13ページ目 差別
「おはよう。フウ、スイ、リク」
「おはよう。ホムラ」
「オッス。やっぱり何か身体に違和感があんな」
「おはよう……ケホッ……」
──二日後、ホムラ達は学校に来ていた。
状態が状態なのでいつものように徒歩ではなく馬車での登校。
諸々の騒動があった後なので一週間に二回の授業ではなく数週間は休校しており、これまた久し振りの授業である。
友人達の多い者なら楽しみな事柄だが、
「おはよう」
「「「…………」」」
「「「…………」」」
教室に入るや否や、周りの貴族達が軽蔑したような目付きで一瞥した。
ホムラの挨拶には返さずに席へ着き、すぐに各々の体勢に戻る。
「まあ、そうなるよな」
「そうだね……」
この対応は想定している。無視されるだけならばまだ良い方だろう。まだ初日。ここから更にエスカレートし、直接的な差別に出るのはほぼ確定だ。
朝はまだ何もなく、そのまま火の系統である、眼鏡を掛けたこのクラスを担当するいつもの教師がやって来た。
「それじゃ、授業を開始する」
そして授業が始まった。
今日は座学と実技。つまりいつも通りの内容である。
「ではこの内容……ホムラさん、行けますか?」
「はい。火の系統の──」
ホムラ達にも気を使い、慎重に訊ねた。
授業を受けられるだけの気力はあるのか、それを確かめる為に一番被害の多かったホムラ達に聞いたのだろう。
その意図を理解し、ホムラは答えた。
「よろしい。それについて今から詳しく行う」
ホムラの返答からそのまま授業に繋げる。こう言った手腕も優秀な教師の証拠であり、気遣いと優しさは今の立場から上に行けない事の証明である。
しかしながら、少なくともこの教師が行ってくれる授業はホムラ達にとっても苦じゃない時間だ。
座学は全生徒に平等に質問などをし、長い会話の出来ないスイには短く簡潔に終わる質問のみをした。
次の実技も足が動かないリクを気遣ったものであり、肉体的な動きと魔法の扱いを上手くまとめている。本当に教師としての実力が高い先生だ。
何にせよ、一日目の授業は何事も無く終わった。
「「「…………」」」
「「「…………」」」
「先生には色々と救われちゃったな」
「そうだね。あんなに優しい先生で良かった」
「あんな人に気を使わせちまったのが悪いな……」
「そうね……ケホッ……」
そして帰り、今までのような挨拶などもされなくなり、ホムラ達四人は帰路に着く。
帰りも馬車。なのでいつもの場所には行けず、校内での会話のみがホムラ達四人の唯一取れるコミュニケーションだ。
そんな一日が終わり、屋敷ではいつものように過ごし、授業は二日目へと差し掛かる。
*****
──二日目。
「おはよう。フウ、スイ、リク」
「おはよう。みんな」
「おーっす」
「おはよう……」
翌日、ホムラ達はいつもの四人で挨拶を交わし、教室に入る。今日もまた挨拶は返されないが、挨拶とは別の言葉が飛んで来た。
「また来たのか……穢れが……」
「穢わらしいわ……」
「婚約破棄に純潔の喪失……」
「しかも相手は下劣で下等なゴミにも等しい野盗」
「なんて汚ならしいのかしら」
「もはや居場所なんて無いのに」
「醜貌が……」
「半身不全の欠落者」
「授業の邪魔だ。咳をするなら死んでしまえ」
「言ーか来るなよ。邪魔だ。穢れが」
──その全ては、ホムラ達に向けて発せられたであろう、直接的じゃない誹謗中傷。
フウとスイは野盗に襲われたが、それはあくまで未遂。しかし悪い方向に噂が広がり、婚約前に純潔を奪われた穢わらしい存在と思われているようだ。
そして顔半分が焼け落ちたホムラと身体中が傷だらけになったフウは容姿を貶され、足が動かなくなったリクは欠落と謳われ、止められない咳をするスイには殺意が向けられる。
昨日は何も言われなかったが、一日を経た事でそう言った部分の遠慮が無くなったのだろう。
自分よりも優れた者が堕ちた時、容赦ない罵倒が浴びせられる。それが貴族の在り方なのは既に理解していた。故に、この程度の罵詈雑言はまだ想定の範囲内である。
「それでは、授業を始めますよ」
そして入ってきたのは、丁寧な態度の教師。
光魔法と闇魔法に付いての授業を行った者であり、この世界に置いて上の地位へと行けるタイプの教師だ。
「では此処を……スイさん。応えて下さい。成績優秀な貴女なら一言一句間違えずに言えますよね?」
「「「……っ」」」
その言葉にホムラ達はピクリと反応を示した。
今の問題の答えはかなりの長文になる。それを肺が弱っているスイに当てるというのは、そう言うことなのだろう。
「はい……ケホッ……その系統による“上位”の魔法は……コホッ……時には別の存在に姿を変え……ゴホッ……水……ならば氷……土……なら草木……火や風にも次の姿となる魔法が……ゴホッ! ゲホッ!」
「あらあら。よく聞こえませんでしたね。もう少し丁寧にお読みください。それと、少しくらい我慢出来ないのですか? うるさいですよ。これでは貴女の授業評価が下がりますね♪」
答える途中、噎せたように咳き込むスイ。教師はそれをうるさいと一蹴し、あまつさえ成績を下げると告げた。
それを見兼ね、ホムラが手を挙げる。
「先生! スイさんは肺が弱く、呼吸が難しいのです! ですので、もう少し短い答えを……!」
「駄目です。身体が弱いと言う理由で他の生徒達と差別する訳にはいきませんよね? 私は生徒達を対等に見ているからこそ、ちゃんと全員が答えられるように指導しているのです」
「……っ」
実際、授業を受けている以上、教師はその生徒の誰を当てようと自由。中には答えが分かっていないのを知った上で当て、余計な時間を過ごさせる教師も居るだろう。
それはまだ苦手科目を中心的に教えようとしていると擁護出来るが、肉体的に弱っているスイをこんな目に合わせるのはお門違いもいいところ。
だが、スイが休まずに授業を受けてしまった以上、反論は許されない。……もっとも、いくら治療をしたところでスイの肺は治らないのだが。
解決策としては、やはり学校に来ない。それしかなかった。
「ふふ、大丈夫ですか? スイさん?」
「ゲホッ! ゲホッ! ガホッ……!」
「ちょっと、咳を掛けないで下さる? 汚ならしい」
「不快ですわ」
「何だか分かりませんけど騒がしいですわねぇ」
「ええ全く。何がこんなに五月蝿いのでしょう。魔獣か魔物でも入り込んだのかしら?」
「ふふ、それならば私達の手で討伐しなくちゃなりませんね♪」
「そうですわね♪」
より咳が酷くなり、口と胸を抑えながら机に凭れる。それを見、近くの席に居た生徒達が不快感を露にして手を払った。
スイはその辺の気遣いが出来ているので飛沫はないのだが、単純にその音が不快極まりないようだ。
それを見、我慢出来るホムラ達じゃない。
「お前達!」
「酷いよ!」
「ざけんなテメェら!」
「授業中です。静かにしなさい。ホムラさん。フウさん、リクさん。それとスイさん? スイさん、大丈夫ですよね? 問題ありませんよね? だって学校に来たんですもの。そろそろ続きを言ってくださる?」
「ゴホッ! ゴホッ!」
だが立場上、今は教師が上。
ホムラ達の抗議は強制的に止められ、スイの咳がより一層酷く、荒く、喉が切れ、唾液に血も混ざり始めた。
「大丈夫な訳無いだろうがッ!」
「「「……!」」」
「……?」
「……っ。貴女……」
──そして、たまたま通り掛かったのか、教室の出入口から一日目の担当である眼鏡を掛けた教師が声を張り上げて入ってきた。
その教師は直ぐ様スイに駆け寄り、背を優しく撫でる。
「先……生……」
「喋るな。少し楽にしてやる。“ホット”……!」
「……ケホッ……はぁ……はぁ……」
「熱魔法で気管を広げた。これで少しは楽になる筈だ。しかし、少し喉が切れているな。念の為だ。医術室へ向かうぞ」
「はい……」
迅速な処置を施し、スイの咳を落ち着けた。
しかし酷い咳によって喉が傷付いたのを見兼ね、医術室へと促す。当然自分も付いて行ってくれるようだ。
「今は貴女の担当ではありませんよね? 勝手に連れ去らないで下さいまし。授業妨害で学長に訴えますよ」
「構わない。生徒を危険に晒すよりは幾分マシだ。……しかし、一応詫びるとしよう。邪魔したな。私はスイと共に医術室へ向かう」
「せ、先生……少し大袈裟です……」
スイをお姫様抱っこの要領で抱え、丁寧な教師へ軽く反論して即座に医術室へと向かった。構っている暇はないのだろう。
「……っ。授業に戻りますよ! 皆さん、集中してください!」
若干の苛立ちを見せ、教師は授業を再開する。
何にせよ、おそらくこの場は丸く収まった……のかもしれない。
*****
「よし、集まったな。そろそろ上級魔法へと差し掛かる君達だ。今日は二日目だが、急遽授業内容を変更して実技を執り行う」
数時間後、昼食を終えた後で行われる午後の授業。何やら急激な変更があったらしく、今日は小太りの男性教師が担当をするようである。
そしてこの教師も当然、今よりも高い地位へと行けるタイプの教師。寧ろこの世界の場合、名声を得て高い地位へ行けない教師の方が少ないだろう。
つまり、実力も性格もそれ相応と言った存在だ。
「フム……成績的に見て……一番優秀なのはリク君。君だね? その自慢の運動能力を見せてくれたまえ」
「……っ」
スイはまだ医術室。次の標的はリクのようだ。
実技と言っても、リクの魔法は健在。ただ足が動かないだけ。それを踏まえた上で、教師はリクの運動能力を見たがった。
「リク……」
「ハッ、大丈夫だ……これくらい想定の範囲内よ……!」
魔法のではなく、身体を支える杖を着き、ゆったりとした動きで進む。それを見た教師がフッと鼻で笑った。
「遅い! 早く来んか!」
「……!」
「リク!」
「酷い……!」
そのまま杖を蹴り、バランスを崩したリクが前のめりに倒れる。
教師はリクを見下ろし、鼻を鳴らして言葉を続けた。
「早く立ち上がれ! 的の前に行くんだ!」
「……っ。はい……!」
立ち上がらせ、運動能力を見る為に、何故か的の前へと進ませた。そこに来た辺りで教師はわざとらしく告げる。
「おっと、うっかりしてた。見たかったのは身体能力だ。的は使わないな。あそこの高台に行け」
「……っ」
「「「ハハハハハハハハハ!」」」
「うっかりやですね。先生!」
「ハッハッハ! 本当にそうだな!」
何処までもバカにしたような態度でわざとらしく照れ、リクを坂道へと歩かせる。そして当然、ホムラとフウは我慢の限界が来た。
「リク! 行く必要はない!」
「うん! あんな人の言う事なんか聞かなくて良いよ!」
「ホムラ、フウ。……ハッ、カッコ悪い所ばっかだな」
「コラコラ君達。授業の邪魔をしないでくれ。君達の成績が下がっても良いのか?」
「ああ、別に構わないさ……!」
教師は笑いながら脅すように言うが、ホムラ達は引き下がらない。それを見、小太りの教師は杖を構えた。
「ふうむ? どうやら少し教育が必要みたいだな」
「……」
実技の杖は練習用。なのでホムラ達の魔法の威力も少し下がってしまう。
しかし教師の杖は自分の物。加えて貴族よりも地位が下な教師だが、ちょっとした中級魔法くらいは使用可能。
ホムラとフウ、二人の力を合わせてようやく相殺出来るかどうかの瀬戸際だった。
──そして次の瞬間、教師の杖が何かに弾かれた。
「……!?」
「悪いな。遅れた。急遽の授業変更なんか聞いていなかったからな。この生徒達の実技は私の担当だ」
「「「……!」」」
「チッ……邪魔が入ったか……」
来てくれたのは、またもやホムラ達のクラス担当の教師。
そう、座学は二人体制だが、実技は元々担当が決まっている。スイの方も落ち着いたのか、授業変更を聞いて駆け付けてくれたようだ。
「先生。スイは……」
「ふっ、何よりもまず友人の心配か。君は優しいな。……大丈夫だ。今は眠っているよ。まだ疲れは完全に取れていないみたいだ」
ホムラがその教師に駆け付け、スイの容態を訊ねる。眼鏡の教師は笑って返し、ホムラの頭に優しく手を置いた。
どうやらスイは落ち着いたらしく、それを聞いてホムラ達は安堵する。
眼鏡の教師は小太りの教師を睨み付け、言葉を続けた。
「では、ここからは私が受け持つ。お前は戻って貰おう。……それと、医術室には私の熱感知魔法が掛かっている……眠っているスイに何かしようとしても無駄だと全教師に告げておいてくれ。……先生?」
「覚えておけよ……」
「ああ、覚えておくさ……先生の授業態度はまさに教師の鑑だったとな」
「クッ……」
皮肉を交えて返し、小太りの男性教師は戻る。
ホムラ達以外の生徒も悔しそうに静まり、眼鏡の教師は視線を向けた。
「では、授業を開始する」
傷付いたホムラ達に待ち構えていた、貴族の洗礼。しかし一人の教師のお陰もあり、この場は丸く収まった。
一週間に行われる二回の授業。この週は何とか切り抜ける事が出来た。




