第39話 針子の美少女は、僕に猫耳をつけさせる
「じゃあ文化祭の出し物は決まりで~す!」
「「うぉぉぉ!」」
クラスが雄叫びを上げる。僕は黒板に書かれた文字を眺めて、口角を上げた。
僕らのクラスは喫茶店をやる。もちろん普通の喫茶店な訳がない。そう、僕らは……。
「メイド服と執事服の制作班と教室の内装班、調理班とウェイター班と伝達班でどっちも一つずつ選んで~!
ローテとか予算とかはうちら実行委員がやるから~安心して!
で、班ごとにリーダー決めといて~出来れば一番上手い人がやってくれるといいな~!」
そう! メイドカフェをやるのだ!
……そこは巫女カフェじゃないのかとかツッコミが聞こえたけどスルーする。文化祭のコスプレカフェはメイド喫茶というのが定石で、それを外れることは邪道である。
それにメイドの方が所作とかの予備知識が多いからね。主に男子がだけど……。
彩香さんの大きなため息を聞きながら……時は過ぎていく。
*
「trick or treat」
「あぁ、そうだね」
「トリックオアトリートッ!」
「そうだけど……どうしたの?」
ハロウィーンということになにか思い入れがあるのか……彩香さんは強く叫んで僕を睨む。
暦は10/31。ハロウィーンだ!
僕が首をかしげたままでいると、彩香さんは頬をぷくっと膨らませて駄々っ子のように叫んだ。
「お菓子くれなきゃ悪戯する!」
「脅しでもなく確定事項なんだ。で、お菓子が欲しいわけ?」
彩香さんはこくりと頷く。なるほど。お菓子を探すべくリュックを漁りながら口を開いた。
「彩香さんの最初のトリックオアトリートの発音が良すぎたせいで何のことか全然わかんなかった」
「むぅ……」
「えと~賞味期限切れの菓子パン、ボロボロに折れたポッキー……その他訳のわからない剥き身のラムネ」
「……違う、私が上げる側。柚は妖怪役」
「あ、そうなの? あれはリピートアフターミーって意味だったのね」
再び彩香さんが少女のようにこくりと頷く。
しかし『妖怪役』だなんて、『妖怪』って言った瞬間に和風イベントな感じがしてしまうなぁ。
「トリックオアトリート、お菓子くれなきゃいた……ん? 何付けた?」
彩香さんに向き直って口を開くと、彩香さんが僕の頭に何かを乗せた。
カチューシャのようだけど……モケモケした何かがついている。
「猫耳。うん……ギャップがスゴい。これがギャップ萌え……」
「は?」
「少しぐらい仮装するべき。ほら、もう一回言って。語尾はにゃで確定ね。じゃなきゃ今日のお昼抜きだから」
「理不尽の極み野郎め……」
「ん? 今日の柚のお弁当はナシかな?」
「くっ……と、トリックオアトリート、お菓子くれなきゃいたずらする……にゃ」
言いつつ、猫の手をしてみせると、彩香さんが吹き出しながらポッキーを取り出して僕に突き出す。
反射でくわえ込むと、彩香さんはびっくりした顔をした後ににっこりと笑った。
僕が食べ終わると、彩香さんは頬杖を突いてもう一本、ポッキーを僕に向ける。
僕は思う。
ポッキーゲームってチョコの付いてるところと付いてないところがあるから不平等だなって。トッポの方が手が汚れなくて済むし平等なのに。
すると、次に彩香さんが僕に突き出してきたのは……プリッツだった。
*
その後。
「僕だけ猫耳付けるの不公平じゃない?」
「なに? 柚の頭皮の成分が付着した猫耳カチューシャを私に付けさせる気?」
「……じゃあこの猫耳は僕にプレゼントするの?」
「なわけない。私が持ち帰る(そして宝箱に入れる)」
「洗うとプラスチック劣化するよ?」
「うるさいっ!」
……なんという理不尽の極み。
「まぁ……もう一回お願いしてくるなら、付けてあげなくもない……けど?」
彩香さんは腕を組んで顔をそっぽ向けつつ、目だけは机の猫耳カチューシャを捉えていた。まさしくツンデレがしそうなポーズだ。
なんだよ彩香さん猫耳付ける気満々じゃねぇか!
ココロで叫ぶと、彩香さんは僕を睨んだ。もちろん、心臓を痛めつける方で。
そして渋々、といった感じを装って猫耳を付ける。
「トリッ……。これ恥ずかしいから言わなくてもいい?」
「クールを装って逃げようとしても無駄だぜ、彩香さん。僕に言わせたんだから言うべきだぜ?」
「……柚子がおねだりしてくれたら、言ってあげなくもない」
「わかったよ。……彩香さん、お願いだから言ってほしいなぁ。彩香さんの猫語尾聞きたいなぁ」
「……trick or treat……にゃ」
「発音の上手さで恥ずかしいの逃がすのずるくない? まぁいいけど」
そう言って猫耳を付けて頬を赤らめる彩香さんを堪能していると、彩香さんが目を閉じて口を開いた。こちらに突き出すのはプリッツの袋。
ドキリ、とする。
今更だけど、さっき『あ~ん』をされていたことにも気付く。
彩香さんは分かっているのか否か、目を閉じて口を開いて微動だにしない。
意を決してプリッツを掴んで彩香さんに突き出すと、彩香さんが効果音を付けるようなノリで声帯を震わせた。
「あ~……んっ……にゃっ」
プリッツにかみついた彩香さんは引きがちになる僕の腕を逃すまいとプリッツを囓っていく。
指先に彩香さんの唇を感じた瞬間、彩香さんは器用に僕の指の中のプリッツを抜き取って幸せそうに目を細めた。
「ん~この味、すきにゃぁ」
絶対にプリッツに対しての言葉なのに、勘違いしてドキリとしてしまった。
「食べさせてくれる人の味がするにゃ」
勘違いじゃないのかもしれない。
*
ふぅ……これでおっけー……。
メイド服を仕上げて、ミシンの電源を切る。
窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。ミシンを決められた場所に戻して、小道具をテキパキと片付ける。
そして、お楽しみにココロを踊らせながら、メイド服を綺麗に畳んで紙袋に突っ込み……。
さぁ、リラックスタイムだ。
目の前で眠ってしまった柚を眺める。
居残りでメイド服を作っていた私を待っていてくれたのだ。『手伝えることなんてないだろうけど、彩香さんのこと待ってていい?』とか、優しすぎることを言ってくれたのだ。
柚のおかげで今日中にメイド服が完成したといっても過言ではない。柚が目の前にいてくれてるってだけでやる気は爆上がりしたし、物音一つしない廊下も怖くなかった。
周りに目を配る。誰もいないことを確認して、私は柚の……顔に顔を近づけて……。
柚がいつも食べてるミントタブレットの味の匂いがした。
流石に、ムリだ。キスなんて、できない。
廊下で、物音がした。バランスの悪いなにかが落ちただけだろう。そう決めつけて、もう一度……。
……やっぱりムリだった。
顔を寄せただけで、幸せ死しかねない。それはそれで良さそうだけど、柚といられなくなるのはイヤだ。
だから、柚の頬に頬を寄せ、ほおずりするだけにした。
……感想:充分、死ねる。
【おまけ】見物人
わぁ! 今キスしてる!? おい見えねぇよどけ! 私にも見せて! きゃぁぁぁ! てぇてぇ! 尊いわっ! 彩香様最高!
真実は知らぬが仏。




