セイカの意見に対し、ホムラはバッサリと切り捨てた。
しかしセイカは引き下がらない。
「いえ、私には分かります。あの時の笑顔が偽りではない事。そして今の貴方様が自分への言い訳をしている事が……!」
「……。あの時がどの時か。まあ、普通に考えるなら貴女と会った時だな。寧ろその時しか会っていないもんな。確かにその時は心の底から楽しいと思っていたよ。間違いない。けど、俺が俺に言い訳をしていると言うのは違う。そもそも今の文脈に“俺の言い訳”に繋がる事はないだろ。何を思ってのその言葉だ?」
どこまでも軽く、冷たく、他人事のようにあしらう。
しかしセイカは引き下がらない。
「いえ、言い訳しております。ホムラ様。その物寂しげな目が何よりの証拠です!」
「目? 目なんてどれも同じだろ。と言うか、俺の質問に返せよ。何を思って俺が俺に言い訳をしていると?」
「そうですね。今のホムラ様の言動が何よりの証拠です。反復するように質問を返したという事はそれについてより深く知りたがっているという事。では何故知りたがるのか。……何も分からないからですね?」
「……。……そうだな。何も分からない。貴女の言っている言葉の意味が。そもそも、言い訳に繋がるような事は言っていないと言った筈だ。もういいだろ。帰ってくれ!」
声を荒げ、セイカを追い返そうと試みる。
しかしセイカは引き下がらない。
「私にはもう、帰る場所がありません! 既に父上も母上も、使用人も兵士も友人も全員が殺されました!」
「……っ」
引き下がらない理由。それはセイカもホムラと同じ。いや、まだフウ達が居るホムラよりも悲惨な境遇にあるからである。
だからこそホムラの事を気に掛けていた。セイカは目に涙を溜めながら話す。
「先程のホムラ様が仰った通り……既に城の火の系統の者達はこの世におりません! 皆々様……私を逃がす為だけの犠牲となりました……!」
「……。…………そうか」
気のいい王族や王妃に兵士達。その他の面々。
ホムラの住む火の区画が今の状況にあるように、セイカの住む城も全滅させられたようだ。
ホムラは皮肉を交えて言った自分の言葉に対する罪悪感に苛まれるが、引き離した手前、もう引き下がれない。
「気の毒だったな。強く生きろよ」
「ホムラ様!」
簡易的な言葉を告げ、その場から逃げるように立ち去る。セイカはそんなホムラに抱き付いた。
ホムラは身を翻してセイカを突き飛ばし、その姿を視界に収める。
「……っ。来るなと言っている! 俺がこれからする事は……人殺しなんだ!」
「……!」
闇が溢れ、鋭利な形となってセイカを囲む。
しかしそんな闇は気にせず、セイカはまた一歩前へと歩んだ。
「……ッ……ホムラ様やはり私を巻き込まぬ為に……冷たい言葉を告げられたのですね……」
「……っ」
一歩歩む度に鋭利な闇がセイカの身体に突き刺さり、綺麗な血液が緩やかに流れる。
凛とした表情が歪んだように、鋭利な闇は激痛を生む。しかしセイカは引き下がらない。
闇に貫かれ、血を流しながらもホムラに今一度抱き付いた。
「婚約の件は、ホムラ様方の治療を優先させる為、敢えて会わないようにしていたのです。その間に私は如何なる殿方とも繋がらず、ただひたすらにホムラ様の事だけを想っておりました。再会する時、立派な姫となる為、俗に言う花嫁修行に精進致しました。本来王族は料理などもしませんが、そう言った王族はしない事も習ったのです……その全てはホムラ様、ただ一人の為に……!」
「……」
ズシンと、目には見えない黒く重い何かがホムラにのし掛かる。
セイカの仕業ではない。ホムラ自身が自分に押し潰されているだけだ。
ホムラは返り血とセイカの血にまみれ、その肩を優しく掴んだ。
「駄目だ……セイカ。まだセイカの手は汚れていない……俺に着いて来ちゃ駄目なんだ……」
「ホムラ様……」
滴が流れ、歯を食い縛る。そんなホムラをセイカは心配そうな面持ちで見つめる。
「今の俺達が置かれた状況は……醜い権力争いの犠牲……それを世から消し去る為に、俺は誰の気も考えず、思うままに復讐する……人も大勢殺す。罪を犯した事を実感させる為、如何なる方法を用いてでも、非道も外道も悪道も全てを踏み越えた上で徹底的に殺してしまう。貴女にそんな光景は見せたくない……」
「…………」
これからホムラが行うのは、徹底的な殺戮。
自分から家族を奪い、アニキ分を奪い、争いの絶えない世界を滅ぼす為に行う行為。
もはやホムラに生きる気力は無く、それによる戦いの果て、例え死んだとしても、後世に伝わる程の力を大多数に見せつけ、少しでも平和な世界にする為世界を滅ぼすのだ。
言わば完全なる自分勝手な立ち振舞い。全人類の敵になる事で擬似的だとしても平和を築こうとしている。
ホムラはセイカにのみそれを教えた。
「だから俺は──」
「──ホムラ様。前述したように、私は貴方様の物。貴方に命じられたのなら、どんな事もします。命も投げ出します。他人に身も心も売ります。ホムラ様が他人と婚姻を結んでも構いません。ただ一つ、貴方様と最期まで共に居られるのであれば、私はもう何も要りません。それが私の覚悟です」
「……っ」
セイカの覚悟は、ホムラの予想の遥か上を行っていた。
ホムラと共に居られる。ただそれを理由にどんな事もするらしい。
殺人や他者の欲求を満たす行為ですら、ホムラの為だけに生きる。それがここまで来たセイカの覚悟。
「何故そこまで……たった数時間……たった数時間の仲だろ……婚約の件も政略結婚だ。この近辺の火の系統が全滅したとしても、他の場所には生き残っている筈。フレア家の存続もセイカさえ居れば……!」
「私はホムラ様と一緒に居たいのです! 貴方様以外の殿方と婚姻を結ぶつもりはありません。……ホムラ様の命令で無ければ……!」
「……おかしいよ。凄くおかしな事だ。奇妙な程までにおかしい。貴族の俺よりセイカの立場は上の筈……何故……」
「私は貴方様に尽くすと決めています。ただそれだけです」
その身体を血で染め、変わらず凛としたセイカは真っ直ぐな目付きで話す。ホムラは思わず闇を沈めた。
そこまで尽くすセイカの存在。闇に飲まれ、全てが敵に見えている今のホムラにはセイカの炎が眩しすぎた。
「ハッ、何か盛り上がってんな。小僧。そして隣のは……友達……いや、女房か」
「……! 虚無……!」
「虚無はやめろよ、虚無は。俺にはちゃんと虚無の境地って異名があるんだからな」
「……! 人類の敵……虚無の境地……!?」
そんな二人の前に、何かを持って現れた虚無の境地。
ホムラが反応を示し、セイカが驚愕の表情を浮かべる。
虚無の境地は笑って言葉を続けた。
「まあそう慌てなさんな。ほらよ。お前が欲しがっていた物だ」
「は……離……せ……」
「……!」
そんな虚無の境地の手には小太りの、血塗れである男性が居た。
ホムラはピクリと反応を示し、虚無の境地は軽薄な笑みを浮かべる。
*****
「クク……火の系統と虚無の境地の始末が付けられれば後は余が自然と成り上がるだけ……楽な仕事よのぉ」
「ええ、そうですね」
奴隷に奉仕をさせ、両脇には一糸纏わぬメイド達を抱き寄せる太った男。
側近と話しており、思わず笑みがこぼれ落ちた。
「クハハハハハ! これでこの街の覇者は余となる! 憎き四宝者もしかと始末したのなら、弱っている筈だからの! その辺で雇った野盗を使っても終止符が打てるというものよ! 其奴らに金を払う必要もない! 後は殺せば完遂よ!」
「ハッ、そう言う魂胆だったのかよ」
「……!」
その瞬間、自室の扉が消滅した。
そこから男が侵入し、小太りの男は声を張り上げる。
「主……何故此処に……!」
「よっ。邪魔するぜ?」
「……!?」
次の刹那、指パッチンと同時にメイドと側近、奴隷の頭が刎ねられた。
部屋は一瞬にして鮮血に染まり、小太りの男は立ち上がる。が、立ち上がれなかった。
「奉仕中悪ィな。人間の頭って5㎏くらいあんだよ。そんなもん下半身に付けたままじゃ立てねェよな?」
「……!? ヒィ!?」
奉仕させていた奴隷の頭のみが下半身に付き、抱き寄せていたメイドのまだ温かいバラバラ死体が纏わり付く。
男の肩にはメイドの手のみが置かれ、膝には頭が落ちる。男は使用人や奴隷の血液で真っ赤に染まり、顔は青ざめていた。
身体中が赤く染まっていると言うのに顔だけは青いというのも中々面白いものである。
「コイツらには悪ィ事をした。戦わずして殺すなんて男らしくねェ。が、殺した方が幸せだろうからな。それに、俺様も急ぎの用事があるんだ。後でコイツらの墓は立てる。いや、もうこの屋敷の奴等はテメェ以外全滅してっから、このまま此処を墓標にしちまうか」
「なにっ? 余以外の者達が全滅だと……!? 何が目的だ!? 余は主への依頼人だぞ!!」
「その依頼人のテメェが俺に野盗を嗾けたんだろ。当然そいつらは全滅したぜ?」
「……っ。し、証拠が無いだろう。何故余がそんな事を……」
「アホ抜かせ。俺様の存在知ってんのテメェだけだろうが。俺様は今日襲撃したのに、何で俺への暗殺依頼が今日来るんだよ。言っとくが、俺様は情報管理結構しっかりしてっからな。襲撃する日は、当日まで部下にも教えていねェ。ま、その部下達ももうこの世に居ねェがな。馬鹿ばかりだったが、悪くない奴等だった。当然、世間から見たら極悪人だけどよ」
「くっ……四宝者との戦いでは瀕死にならなかったのか……腕は無くなっているが……」
「ん? ああ、腕か? これは別件。つか、野盗を全滅させた奴とこの腕を奪ったのは同一人物だよ」
「なっ……!? お前が全滅させたのではないのか!?」
「あー、グダグダ質問ばっかで面倒臭ェ。ほら、殺すから来い」
「ヒッ!? よ、余だけは殺すでない! 余は崇高な存在ぞ! 将来的には世界を統べるのだ! そうだ! 金ならやる! 命だけは……」
「バーカ。それを決めのは俺様じゃねェよ」
メイドや奴隷の肉片と一緒に男を持ち上げ、首を掴んで窓を壁ごと蹴り破る。
同時に踏み込み、男の自室を崩壊させる勢いで飛び出した虚無の境地は音を越え、ホムラの元へと向かった。
*****
「──てな訳で、今回の全ての元凶。コイツだ。良かったなホムラ。そしてお姫様。アンタらの仇だよ」
「ァ……ェ……ゥ……」
「あー、音速以上で来たから大分グロッキーになってんな。ハッハ! 放っておいても死ぬかもな!」
「ヴェ……」
ニッと悪意にまみれた無邪気な笑みを浮かべ、虚無の境地は小太りの男を放り投げる。
血液で湿って少し地面がぬかるんでいるのもあり、ベシャッという音を立てて地に転がり、必死に呼吸をしていた。しかしこの血生臭い香り。呼吸をする度に噎せる様は見る分には面白い。
「コイツが……今回の一件の……」
「……っ。お父様達も……この者の仕業で……」
「グッ……」
呻くようにホムラとセイカを睨み付ける。
全部が全部自業自得なのだが、そんな事は微塵も頭に無いだろう。それがこの世界に置ける貴族という存在である。
「……。よく見たら、貴族と王族で行われた会食におりましたね。貴方。興味が無かったので名など覚えておりませんが……見た事はあります」
「ヒノカワ・セイカ……!」
貴族と王族は、定期的に会食を行う事がある。事業の進行具合や献上金の相談。その他にも様々な理由で、だ。
誰を消すか、どの立場に誰を行かせるか、そう言った黒い事が絶えないのでセイカのフレア家やホムラのフラム家は滅多に参加しなかったが、その偶々参加した時にセイカはこの男性を見た事があるようだ。
そして当然、フレア家とフラム家を目の敵とする男性も二人の事は知っている。
「ケ、ケヘヘ……この様子……作戦は途中まで上手く行っていたようだなぁ……後は余の雇った、使えぬゴミ共がしくじりさえしなければ……! もっと上手く行っていた筈なのに……!」
隠す事無く怒号の声を上げ、フラフラと立ち上がる。
因みに奉仕中に無理矢理連れてきたので小太りの男性は全裸。都合よく使用人や奴隷の血が局部などを隠していた。
隠す事無くと言うのはそう言うことではない。自分自身の行った陰謀を、である。
「ハッハッハ! いいなその無様な様子! 追い詰められたクズは死ぬまで治らねェって事か!」
「虚無……!」
「オイオイ。だから俺を虚無って言うなよ。そうだな……んじゃ、せめて様付けろ様。虚無の境地って言わなくても、虚無様ならまだ許せるぜ?」
「黙れ……! オイ生き残りのゴミ共! さっさとコイツを始末しろ! 余こそが稀代の有能な貴族! 何れは王族すらをも従える! この世に君臨する者ぞ! 余は生きる必要がある! 余が居る事で全てが救われる! 故に……!」
「……。黙れよ」
「……!?」
暴論を叩き、あまつさえ自分が殺そうとしたホムラとセイカに助けを求める男に向け、ホムラは闇の鞭を絡めて網状とし、ハムのように縛る。
当然鋭利な闇の先端は首元に突き立てており、いつでも殺せる状態となった。
そして、セイカの方を一瞥して一言。
「……セイカ。貴女が本当に俺と行くと言うなら……コイツの処遇、どうする?」
「……!」
それは、この男の始末の付け方。
殺そうと思えばいつでも殺せる。しかしセイカはまだ他人を殺めた事がない。その判断を本人に委ね、最終的な意思表示を確かめているのだ。
再び現れた虚無の境地と連れてきた全ての主犯。ホムラとセイカ。ホムラはこの者を確実に殺すつもりだが、今その方法を決める。




