111ページ目 喧嘩
唐突なセイカの申し出。周りの面々は理解が追い付かずに混乱にも近い状態となっており、辺りには静寂が広がっていた。
その静寂を破ったのはホムラ。
「いきなり何を言い出すんだ? そんなものが纏まる筈もない。俺は戦争に来ているんだ。邪魔をしないでくれ。セイカ」
否定的な言葉によって。
今行われているのは紛れもない話し合いだが、最終的な目的は変わらない。だからこそそんな事をする暇など無いのである。
しかし、今回のセイカは一味違った。
「いえ、邪魔ではありません。それが本筋でしたから」
「俺の言う事何でも聞くんだろ? これは命令だ。下がれ」
「屁理屈を言います。私が約束をしたのは前のホムラ様。闇魔法に囚われており、以前の優しさを失ったアナタは私のお相手ではありません……!」
「俺は俺だ。そもそも俺は、セイカを助ける為により闇を洗練したんだ。……クク……ハハハ! ハッハッハ! オイ、見てみろよ! 今の俺は誰にも負ける気がしない。より力が強く、鋭くなっている……! これでセイカも護れるさ!」
「……っ」
狂気的に笑い、鋭い闇魔法が部屋全体を覆い尽くし、さながら周囲が剣山のように変貌した。
ホムラの情緒は不安定。淡々と話していたと思えば今のように高らかに笑う。
その全てはセイカ、及び仲間達を護る為なのが質の悪いところ。根本的な善性は変わらないのである。
「今の私はホムラ様に守られ続ける程、弱くありません……! 私がホムラ様をお守りします!」
「いや、俺がセイカを護る。その為の闇魔法だからな……!」
「私がホムラ様を守る為の光魔法です!」
瞬間的に光と闇が展開され、二つの魔力が空間を埋め尽くした。
お互いの戦う理由。それはお互いを護る為。身も心も許しているからこそ、互いが互いに守り合う。なのに何故この様になってしまうのか。それは神様にしか分からない。
「成る程ね。複雑に絡み合う心境。それが今の状況を作った。私はセイカ様に助太刀するよ。ホムラ君」
「ならば私は……いえ、主はホムラ様に付き従うとしましょう」
「……!」
大天使が翼でセイカを包み込み、メランは“星の裏側”への鍵を使った。同時に異界の扉が開き、黒い力がこの空間に侵入する。
「いよいよ真の主、魔王様が降誕するか」
「可能性はグッと高まりました。主様」
「魔族のボス……大魔族か大悪魔とでも呼んでおこうかな?」
「好きにしろ。大天使よ」
その空間から姿を現したのは、魔族達の長であった者。
元々、今回の件には魔族全てが全面的に協力する方針。故に空間が閉じられこの場が次元から孤立していたとしても、相応の力を有する存在なら抜け出して姿を見せられるのだろう。
「久し振りだね。最後に会ったのは……どれくらい前だろう? 前任魔王はもう居なくて、最近亡くなった神様がまだ元気だった頃くらいかな?」
「そうだな。しかし、まさかホムラ殿の婚約者様が光魔法に目覚めるとは。話しには聞いていたが、こうも目の当たりにすると思うところもある」
「お互い様かな。光魔法の使い手が闇魔法の使い手……ホムラ君とそう言う関係だったなんてね」
二人は顔見知りの様子。しかし仲はそれ程良くないようである。
あの優しい大天使が敵意を剥き出しにしながら挑発的に話している。魔族の主も同様。相容れない存在というのはまず間違いなく無さそうだ。
「ホムラ殿。我らの参加は如何様に」
「好きにして良いさ。セイカを取り戻す為の戦力は多いに越した事はない」
魔族の主の参戦をホムラは許可する。
大天使と魔族は互いに口を開いた。
「戦争が本格的になってきたね」
「ならば互いに名乗るのが礼儀」
「「──私は神様代理人。現・大天使。名をエハヴエル!」」
「「天使として、創造神の名の元、貴方を屠る!」」
戦闘前の名乗りを行い、闇魔法・光魔法とはまた違った光と闇が鬩ぎ合う。
二つの魔力は混じり合って灰色に染まり、爆ぜるように、静かに霧散した。
「大天使様……いえ、エハヴエル様……? 貴女の光は一体……」
「魔族の主……いや、サタトロス。アンタのその闇は何だ?」
類似する力。それについて光と闇を扱える二人が疑問をぶつけた。
大天使、エハヴエルはセイカに。魔族の主、サタトロスはホムラに概要を説明する。
「これは疑似光魔法だよ。セイカ様」
「これは疑似闇魔法です。ホムラ殿」
「「疑似?」」
疑似光魔法と疑似闇魔法。ホムラとセイカは同時に小首を傾げ、二人は更に説明をした。
「「光魔法は知っての通り、様々な魔法に置いて救済とされる最上位の力。その力を扱う者が神様となるのが定め。そんな神様が見つかるまでの代理として与えられた力。私達はそれによって近しい力を扱える。ただそれだけだよ」」
同じ声音と同じ音程で話す二人。定型文とも思えるが、要するに擬似的な光魔法と闇魔法を扱えると考えれば良いだけだろう。
故に本来の魔法には劣るが、それでも空間を埋め尽くす程度の威力はあるようだ。
「まあ、私の場合は魔法ともまた違うけどね。魔法はあくまで“魔”の力。悪魔だけに。私達的な感性で言えば、“神通力”とか“神術”とかそっち方面かな」
「「…………」」
どうやらエハヴエルの力は、厳密に言えば魔法ではないらしい。
それはいいのだが、真面目な顔で何を言っているんだという疑問が浮かび、ホムラとセイカは頭のモヤモヤを晴らして会話を続ける。
「だったら、力になってくれ。サタトロス。セイカを説得する」
「御意」
「私は正気です! エハヴエル様。ホムラ様を戻したいので協力お願いします!」
「うん」
サタトロスの登場はあったが、流れは変わっていない。ホムラもセイカも、お互いにお互いを心の底から思った上でお互いを止めようとしている。
その一方で、呆気に取られていたフウ、トキの二人と会話が難しく追い付かないゼッちゃん。元々何を考えているのか分からないサチが顔を見合わせた。
「これって正直……痴話喧嘩……?」
「確かそれって、婚約者同士の喧嘩を指し示す言葉だっけ……」
「うん、そうだよ。フウちゃん。確かにホムラは変わったように見えるけど、心境は変わっていないみたい……!」
「だったら私達も荷担すべきかな?」
「当然! けど、どっちに荷担しようかな……?」
会話するのはフウとトキ。
話を聞いてみて、本気で戦うつもりではあるようだが第三者的な観点から意外と大事ではないのかもしれないという感覚になっていた。
ホムラはセイカを護る為に自身を奮い立たせて非情になり、セイカはホムラを守る為に自身を奮い立たせて喧嘩腰になっている。
本筋は変わらないが、真の意味での話し合いからは遠退いていた。
だからこそ動こうにも動けない。荷担はしてもしなくても良さそうだが、どちらも大切な仲間なので入り込み難かった。
「じゃ、二手に別れようか。私はホムラに付くから、フウちゃんはセイカにね!」
「え? う、うん……」
「ボクはー?」
「ゼッちゃんの好きで良いんですよ」
「じゃあホムラ!」
「じゃあ私はセイカの方……」
参加する必要はない。しかし何となく疎外感があるので参加したかった。
何度も言うように、全員本気。執事とメランが深くは入り込まないと考えれば人数的な差はない。
「セイカ。怪我したら看病してやる」
「ホムラ様。怪我してしまったら私が癒して差し上げます!」
両者を守る為に傷付け合う。愛する者を傷付けてしまった時、二人は付きっきりで看病する気も満々だった。
同時に更なる光と闇を展開。何の形にもならず、ただの魔力の波が正面からぶつかり合ってこの空間を大きく歪めた。
「この力……流石に持たないね……!」
閉じられた空間は完全に開いた。というより抉じ開けられた。
大天使の力が強くとも、その完全なる上位互換とも言える二つの魔法。いつまでも抑えられる訳が無いのである。
その余波は天界全域に伝わっていた。
「な、何事ですか!?」
「向こうの方です……」
「大天使様が居られる場所ですよ……!」
「行ってみますか!?」
「そうした方が良さそうですね……」
空間の歪み、魔力の異常な流れ。それらは天界にとって明らかに不都合。
天使達は大天使を信頼しているが、マズイ状況なのは明白。助けに行く方向で話がまとまりつつあった。が、
「…………」
「「「…………!」」」
そこに、一人の女性が姿を現した。
天界にも関わらず艶やかな黒い長髪をしており、誰よりも整った顔立ち。
天使達に悠然と歩み寄り、妖艶な口を開いて話した。
「…………」
「え? 待機……ですか……?」
「しかし、大天使様が……!」
「我らとしても何もせずに待つと言うのは……!」
大天使への信頼は厚い。故に、天使達は言う事を聞かない。
女性は片手をフッと動かす。
「…………」
「……はい。分かりました」
「了解しました」
「貴女の仰せのままに」
否定的だった天使達は素直に言う事を聞き、その存在に跪いた。
美しい女性はクスリと笑い、黒髪を風に靡かせて空を見上げる。
「そう。アナタ達は私の言う事だけを聞いていれば良いの。……それに、私に反抗的なエハヴエルはあまり好きじゃないしね」
「貴女様の思い通りに」
「我らが主──」
──神様──
美しく、美麗で、容姿端麗な神様。この世の全ての圧倒的上位位置に立ち、全てを支配する存在。
ホムラ達の話し合いは続き、その話し合いに横槍が入る事はないだろう。




