20ページ目 最後の灯火
「早速だが、シラヌイ・ホムラっ言ったな? テメェ……」
「…………」
虚無の境地はホムラの前に立ち、ゴウを優しく寝かせて何かを話す。
それに対してホムラは警戒を高め、虚無の境地はニッと笑った。
「俺の仲間になれ! テメェは見込みがある! 俺と一緒にクソみてェな世の中を面白おかしく生きようぜ?」
「……。…………。………………は?」
ホムラの思考がショートした。
何を言われるかと思いきや、突然の勧誘。
いくらなんでも突拍子が無さ過ぎて一家が全滅した事実すら一瞬消え掛かった。
「だから、俺と一緒に来いよ! こんなゴミみてェな世の中をよ……!」
「“ファイアボール”!」
「オイオイ。いきなりはねェだろ?」
取り敢えず訳が分からなくなったので簡易的な火球で牽制。
それは軽く払われ、言葉を続ける虚無の境地にホムラは肩を落として返す。
「知るか。さっさとゴウのアニキを返せ……!」
「あ? ああ、コイツはもうダメだ。息はあるが……ほぼ死に体。テメェを仲間に引き入れるに当たって、生かした方が良いかも知れねェと判断してここまで連れてきたが……駄目だな」
「ふざけるな!」
落ち着いていた怒りを露にし、無詠唱ながら先程よりも威力の高い火球を放出した。
それを虚無は片手で薙ぎ払い、相変わらずの軽薄な笑みを浮かべている。
「ふざけちゃいねェよ。ふざけた勧誘ならコイツはもう殺していた。なんなら、コイツ以外の四宝者も瀕死だが生かしてやったんだぜ? その後はどうなるか分からねェが、今は生きてる」
「だからと言ってお前を許せる訳が無いだろ!」
「まあ、そりゃそうだわな。大事なもんを殺されたんじゃ纏まるものも纏まらねェ。ま、それが俺への依頼だったんだがな」
「……依頼……?」
「おっと、口が滑ったか。そうだな……隠す必要もねェか。俺への依頼はテメェらのような火の系統の全滅だ。それ以上は教えてやらねェぞ?」
「火の系統の……全滅……?」
隠し事をするような性格じゃないのか、依頼主を見限ったのかは分からないが、どうやら虚無の境地はホムラ達を含めた火の系統の全滅という依頼をされていたらしい。
それについて気になるなという方が無理だが、虚無の境地はどうでも良さそうに話す。
「そんな事はいいんだ。俺のやるべき事は二つ。テメェが断りゃ依頼を続行させる。テメェが仲間になるならテメェ以外を全滅させる。二つに一つだ。テメェが生きるかテメェが死ぬか。ただそれだけだ」
「……っ」
逃げ場は無く、ほぼ決定事項と言っても過言ではない。
今のホムラと虚無の境地では力量に差があり過ぎる。どう足掻いても勝てる未来は見えなかった。
しかし、だからと言って自分以外が死ぬという理由だけで虚無の境地の仲間に成り下がるつもりも無かった。
「……ふっ……っはあ!」
「……!」
「お? 吹き返したか」
ホムラが選択を迫られた時、ゴウが起き上がり、杖を振るって虚無の境地を引き離した。
フラつきながらも立ち上がり、一瞬の咳と同時に吐血しながらも向き直る。
「ハッハ……流石ホムラだ……! アイツの口車には乗らないな……!」
「アニキ……!」
口元に血を流しながらもニッと笑い、屋敷に着いてからずっと暗い表情だったホムラの口元も緩む。それと同時に目頭も熱くなった。
今のゴウは、立っているのもやっとの状態。まず間違いなく数十分のうちに死んでしまうだろう。……だが、その最期の瞬間を共に居られる。その複雑な感情が生み出した涙。
「ハッハ! こりゃいい! テメェ、俺の仲間になるつもりはないって事だな?」
「ああ、俺は仲間にはならない……! 主犯がアンタじゃない事も分かった。俺達をこんな目に合わせた奴を……殺す!」
虚無の境地は興奮を表に出し、高らかに笑って話した。
そして家族も何もかも失ったホムラは今、決して良い事とは言えない目的を見出だす。
それを横目に、ゴウは言葉を続けた。
「復讐か……。復讐は良くないなどという綺麗事を言うつもりはない……。だが、ホムラ。これだけは覚えておくんだ」
「アニキ……?」
「それが自分で決めた道なら、後悔のないように生きるんだ。おそらく俺はもうホムラの行く末を見届けられない……だが、ホムラが自分の道を行くならそれを応援する……ホムラだけじゃない。フウ、スイ、リク。他のみんなにそうだと、ホムラから伝えてくれ。先に生きた者として、道標くらいは指し示して起きたいからな。その道を行くも行かぬも君達次第だ……!」
「……っ。うん。分かったよ……アニキ……!」
言い終わり、ゴウは杖に魔力を込めた。
ホムラはサポートを行うべく虚無の境地へと火球を放って牽制するが、それを軽くあしらう虚無の境地は大きく笑って言葉を発した。
「ハッハッハ! よく言った! そしてよく生きた! 四宝者、ヒノカミ・ゴウ! 俺はそんなテメェの行き様、死に様に最大限の敬意を払い、正面から受ける!」
「フッ、流石に火と土の系統の血を受け継いでいるだけはあるな……!」
虚無の境地は、逃げも隠れもしない。正面から受ける。それはノーガードで食らうのではなく、正面から全力で受けて粉砕するという事の表れ。
ゴウは苦しい表情を浮かべつつ、杖に魔力を込めた。
「──火の神霊よ……その御霊を器とし、地獄の業火を現世へ呼び起こさん。然れど地獄を導きの灯火と化し、後来へ紡ぐ篝火とする。巨悪の死を以て希望の架け橋となれ。──“ホープ・ヘルファイア”!」
「ハッハァ! 全てを飲み込む地獄の業火すらをも味方に引き入れるか! 火の四宝者! 気に入ったァ!」
希望の光を纏った地獄の轟炎。
相反する二つの力が融合し、とてつもない火炎となって虚無の境地へと振り掛かった。
虚無の境地はそんなゴウを称賛し、更なる力を込めて拳を握る。
「最大限の敬意を払って……ぶっ飛ばす!」
同時にその力を解放し、燃え盛る業火に重い拳を打ち付けた。
二つの衝撃はホムラの屋敷の炎すら飲み込んで消し去り、ホムラの身体も衝撃波で吹き飛ばされた。
「アニキ……!」
二つの力は互いに打ち消し合う。その上でのこの破壊力。それが世界最高峰者同士のぶつかり合いだった。
野盗の死体ごと屋敷が消し飛び、ホムラが15年暮らした屋敷は更地となる。
その中から一つ、父親のよく着ていたローブがホムラの近くへ落ちてきた。
「テメェの力、永久に忘れねェ。前四宝者のジジイとババアよりは面白かったぜ。ゴウの旦那!」
「……フッ……」
「アニキ!」
煙が晴れ、ボロボロのゴウと無傷の虚無が向き合っていた。
虚無の境地は満足そうな表情を浮かべており、ホムラの方へ視線を向けた。
「そいつはよくやった。後は弟分のテメェが看取ってやれ」
「……っ。……ゴウのアニキ……!」
「不甲斐ないな。ホムラ。俺の役割はこれで終わりだ」
虚無の境地は敬意を払い、この場に居合わせた唯一の知り合いであるホムラをゴウの元へ行かせる。
敵の前でこの様な行動に出るのは愚行に他無いが、虚無の境地は純粋な戦いを好んでいる。他の野盗や貴族のように汚い手などは使わず、認めた相手には相応の敬意も払っているようだ。
それは自分の圧倒的な強さからなる絶対的な自信と、火と土の系統のような真っ直ぐな性格を併せ持つからこそだろう。
だからこそ最期の会話を行う猶予もあった。
「アニキ……」
「そんな顔をするな。男だから泣くなとは言わないが、これで四宝者の一角が殉職した事になる。また新たな四宝者候補が出るだろう。四宝者の意思は君が、君達が継いで行くんだ。ま、強制はしないがな!」
「……っ」
四宝者の殉職。就任式の日にそうなるとは笑えないが、火の系統がもう残り僅かなのもホムラは知っている。
それを行ったのは目の前に居る虚無の境地だとしても、ホムラにとっては唯一である火の系統として四宝者になる資格がこの瞬間に与えられたという事だ。
ゴウはホムラに向けて笑い、言葉を綴った。
「最期に一つだけ。俺の真名を教えておこう。俺の名はヒート・ノヴァ・カルド・ミティア・ゴッド・ヴルカーノ・フレイム。──ヒノカミ・ゴウ。君になら教えても問題無い。もっとも、俺はもう死んでしまうんだがな」
「……アニ……」
「……! ホムラ! 危ない!」
「……ぇ……?」
──次の瞬間、背後から無数の矢と弾丸が撃ち込まれ、最期の気力を振り絞ったゴウがホムラを押し退けて庇った。
瀕死の身体に弾丸と矢が突き刺さり、大量の血を吐いて倒れる。
「ゴウのアニキ!?」
「……ハッ、今度はなんだ? ……俺様の始末でも頼まれたか? 雑魚共……!」
「ケヒヒヒヒヒ……」
狙いは、ホムラだけではない。無数の矢と弾丸は虚無の境地にも放たれていた。
当の本人は直撃しても無傷だが、そこに立っていた者達には若干の苛立ちを見せていた。
「ええ、そうれすよ。虚無の境地しゃん。火の系統の全滅。そしてアンタ様の始末……人を殺すだけで大金が手に入るんだ。こんなに楽な仕事はありゃあせん」
「呂律が滅茶苦茶だな。麻薬で俺様への恐怖を無くしていやがる。ま、そうでもなきゃ実質的な死刑宣告の俺様の暗殺依頼なんか受けねェか」
フラフラであり、呂律の回っていない野盗を冷静に分析する。
その一方で、ホムラは既に死したゴウの前にて項垂れる。
「何でなんだよ……」
もはや夢では無いだろうか。そう錯覚する程に凄惨な光景。夢なら悪夢だが、現実よりは悪夢の方が良い。
父親の首は刎ねられ、母親と妹は凌辱された挙げ句の果てに殺され、火の区画の貴族は皆殺しに合った。
しかし、それだけならば“こうなる”事も無かっただろう。何故なら恩人であり、信頼出来る兄貴分が最期の言葉と共に希望を授けてくれたのだから。その言葉があればまだ引き返せた。フウ、スイ、リクと共に行動する未来も訪れたかもしれない。
しかし、不意討ちのようなやり方で殺された。目の前で大切な者が何人も何人も何人も死んでいった。温厚なホムラも既に限界だった。
「何でいつもそうなんだよ……俺達“火”の系統が何をしたってんだよ……何で俺達だけこんな目に……!」
怒りの余り魔力が漏れ、周囲を業火が包み込む。何人かの野盗は飲まれたが、その程度の犠牲で怒りが収まる筈も無かった。
「ふざけるな……何が貴族だ……何が魔法使いだ……殺されたら意味が無いじゃないか……! 一層の事俺も殺してくれれば良かったのに……! 神という存在が本当に居るなら……俺はその神を呪い、滅ぼす……!」
その深い悲しみは徐々に燃え上がる怒りとなり、闇となる。ホムラの周りの火は姿を変え、黒炎となって周囲に広がる紅蓮の炎を黒く飲み込んだ。
「……殺してやる……苦しめて……苦しめて殺す……! 俺をこんな目に合わせた全ての存在を……“悪”を……! 神を……! 徹底的に……徹底的に排除する……! 俺は全てを許さない……!」
悲しみ、怒り、怨み。負の感情を背負い、家族の唯一の形見である杖とローブを身に付け、闇の炎によって凄惨な周囲を優しく包み込む。
突然攻め入った野盗。そして対象である虚無の境地。
黒髪となったホムラは、世界への復讐を心に誓った。




