第7話 認められるということ
さて、どうしたものか……要塞を攻め落とすにあたって奇襲を仕掛けるといっても異様に数が少ないのは、こいつがいたからだと予想はできる。
混乱に乗じて正門突破、多少のことでは傷つかないことを前提に、そして屋内での銃撃戦になったとしてもその体躯で銃撃される前にねじ伏せるのが作戦だったのだろう。
「…………」
「どうした? かかってこないのか?」
タロスと名乗る牛の獣人は武器らしい武器を所持している様子はない。それでありながらも指をクイッと動かして挑発を仕掛けてくる辺り、身体能力に相当な自身があるように思える。
「……ならば試してみるか」
自分の身体能力に対するバフ――これで獣人相手にどこまで戦えるか。
「そっちからかかってくるがいい」
相手の挑発に対し、同じように指を曲げて挑発を返す。
「……グファファファ!! いいだろう! 貴様のような虫ケラなど、ひと思いに叩き潰してくれる!!」
両手を組み合わせ、大槌のように振り下ろす。俺の頭上が暗くなっていくと共に、その巨大な一つの拳が近づいてくるが――
「――ハァッ!!」
巨大な拳を両手で受け止める――それだけではない。この程度であれば、むしろはね返すことができる。
「グモォッ!?」
突き飛ばすように拳を返せば、タロスの身体までもが若干宙に浮く。そこから距離を一気に詰めて、がら空きとなった腹部に拳を突き立てる。
「グボハァッ!?」
殴る力が、タロスの腹部を突きつけていくのを感じる。それと共に元々浮いていた敵の身体が更に浮かび上がり、十メートル程飛んでいったところで地鳴りをあげて地面に叩きつけられるのを確認することができた。
「……ふむ、白兵戦もいけそうだな」
これでもまだバフデバフ関連を自身にしかかけていないのだから、破壊力にはまだまだのびしろがありそうだ。
そして正門で間近で俺の戦闘を見ていた見張りの者達の反応だが……想定外、というよりも先程の獣人と同じような、化物を見るかのような畏怖のこもった目を向けている。
「それにしても、お前立ちよく逃げなかったな」
「……っ、我が命は既に国父様に捧げている! 逃げる必要など無い!」
なるほど、大した忠誠心だ。
「そうか……あの獣人は生きている。捉えて捕虜にするなり、止めを刺すなり好きにしろ」
ひと言だけ言伝をすると、俺は約束をこなしたと正門から再び要塞内へと戻っていった。
◆◆◆
「――予想以上だ! 流石は我等が国父が選んだ者よ!!」
賞賛の意味を込めた拍手でバルサが迎えるが、俺が気がかりとしているのはこれで本当にミラーも正式に迎え入れて貰えるかどうかという一点のみだ。
「それで、ミラーの件だが――」
「無論、受け入れよう! 彼女も我等が同士、共にヴァヌシュデアを打ち倒す輩として足を揃えようではないか!」
腰に手を当てて高らかに笑うバルサをよそに、ウーベルが俺の方へと近づいてきてひと言。
「貴方には命を救われました。ありがとうございます」
「無事疑いは晴れたようでよかったな」
一時的に拘束されていたミラーも解放されるなり、大きく息を吐いて緊張をほぐしている。
「し、死ぬかと思いました……」
「生きてて良かったな」
「ええおかげさまで!」
何故か声に怒気が混ざっているようにも思えるが、そんなことはどうでもいい。というより、助けてやったのに何故怒られなければならないのか。
「全くもう……」
しかしやはりこの場に馴染むこともできず、そして俺以外が信用できないのか、特にバルサから隠れるように、ミラーは俺の後ろへとそれとなく移動している。
「うむ、国父への謁見、このバルサが許可しよう! ……ウーベル兵長!」
「はっ!」
「首都アルマンまでの送迎を命ずる! 彼らに関する私の推薦状も持って行くように!」
「はっ!」
右手の握りこぶしを胸の中心におき、任務の全うを宣誓する。それがエーニア流なのだろう。そしていずれは俺達も同じような姿勢を取らされるのだろうか。
「……まあいいか。戦争屋にとって、そんなものなどどうでもいい」
「えっ? どうしたんです?」
「気にするな、ミラー」
ヴァヌシュデアもエーニアもガワが違うだけ。俺達がやることに代わりは無い。
「……戦争だけが、戦争屋の存在意義だ」
俺は小さく、そう呟いた。