第2話 ジャージのエロい美少女が、僕の近くを離れない
「あ」
「柚、行こ」
次が体育の授業で、体育館に向かう途中のこと。
廊下を歩いていると、彩香さんが向こうから――女子更衣室の方から小走りで駆け寄ってきて、僕のとなりについた。
ジャージ姿の彩香さんは意外に大人っぽくてドキリとさせられる。体育館に一緒に行くのは初めてだ。
彩香さんを変態的な目で見ないようにしようとしても、見てしまうのが男の性だ。だから許してと開き直って強く念じつつ、全身を見る。
「はぁ……」
彩香さんは僕のココロを読んだのか、仕方ないというように肩をすくめて、ため息を吐いた。そして体の前でクロスさせかけていた腕を下ろし、広げた。
これは見てもいい、ということなのかな? じゃあ……。
自分の変態的な部分に少し危惧しつつ、じっくりと視姦……いや違う、観察することにした。
細い体のラインを部分的に隠しつつ、部分的にはしっかりとさらけ出すジャージ。
捲られたズボンの裾と靴の隙間からほんの少し覗く黒い靴下。ダボダボの袖から見える指先。
結構エロく思えた。
「柚だから特別」
言いつつ、キッと僕を睨んでからスタスタと体育館の方向へ歩き出す。瞬間、心臓を突き刺されたような苦しみを覚えてうずくまった。
麻痺したように動けなくなって数秒、痛みが消えた。
彩香さんに追いついて、最初にごめんと強く念じて、言う。
「ごめん」
「見せた私も悪かったからいい」
「えと……次に、質問だけど。今のなに?」
睨まれたせいで心臓が痛んだんだと、状況整理をした頭は結論づけていた。ついでに、彩香さんの超能力なのかもと見当をつけた。
「秘密。超能力」
秘密になってないじゃん、というツッコミが口から出かかってその寸前、今のは口外するなという念押しだと気づく。
いちいち確認を取るのも下らないので最初から聞きたかったことを優先する。
「特別の意味は?」
「柚だから使った。普通なら使わない。超能力使えること、教えることになるから」
「……その特別の意味ってネガティブなの? ポジティブに受け取ってもいい? 自信もてないんだけど」
「柚じゃなかったらあの場で二度と口きかなかった」
それを聞いて、心臓が跳ねる。恥ずかしさじゃない、恐怖からだ。もし彩香さんに口をきいてもらえなくなっていたら、どれだけ寂しいか、想像するだけで苦しくなった。
「ごめん……ありがと」
言いつつ彩香さんをみると無表情になっていた。
無表情のまま、彩香さんは口を開く。
「なんでありがと?」
「いや、僕が口外しないって信じて超能力使ってくれて。って結構これ言うの恥ずかしいから言わせないで? 察して?」
「聞きたかった。ありがとって言われるとスゴく嬉しいから」
「あ~……照れるからやめて?」
「言わせたのは柚」
ふい、とそっぽ向いてそういった彩香さんは無表情だったけど、少し目の下が赤かった。照れているのか、と気付いてかわいく思えた。
瞬間、彩香さんの顔からすっと赤みが消え、完全に無表情に切り替わる。無表情になる条件が分からなくて困るんだよなぁ、と零しつつ前に顔を戻す。
と、目の前に壁が広がっていて、したたかに額を打ち付けた。
*
「おりゃ!」
ドッチボール。ぬぼーっとコートの隅で立っているとボールが迫ってきていた。慌てて手を構えてキャッチする。
そして適当に味方へ投げる。
キャッチする瞬間ヘンな力を感じた気がしたので、手を振ってみる。怪我はしていなさそうだ。
後ろを振り返ると彩香さんがいた。彩香さんはずっと僕の後ろをついてボールから器用に逃げている。まさかね、と思いつつ再び飛んできたボールを躱す。
躱しながら彩香さんに目を向けると、こちらをジト目で睨んできた。
「本気だしていい?」
そのまさかだったぁぁぁ!
先程から感じていた。
ボールの回転からは考えられないような軌道、キャッチしたときの反発力、そして僕が狙われる回数の多さ。
その全てが、彩香さんの超能力のせいだったのだと一瞬で察する。どれだけ超能力が使えるんだとかそういうツッコミは超常現象にしても意味がないので飲み込んで、別のことを聞く。
「なぜに僕を狙う?」
「おもしろいから、じゃだめ?」
ふむ、こうやって僕と接点を持ちたがるのは……と思いかけて、無表情に切り替わった彩香さんを見てやめた。
飛んできたボールをしゃがんで躱す。ボールを躱すのは得意な方だ。超能力なんかに負けるもんか。
「柚、内的な超能力も使っていい?」
「なにそれ」
「幻覚とか幻聴とか洗脳とか」
「ダメにきまってるからっ! それはルール違反すぎ!」
躱しながら叫ぶ。彩香さんはちぇ、と膨れたような顔で僕から一歩引いた。
ボールを躱しながら時々、彩香さんを見る。彩香さんの目の動きでボールの位置は把握できるからだ。
そう思った瞬間に彩香さんが目を手で隠した。ずるいぞ、と叫ぶ余裕もなかった。
そして飛んできたボールに当たる。かなりの回数、ボールを躱し続けてきたのに、最後はあっけなかった。
ピッという笛の最終宣告に、とぼとぼと外野に向かう……その後ろで、再びピッと笛が鳴った。
振り返ると……彩香さんがボールをその場に置いて、僕の方に向かってくる。僕を追い抜く瞬間、ささやき声で言った。
「一人、つまんない」
っ……て、照れくさくなるからやめろ……。
強く念じて彩香さんを追いかけ、彩香さんに習って体育館の隅に突っ立って試合を眺める。
一人がつまらないと言った彩香さんを置いて一人で勝手に内野には戻れない。そう思いつつ彩香さんを盗み見ると、少し嬉しそうにはにかんでいた。
そういえばココロ読まれてるんだった。あ、無表情になった。もしかして照れると無表情になるのかな?
数秒の沈黙の後、彩香さんがぽつりと言う。
「柚、逃げるの上手かった」
「体動かすことは嫌いじゃないから。自慢できるほど上手くないけどね」
「そっか。柚はここでいいの?」
内野に戻らなくて、もしくは外野で活躍しようとしなくて、という続きは聞かなくても分かった。首をかしげる彩香さんに頷く。
「十分楽しんだし、こうやって彩香さんとお喋りする方が楽しいし性に合ってる」
「じゃあいい」
彩香さんは無表情でそう言った。
沈黙が生まれる。
ジャージの袖がふれあって、くすぐったい。でも、動くと離れてしまいそうだから、我慢した。
こっそり彩香さんを見ると、少しだけ顔が赤かった。
少し、ジャージの擦れ合いが大きくなった気がした。
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