1000文字後に妻を寝取られる男
ある日、知人の紹介で、よく当たる占い師に占ってもらうことになった。
正直、俺は占いというものを当てにしちゃいない。信じていないというか、こういうのは誰にでも当てはまるようなことを言うものだ。だから、どうせしょうもないことを言われるんだろうな、なんて思っていたのだが……。
「占いました。大変不幸な未来が見えました」
「あんた、未来が見えるのか?」
「ええ。この水晶玉の中に、あなた様の未来が映像として見えるのです」
俺は占い師が見ている大きな水晶玉を覗き込んだ。しかし、それはどっからどう見てもただの透明な水晶玉だった。
「駄目ですよ。力のないあなたが見ようとしたところで無駄です」
「それで、何が見えたんだ?」
俺は少しむっとしながら占い師に尋ねた。
「……寝取られる未来です」
「……は?」
寝取られる?
一体誰が?
「あなたが、妻を、寝取られる、未来です」
占い師は言葉を区切って、はっきりとわかりやすく言った。
「なんだってっ!? そんな馬鹿な――」
「しっ」
占い師は口に指をあてて、喋るなといったジェスチャーをした。
「それ以上、不必要に『文字』を消費してはいけません」
今、この占い師の発言に、気になる言葉があったぞ。
「今、文字って言ったか?」
「ええ、言いました。『文字』です」
「文字ってなんだ?」
「占いの結果、あなたが妻を寝取られるのは1000文字後だと判明したのです」
「1000文字って……いつから?」
というか、なんだ1000文字って。なんだかメタっぽい発言だぞ。
「冒頭からです。つまりは『ある日』の『あ』からです」
「とすると……」
俺は、どうしてこの占い師が地の文を把握しているのか疑問に思いつつも、そのことについて深く考えてはいけないのだとなんとなく察した。
「現在、700文字強。もうすぐ、残り文字数が250をきります。あ、きりましたね」
「なんだと、くそっ!」
そこで、俺は口を閉じた。
口を閉じただけでは駄目だ。何かを考えるのも、描写するのもやめなければ。
「この残酷な未来を変えるためには、1000文字以内にこの物語を終わらせるしかありません」
「どうすれば?」
「簡単です。帰宅して、奥様を抱きしめてキスをして『妻が寝取られることなどなかった。END』とでもまとめればいいのです」
「了」
頷くと俺は自宅へと走った。
残り50をきった。
帰宅してリビング・寝室を見るが誰もいない。どういうことだっ!? 妻は今の時間、家にいるはずなのに――
「しまった! 1000文字をこえてしまった!」
しかし、占い師の言うことが真実であるとは限らない。奴が俺をからかって遊ぶために嘘をついている可能性だって十分に――。
そのとき。
ブルルルル……と、スマホが震えた。
俺は嫌な予感を覚えつつも、妻からの電話を受けた。
「も、もしもし……」
『あなた、ごめんなさい……』
第一声が謝罪だった。
そこから先は覚えていない。間男の勝ち誇った声も、妻の懺悔も、すべては忘却の彼方へと消えてしまった。
気がついたときには、俺は返り血で真っ赤に染まっていて、駆けつけてきた警察官によって手錠をかけられたのだった。
BAD END