104ページ目 天使
「──アンタ。何者だ?」
「これはこれは……手厳しい歓迎ですね。やはり野蛮です」
突如として現れた謎の存在に向け、ホムラは振り返る事無く無数の闇魔法の先端をその者の全身に突き立てた。
その者は微動だにせず返し、ホムラとセイカはゆっくりとそちらを見た。
「その見た目……天使か?」
「ええ。シラヌイ・ホムラ様」
「俺の事を知っているんだな」
「はい。闇魔法の使い手は天界にも伝わっております故に」
その者は男性。白い肌に白い目。短髪であり、背中に羽のような物が見える。が、消えた。質問については淡々と事を話している。
天界。そして質問への返答。この者は間違いなく天使のようだ。
闇魔法は引っ込めずにより警戒を高め、セイカを自分の後ろに避難させて天使へ向き直る。
「セイカに何か用か? 此処に来たばかりにも関わらず、今さっき覚醒した光魔法を知っているって事は一連の流れを見ていたって事になるけど」
「左様。我ら天使は長らく光魔法の新たなる使い手を探し求めていました。故に、たった今降誕したヒノカワ・セイカ様を我らの天界へ招待して差し上げようという気概で御座います」
「そうか。セイカ、どうする?」
「い、嫌です。色々と怪しいですし……」
ギュッとホムラの衣服を握り、後ろに隠れるセイカ。
目的はいつぞやの魔族と同じようにその魔法の使い手の迎えに来る事。だが当然、はい分かりましたとはいかない。
神になると言うのがあまり良い事にならないのは推測に難しくないからである。
セイカの返答を聞き、ホムラは天使へ話した。
「だってさ。本人が嫌がっているし、此処は立ち去るのが在るべき姿じゃないか?」
「フム……」
前の魔族と同じような物なら、本人が断れば素直に引き下がる筈。
人間達の中で暴虐無人を謳われていた魔族ですら強制はしなかった。善なる存在である天使も下がってくれるだろう。
「いえ、貴女様に拒否権はありません。貴女様の存在は世界に、宇宙にとって最重要な事柄。強制致します」
逆に、天使だからこそ融通が利かないらしい。
世界や宇宙にとっての最重要人物。光魔法使いの何がそうなのかは分からないが、その返答を聞いたホムラはため息を吐いた。
「分かった。──強行する」
「……ッ!」
瞬間的に闇魔法が天使の身体を貫き、白く輝く血液が流れて膝を着く。
ホムラは見下すように天使を睨み付けた。
「セイカは俺の婚約者だ。世界や宇宙なんてどうでもいい事より、本人の意思を尊重するべきだ。殺しはしないけど、さっさと帰った方が身の為という事をその天才的な頭脳で考えろ。上位の存在さん」
「やれやれ……すぐに暴力に訴え掛ける。これだから下界の民は……だからこそ争いが絶えず自らの首を絞めているんだろう……可哀想に……」
「……オイオイ、泣くなよ。何か悪い事したみたいになってるぞ。ただ怪我させただけなのに」
ツーッと天使から涙が流れ、ホムラは引く。若干ではなくマジで引く。
そう、ただ怪我させて脅しただけ。殺していないのに泣くなんて理解が追い付かない。
天使は涙ながら言葉を続けた。
「私達は下界を清き世界にしたいだけなのに……誰もそれを理解しないんです。たまに理解して言う事を聞いてくれた人間も居ましたが、他の人々はその人間を信じず認めず評価せず、孤独に死するか死刑にされました。悲しい事です。何故人間は神と同じ姿形を持ちながらこれ程までに知能が低く心が醜く、自分勝手で下品かつ暴虐無人なのか……世界は何も進展しませんでした……」
「急に見下すなよ。いや、まあ天使様にとっちゃ人間がミジンコとかと同じ存在なのは分かるけど、目の前にその人間が居るんだぞ? それに、周りにも居る。眠っているけど、聞こえている可能性もあるだろ」
「いえ、人間は愚かです。聞こえても聞こえぬフリをしますよきっと。嗚呼、なんて哀れで醜く愚かな生き物……神も嘆いていている」
「人に救いの手も何も差し向けない神の嘆きなんか知った事かよ。勝手に嘆いているバ神に言っとけ。全能ならこの地上を少しマシにしろってな」
神を信じ、ナチュラルに人間を見下す天使と、神を怨み、辛辣に考えるホムラ。
この調子では話が進まないだろう。なのでやる事は一つ。
「一先ず、帰れ。アホ天使。そしてもう二度と来るな。世界も宇宙も勝手に滅びてろバーカ」
「……!?」
物理的な闇魔法を叩き付け、天使の身体を吹き飛ばした。
打ち付けられた天使は吐血して森の方向に吹き飛び、木々を粉砕して見えなくなる。
因みにこれは何となくイラッと来たので私怨が三割。残り七割はセイカを拐おうとした罪の分。セイカを拐おうとした罪が十割なら天使を一匹殺める結果になったので、天使の人をイラつかせる性格が本人にとって功を奏した。
「待ちたまえ。このまま去る訳にはいかないと言っただろう」
「……。はあ……」
そして天使は飛んで戻って来た。ホムラは単純にその扱いへの面倒臭さで頭を抱える。
そんな気を知らぬ天使は腕を組み、ため息を吐いて呆れながら話した。
「やはり人間は頭が悪い。帰れないと言ったのに忘れたのですか。さあ、光魔法の使い手様を明け渡しなさい。これは警告です」
「警告ね。警告無視したらどうなるんだ?」
「地獄に落ちます」
「じゃあ地獄を支配して天界に宣戦布告でもするか。こんな奴らが居るのが天国なら地獄の方がマシだ」
「そして実力行使に出ます」
「やってみろ。この状況で」
「……!?」
瞬間的に闇魔法が巻き付き、その身体を強く締め付ける。天使や神が救い手なら磔にして両手に杭を打ち込むのが正解なのだろうが、生憎此処に杭は無い。
本当にアホみたいな天使だが、セイカが関わっているのでホムラは本気である。
口調は丁寧だが何処までも下等な人間を見下す天使。魔族みたいに他者へ敬意を払える態度なら事も考えたが、出会い頭からあまり良い印象は受けなかった。
言葉は普通だが、話し方が既に他者を見下した物。そして最初から連れて行く事は確定させていたような言い方。当然の報いである。
「や、やめなさい……愚かな人間よ。私は世界の為に下界の下等種に頭を下げて……」
「頭なんか一度も下げてなかったろ。せめて誠意は見せろよ。アンタの言う愚かな人間ですら礼儀正しい人は居るぞ? つか、何度も言うように存在価値皆無のこの世界なんかどうなったって良いんだよ。神様に言っとけ。せめて俺が壊したくないと思えるように下界を更新させてから来いってな」
「……っ」
闇魔法をより一層強めて締め付ける。
単純に態度が気に入らないが、その人間性。天使性が何より気に食わなかった。
本当にゴミみたいな上層部や世界運営の人間も、駄神も駄仏も駄女神も駄天使も駄救世主も何も信じていない。天使一人を殺すなど何とも思わない。そもそもこの世界では天使も単なる種族名に過ぎない。セイカを拐うなら生かす道理は何もない。
「ホムラ様。それくらいにして下さい。確かにこの方は強制すると言いましたが、その言葉以外私達に害を為しておりません。解放して差し上げましょう」
「……セイカがそう言うならそうするか。アンタ、闇魔法に捕らわれた時点で何も出来なかったな。これで強制する事が不可能なのも分かった筈だ。さっさと帰れ」
「……っ。下衆な人間が……何度も言うように、私は光魔法使い様をお連れしなければならないのです……!」
「もう腕一本くらい貰っとくぞ?」
「あがぁ!?」
会話にならない。なのでこの天使が言うように醜悪なやり方で話をスムーズに進める。
天使の腕を闇魔法にて切断して吹き飛ばし、足元も掬う。同時に蹴り抜き、踏み潰すように頭を地面に擦り付けさせて見下ろした。
「なるべく命は奪いたくないんだ。アンタは私利私欲に生きるような、俺から見た悪人じゃないからな。生かしてやる。もう一回言おうか? 帰れ。これで三度目だ。温厚な仏様(笑)ですら怒る回数だぜ? そりゃ、何よりも優しいって言われる仏様ですら、たったの、たったの三回で怒るわな。アンタみたいな奴が相手だと」
「私を愚弄するか……人間風情が……!」
ホムラの挑発とも取れる言葉に憤る天使。わざとイラつかせるように話しているが、天使は意外と短気だった。
伝承などでは天使や神の方が自分勝手で多くの人間を殺している。世界の救世主ですら隣人かその宗派の者しか助けないので人間の上位種としても所詮はその程度の存在という事だろう。
「…………」
「…………」
「えーと……ホムラ様……天使さん……?」
互いに殺意を込めた目で睨み合い、自分が原因なのもあって気が引ける様子のセイカ。
一触即発。既に勃発しているが、居心地はあまり良くないだろう。
「──駄目だよ。敵意を出しちゃ。もう、人を見下すのはいけないって言ったのに。……私の部下が失礼致しました。シラヌイ・ホムラ様」
「「…………!」」
そこにフワリと、白い何かが舞い降りた。
透き通るような白い長髪が揺れ、青く美しい静謐な目でホムラとセイカに視線を向ける。
おそらくこの者も天使。ホムラとセイカは警戒を高めてその様子を見やり、天使はホムラの頬に手を添える。
そんな、添えた瞬間の動きを目で追う事は出来なかった。
「酷い火傷の痕……ごめんね。神様がダメダメで。本当はもっと人々を助けたいのに……神様は性格が悪いんだ……ううん。それは言い訳かな……私にもっと力があれば……アナタを含めて困っている人達をみんな助けられたのに……」
「…………」
悲しみの表情で優しく撫で、綺麗な涙を流す。
その言動から涙の理由まで、今さっきの天使とは色んな意味で違う存在。優しさや礼儀正しさ。そして何よりその実力。
この存在は天使の中でも上位に君臨する者であろう事は容易に理解出来た。
「だ、大天使様……」
「もう。なんでちゃんと話さないかな? 私達は人間達を救う側なんだから」
「す、すみません……」
「謝るなら彼らにだよ」
「大天使……」
その者、大天使。役職で呼ばれたのを考えるに名前は無いのだろうか。
何にせよ大きな存在である事は確かなようだ。
「わざわざ大天使様が御出でなすったか。何しに来たんだ? 安全な天界でこの腐り切った下界を何もせず、ずっと眺めてれば良かったのに」
「貴様人間……! 大天使様に向かって……!」
「待って。話し合おうともせずに連れ去る事を前提として話したのは君だよね。此方にも非はある。彼にとって彼女はとても大切な人の様子。大事な者を奪われる事の悲しさは種族問わず共通。具体的に話、順を追って説明すべきだよ」
試しにまた挑発的な態度を取ってみたホムラだが、大天使と呼ばれた女性は事を荒立てる事無く穏やかに返す。
言われた天使は大天使に頭を下げた。
「……っ。失礼しました」
「だから、謝るのは私にじゃなくて彼らにだろう」
「……。悪かったね。人間。この通り謝るよ」
「どの通りかは分からないけど、謝っているなら無下にはしない。元々アンタを殺すつもりは無いからな」
偉そうな態度で謝罪をする天使。
形はどうあれ謝罪は謝罪。先に手を出したのはホムラなので軽く流し、どうでもいい存在から視線を外す。改めて大天使の方に視線を向けた。
「それで、話し合いって言っても俺はセイカを明け渡す訳にはいかない。連れ去る事が変わらないなら断る」
「ホムラ様……!」
ホムラの言い分にセイカはときめく。
基本的にセイカの事は大事に思っているホムラだが、その淡々とした態度からあまり感情が分からないところがある。
なので今のように、セイカを庇うような素振りにドキッとするのだろう。
「この者達は世界がどうなっても構わないと思っています。大天使様。本人も言っているように、話し合いをするだけ無駄かと」
「だからと言って強制的に連れ去るのも問題だよ。まだ時間はあるからね。協力してくれるのを祈るしかない。神頼みかな。その神様が仕事はしないけど」
「……はあ……」
まだ話し合いは始まっていないが、会話を聞く限り神様は本当に仕事をしていないらしい。
そんな神様に聞かれている可能性も考え、その上での大天使のふてぶてしい態度は一周回って称賛出来る。怖いもの知らずなだけかもしれないが。
「じゃ、君達。話し合いはしてくれるんだね?」
「まあ、詳しい事は知っておきたいし、聞くだけなら聞くか。手短に頼む」
「うん。簡潔にまとめるよ」
一先ず、何故光魔法使いが必要なのか。何故世界が滅びるのか、色々と知りたい事もある。
なのでホムラは聞くだけ聞く態度となり、大天使は優しく美しい笑顔を浮かべた。
魔法人形討伐後の天使達との邂逅。未だ目覚めぬ冒険者達の中心にて話し合いが始まった。




