回想〜中世 I
訂正…ここで主人公の名が機種依存文字であると書きましたが、読みにくく、物語の流れからも不自然な名であると判断したので、下書き時の設定に改めました。
ヒナツはどこか海を見渡す崖の上にいた。かすかにきらめく水、過ぎていく空。オレンジの葉をそよがす陸風と崖を伝いくる温い風が、手をとって晴れあがった空に舞い上がる。肌着の上に直接羽織った大きすぎるローブも、まるで空に焦がれる翼のようにはためいて。ただ、悲しいかな、ヒナツには羽の一枚もない。
遥か小さな雲片が空の色にとけていく。
風が不意に凪いだ。
すると、どこまでも高かった空は急にしぼみ始めた。青い天幕が重苦しく覆いかぶさる。私を窒息させようとしているのか。私を机上の羽虫のように潰そうとしているのか。
それも仕方あるまい、とヒナツはくちびるをゆがめた。着古した埃っぽい色のローブも、黄泉の水に浸しつづけた左手も、異質なもの。この美しい世界と私は、相容れることができない。触れて穢すことを恐れ、ただ憧憬のまなざしを送ることしかできない、尊い美術品のような。
ヒナツは目を伏せた。知ってか知らずか、大気は思い出したように再び流れ始める。
そ知らぬ顔して吹き過ぎていく風たちにまぎれて、声がした。
輝く色彩が一気に失せた。骨に刻み込まれた反射がヒナツを獣のように機敏に振り向かせる。崖に背を向け、葉音止まぬオレンジの林にじっと目を凝らす。ヒナツは吠えた。それに応えるように、林の中の人物が姿を現した。
その人物を前にして、ヒナツは改めて身じろぎした。こんなにも眩しく太陽が照り付けているのに、悪寒がして腕には鳥肌が立った。染みついている忌まわしき条件反射に体が支配されていく。
林の中の人物はゆっくりと光の下に歩み出た。折からの風に黒の燕尾がはためき、翼手類の羽ばたきを思わせる。燕尾の男は、実に優しげな微笑を浮かべた。例えて言えば、迎えに来た召使が迷子の姫を安心させるような。しかしヒナツには、獲物を爪の下に押さえて今まさに屠ろうとする、猛獣の冷笑としか映らなかった。
男が何事か囁く。その吐息が荒い風にのって、ヒナツの髪を弄った。
この話、ややこしい進行をします。
いつまで続けられるかわかりませんが、どうぞお付き合いください♪