110ページ目 豹変
「やれ……!」
「やられちゃうかな……!」
闇魔法に指示を出し、無数の……程度ではなく、文字通り隙間無く。全方位から殺傷力を高めた闇の槍が迫った。
口ではこう言っている大天使だが、自分に当たる部分の闇は光魔法とはまた違った光の力で相殺。灰色の光と共に霧散して消え去る。
「…………」
「今度は君が無言かな……!」
先程の高揚から一転。何も言わずに闇魔法を放出し続け、それらを何とか防ぎながら大天使は飛び回る。
広いは広いが、制限がある部屋。そこで小回りを利かせながら飛行出来るというのは本人の空間認識能力。及び身体能力の高さを体現していた。
「攻撃は……するしかないかな……」
「…………」
複数の光球を生み出し、それをホムラに向けて放つ。また足元に着弾し、粉塵を巻き上げた。
「結局してないな」
「アハハ……何でだろうね……!」
粉塵を闇が切り裂き、そのまま大天使の後を追う。
旋回しながらそれを避け、ホムラはゼッちゃんに視線を向けた。
「ゼッちゃん。前のダークエルフの時の力を使ってくれ」
「前の? あ、速いからだね! うん! 分かった!」
「……!?」
ゼッちゃんに指示を出し、重力にて引き寄せて大天使の動きを停止させる。同時に鋭利な闇魔法を突き刺し、脇腹と腕。太腿を貫いた。
「……ッ! 頭とか首とか胸とか……急所を狙えたのにしないんだ……!」
「ああ。一先ず行動不能にしてから考えるって言っただろ?」
「言ってたね。嘘吐いてない……ッ!」
瞬間的に無数の闇を突き刺し、大天使は吐血する。
血の色も白く美しい。キラキラと輝く鮮血は着色料に打ってつけだろう。
「ハハハ! 良い表情するじゃねェか! 大天使様!」
「……っ。君の素敵な笑顔が見れて何よりだよ……」
「そうかい」
「……ガハッ……!」
鋭利ではなく、鈍器のような闇を展開。大天使の腹部に勢いよく叩き付ける。
大天使の美しい声からは想像出来ないダミ声が鼓膜を揺らし、ビシャビシャと白く美しい血と吐瀉物が溢れる。胃液が逆流した吐瀉物にしては花のように良い香り。天使ならばどんなに嬲っても体が汚れたり臭くなったりする事は無さそうだ。
そこから更に叩き付け、ミシミシと胸。肋骨の辺りを砕いた。
「アハハ……ちょっと痛いかも……」
「ちょっとか。なら平気だな」
「……ッッ!」
頬を殴り付け、背後から貫く。全身が美しい血にまみれ、大天使の目からは涙が流れ、意識は更に遠退いた。
見るからにホムラが優勢。しかし大天使に敵意は無く、ゼッちゃんのサポートもあっての事。悪い方向に吹っ切れたホムラが優位に立っているのは当然の事だろう。
「ホムラ……やり過ぎじゃ……」
「なんか……怖いよ。ホムラぁ……」
セイカ、トキ、フウ、執事、メランの五人は手出しをしておらず、うち二人は今のホムラに引いている。
「この感覚……また……」
「……? セイカ様。心当たりがあるんですか?」
その様な攻防を不安そうに見つめるセイカは、嫌な予感がしていた。
気になったフウが訊ね、セイカは頷く。
「はい……。昨日。そして虚無の境地と初めて相対した時のホムラ様と同じです……」
「その時のホムラと……?」
それは記憶の中の、今のホムラに近い状態だった時の事。
一家と使用人、兄貴分が殺された時。そしてそんな兄貴分を模した魔法人形が現れた時。その時に酷似するもの。
セイカは言葉を続ける。
「……ホムラ様は今、情緒が不安定です。それは見て分かりますよね。おそらく私が攫われた事や、昨日ゴウ様の形をした人形と戦ったのが原因かと思われます」
「ゴウお兄ちゃんの……。うん、ホムラに聞いたよ。それが原因で今のホムラが……」
「文字通り、闇の中に閉じ込められていますね。私達の認知能力はそのままですけど……ホムラ様の中ではずっと独りみたいです」
様々な要因が悪い方向で重なり合って複雑に絡み合い、今の現状が出来上がってしまった。
ホムラの言う事には嬉々として従うゼッちゃんやメラン、ゼッちゃんに従う執事や意見を滅多に出さず、少し本気になっているサチを思えば今のホムラを止められるのはセイカ、フウ、トキの三人だけ。
なんとかして止めなければ、またホムラの精神が崩壊してしまうだろう。
精神や全ての意思を乗っ取り、高揚感で包み込んでより洗練された力となる。それこそが闇魔法の真髄であるが、それを避けたい気持ちは強かった。
「ホムラ! もう十分だよ! 大天使様はもう動けない程のダメージを負ってる!」
「…………」
「なんだよ。フウ。俺の全てを肯定してくれるんだろ? 止めるなよな。萎えるから」
「けど……!」
それを告げ、一時的に攻撃は止んだ。
しかしホムラの意思が変わる気配は無く、大天使の首を闇魔法で絞めながら吊るしてつまらなそうに話す。
そのままフウに近寄り、その顎をクイッと持ち上げた。
「俺の事好きなんだよな? ハッ、そろそろ頃合いだ。フウもセイカも、皆まとめて今夜抱いてやる。だから何もするな」
「……っ」
ホムラらしからぬ発言。この様な事を言う性格ではなかった。
野盗などを除いてもっと他者を労り、自分よりも他人を優先する。それがフウの知っているホムラ。
フウはホムラの手を払い、その目を見つめて叫ぶように話す。
「違う……こんなのホムラじゃない……ホムラはもっと……!」
「消極的で意気地無し……だっただろ? 俺は自分を見つめ直したんだ。もうこれ以上失わない為には、俺が何より強くならなくちゃいけない。呪いを解く為にも全員と交わるのは最適解だろ?」
「そうじゃないよ……ホムラ!」
「……!」
近距離で発せられた大声に怯み、その間にフウは抱き付いた。
「戻って来て……今のホムラは闇魔法に飲み込まれているの……私は昔のホムラの方が好きだよ……!」
「……そうか。じゃあもう説得はしない。下がってろ」
「……っ」
その身体を押すように突き離され、フラついたフウは悲しそうな目でホムラを見やる。
呆れはされたが、物理的な危害は加えられていない。その辺の意思は変わらないようである。
「ホムラ様!」
「……!」
次いでホムラの名を呼び、光魔法が放たれた。
咄嗟に闇魔法で守護し、その名を呼んだ人物に視線を向ける。
「なんだよセイカまで。光魔法に殺傷力があるのかは分からないけど、怪我したらどうする?」
「大丈夫です……光魔法は破壊の力では無いようですので……。私はただ、ホムラ様に振り向いて欲しかっただけですよ……!」
「それだけで魔法を使うか普通? 名前だけでも呼んでくれたら振り向くさ」
「いえ、ホムラ様はそれだけでは振り向いてくれません。確信があります。アナタはあの日のホムラ様になっていますから……!」
「あの日……攻められた日か。いや、逃避行を開始した日? どっちでもいいや」
記憶も残っている。会話も成り立つ。本当に気分が高まっているだけの様子。
このままならまだ戻す事も可能だろう。
「セイカ様。フウ様。ホムラ様の邪魔をしないでください。今ホムラ様は心身ともに魔王へと成ろうとしているのですから」
「「……!」」
横槍が入らなければ。
メランは間違いなく味方側だが、本来の目的は魔王の誕生。故に今のホムラをより育て、完全な魔王にしようと言う考えの方が強いようだ。
「メランさん……」
「貴女様方がホムラ様へ本当に好意を抱いており、以前のホムラ様を求めているのも理解しております。しかし、こちらとしては今のまま、より高みへの階段を登って欲しいのです」
「……っ」
メランの言い分も分かる。何故なら前のホムラに戻って欲しいというのはセイカ達の個人的な意見でしかないからだ。
ホムラに魔王になって欲しいと考える魔族は多い。多数決ならば完敗だろう。
「こらこら……仲間同士で喧嘩するのは駄目だよ……仲良くしなきゃね……」
「大天使様……」
「様なんていいから……元々の原因は世界を案じた私なんだからね……」
グロッキーな様子の大天使が話し掛ける。
肉体は既にボロボロだが、それでもセイカ達の心配をするとは何ともお人好しな存在だろうか。
天使なので人の事を考えるのは分かるが、自分をこの様にした者すら心配する。セイカにも比毛を取らぬ優しさを持っていた。
「それに私、傷はすぐに治るよ」
「……!」
「厄介な肉質だな」
ズダボロだった大天使の肉体は再生し、傷は塞がって完治した。
どうやら大天使は再生能力が高いらしい。
ホムラが面倒臭そうに話、大天使は小さく微笑んで返す。
「神様によくお仕置き食らっているからね。このくらいの傷はどうって事無いよ。凄く痛いのは変わらないけど」
「じゃあ、続けるか? 話し合い。目的のアンタを行動不能にするってのは叶っていないからな。治癒能力の高さを考えて、ある程度はバラバラにしても大丈夫そうだ」
「そうだね。天使として、世界の命運。背に腹は代えられない……!」
二人は神妙な顔付きで睨み合う。
片や決めた覚悟を明確な物にする為。片や世界の為。二人の戦いが──
「──……お二方。一旦、改めて話し合いませんか。魔王と神様の在り方について……!」
「「……!」」
また行われようとした時、セイカが話を切り出す。
今までの戦闘ではなく、互いに腹の内を見せる話し合い。意図してか意図せずか、それを話すセイカには暖かな光が纏っていた。
「それにつき、私に指揮を執らせてください!」
「「…………」」
セイカの目は本気。本気でこの場を纏めようとしている。
今のセイカは神々しく、威厳を感じた。
ホムラ達と大天使の話し合い。それはまた進行する。




