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04 ないしょでおでかけ

 翌日、私のほうはまだもやもやしていたけど、葉介とクラージュはばっちり切り替えていたみたいだった。


 幹也のことは昨日のうちに相談してあって、今日はお休み。幹也は願ったりかなったりという感じで留守番している。

 葉介はわかってるんだかわかってないんだか、『ようするに俺がしっかりしてれば問題ないんだろ?』みたいな感じで、また竜舎へ向かった。


 葉介はもう、私が言ったって聞かないし……、クラージュも、多分葉介がそうするだろうな、ってことは見越していたようで、葉介に口うるさいことは言わなかった。

 昨日吹いていた小さな銀色の笛をくれて、昨日までたった一体だった介添えの自動人形を今日から十体に増やした旨通告し、そのまますんなり送り出した。ナルドリンガは幸せそうに追いかけていく。

 葛藤しつつ見送る私。



 ……既にナルドリンガに対しても、今まで感じてたのとは別の種類の不信感を感じだしている今、葉介とナルドリンガを二人きりにするのは正直言って不安だけど、今日は私がいないほうが安全かもしれない。

 介添えが十人もついて、葉介も俺が悪かったって言えて、ナルドリンガだって信用はならないけど、あんな高さから落っこちても上手に受け止められる能力はあることはわかってるわけだから……。


 私たちが小学校に入るときのおかあさんも多分こういう気持ちだったんだろうな……とちょっと場違いなしみじみを感じつつ、そしてまた、取り残される。私とクラージュ、ジュノとシダンワンダ。



 シダンワンダは今日こそは会えると思いこんでいたみたいで、昨日よりももっと悲痛な表情で、ぽろぽろ泣き出す。

 ……こうやって泣かれちゃうと、やっぱりこう、どうも……。


 昨日ナルドリンガとあんなことがあって、今日またシダンワンダとなにかトラブルの種になりかねないアプローチをするのか、という冷静な自分もいたにはいたけど、やっぱり思わず、私はシダンワンダへ一歩踏み出した。


 ストーカー行為はやめてもらって、ちゃんと幹也と仲良くなれる方法がないか、女きょうだいの視線から相談にのれたら、幹也的に助かるのみならず、シダンワンダにとってもいいことのはずだ。

 声をかけても無駄だろうからと、今度は肩に手をかけようとしたら……シダンワンダは乱暴に振り払った。


 繊手一閃、まさにサファイアブルーというふうな、濃い色の爪をしてるのが残像を残して見えた。さすがに今回はクラージュもかばえない。


「いっ…!」

 ったい。飲み込みそこなった悲鳴の頭だけもれる。シダンワンダはふりかえりもせず、部屋を飛び出していく。

 引っかかれた手の甲に大きく赤い一本線が入って、うっすら血がにじんでいる。


 痛みよりも、まさかこんな攻撃力を持ってたのか、っていう驚きが勝って、動けないままでいる私のもとへ、クラージュが……魔法使いA、じゃない、ジュノもすばやくやってくる。ジュノには何か心得があるらしく、私の傷の入った手をクラージュは勝手にたくしてしまった。

 ジュノは傷の様子を確認すると、棚から出した傷薬を塗ってくれて、うすっぺらいパイ生地みたいなもので湿布する。

「――しばらく貼っておけ。30分で傷は消える」

 ジュノの声を久しぶりに聞いたかもしれない。だから何だって感じだけど。

「ありがとう……」

 どういたしましてもなく、もう黙ったまま、ジュノは出ていった。クラージュが代わりに、って感じで言う。

「……気を付けて、花奈さん。鉱の姫の従者は主人を決して傷つけませんが、そのほかのことに関しては保証できません」


 自分だけだったら三日くらいほっといて勝手に治るのを待つような、ちょっと大げさに感じるくらい手当された手の甲を片手でふれながら、私は考え込んだ。


 今の傷は……自業自得だろうか。嫌がってる人に触ったから。

 助けてほしいと言ってない人によけいなおせっかいをしたから。

 しかも、拒否られるんじゃないかと心のどこかで予想してたわけで。


 でも私は、きちんと頭を横に振って自分の考えを否定する。自分に言い聞かせるために。

 ……傷自体は自業自得だけど、行為に対しては見過ごせない。

 クラージュがたった今言ったばかりだ。

 鉱脈の従者は主人のことは傷つけないけれど、そのほかのことは保証できないって。


 まともな人間だったら、押してごめんね、ひっかいてごめんね、くらいは言うし、わざとじゃないから私悪くないって思ったとしても、少なくとも多少動揺くらいはするはずだ。



 ナルドリンガもシダンワンダも、二人ともこれでは、ちょっと……。

 だってたとえば、これが私だったからよかったようなものの……いやよくないけど、仮にシダンワンダがひっかいたのが葉介だったら、ナルドリンガは一体どういう行動に出るのか……。

 私と幹也葉介、ナルドリンガとシダンワンダ、五人中三人がコミュニケーションに難ありではさすがにフォローしきれない。


 それってつまり、ナルドリンガとシダンワンダがいる限り、三人一緒に行動できないってことになる……

 それはさすがに、いやだ。付き合いきれない。ナルドリンガとシダンワンダのことが、今以上に嫌いになってしまう。


 なんとかして……なんとかして、ふつうのコミュニケーションが取れるようにならないと……。


「クラージュ、やっぱりシダンワンダとナルドリンガに、ちょっと言い聞かせてほしいんだけど……」

 私がそうやって切り出すと、クラージュはつぶやいた。


「……そうですね。あなたにだけ、お話してもいいかもしれない」

「…………」


 ……私にだけ。

 そういう手を使って、何かたくらみの片棒を担がせようとか丸め込もうとしているに違いない。ていうか、私のお願いに対する答えになってないし。

 うろんなものを見る目になった私の視線を受けつつ、クラージュは物腰柔らかく、また猫を見に行きませんか、と誘う。


 ほんとは……ほんとは、今日は葉介のそばにいないほうがいいんじゃないかって思ってたけど、内心やっぱり、そばにいたかった。

 ――すごい感情揺さぶってくるな、このクラージュっていう人は。

 でもあらがう理由がなかった。誘われたから行っただけ、っていう言い訳をもらって、私はのこのこ温室までの道を歩く。




 たぶん薄暗い温室と、明るい竜舎側とではマジックミラーになっていて、こっちから向こうの様子が手に取るようにわかるのの反対に、葉介たちからはこっちが一切見えてないんだろうな、となんとなく想像できる。

 出入りのときは気づかれないように少しは気をつかったけど、このテーブルセットに腰かけてしまえば、一方的に葉介たちの様子がうかがえる。


 葉介は昨日の落馬……落竜? あの事故を一切気にしてないふうで、いつも通り、竜の世話をはじめた。

 自動人形が十もいるから、見た目はかなりぎょうぎょうしい……というか、よく見えないけど。

 同じ風景を同じテーブルセットにかけたクラージュが眺めて、ぽつんと言った。

「葉介さんも気にしているようですね」

「えっ」

「鱗の手入れをしています」

 いわれてみればそうかもしれない。葉介の姿は人だかりでよく見えなかった。

「お二人が帰ったあと、ぼくも竜の様子を診たのですが、やはりうろこが一枚はがれてけがをしていました。

 はがすのには相当な力がいります。道具もなしにむしり取れる者は、あの場にはナルドリンガをおいておりません」


 じゃあやっぱり、ナルドリンガは葉介が何の気なしに言った言葉をうのみにして、手段を選ばずただ竜を飛ばすためだけに自動人形をはったおし、本来おとなしいはずの生き物を暴れさせたっていうことだ。




 不信と失望が重たい沈黙になった。なんとなく葉介たちを見つめ続ける。



「――ふしぎですね。あんなに大きな生き物が飛ぶんですから」

「……? 竜のこと……?」

「ええ」

 私はクラージュの横顔へ視線を移したけど、クラージュは窓の向こうを見つめたままだ。


「竜はもともと、グラナアーデには存在しない生き物なんですよ。

 冷気をまとう猫、翼持つ猫、うみがめの幽霊も。みな、鉱の姫君たちが異世界から持ち込んだものです。飼育はできていますが、生態の研究はさほどすすんでいません。このグラナアーデ中でも、ここにしかない生き物ばかり」

「ふうん……?」


 意外だ。ザ・異世界だなあと思って感心してたのに。


「グラナアーデはほかの世界のひとびとやいきものを、知識とともに受け入れています。

 いろいろな世界のいろいろな技術が交錯する中で、地球の皆さんの目から見て、魔法としか呼べないような技術も発達しました。

 ――以前、湖を一部透明にしたのもそうですし、あるいはひどくアンバランスな形状のこの城を維持するための構造学や建材の開発なども、花奈さんにとっての魔法であり、我々にとっては単なる技術です。

 花奈さんが魔法と呼んでくださるのはかわいらしくて、思いがけなくぼくのお気に入りになりましたが、世界の真理へのアプローチ方法に関しては、実は地球で発達している科学とほとんど同じなんですよ。進度が大きく違うために、花奈さんの目に魔法のようにうつるだけ。

 物理法則にも何ら違いはありません」

「ほえー……」


 あれだろうか。異世界転生無双され済の世界ってことだろうか。マヨネーズ作ったり水車つくったり、され終わった世界。たとえば江戸時代のひとが、鉄の車が走るのを妖術扱いするのと同じで。

 でもじゃあ、ふと不思議になって、私はクラージュに聞いてみる。

 

「魔法じゃなくて技術っていうことは、じゃあ、クラージュは魔法使いじゃないの?」

「ああ」

 勘違いしてるんですね、無理もないですけど、みたいな、一見あいそのいいほほえみをこぼしつつクラージュは言った。

「ぼくは違います。花奈さんが魔法使いと呼んでくれるのは本当にかわいらしくって、訂正するのが惜しいなと思いますけど。

 この世界は、ええと……地球の統一理論でいう、電磁気力を掌握した世界で、ぼくはその使い方を知っています。ただそれだけ」


 ……こいつ私のことをちょっとバカにしている……?


 うろんなものを見る目でクラージュをちょっとにらむと、まあまあ、とでも言いそうな雰囲気だけだして、でも表情は笑ったまま、クラージュは説明してくれた。


「この世界で本当の意味で魔法使いと呼べるのは、ジュノだけでしょうね。

 あの朴念仁が召喚の出入りのとき、ただ顔だけ出しているのを、不思議に思われませんでしたか?」

「いや……。だってめちゃくちゃ魔法陣使ってるし……」


 こいつ私のことをめちゃくちゃなバカだと思っている……?


 ちょっとカチンときつつ私がかぶりを振ると、クラージュはよけい笑った。今度は思わずといった風だった。

「それもそうですね。そう、ジュノは、ええと……本当の魔法使い、で伝わるかな。

 ジュノは、異世界の大魔術師直伝で、魔法を学びました。ぼくは魔法とは別のことを彼から教わったために、花奈さんたちを異世界から召喚、送還するような大魔法はもとより、竜をなだめるような小さな魔法も使えません」

「えっ? さっき葉介に笛を渡してたし昨日はそれ吹いてたじゃん」

 銀色の。竜をなだめるのに使ってたやつ。

「あれはジュノを呼ぶための笛です」

「ぶっ」


 よく考えてみれば笑いごとじゃないんだけど、正直ちょっと面白くて笑った。

 そういえば確かに、昨日はいつの間にかジュノが来てた。犬笛みたいに察知してとんできたんだろうか。

 葉介が吹いたらまたとんでくるんだろうか……あの愛想のない、ほとんど声も聞かせたこともないような人が。

 おしゃべりが楽しくなってきて、私はクラージュに笑いながら聞いた。



「じゃあそのかっこうはなに?」

「恰好とは?」

「その服。ずるんずるんの、いかにも魔法使いっぽいローブに見えるんだけど」

「ああ……」


 ずるんずるんの、布地たっぷり、ローブに所せましと金びかりするアクセサリーを取り付けたクラージュは、そのうちひとつ、メダルを首からはずさないまま、私に手渡した。

 私が受け取ると、クラージュは肩が触れ合う位置まで、自分の体のほうを移動させ、さらにかすかに体をかしげる。


 金色のメダルはずっしり見た目通りの重さで、私がつけたりしたらたぶん肩こりに苦しむだろうな、という感じ。ところどころに透明の小さな輝石が埋め込まれているほかは、ごく薄い波紋のような刻みが細かく入っている。


「これ全部、計算尺といって、平たく言えば、ええと……なんていったらいいのかな。

 ……地球では、コンピューター内部でのみ可能なことを、こちらでは現実の空間で実現できます。これはそのための……リモコンみたいなもの……かな?」

 ――それは……

「……それもう、魔法じゃなくて?」

「技術です。説明は難しいけれど、説明を理解してもらうことができれば、花奈さんにもぼくがすることと同じことができるようになります。ぼくは単なる……、あなたにとってだけの魔法使い」

 今のところ、と後ろにクラージュは付け加えた。私は黙って聞いている。


「でも、魔法と魔法使いは違う。鉱の姫君たちがつれてきた、異世界のいきものたちがまとう不思議な力。物理法則とか質量保存の法則とかそういうものを、魔法や神の力は軽々と無視します。

 たとえば翼猫や竜は、エーテルとか魔素とかいうふしぎな力で宙へ浮いているそうですが、それらを活用する技術はグラナアーデには存在しません。

 グラナアーデでは揚力を用いて空を飛びます。地球でいう、飛行機と同じように」


「――鉱の姫君はいったいどこから現れたのでしょう? 異世界の贈り物を携えて現れた姫君たちと、砂から立ち上って人のようにふるまう従者たちは、グラナアーデの常識外の存在です。

 竜がなぜ飛ぶかは誰も知らないけれど、どこから来たかは知っている。

 鉱脈がなぜいるかは誰もしらず、どこから来たかもしらない。


 鉱脈はグラナアーデにきてはじめてその力をあらわし、鉱脈の従者は鉱脈を得てはじめて人のすがたをとるからには、鉱の姫君たちはグラナアーデの、グラナアーデ特有の魔法であるはずだけれど、仕組みは誰も知りません」



 私はメダルをそっとクラージュの胸に返した。クラージュはメダルを視線で追う。しぜん、伏し目がちになったクラージュがふと、言った。


「――Al2O3」

「……なんて?」

 突然いうから聞き取れなかった。クラージュは答える。

「ルビーとサファイアの化学式です。

 ご存じかもしれませんが、この二つの宝石はコランダムといって、化学的にはほとんど一緒のものなんですよ。

 地球では赤いものをルビー、それ以外をサファイアと区別しているようですが、こちらではもっと詳しく区別していて、葉介さんこと紅玉鉱脈、幹也さんこと青玉鉱脈のほかにも、コランダム系の鉱の姫はそれぞれ名がついて別に存在します。

 でも、化学式としてはほぼ一緒です。

 ぼくはこれを、『鉱の姫』が自然発生的に生まれたものではなく、だれかが……意思を持つ存在が、人間と宝石を感覚でペアリングして、意図的に生み出したものであることの証拠だと思っています」


 ――人為的に生み出した。


 クラージュは声をひそめて言った。


「……花奈さんは鉱の姫の従者をどう思いますか?」

「どうって?」

 私は首をかしげる。悪いけど、今のところヤバいストーカー以上の印象はない。

 クラージュは察しの悪い私のために続ける。



「函よりあらわれ、人間の形をまねてみせたあの砂を、ぼくたちと同じ生き物だと思いますか?」

「!」


 ぎょっとしてむせた。


 そんな。

 確かにヤバいストーカーだとは思ってたけど、できれば法律とかで裁かれてほしいとも思ってたけど、そんな、生き物じゃないとまでは思ってなかった。

 クラージュはそれを、あの砂呼ばわりだ。


「明らかにナルドリンガもシダンワンダもおかしい。そういう話でしたよね。ぼくもそう思います。

 ただの砂だったものが、突然人の形をとって、涙を流したり、初対面の人間を身も亡ぼすくらい心から愛しているようなそぶりを見せるのは、おかしい」


 お、おかしい……確かにおかしいけど、なんかこう、そこらへんは魔法だと思って流してしまっていた……のだが……。

「それに比べれば、意志ある生き物からうろこをはぎとったり、後ろから人を突きとばしたり、傷つけたり、なんの良心の呵責も感じていない風にふるまうことのほうがよほど自然です。人の心がない者がするふるまいですから、砂がそうふるまったところでなにもおかしくはない。そうでしょう?」


 い、いや、実害でてるから……。困ってはいるから……。

 とかなんとか言ってまぜっかえす勇気はなかった。黙っている。


「我々の技術で新たな生命を生み出すことはできます。もちろんできます。

 ただ、心まではコントロールできません。なにか命令を出して肉体を操ることは……まあできますが、従者たちは明らかにそうではない。

 この世界が現在掌握している『技術』と、鉱脈関連の『魔法』は、明らかに違います。

 鉱の姫や従者に関連するものごとは……まったく異なる力が大きく関係していると考えられているのですが……。


 これはおそらく……水が低きに流れるような、また風が吹くような。炎の燃えるような……自然現象に近いのではないか」

 


 ――人為的に生み出した。

 ――自然現象に近い。



 クラージュは一つの話の中で、二つの相反する言葉を使ってみせた。

 私はいっしょうけんめい考える。


 ……総合すると……要するに……。

 私たち卑小な人間とは次元の違う存在が、自然現象の一部として、鉱脈に関することをコントロールしている……?



 ……たとえばその昔、天動説が信じられていたころ、惑星のうごきが天動説を使ったままではどうしても説明できなかったところ、地動説を使ってようやく、惑星の動きが説明できるようになったわけで……。

 そういう、常識のちゃぶ台返しというか、科学を進歩させて進歩させて、ようやくたどりついた先の真理が、魔法と神様の支配する世界だったっていうのは、なんていうか……ホラーだ……。


「……ごめん、わかんない」

 私は首をかしげる。

 ちゃんと聞こうとしてたからわかる。私の理解を全然超えちゃっているってことが。


 クラージュは顔を上げた。そして至近距離から、私の目をじっと見つめる。


「花奈さん、難しいかもしれないけれど、鉱脈に関するいろいろなことについて……

 ”これは我々ではない、意思を持ったものが、何らかのルールを自らに課したうえでデザインした、我々の理解をまったく超えたものである。――そのため、我々の既存の推理、分析では説明のつかない、不合理な部分が存在する”という前提を作って考えてみてほしいんです。

 そのうえで、どうでしょうか。明日の夕方、見ていただきたいものがあるのですが、時間を作ってはいただけませんか。

 ごきょうだい二人には黙って」

「えっ」


 私はぎょっとして、じっとクラージュを観察する。

 クラージュは少しあごを引いた、うかがうようなまなざしを向けている。

「二人にないしょで?」

「ええ」

「明日の夕方?」

「ええ」

 私はひるんだ。


「……明日は学校があるんだけど」

「いていただきたいのは五時から六時……ご自宅での夕食には間に合わせます。こちらで召し上がって行ってくださってもかまいませんが」

「いや……」

 そんな、言い訳がよりいっそうめんどくさくなりそうなのはいやだ。

 でもクラージュはひるまない。


 この夜の異世界旅行はだんだん日常になりつつあるけど、絶対ひとりではこっちに来させないでね、って固く約束させたのは私だ。

 その約束を、さっそく私が破ることになる。


 悩む私へ、クラージュはダメを押した。

「ひみつにお時間をいただきたいのは、シダンワンダ、ナルドリンガについてのことだからです。

 正直に言って鉱の姫の従者を……シダンワンダを制御することは、蒼玉鉱脈の幹也さんにしかできません。

 しかしながら、幹也さんにも難しいようにお見受けします。あなたに取り持っていただかなければ、シダンワンダはもっと極端な方法で幹也さんに迫るかもしれない。

 そしてナルドリンガも、いつか、とりかえしのつかないことをするかもしれない。葉介さんも思いもつかぬような方法で、葉介さんの願いをかなえるふうに」


 それからこうも言う。


「ぼくはあなたの従者となりました。あなたのいかなる求めにもきっと応じましょう。

 しかしことこのことに関しては、ぼく一人の努力では、あなたの求めるこたえにはたどり着けない。

 ぼくがあなたに従うように、花奈さん、あなたにもぼくの手助けをしてほしい」


 い、いやだ……。すごいいやだ……。幹也と葉介への裏切りみたいで……。


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