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14ページ目 罪悪感

 ──“放課後”。


「先生には何度も救われたな。今日も」

「うん、あの先生が居てくれて良かったよ」

「だが、ルール的に禁止されているとはいえ、ムカつく奴等をぶっ潰せねェのは腹が立つな」

「そんな事言っちゃ駄目よ……野盗にやられた私達が悪いんだから」


 この世界に置いて、明確な“悪”と言う存在は居ない。それこそ絵物語のような書物などに出てくる“魔王”や“闇魔法”の使い手くらいだろう。

 “仕掛けた側”と“仕掛けられた側”。どちらが悪いかと問われれば“負けた方”が悪くなる。やられて悔しさがあるならば本当に殺す気で仕返しする他無く、それによる殺人も少なくない。


 仮に悪人が居たとしても因果応報を待つ暇もない。報いを受けるのを待つ訳にはいかないのだ。

 例え何処かで自分の知らないうちに報いを受けていたとしても、その光景を間近で見なければやられた方が満たされる事はないだろう。

 今回の場合はホムラ達の担当である眼鏡の教師が居てくれたから結果的に一矢を報いる事も出来たが、この世界の暗黙の了解として、それでは駄目なのである。


 しかし当然、表向きだけの無意味な法は存在する。

 なので本当に敗北感を覚えた時、大衆の面前で正面から殺めるのではなく、自分だけが目撃者になるように闇討ちするしかない。実際、ホムラ達の両親や一部の貴族、王族を除いた大半の貴族や王族はそうやって這い上がっている。それは既に何度も述べた事だろう。


「それじゃあな」

「うん、またね」

「あばよ」

「バイバイ」


 そして一日目と同等、今日の帰宅も馬車。

 衣服に隠れて傷が目立たないフウはともかく、他の三人は外傷や動きなどが目立つので本人達の尊厳を守る為にもあまり外には行けない。

 四人は挨拶を交わし、自分達の屋敷へと帰る。


「ただいま」

「お兄ちゃんお帰り!」

「お帰りなさい。ホムラ」


「「「お帰りなさいませ。ホムラ様」」」


 そして帰宅し、子供から見たら恐怖対象である顔の痕も気にしない妹と心配する母親が迎え、他の使用人達も頭を下げた。

 外の貴族達と違い、使用人達は確かにフラム家へ恩義を感じている面々。その子供が怪我をした時、心配はすれど侮蔑はしない。

 むしろその逆かもしれない。


「ホムラ様。外は辛かったでしょう。どうぞ私の胸へ飛び込んできてくださいませ」

「いえ、ここはメイド長の私が心身ともに慰めて差し上げます。他の皆様は下がっていてください」

「何をおっしゃるのですか。それを決めるのはホムラ様。ホムラ様が貴女様よりも私へ好意を抱いているのは明白。私こそ相応しいです」

「貴女の目は節穴……もしくはたった今失明したのですか? そして人心掌握術も身に付けて居ないと……縁起でも無く、不謹慎なのは重々承知、罰を受ける覚悟で申し上げますが、ホムラ様の婚約が破棄された場合、私がフラム家に嫁ぎます」

「ホムラ様を性的な目で見ないで下さいますか? 貴族様の嫁となれば将来は安泰……それ故の行動ですかね。汚ならしい」

「いえ、もしフラム家が没落したとしても、私は尽くします」

「私こそ……! 他者の命を奪う事や性管理……私は今の時点で如何なる命にも答えて見せますよ……!」

「以下同文です……!」


「フッ、やはり駄目ですね。メイドの方々は。おっと、これは女性軽視による発言ではありませんよ? それは悪しからず。話を戻しましょう。ホムラ様の年齢が年齢だからか、あわよくばホムラ様と婚姻を結ぼうとしている方々が見受けられる……というより、メイドの大半がその様だ。確かにそれは女性の特権……男である私達には行えない。……しかし、それをさせる訳にはいかないな。やはり男の子の相談に乗れるのは同性である私達……その中でも私でしょう」

「ハッ、何を言っている? 俺こそがホムラ様の相談役に相応しい」

「僕の方が幼き日のホムラ様がなついてくれました。故に、僕が行きましょう」


「ハハハ……別に俺は……」


 男女問わず、使用人達は自分がホムラの相談役や諸々に相応しいと名乗り出て収集が付かなくなっていた。

 これもホムラ、及びフラム家の人望が成せる技だが、本人は困惑していた。


「お兄様! 遊びましょう!」

「カエデ。ああ、そうだな。たまにはそれも良いかもしれない」

「コラッ。貴女も勉強はあるのですよ?」

「ちゃんと後でやりますよ!」


 メイドと執事が争う中、妹が遊戯に誘ってきた。

 いつもは帰ったらすぐに自習復習を行うホムラだが、今回は気分的に遊ぶのも良いかもしれないと考えていた。


「もう、ホムラ。悪いわね。少し相手をして貰っても良いかしら?」


「構わないよ。考えてみたら、フウ達と過ごす事が多くても妹と接する機会は少なかったからね。大体勉強していたし、たまには息抜きも良い」


 妹も貴族。年齢的に既に初級魔法は所得している頃合い。なので勉強も必要なのだが、今は兄と遊びたい気持ちが優先されているようだ。

 母親もそれは理解しており、一応昼間から勉強はしていたので許可した。


「ならば私達も同行せざるを得ませんね」

「その遊戯、お付き合い致します」

「どうぞ我らを好きにお使いくださいませ」


「アナタ達は自分の仕事に戻って頂戴」


「「「……っ。かしこまりました……!」」」


 そして当然、妹にもホムラと同等の愛情を注いでいる使用人一同。それは聞き捨てならないと名乗り、母親に制された。

 この好意は傷や他の貴族達の対応によって疲弊しているホムラにとっても嬉しいが、やはり大袈裟な感じもある。

 しかしそれは火の系統の使用人になったからこそ。影響され、性格も直感的かつ情熱的、行動的になっているのだろう。

 だが、この様な性格の使用人に囲まれているからこそ救われている部分も多い。


「ありがとう。みんな。俺の事を心配してくれて。俺は大丈夫だ。家族とみんなが居てくれたらな!」


「そんな……勿体無きお言葉……!」

「私達は好きでホムラ様方、フラム家に仕えているのです!」

「故に、感謝される程の事では……!」

「何とお優しい……!」


 ホムラに褒められ、急に謙遜する使用人達。この変化もまたおかしなものである。

 そんな使用人達に手を振り、妹と遊ぶ事にした。


「何をしますか? お兄様」

「そうだな……」

「お人形で遊びましょう!」

「ハハ……俺に選択肢は無しか」


 自室に呼び、お気に入りの人形を見せる。ホムラは苦笑しつつ受け取り、それに付き合う事にした。

 今週の授業は終わったが、明日からはまた家庭教師による授業もある。ホムラは一時の休息を妹と過ごすのだった。



*****



 ──一ヶ月後、また授業が行われる日がやって来、ホムラは馬車に乗り込む。

 一ヶ月ではホムラとフウの傷痕は変わらないが、リクのリハビリとスイの治療も少しは進んだ。

 なので三週間程でいつもの場所に集まるくらいには回復出来、リクも自分である程度は自由に歩けるようになっていた。

 スイの咳も激しい運動などによって悪化する事はあるが日常生活には支障無く、前よりかは幾分マシになっている。


 そして学校の授業も眼鏡の教師が庇ってくれるのでホムラ達の立場は案外悪くなかった。

 この世界ではまともな大人の方が少ない。子供を守る教師は稀有極まりない程に。本当に教師には救われており、感謝してもし切れない程である。

 ホムラ達は学校に着き、いつものように挨拶を交わして教室へ入る。前述したように眼鏡の教師のお陰で陰口などを叩かれる事は無くなったが、


「それでは、授業を始めますよ」

「……?」


 担当の教師がその先生では無くなっていた。

 ホムラ達四人はピクリと反応を示し、その反応に気付いたのか教師は満面の笑顔を浮かべて言葉を続ける。


「アナタ方の担当教師は辞めましたよ♪ 理由は分かりませんけど、おそらく嫌になったのでしょうね♪ 欠陥を抱える約四名の相手が♪」


 直接的には言わないが、遠回しにホムラ達が居るから嫌になって辞めたと告げた。

 おそらくそれは嘘。しかし、もしかしたらそうかもしれないと言う懸念があり、四人は口を噤む。

 弱者を庇った者が一方的に攻められる世界だからこそ、眼鏡の先生は教師の中で孤立していた筈。故に罪悪感も覚えているのだ。

 そしてその、別の授業を請け負っていた新たな教師は心の底から嬉しそうに言葉を続けた。


「──さて、授業を開始します♪ このクラスは他のクラスよりも優れていますからね♪ 授業が楽しみです♪」


 それはまた、ホムラ達にとっては苦痛の時間となるだろう。いや、身体に大きな傷を負った貴族。逆にこの一ヶ月が温情過ぎた。

 それもこれも、あの先生のお陰。この世界に置いて、珍しく尊敬出来る者のお陰だ。


「スイさん。この文をお読み下さい」

「……。はい。……魔力による魔法の変化には──」

「……フン、よく出来ました」


 文章の朗読を積極的に指名されるスイだが、この一ヶ月で少しは楽になったので今回は何とか読み切る。

 教師はつまらなそうに鼻を鳴らし、授業を続けた。……当然、事あるごとにスイが指名されるが。


「実技の時間だ。クク、今日は好きにやれるぞ。先ずは体力作り。体力は魔法を使うに当たっても重要だからな。軽い運動程度とし、授業前に少し走るとしよう」


 あの小太りの男性教師が来、勝手なルールを定めた上でランニングを取り入れた。

 他の生徒からは何も言われず、逆に全員が楽しそうな表情でホムラ達の方を見やる。

 そしてこれまた当然のように、小太りの教師は走らない。指示を出すだけである。


「リク……大丈夫か?」

「ハッ、問題ねェよ。ちょっとハードなリハビリだ……!」


「ゴホッ……ゴホッ……!」

「スイちゃん……」

「だ、大丈夫……この距離なら走れるから……」


 ホムラとフウはリクとスイに付き、他の生徒から二人を守る。しかし、根本的な部分は守れていない。

 それは自分が被害に遭うよりも心苦しく、何も出来ない事が腹立たしかった。

 そんな一日も終わり、比較的被害に遭わず、ホムラ達は帰路に着く。


「悪ィな。ホムラ、フウ。お前達に迷惑を掛けちまった」


「本当……自分が情けないわ……コホッ……」


「気にするなよ……守ってやれなくてゴメンな」

「スイ……せっかく良くなってきていたのにまた咳が……」


 今日はいつもの切り株に寄る予定。人目があるので途中までは馬車に乗り、そこから自分達で歩いて行く計画。

 一旦会話を終えて各々(おのおの)の馬車に乗車した四人はそこへ向かった。

 リクはともかく、スイにとっては逆効果かもしれないが、それはスイが望んだ事でもある。

 迫害にも近い対応を受けるのに学校に行く理由も、それで学校を辞めたら他の生徒や教師に敗北した事になるから。貴族としてのプライドはホムラ達も持ち合わせており、自分達にとってあまり好きじゃない者達には負けたくないのである。


「四つの馬車……」

「あの四人組みか」

「俺達の道を通るな!」


 そして悪い噂は迅速に通り、石や物が馬車に投げ付けられる。

 四つの馬車が一列に並んで行く光景は貴族の街では珍しくないが、この時間帯の馬車はほぼほぼ決まっているので躊躇い無く暴言や石、物が飛んで来るのだ。

 それを実行する者達は大勢居る。故に、フラム家を始めとしフウ達の家が訴えても誰がいつ投げたかは分からない事。だからこそ罪に問われず、一方的に虐げる事が可能となってしまっているのだ。

 それに怒りを覚え、ホムラの両親達が報復した場合、罪に問われるのはホムラ達の方となる。だからこそ行動にも移せない。ホムラにとって、自分よりも“その事”が気掛かりだった。


「御者さん……やっぱり俺は自分の足で向かうよ……それか、もう行かなくても良い。御者さんと馬には何の罪もないのに」


 馬車内のホムラはいくら物を投げられようがちょっと五月蝿いという感覚だけで済む。しかし、御者と馬はそうもいかない。既に何個が当たっており、傷が付く事もあった。

 加えて馬車の手入れをする仕事もある。これ以上巻き込みたくないというのがホムラの心境だ。

 しかし、御者は笑って返した。


「ホッホッ。ホムラ坊っちゃんが気にする事ではありませんよ。そもそも、ホムラ様方は何の罪も犯しておりません。私達も好きでやっているのです。気儘に待っていてください」


「……っ」


 その言葉が、またホムラを苦しめる。

 そう、ホムラの乗る馬車のみならず、フウ達の馬車も同じような被害に遭っており、何とかしたいと四人で考えた事もあった。なのに御者達は誰一人としてそれに賛同しない。

 優しさは時として罪悪感を与える結果になり、ホムラは泣きたくなった。だが、泣いてしまえば更に苦労を掛ける事になるだろう。なので堪える。

 もうすぐ成人とは言え、まだよわい13。成熟し切っておらず、胸がチクチクと痛くなる感覚を覚えた。


「ご到着しましたよ。では、お気を付けて下さい。ホムラ様」


「お気を付けて、フウ様」

「同じく、スイ様」

「以下同文、リク様」


「「……っ」」

「「……っ」」


 生傷も見られる御者達に見届けられ、人通りの少ない場所に付いた。ホムラ達四人は言葉を詰まらせながらその光景を見、グッと握り拳を作る。

 ホムラ、フウ、スイ、リク。四人はそこから歩き、切り株のある森の中へと向かった。

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