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01 三人そろって異世界へ


 ――

 ――――――


 あなたはぼくの、ぶあついかさぶた、火炎に触れて広がるバンクシア、世界を破滅させるファムファタル、運命のあいて。

 ぼくが世話せねば枯れてしまう、焼け地に萌えるかわいいつぼみ。


 ぼくが焼きましょう。あなたへ注ぐ日差しをさえぎるものすべて。

 焼けた大地に一輪でも、あなたが咲くのをぼくは見たい。


 クラージュがこう言ったとき、彼の火は乾いた山火事みたいに手がつけられなくなっていて、もう止まらなかった。


 時間が巻き戻るとしたら、いったいどこまで戻せばいいのか、見当もつかない。

 あなたの金茶に燃える目が、出会わなければよかったと言う。あなたの瞳の中の、私も言う。


 物語だけが、わらっている。


 ――

 ――――――






 いまどき少し時代遅れの感ある、異世界召喚されるときも、私たち仲良し三つ子三きょうだいはもちろん一緒だった。

 いや少し危なかった。高校に入ってからというもの、個人行動が否応なく増えていたので。

 お風呂上りに動画サイトを一緒に見てたのが良かったんだろう。三十分遅かったらそれぞれ別のゲームをやりに行ったり漫画を読みに行ったりとかで別々に行動していたに違いない。

 よかった。いやよくない。


 そのとき日本は夜の十時。私とその三つ子のきょうだい、合わせて三人が夜食がわりのソーダバーをくわえていたころ。


 ようするに私たちは唖然とした。

 召喚された先である、得体のしれない石造りの暗い部屋で、待ち受けていたその人たち二人のほうも、明らかに唖然としていた。



 驚きすぎると声って出ないものだ。私たちは小さなスマホの画面へ頭を寄せ合っていたポーズのまま、石の床の上で2秒ほど凍り付いていたけど、とりあえず無言のまま、あたりをきょろきょろ見回した。


 部屋に窓もドアもない。上階へ上る階段だけが奥に見えた。……ここは地下室だ。

 電灯とかのめだった照明器具もなかったけど、ライブ会場がスモークをかけてライティングしてるのに似て、空気全体がどことなく、金色にうす明るく霧がかって光っている。

 四方の壁に濃く張り巡らされている、金銀に明滅する金属の蔦も、さほど広くない部屋を淡く照らしていて、きれいだ。


 でも、その壁の蔦の向こうには、棚がぐるりと作りつけられていて、いろんな形の箱や壺や杯、容器類がとりとめなく、並べて置かれている。

 素材は石や金属、水晶みたいに透明のもの、全部別々みたいだけど、どれもそれぞれ一つの素材を削りだしてできているらしきことと、一様に豪華に彫刻が施されているのが共通点と言えば共通点だろうか。


 まるで……まるでなんだろう。

 まるで納骨堂だった。



「えっなに?」以外に二の句が継げなくても致し方ないはずだ。

 不気味だったので思わず握ってたスマホごと兄の幹也と弟の葉介の手を握り締める。相手からも固く握り返された。だって怖いもん。


 さっきとっさに根拠なく異世界召喚って言ったけど、根拠はないのでさっき言ったみたいにマジほんとにライブ会場かもしれない。小さいハコの。異世界かどうかはともかくとして、とにかく家ではないことは間違いがないわけだけど……。


 とっさに異世界と思っちゃった理由は二つあった。

 このヤバい部屋にいた人たちの二人ともが、すごく布地と装飾が多いタイプの、いかにも魔法使い然としたローブ?を着ていたのと、ジリジリジリって、お尻でいざって逃げようとしたその床に、真っ黒の模様が……まさしく魔法陣的なのが描かれていたから。


 そのお尻から、踏んでいた魔法陣が逃げ出した。

 最初、暗がりで、体のそばで何かが動いたから、虫でもいたかと思ったくらいだ。

 喉の奥から情けない悲鳴が出て、スマホが割れるかっていうくらい兄弟二人の手を握りしめる。


 月、花、馬、鳥、いろいろが幾何学的に描かれていた魔法陣は端っこから糸がほどけるみたいに動き出した。

 VRかなにかみたいに感触もなく、何百メートルもありそうな一本の蛇みたいになって、するする、立っていた魔法使いの片っ方のところへ駆け去り、袖口へ忍び込んで……入れ墨になっていく。


 魔法陣に襲われた魔法使いAが露出していた肌は指先のほんのちょっぴりと首から上の部分だけだったけど、魔法陣はその肌の上を駆け巡り、やがて真っ黒い模様になって収まった。


 魔法使いAはもともと若い男の人だったみたいだけど、こうなるともうあんまり判別はつかない。

 顔ももうすでに右半分がえげつない蔦模様だかだまし絵模様だかの入れ墨で埋まっている。

 濃い藍色の髪、それよりもう少し淡い色の目、入れ墨は黒一色でこめかみから眉、ほっぺた、鎖骨、喉仏の更にその下までびっしり入っている。この分だと多分瞼にも入っているだろう。

 SNS映えはしそうだけど、温泉は間違いなく入湯拒否のやつだ。


 もう一人、魔法使いBはそのまんまだった。

 魔法陣が動き出したあたり、つまり私たちがますます平静を失っている間に、そっちでは取り戻していたらしく、魔法使いAが冷たい目をしてほとんど動かなかった間に、にっこり笑顔を浮かべた。


 ……びっくりするような美人だった。男か女かはわからない。顔がよすぎると、そうらしい。

 歳の頃は人生の最盛期って感じ、多分二十代の半ば頃。背は2メートル近そうな魔法使いAよりは小柄、葉介よりは大柄そう。170センチちょいくらいか。

 金茶色の淡い色の目が細められ、お人形然とした白皙に、いかにも人好きのする感じの表情をこっちに向けている。

 少し首をかしげると、鎖骨くらいの長さの、目と同じ色の髪がサラサラーって音を立てて……空耳だったかもしれないけど、流れて落ちた。



 私たちがあっけにとられている間に畳みかけることにしたのかと思うくらい、あっちは自分のペースで動いてくる。

 魔法使いBは床にひざまずいて首を垂れた。

 BもAもすごい服を着ている。

 身体のラインが一切出ない布地たっぷりのローブっぽいのの上に、エジプトの出土品みたいな金色のアクセサリーを山のように、これでもかというほどつけている。逆かな。アクセサリーをたくさんつけるためにローブを着てるのかな。

 勲章みたいなのやネックレスみたいなの、コインみたいなのをたくさん縫い付けた袖飾りや何重にもなったチェーンのベルト。

 Bが身動きするとこれは空耳でなく、しゃらしゃら触れ合って涼しい音を立てる。


「ようこそ、鉱脈の姫君たちよ。ここはあなた方から見て異世界となるグラナアーデ。国の名前はゲルダガンド。

 ぼくはクラージュ・コフュ・グラジット。姫君たちの従者と共に、誠心誠意仕えましょう」


 Bは甘いテノールで話す。男だったか。

 何言ってるかはわからないけど、やっぱり異世界だったか……。いややっぱりっていうか……。

 私は遠い目をした。わあ、金色の粉が舞っててきれいだなあ。


 とにかく呼ばれ方は『姫』だった。ここに女は私一人しかいない。私の兄弟二人は、とりあえず、魔法使いABの視線から隠すように、若干前に体勢をずらして肩で私を隠そうとしてくれる。


 三つ子の兄、幹也は夢見がちなタイプでおとなしくて線が細い。

 天才バカというやつで、成績はいいのに人に気が使えないから友達は少ない。

 突発的な事態が何より苦手なのに、とりあえずヤバさだけは感じているみたいで、私の腕を掴みなおして自分のそばへ引っ張ろうとしてくれる。優しい兄だ。


 三つ子の弟、葉介は気は強いがお人よし、友達も多い優等生。

 剣道少年なので家にいる時間はどんどん減ってきていて、小さいころはよく似ていた私たち三つ子の中で、一番顔の系統が違う。まあ三卵性三つ子だからもともと瓜二つってわけじゃなかったけど。

 幹也よりも若干前に出て、盾になってくれてる優しい弟だ。まあ全員しりもちをついた状態だから焼け石に水だけど。


 三つ子の真ん中、花奈が私。お母さんのお腹の中で幹也と葉介に賢さを全部あげちゃったので頭はそれなり、愛嬌は一万点のロングヘアーが自慢の女子高生だ……。

 魔法使いBことクラージュ・フフン・フフンットから聞かれたときには自己紹介はこれでいこう。ここが異世界なら高校の名前とか言ったってしょうがない。


 ざりざりざり。私たち三つ子は三人仲良く、半分絡まりあったみたいな状態で、また5センチくらい後退した。Bは苦笑している。そんなことしたって逃げ場はないぞみたいなそんな感じだろうか。怖っ。



 なんかタイミングを見計らったみたいに、壁が……じゃない、壁の棚の壺類がカタカタ鳴り始めた。

 怖い。私たちはこれ以上握りしめられないというくらい互いの手を握り合う。


 やがて箱が三つ、選び出されたみたいに棚から落ちた。真っ赤な石の箱、真っ青な石の箱、銀色の金属の箱。


 けたたましい音と一緒に床に転がり落ちた箱のうち、赤と青の箱からは真っ白な砂みたいなものがこぼれだした。ざらざら砂の音がして……ちょっと多すぎる。

 こぼれだした砂は止まらなかった。

 ホースかなにかと見えないところでつながってるそうなくらい、すごい量の砂が出てきて、早く元に戻したほうがいいんじゃなかって無関係の私も思うくらい。


 でも、魔法使いたちは止めなかった。

 砂は出続けて、やがてひと塊になり……人間サイズになり……人間になった。全裸の美少女に。

 ひいって勝手に喉から悲鳴が出る。


 赤い箱から出てきた美少女は、薄暗い中でもよくわかる、鮮やかな赤紫がかった、ふわっふわの髪を腰の長さまでふわっふわさせてさまよわせている。

 小さな唇がいたずらっぽくて、目はルビー色、かわいい系だ。全裸だからあんまり熟視はできないけど、かわいい。


 青い箱から出てきた美少女は、深海みたいな深い青の、すとーんとしたまっすぐの髪の毛先を顎の長さでまっすぐに切りそろえていた。

 同じ青の目は、切れ長でちょっと色っぽい系だ。全裸だからあまり(略)かわいい。



 擬音を何か充てるとすれば『にょろん』あたりがふさわしいような、しなやかな動きで女の子たちはうずくまった姿勢から四つん這いに起き上がり、するする音もなく私たちに近づいて……

 幹也と葉介の、はだしのつま先にキスをした。 


「……………」


 現実逃避が極まった。もうはっきり言って情報過多、何も受け入れられない。


 凍り付いていた私とは反対、過剰なショックが短い悲鳴になって漏れたのが幹也だった。

 幹也の足が暴れて、美少女を振り払う。


 人間の顔を蹴っ飛ばしちゃまずいっていう、最低限の倫理ももはや幹也からぶっ飛んだらしい。

 かわいそうな幹也。勇気づけてあげたいけどもうすでにこれ以上くっつけないほどくっついている。


 払われるまま美少女は、体重が存在しないみたいにぽーんと蹴り飛ばされて、その飛ばされた先で土下座ポーズでひれ伏している。

 葉介はその光景にも改めて引いたらしく、逃げることもできずにただ凍り付いて美少女に足の甲へキスをさせ続けている。


 地獄だ……控えめに言っても地獄だ……。


 私は一人だけ無事な足の甲をしている……。砂がこぼれたのは二つ、女の子は二人。銀色の箱は空っぽのまま床に転がり続けている。

 私はもしかしてセーフ……? 巻き込まれ型的な……? 私じゃなかった的な……?


 いや、なんか違うようだ。クラー……びっくりしすぎて名前忘れちゃった、名乗った方の魔法使いことBは私を見ている。

 見るな。見るな見るな。


 Bは自分が巻いている布を一枚、二枚とはがして、美少女にそれぞれかけた。

 二枚はがしても服の質量はほとんど変わっては見えない。布の下にも布があってアクセサリーをじゃらつかせている。

 変な格好だ……でも正直助かる。美少女から発せられる圧がかなり和らいだ。


 更にBは横倒しの三つの箱を拾い上げ、銀色のお盆に乗せて……来るな来るなっ、私たちに歩みよる。

 あまつひきつった私へ手を伸ばし……そのときやっと、Tシャツの上にくわえてたソーダバーが落っこちて、水色のしみを作っていたことに気づいた。

 それを拾い上げて、ちょっと考えたそぶりを見せつつ、私へアイスがついてる先を差し出す。両手がふさがっていたからだろう。

 私はくわえた。唇が冷たい。



 Bは葉介を見る。

「紅の娘は九十八番目の紅玉鉱脈の従者、ナルドリンガ。あなたも同じ名で呼ばれるでしょう」


 Bは幹也を見る。

「蒼の娘は百番目の蒼玉鉱脈の従者、シダンワンダ。あなたもまた、同じ名で呼ばれるでしょう」


 最後に私を見る。

「あなたは九十九番目の軽銀鉱脈、エギナリンド。従者は失われていますが、ぼくが同じように仕えます」



 Bは銀盆をささげるように私のつま先に唇を寄せる。

 悲鳴と一緒にまたアイスが落ちた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 私たちの絶叫を聞いて、やっとBはマジのパニックを悟ってくれたようだった。

 Bは私の足元にほとんど額づいていたような姿勢から頭を上げて、膝をついた姿勢になり、お盆を脇に置いた。

 Bが動くたびに金属片が触れ合ってしゃらしゃらいう。Bは私たちと視線を合わせ、言った。

「命じてください。ナルドリンガ、離れなさいと。紅玉鉱脈の従者(ナルドリンガ)紅玉鉱脈(ナルドリンガ)の命じた通りに動きます」


 誰だ、ナルドリンガって?

 さっきいろいろ言っていたような……いや多分、もしかしなくても文脈的に葉介だろう。

 葉介はずっと謎の美少女に足を吸われている。吸われているっていうのは遠慮がちなキスがいつの間にか大胆になっていて、足首に移動しているからそう表現した。こわい。


 葉介は震える声で、努めて冷静を装った感じで言った。

「離れろ、ナルドリンガ」

 赤毛の美少女は首を垂れたままあとずさりして、土下座スタイルで30センチくらい離れた。こわい。

 なお青い髪の美少女は蹴り飛ばされた先のその場所で土下座したままだ。こわい。

「顔も上げてくれ……あ、身体は隠して」

 布が背中から滑り落ちかけたのも葉介は制す。やっと名前が頭に入ってきたけど、ナルドリンガは丁寧に布を巻き付けなおした。



 Bは若干落ち着きを取り戻した私と葉介へ、自分の胸へ手を当てて何かを示す。

「説明をしましょう。ぼくは我々とあなた方、双方に益のあらんことを願っています」

 私と葉介は顔を見合わせた。

 幹也はもうダメそうだ。これ以上のストレスには耐えられそうもない。こういう突発的な出来事に幹也はものすごく弱いのだ。


 他方私は、まあ話くらい聞いてもいいかな、と思った。私は。

 ここで震えててもらちがあかないし、まだ魔王を倒したら解放するとか言われたわけじゃないし。


 逆に葉介は眉をひそめている。

「ドアインザフェイスとかフットインザドアの類じゃないの?」

「なにそれ」

 葉介は説明してくれなかったけど、否定的なことを言ってることはわかる。


 でも私は、『いやだって言ったらどうなります?』とか系の駆け引きをする気にはなれなかった。

 幹也が見るからに限界って感じだったからだ。涙ぐんでさえいる。



 私は握りしめてたスマホを二回タップして、ホーム画面を開く。圏外だ……。地下だからだといいんだけど、たぶん違うだろうな。

 時計のアプリを起動して、タイマーをセットする。私は幹也に画面を見せた。

「ね、15分。いい、幹也? お話聞くだけ。スタートするからね」

 これは私の持論だけどガマンの終わりが分かればけっこうガマンしやすい……と、思う。

「……空が見えるところならいい……」

 小さい声で幹也が言った。部屋は静かだったから、それで十分だった。

「感謝します。場所を移してもよろしいでしょうか?」

 すでにカウントが始まってることにBは気づいてると思うけど、彼に別に焦った様子はない。バッチリ簡単な話で済むのか、それとも今この場だけを乗り切るための口約束だけで15分で終わらせる気が最初から無いのか……。



 Bは、ずろんずろんの魔法使いローブの袖を少し振った。

 すると、袖口から部屋に舞い散ってるのと同じ、金色の粉が落ちて舞って……魚になった。

 三匹の魚はぴちぴち空中を跳ねまわったかと思うと、Bの目の前あたりで……標本みたいに一度ぺちゃんこになり、なにかのダイヤルが回るみたいに回転して……金色の靴になった。

 すごい。これはさすがに多分魔法じゃないかな。Bは靴を空中から掬い取り、三足を一列に並べた。


「履いてください。よければ庭で話しましょう」

 私たち三人は顔を見合わせた。

 靴は、ちょっと指先で触ると、ビロードみたいなけば立った柔らかい手触りがある。

 葉介が勇気を出して足を突っ込んでくれたので、私と幹也の二人も履けた。柔らかくて素足で履くとちょっとくすぐったい。

 Bが開いた部屋の扉の先はすぐ階段につながっていた。


 クラージュが先頭を歩いて、次が葉介、幹也を挟んで、私。



 階段は暗かったけど、その突き当りのもう一つの扉を開けると、月の浮かんだ夜空が見えた。

 ここは地下室を作るためだけの建物だったみたいだ。貯蔵庫みたいなものだろうか。

 風が抜けると、なんだか一時間ぶりくらいに深呼吸ができたような気分になれる。


 外は夜の公園……ていうか庭園って感じ。

 花壇がそこかしこにあって、あんまり見通しはよくないけど、目につく限りは人影がない。遊具もない。


 風は、何のとは説明できないけどいい匂いがして、空には銀色のまん丸い大きな月が浮いていて、星の光を打ち消すくらい明るかったから、外灯はまばらだったけど、歩くのには支障なかった。



 気づかなかったけどここは湖のほとりの建物だったようで、白く光る湖沿いのちょっと先に、尖塔付きの、真っ白い壁の可愛いお城が見える。

 土台がすごく小さくて、上階に向かうにつれて構造を広げつつ塔をあちこちにくっつけたみたいな、すっごいアンバランスなお城だった。

 壁のほとんど三分の一くらいを埋めてるステンドグラスの大きな窓が月光にきらめいている。


 ここが仮に日本国内だとすれば結婚式場に使われそうな雰囲気だ。いや、さっきBがちゃんとここは異世界って言ってたかな、確か……。

 

 もうここは非現実だと思い込みたい自分と受け入れかかっている自分が半々でいて、自分でも何が何だか分からない。

 なんにせよ映える感じだ。写真を撮るような雰囲気じゃないからやめとくけど……。


 目で見える風景の現実離れした感じと、短く刈り込まれた柔らかい芝生が踏まれるたびにさくさく鳴る感触の肌感覚のリアルで、なんだか気持ちがフワフワする。

 歩いた距離は全然長くなかったはずだけど、もう座りたいと弱音が出そうになった頃、Bは小道を通り抜けて、さっき見た可愛いお城のミニチュア版みたいな、壁のない円形のあずまやに私たちを案内した。



 無人のあずまやは、真ん中に大きなバードバスみたいなのがあって、でも近づいていくとそれは、火鉢みたいに使われるものだとわかる。

 白の床材と同じ、大理石っぽいうつわは灰で満たされていて、無人のくせに火のつきっぱなしのお香が三本立っており、さっき外に出たとき感じたのと同じ、ちょっと眠たくなるようないい匂いをくゆらせている。


 あずまやは火鉢を囲むようにベンチが作りつけられていて、Bは私たちに座るように仕草で示す。

 さあどこに腰掛けよう……と、きょろついて、気づいた。


 背後でさっきの美少女二人がうつむきがちに、佇んでいることに。


「ついてきてたの!?」

 靴を履いてないどころか、布一枚の下は全裸なのに!?

 考えてみれば足音もしてなかった。私は再度ドン引きした。


「鉱の姫の従者は鉱の姫から離れたがりません」

 Bは困ったように微笑する。そういうことか……そういうことなのか?

 そういえばBは靴を三足しか用意しなかったな、こいつ……。ついてくるって分かってたならもう二足出してくれればよかったのに。

「えーと……とりあえず座る? 寒くない?」

 私が聞いても美少女二人はあいまいに微笑んだまま返事しない。私の視線を受けて葉介が言う。

「座ってくれ」

 赤い方の子はすぐそうした。一番近いベンチに座る。青い方の子は幹也を見る。幹也も小さくうなずいたので、青い方の子もそうした。

「もうちょっと奥のほうがよくない? 通りすがりの人に見えちゃうかも」

 ていうか全裸に対して無頓着すぎない? 私が提案すると、美少女たちは私じゃなく、私の兄弟を見て、二人がうなずくと、その通り奥へ……めんどくさいな。でもちょっと世界観っていうか、行動指針は分かってきた。


 私たちはできるだけ美少女たちから離れるように、特に幹也は一番離れるように、あずまやの手前側に座った。

 Bはだいたいちょうど美少女たちと私の間くらいの向かい側に座る。ゆがんだ三角形になった。横を向かないと顔が見えないのが不便といえば不便だけどこのくらいの距離感がすごいちょうどよく感じる。

 そういえばAは来ていない……一人で留守番か。


 Bはゆっくり私たち三人の顔を視線でたどった。

「どうお呼びすればいいでしょう?」

「……俺が葉介、真ん中が幹也、端が花奈」

 葉介が代表で名乗った。

「失礼ながら、どういったご関係で……?」

「三つ子のきょうだい」

 Bはうなずいた。どういううなずきかは知らない。

「ありがとう。ぼくはクラージュ・コフュ・グラジット。クラージュと呼んでください」

 反射的に、彼の目礼に会釈を返す。もう一度名乗ってくれて助かった。

 心の隅で、できればBから始まる名前だったらいいなとも思っていたけど……さすがに違った。さすがに覚えよう。ほかの名前は覚えられないかもしれないけど。



 魔法使いBことクラージュは、繰り返しになりますが……みたいな、イヤミは言わなかった。



 この世界は私たちの来た世界とはまた別の世界で、グラナアーデという。

 国の名前はゲルダガンド。

 ゲルダガンドは、鉱石の国で、私たちが呼び出されたのは、あの棚にずらっと並んでいた箱類壺類のうち、それぞれどれか一つから、何か一種類、鉱物を生み出すことができるからだそうだ。

 それができるのはこのグラナアーデの人間ではなく、必ず異世界人であって、その生きた鉱脈は、鉱の姫とか、なんとか鉱脈と呼ばれる。


 葉介はあのルビーの箱からルビーを生み出す九十八番目の紅玉鉱脈(ナルドリンガ)

 幹也はあのサファイアの箱からサファイアを生み出す百番目の蒼玉鉱脈(シダンワンダ)

 私はあの、銀色の箱からアルミニウムを生み出す九十九番目の軽銀鉱脈(エギナリンド)


 それに選んだのはクラージュたちじゃなくて、なんだろう、なぞの、世界の意思? みたいなもの?

 でも誰かが選ばれていることはわかってたので、クラージュたちはあそこで待ってて、めでたく初めましての次第に……全然めでたくない。


 クラージュは説明に、古めかしい言葉を使った。



 ――函より顕れたる白砂は初乳のごときもの。鉱脈をいわい、ことほぎまもるために形をとった、いしの化身。鉱脈とそれは切って離せぬものだから、同じ名で呼ばう。



 すなわち、九十八番目の(ナルド)紅玉鉱脈の従者(リンガ)、あるいは百番目の(シダン)蒼玉鉱脈の従者(ワンダ)と。

 九十九番目の(エギナ)軽銀鉱脈の従者(リンド)は長い歴史の中でうしなわれていて、でもそれでは何かがまずいらしいので、その代わりをこのクラージュが、私のために務めてくれる……と、そういうことだそうだ。



 ……これ、詰んでるような気がするな。


 なんとなく、ただなんとなく、話を聞けば聞くほど、そんな気がしてくる。

 絶望感がひたひた胸に押し寄せて、手足が冷たくなってきて、目を泳がせるのも怖くって、私は立ち上るお香の細長い煙をにらみつけた。


 魔王を倒せって言われるほうがまだマシだった。役目が終わったら帰れそうだもの。

 話された内容を聞く限り、これは、息をしてるだけで利用価値があるタイプの召喚だ。

 きっとあれだ。閉じ込められるんだ。私たち三人は別々に引き離されて、オレンジ色か緑かに光る培養ポッドみたいなのにぶちこまれて死ぬまで生命エネルギー的なものを吸い取られるんだ。


「……おびえていらっしゃいますね」

 私を見るクラージュの声にはちょっぴり笑いが混じっていた。

 こいつをぶん殴ってみたいという気持ちがちょっとわいてくる。実際こういうときどうするのが正解なんだろう。

 幹也はここに腰かけたきり、ずっとうつむいていて、逆に葉介はあちこちきょろきょろし続けている。逃走経路でも探してるんだろうか。


 おうちに帰る方法はあるんですか、と聞くの自体がこわい。

 ないですって言われたって信じられないし、利用価値を見出してるからつま先にキスまでして媚びへつらったんだろうし、媚びへつらったからには、おやおや帰りたいんですか、なるほどそれではさようなら、とはならないだろう。

「今何分たちましたか?」

「……7分」

 思ったより全然時間が経ってない。私たちが、質問どころか相槌すら打てずにクラージュの話を一方的に聞いてたからだろう。


「今度は、皆さんのお話を伺ってもいいでしょうか? あなたたちがどんなところで暮らしてきたのかを」

 胸がぎゅっとなる。

 終わった……。過去形だ……。もう消えてしまいたい……。


「……わたしたちは、みつごの、きょうだいで……」


 何か話さなければ、と話し出した自分の声があんまり震えていたので、それもなんだかショックだった。


 私たちは三つ子の兄弟で、生まれた順に一番上が幹也、真ん中が私、最後が葉介。


 私たちは、地球の、日本の、K県K市に生まれて育ち、お父さんとお母さんがいて、お父さんはアメリカで働いていて、お盆と年末年始にしか会えない。テレビ電話でおしゃべりはしてる。

 お母さんはスーパーでパートをしていて、パートの日の夕飯はだいたいそこのお惣菜が混ざる。夕勤だったら売れ残りのおはぎもよく買ってきてくれて、私はそのちょっと固くなったおはぎを食べるのが大好きだった。

 私たち三人とも、コースは違うけど、同じ中高一貫の高校に通っていて、友達は多かった。

 三つ子全員が同じ学校に通ってるのが珍しいからだろう。さっきの授業で葉介、バスケ上手かったよって教えてもらったり、幹也から借りたノート、代わりに返しといてって預かったりするのは誇らしかった……



 ぽつぽつ話してる間に突然、幹也が吐いた。

 私たちと握ってた手を振り払って後ろを向いて、えずく。夕ご飯がベンチの裏に落ちていった。

「寄らないで……」

 くぐもった、押し殺した、差し迫った声で幹也が誰かを制止する。

 見ると視界の端で立ち上がっていた青色の……百番目の(シダン)蒼玉鉱脈の従者(ワンダ)? ……が、伏し目がちに引き下がって行った。


 私が背中をさすっていると、幹也が嗚咽のはざまに、私へささやいた。

「月が違う」

「え?」

「月の模様が違う」


 私は体を傾けてあずまやの庇をよけて、空を見上げた。

 私にはわからない。月なんて、模様までよく覚えていない。月を見てあっうさぎだ、とも思ったことないし……。でも幹也が言うならそうなんだろう。

 幹也は、あの陰気な地下室から出てずっと、あの月を見つけて思い詰めてたのかもしれなかった。


 幹也の押し殺した泣き声が聞こえると、もう、私も喉の奥からも熱い大きい塊が詰まったみたいになって、目からどんどん勝手に涙が出てくる。


 泣いちゃダメだ。こらえなきゃ葉介まできっと……。

 私もまばたきしてベンチの裏に涙を落として隠した。もうこの4粒以上は泣かないと決めて……また2粒落ちる。

 葉介の声が聞こえる。

「いや……そういうのいいから」

 ばっと振り返ると、いつの間にか赤い子が近づいてきていて、葉介に寄り添い手を取ろうとしていた。命令された九十八番目の(ナルド)紅玉鉱脈の従者(リンガ)は伏し目がちに手を自分の膝の上に戻す。


 もういやだ。誰か助けて。誰か、誰か、誰か、私たちを……


「花奈さん」

 クラージュが何か言おうとして、私の名前を呼んだけど、違う。私が聞きたいのはあなたの声じゃない。でもじゃあこれから先、いったい誰が慰めてくれれば納得できるんだろう?



「……クラージュ。もうよせ」

 しっかりしなくちゃ、しっかりしなくちゃって歯を食いしばってるうちに突然、誰かの声が聞こえた。

 涙を見せたくなくて、うつむきがちに、前髪で顔を隠すみたいにしてそっちを見る。

 顔の角度が卑屈なことが悔しいけど、今はそうするしかない。


 顔の右半分が真っ黒に入れ墨で染まってる男の人が立っている。

 存在を忘れていた、魔法使いAだ。名前なんか当然思い出せない。後から追いかけてきたんだろうか。


 ただその人は、ちゃんと見えている左半分の顔を不愉快そうにしかめて、どうもクラージュを止めてくれているらしい。


 クラージュの顔は今は見られない。だからどんな顔をしてるのかは確認できないし想像もできない。

 ただ、クラージュは穏やかそうな声音で言ったのは聞こえる。

「……すみません。もう15分経っていますね」


 勝手に呼び出して、もう帰れないみたいに話しておいて、15分過ぎちゃってすみません?


 もう、これを聞いた瞬間、なんて言ったらいいか、分からないくらいの感情の奔流が襲ってきて、もう、もう、この際後でどうなっても良いからクラージュをグーで殴りたいような、あずまやの柱に頭を打ち付けてさっさと気絶したいような、そういう破壊的な衝動をこらえるのに私は一生懸命にならなくちゃいけなくなった。


 私が動かなかったのはただ単に、私がパニクったら葉介と幹也まで、っていう、最後に残ったきょうだい愛ゆえだ。 


 震えてる私へ、Aは手を伸ばす。

「お前たちを元の居場所へ帰す」


 あっけにとられて、私たちはAの顔を凝視した。


 Aは私の顔を見て更に眉をひそめたけど、なんで私を睨むのと因縁つける暇もない。

 Aの右半分の入れ墨が動きだした。伸ばした腕の袖口から、さっきとは逆に、端っこから糸がほどけるみたいに、黒い蛇がのびてきて、私たちを絡めとる。

 月花馬、小鳥の声がして、私たちをぐるぐる巻きに縛り上げ、呑み込んでいく。

「明日また、同じ時間にお会いしましょう。明日は一時間、時間を頂戴します」

 クラージュの涼しげな声に見送られて私たちはどこかへ引きずり込まれ……

 また、私たちのお家へ帰ってきていた。つきっぱなしのテレビもそのまんま、台所のほうから、お母さんの鼻歌も聞こえる、私たちのお家へ。

 スヌーズ機能で、バイブになってたアラームが震えだす。

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