異世界貴族の回想
キャシーの回想です
あの恐ろしい戦争のさなか、住み慣れた実家を離れ、新しい村にお世話になってから5年がたちました。そして新しい町に移り住み結婚してから、気が付けば2年がたちました。
まだまだ幼いところのある妹をわたしが守らねばと気負って、ロドリゲスの家族とやってきた村は、領内では見たこともないような貧乏村でした。
初めて見る村の住民たちは蛮族と獣人だけ。(注:蛮族とは黒人種のこと)。
誰もがみな半裸か皮の服で暮らしていました。驚いたことに、なんと男爵さまも似たような恰好です。ロドリゲスの紹介がなければ、にわかに正式な爵位持ちの貴族とは信じられませんでした。
村で男爵様に案内されたわたしたちの家は、その貧しい村の中でもひときわ朽ちている、獣くさい家でした。
来て早々にお世話になる相手に文句を言うのもどうかとも思いましたが、気が付けばキョータ様を責めていました。
「お殿様はどちらへお住まいですか」
ロドリゲスの妻マリアが目でやめろという合図を送ってきましたが、言ってしまったものはどうしようもありません。
「スンマセン、今までここに住んでいましたが、ここはお譲りします。」
「え?ではキョータ様はどちらにお住まいになるのですか?」
「あー。もうちょっと狭い空き家がありますんでそっちへ引っ越しました。俺は独りもんだし、獣人たちと雑魚寝してるんですが、まあ、もう少し狭くても平気です。
お客さん優先ですよ。アハハ。」
貴族ともあろうものが、村人ですら住まないようなボロ家に住んでいて、さらに狭いところへ引っ越すなど、あるはずがありません。さらに、獣人と雑魚寝などありえるはずがありません。
わたしたちを軽く見てのことだと思いますが、居候の身で、あまり強くも言えず、その場は「お世話になります。」と引き下がりました。
キョータ様が去った後、マリアが言うには。
「わたくしは以前にこの村に来たことがありますが、キョータ様がおっしゃったのは本当のことです。そのくらいこの村は貧しいのです。
なのに夫が頼んだらキョータ様は快諾してくださいました。この家は領主の精一杯のおもてなしだとわたしにはわかります。戦争が終わるまでの辛抱ですから、こらえてください。」
その時にはわかりませんでしたが、のちにその話は本当だと思い知らされました。
旅の荷物といっても大してありませんが、荷をほどいていると、村の老婆が訪ねてきました。
「殿さまからの晩飯持ってきたあ。どうぞぉ。」
見れば、魔物の肉の料理と麦がゆが粗末な器に盛ってありました。
「ありがとう。」マリアが礼を言いました。この程度のことで平民に頭を下げることなど必要ないのに。
「キャシーさまケイティさま、大変失礼ながら、マリアが先にお毒見します。とはいっても、これは領主さまの最高のおもてなしです。
今までご覧になった通り、ここは麦がわずかしかできない貧しい村です。なのに魔物の肉まで出してくださいました。」
隣の領地とはいえ我が家よりもさらに辺境のこの村です。戦時とはいえ、こちらのご領主さまは出陣どころか出兵もしていない。いくらなんでも正式な晩餐会とまでは要求しませんが、それに準じた扱いがあるでしょう。
驚きながら頂いた食事は、さらにわたしたちを驚かせるものでした。
「お嬢様がた、これはすぐに召し上がらないと。冷めたらもったいない。」
マリアが言うのに続けて
「お姉さま、このようにおいしい食事は今までいただいたことがありません。幾分かは空腹のせいもあるでしょうが、うちの料理人にも味見させたいくらいです。おそらく再現できないでしょうね、これは。
お姉さまのご立腹もわかりますが、まずは召し上がってみてください。」
先に食べ始めたケイティまで言います。本来でしたら男爵様がお出ましになるまで待つのが礼儀でしょうが、先ほどの老婆の言葉だと男爵様はお見えにならないでしょう。ケイティ同様空腹に耐えかねて一口頂きました。
おいしい。おいしい。
料理は絶妙の火加減塩加減です。それと食べたことのない香草でしょうか。いい香り、では済まされないなんとも不思議な、それでいて嫌でない味です。おかゆも私たちが今まで食べていた麦とは別の、かなり癖のある麦ですが、これも香ばしい。
食べ終わってしばらくすると、外で男の声がしました。
「スンマセン、皆さま、入ってよろしいでしょうか?」
「待ちなさい。」
マリアが外に出て、わたしたちに取り次ごうとしましたが、すぐに男と入ってきました。
「あー、スンマセン。お皿下げに来ました。」
なんと男爵様自ら片付けに来てくださいました。その時には軽々しいものを感じました。
「ウチの飯、お口にあいましたか?と言ってもこれしかないのですが。
味加減などご要望があれば誰かに申し出てください。あっ、あとで塩壺を持ってこさせます。
今日はこれで失礼しますからどうぞごゆっくり。あと、もし、必要でしたら水浴び場があります。誰かに声かけると場所分かります、すぐこの先です。」
本当にお皿を下げて帰ろうとしますんで、慌ててマリアがとめました。
「男爵様、お皿ぐらい、このマリアが下げますんで、こちらこそすみません。ごちそうさまでした、これからお世話になります。」
「あー、スンマセン奥さん。貴族の作法とか本当にわからないんで。まわりには皿下げてくるって出ちゃったんで、俺が持ってかないと変でしょう?」
「「「いやいやいや。」」」
わたしたち三人、期せずして声が合ってしまいました。貴族家の当主が皿を下げるなど聞いたことがありません。
「スンマセン、スンマセン。若い女性しかいない家にあまり長居するのもよくないですね。ともかくこれで。
あの、わかんないことはさっき来たお婆さんに話すのが一番早いのですが、ごらんの通り小さい村ですから、誰かに声かければ全部教えてくれますから。もし返事がなければそれは耳の遠い爺さん婆さんですから、相対的に若そうな人に声かけたほうがいいですね。はははは。
じゃあ、これで。朝、また来ます。」
わたしたちの返事も待たずに帰ってしましました。
「あの男爵は親切なんだかそうじゃないんだか、よくわかりませんね。」
いつもは観察眼鋭いケイティまでもがそう言います。
「キャシーさまケイティさま、以前この村にマリアが来た時も、いつもあの調子でした。ああいうおかたなんでしょう。
お食事も頂いたし、今日はこのくらいで。塩壺もってくるかたがいらしたら、寝ましょう。
客人の身でともし火の浪費も申し訳ないですし。」
することもなく、かといって話題もなく三人でぼうっとしていましたら、またしばらくして先ほどの老婆がやってきました。
「ひっひっひ。若いっていいねえ。殿さまから、塩です。」
「ありがとう。男爵様によろしく。」
「ひっひっひ。伝えますよ。」
マリアがまたも礼を言いました。マリアはこの村では伯爵家の従者格のはずです。老婆が帰ってからその点を指摘しますと、それを言ったら今の老婆は形の上ではサトー家使者格のはずだと言い返されてしまいました。たしかにそうですね。礼を失していたのは私のほうかもしれません。
先ほどは食事で驚きましたが、今度は塩をみて驚きました。粗末な素焼きのいれものに、輝く真っ白な塩。こんなに白い塩は王都でよその貴族にお呼ばれしても見たことがありません。先ほどの料理もこの塩を使ったんでしょうか?
みとれていましたら、マリアが言うにはこの村の特産なんだそうです。
さて、用が済んで横になったものの、今の塩のことに加えて、長旅の疲れ、今夜のできごと、おじい様お父様がなくなったこと戦地での家臣のこと、色々と驚くことや気になることがありすぎます。目が冴えてなかなか眠れませんでした。妹も同様だったようでしばらくはお互い寝返りをうっていましたが、いつのまにか眠ってしまい朝を迎えました。
~ 村に来て初めての朝
「「「「うぉおおお!魔物が出たあ!」」」」
けたたましい叫び声で目が覚めました。慌てて外をみるとまだ日の出前の薄暗い時間です。
窓の外から見える塀の先には、大きな魔物が見えました。遠近感が分かりませんが、あきらかに建物よりも大きいサイズも、紫色の毒々しい色も、大きな赤い炎を吐く姿も、何もかも今まで見た魔物たちとは違います。大別格。別物。
「ご領主さま!助けてください!」
男たちの悲痛な叫びが聞こえます。茶色い貫頭衣を着た男たちは後ろ姿しか見えませんが、黒髪はサトー様でしょうか。
「ほいきた。」
例の声、先ほどの口調。
会話の直後に魔物が暴れ始めました。人々を目にして興奮したのでしょうか。村人たちは逃げるようでもないのですが、わたしたちはどうしたらいいのでしょう。炊き出し、怪我人の手当て、出来ることは致しましょう。出来ないことでもマリアの指示のもとお手伝いをしなくては。
ぼんやりと色々なことを考えている間に、例の魔物は倒れて、もがき始めました。
倒れる時、大きな地響きがしました。わたしたちが泊っている建物も、パラパラ何かが天井から落ちてきました。
男たちと獣人たちが巨大な魔物へ駆け寄ります。黒髪の男を除いて。戦いになるのでしょう。
振り向いた黒髪の男はやはりサトー様でした。
「スンマセン。起こしちゃって。」
いや、領主が戦いから逃げて若い女と話すなんてありえないでしょう。あっけにとられるというのはこういうことでしょう。この村に来てから驚くことばかりです。
「あ?スンマセン。
えーっと、魔物なら倒しましたから。安心してください。」
え?いやいやいや。あなた何もしてませんよね?獣人たちと村の男がこれから戦うんですよね?
お昼には「領主さまが倒してくださった」魔物の肉が出ました。
あとで本当に旦那様が倒したと聞いて二度驚きました。この村に来てから5年間驚くことばかりです。
お読みくださりありがとうございます。




