109ページ目 話し合い?
「……。改めて聞きたいのですけど。話し合いと言うのは……」
「そう警戒しないでください。本当に純粋な話し合いです。念の為に空間を閉鎖しましたが、アナタ方が手を出さなければ何もしません」
閉じられた部屋。そこで行われるのは、ただの話し合い。
しかしその雰囲気からして、何事も無く終わるという事は無いだろう。
「じゃあ既に、その言い分は破錠しているな」
「その様ですね」
それが正しく今起こった。
なるべく戦いたくない様子の大天使だったが、空間を閉じられた時点で既に闇魔法が大天使の背後から狙っていた。
こう言った時の警戒心は人一倍。今居る仲間達以外何も信じていないからだ。
大天使が妙な動きをした時点で“何もしない”という誓約は破られている。
「アンタは空間をどうこうする力があるのか。空間の閉鎖なんて普通は出来ない。天使様ともなれば空間を操るのも自由自在って訳か」
「まあね。空間は目に見えなくても確かにそこにあるから。それに干渉すれば良いだけ。……っと、大天使モードが解かれちゃった。コホン。私の手に掛かればこれくらいは雑作もありませんよ」
「無理するな。俺の調子が狂う。それが狙いなら大成功だけどな」
空間を操る。普通なら凄い事だが、ホムラ達には前例がある。
故に特に驚きもせず、大天使の口調の変わり様の方が気になった。
「それで……本当に嫌だけど、やりたくないけど、やるしかないとして……仮に戦う事になったらどうする?」
「どう転んでも戦るしかないな」
展開していた闇魔法を一気に打ち付け、大天使はそれらを見切って躱す。
そこに向けてゼッちゃんとサチ。ホムラ達の中でも最強格の二人が仕掛けた。
「殺しちゃって良いんだよね!」
「…………」
「そうだね。戦いは避けられないみたい。君達にそのつもりがあるなら殺されても仕方無いかな」
ゼッちゃんが迫り、物真似した鋭利な魔力を突き立てる。サチも動き出しており、大天使の動きを窺っていた。
眼前に鋭利な魔力が迫る大天使は一言。
「──君達に出来ればだけど」
「「……!」」
瞬間的に翼が広がり、その姿が見えなくなった。同時に鋭利な魔力が掻き消され、ゼッちゃんの身体が弾き飛ばされる。
「……? あれれ? 何されたんだろう?」
「ただの風圧だよ」
弾き飛ばされたが、ダメージは無い様子。困惑しており大天使が話す。
やはりかなりの実力者ではある。ゼッちゃんが反応出来ない速度で風圧を起こしたという事だからだ。
「やってみる……」
「……!」
その瞬間、サチは大天使の呼吸を無効化した。
息が出来なくなってちょっとしたパニックに陥り、全方位から闇の槍が打ち出される。
「……っ」
呼吸が止められたので話す事も出来ない。しかし何とか躱し、闇魔法に視線を向ける。
「さっきのお返し!」
「……!」
同時にゼッちゃんが横に重力を操り、大天使の方向を変えた。そのまま壁に打ち付けられ、闇魔法が更なる追撃をする。
「……」
それを翼で防ぎ、出血しつつも回避。光球を片手に作り出し、ホムラに向けて撃ち出した。
「……!」
その光球はホムラの足元に着弾。大理石の床が砕け、粉塵が巻き上がった。
それによって視界が狭まり、白く染まって影しか見えなくなる。同時に渦巻く暴風が吹き荒れ、粉塵を吹き飛ばしながらホムラ達の身体を浮かせた。
「成る程な」
そのまま身体は風圧で吹き飛ばされるが、闇魔法を緩衝材として使用。全員の身体を優しく受け止める。
ホムラは大天使の行動から何かを理解し、改めて仕掛けた。
「本当にそうか。確かめてみるか」
「ホムラ様。私奴もお手伝い致します」
闇の力を押し付けるように放ち、メランが雷魔術で手助け。
闇が大天使を飲み込み、その中にて激しく放電した。
メランの魔術はそのまま自然の雷と同じ。故に何億ボルトかはある電流。常人なら即死だろう。
「……!」
「頑丈な大天使様だ」
その闇を抜け出した大天使は一枚一枚の羽根を浮かせ、それを弾丸のように撃ち出す。闇魔法は発動せずにホムラ達の衣服に刺さり、そのまま壁に張り付けられる。
その事から、大天使の行動を理解したホムラの思考は確信に変わっていた。
「アンタ、あんな事を言いながら敵意も出してないし、まともな攻撃を俺達に当てていない。当てようと考えてすらいないな。本当に優しい人格者だよ」
「…………」
「「……!」」
それは、大天使は戦うと言いながらホムラ達を倒すつもりすら無かったという事。
セイカとフウは反応を示し、未だに呼吸が出来ず話せない大天使は肩を竦ませる。
「……なんか……変……」
「……?」
すると、サチが小首を傾げて大天使へ違和感を覚えた。
ホムラはそちらを見て疑問符を浮かべ、それについて説明する。
「呼吸が止まってる時間……長い……。あんなに動いているし……もう息が持たない筈なのに……」
「確かにそうだな。深く息を吸って息を止めているならまだしも、サチの能力による呼吸停止。そんな暇も無かった筈。肺活量が多くても耐えられる筈がない」
サチの疑問は大天使の呼吸について。
今の理論からして既に呼吸は限界の筈。ただ単に我慢しているだけの可能性もあるが、効かないにしても我慢強いにしても厄介だろう。
「……。少し本気出す」
「…………」
大天使の様子から何かを察し、サチは向き直った。
当の大天使は動かない。それではサチも何も出来ないが、ならばホムラが動かすだけである。
「……」
「……」
無言で闇魔法の槍を打ち出し、それが無言で避けられる。
そこから更に無数の闇が迫った。
「……!」
「気付いたか」
その闇を避ける中、何かを感付く大天使。
既に避けた後であり、手遅れ。サチは大天使の動きを無効化した。
「……っ」
「俺はアンタを狙っていない。さっきのアンタみたいにな」
「うん……」
止まった慣性は返さない。ホムラはサチに目配せをし、大天使に呼吸を返還した。
「……っ!? ゴホッ! ゲホッ……息を返してくれるなら……もうちょっと優しく出来ないかな……ケホッ……」
今までの動きでしたであろう全ての呼吸を一気に返され、勢いよく咳き込む大天使。
常人なら風船のように肺が膨らみ、そのまま破裂する程だが頑丈な大天使は咳き込むだけで済んだようだ。
「それはどうでもいい。アンタ、なんで俺達に攻撃を当てなかった?」
「私にとっては良くないんだけどね……そのまま質問をするんだ。君、唯我独尊の俺様タイプ?」
「質問しているのは俺だ。下らない質問なのは分かっているが、意図が知りたい」
「私の全身に鋭利な闇魔法を突き立てていなければ快く答えたいんだけどね。まあ、答えてあげるよ」
大天使は先程の動きを見る限りわざと外していた。
戦闘には関係無い事だが、何となく気になったので聞いただけ。当然全身をいつでも八つ裂きに出来る態勢になっている。
ホムラの言葉にため息を吐いて口を開いた。
「私、見ての通り戦い嫌いなんだよね。って、何度か言ってるよね。だから虚仮威しでも良いから何とか戦意喪失させられたらなぁって思って」
「残念だったな。俺は端から天界その物を破壊する気概で来ているんだ。死なない限りは止まらないと思うぞ?」
「けど天界を滅ぼす行動には出ていない。やろうと思えば君達が来た時点で落とす事も出来ていたからね。此処に居る人達。優しいでしょ?」
「…………」
「ふふ、良いんだよ。君は本当は優しい人。分かるよ。滅ぼす程じゃない……って考えているんだよね」
「……………………………………………………………………」
それについては何も言い返せない。セイカを取り戻す為なら本当に全てを破壊するつもりだった。
譫言や戯れ言。虚偽ではない本当の覚悟は決めていた。
にも関わらず、やはり甘さというものはどうしても生じてしまうのがまともな思考を持っている事の弊害。
他の貴族や王族、以前のゼッちゃん。虚無の境地のように、倫理観などという邪魔な物を全て吹き飛ばし、頭のネジを全て外さなければ善人ですら平然と殺せる“異常”にはなれない。
“異常”でなければ虚無の境地には勝てない。目的は達成されない。何も出来ない。
「俺が甘かったか。そうだな……それなら目的その物を変えるか。そうする事で肩が軽くなる。もう若干軽くなってる……俺は自分を殺さなきゃならない……そうしよう……それが良い……」
「……?」
ブツブツと呟き、黒髪を毟ように掻く。何かしらに当たる事で反って冷静な判断に結び付けられる事もある。それが今。
前髪から目に掛けて掻き降ろし、見開いて血走った笑顔を浮かべた。
そのまま歯を食い縛って更に深い笑みを浮かべ、闇を大きく放出する。
「天界滅ぼすのもアンタを殺すのもそのうち考える事にした。……ッハハ、全部面倒になったからなァ! 今やる事はアンタを行動不能にするだけだッ!」
「……! 闇がホムラ君に共鳴を……」
無理矢理頭のネジを外して感情を昂らせ、冷静な判断その物を取っ払う。同時に闇がホムラに呼応するよう揺れ動き、膨大な魔力から巨大な漆黒の空間が作り出された。
いや、この部屋全体を闇魔法で覆い尽くしたのだろう。つまり全方位がホムラの間合い。簡単に言えば、そこに居るだけで敵は闇に飲み込まれるという事。
「さて、此処からは一筋縄じゃいかないぜ……大天使様……!」
「……。成る程ね」
ホムラの様子から何かを察し、翼を広げる。その範囲だけ闇が掻き消され、大天使は優しい目付きから冷徹な物へと変化した。
ホムラ達と大天使。セイカを賭けた正当な話し合いは、更に激化する。




