雨音に隠された鼓動
それからはレックスと他愛のない話をしながら、のんびりとデザートを食べていたけれど。突然、「んまあ!」という聞き覚えのある、甲高い声が辺りに響き渡った。
何事かと顔を上げれば、真っ赤な瞳と視線が絡んで。
「また男性と二人でお出掛けですか、はしたない!」
「いや、あの」
「全く貴女は、フィリップ様の婚約者だというのに……!」
そう言ってビシッとわたしに人差し指を向けたのは、先日の誕生日パーティーぶりのナタリア様だった。どうやら彼女も此処に食事をしに来ていたらしい。
今日も派手な装いと濃い化粧をした彼女は、大きな目をきっと釣り上げ、わたしを見下ろしている。
「先日、シリル様と密会しているのも見ましたのよ!」
「み、密会……」
「ヴィオラ、酷いな。俺というものがありながら」
「レックスは黙ってて」
どうやら先日、偏った見方でわたし達の目撃情報をフィリップ様に伝えたのは、ナタリア様だったらしい。
ちなみに彼女は子供の頃から変にまっすぐな人で、嘘はつかない。だからこそ、それを知っているフィリップ様もナタリア様の話を鵜呑みにしてしまったのだろう。
ただ、彼女は時々とんでもない勘違いをするけれど。
「シリル様とのことは誤解です。レックスは従兄弟ですし」
「従兄弟だって、結婚はできるでしょう!」
「あ、確かに。俺って好物件だと思うんだけど、どう?」
「本当に黙ってて」
先程から、ナタリア様の反応を楽しんでいるレックスの足をテーブルの下でコツンと蹴る。「どう?」ではない。
「昔からあなた方は怪しいと思っていたんです!」
「ええ……」
「あははは! 俺とヴィオラが? はー、新しいね、それ」
もう限界だと笑い出すレックスと、呆然とするわたしに「そのうち、証拠を掴んでやりますからね!」なんて言うと、ナタリア様はくるりとドレスを翻し、去って行った。
証拠も何も、そんなありもしないものなど出てくるはずがないというのに。相変わらず、嵐のような人である。
何はともあれ、先日のフィリップ様の知人というのが誰か分かって、ほっとした。
「やっぱりあの子は面白いね」
「ややこしくなるから、本当に余計なこと言わないでよ」
レックスを睨んだ後、残りのお茶を飲み干すと、わたし達もそろそろ帰ることにした。
そして別れ際「あ、俺はフィリップだけじゃなくてお前のことも同じくらい可愛いからね。頑張れよ」なんて言われ、わたしは調子が狂ってしまうのだった。
◇◇◇
「びっくりするくらい天気が悪いわね」
「ええ、しばらく止みそうにないようです」
窓の外へと視線を向ければ、ひどい雨で。なんだか気分まで落ちてしまいそうになる。
そんな今日、わたしはフィリップ様と共に、先日公園で出会った少年がくれたチケットを使い、例のホテルにディナーをしに行く予定だ。
このチケットの存在を話すと、数ヶ月先まで予約が取れないはずのレストランも、あっさりと予約が取れてしまった。一体、あの子は何者だったのだろうか。
とにかく天気も良くない以上、長居はせず、食事を済ませた後はなるべく早く帰って来たほうがいいだろう。
「あ、来たみたい。行ってくるわ」
「はい。お気をつけてくださいね」
そうセルマに声を掛けると、わたしは迎えにきてくださった公爵家の馬車に乗り込み、ホテルへと向かったのだった。
「とても美味しいですね」
「ああ」
到着後、とんでもなく豪華な個室に通されてしまったわたし達は、大きすぎるテーブルで向かい合い食事をしていた。
流石大人気のお店なだけあり、出てくるもの何もかもが美味しい。ほっぺたが落ちそうになる。
「……フィルはあまり食べていないように見えますが、もしかしてお口に合いませんでしたか?」
「いや、そんなことはない」
そう声をかけると、彼は少し照れたように微笑んだ。
「幸せそうに食べている君を見ていたら、あまりにも可愛くて胸がいっぱいになってしまって」
「……えっ」
そんなことを言われてしまい、今度はわたしの食事をする手が止まってしまう。さっきまであんなに美味しかった食べ物の味が、急にわからなくなってくる。
それでも何だかんだ、しっかりデザートと食後のお茶まで頂いて。食事を終えてレストランを出た後、ホテルのロビーへと向かうと、やけに人が多く騒がしいことに気が付いた。
どうしたのかと近くにいた従業員に尋ねた所、突如外は先程とは比べ物にならないほど大荒れになり、強風によって馬車も走れない状況らしい。数十年に一度のレベルだとか。
レストラン内では、楽団による生演奏の音によってかき消され気付かなかったけれど、たしかに今はひどい雨や風の音がひっきりなしに聞こえてくる。
「しばらく雨風は落ち着きそうにないようで、皆様、宿泊のお手続きをされています。どうされますか?」
「しゅ、宿泊……?」
「はい。ナイジェル様のお知り合いということですし、今すぐにでしたらスイートルームは押さえられます。ほぼ満室のため、一部屋が限界ですが」
「えっ」
突然の展開に、わたしは呆然としてしまう。宿泊ということは、泊まるということだ。それも、フィリップ様と。つまりフィリップ様と二人で、宿泊するということになる。訳がわからなくなってきた。
ひどく混乱しているわたしは、うまく働かない頭で他に方法がないかと考えてみるけれど、周りの様子を見る限りどうやら本当に皆、帰ることすらできない状態らしい。
そう思った瞬間、どこかで雷が落ちる大きな音がしてびくりと身体が跳ねた。ああ、これは本当に無理なやつだ。
恐る恐るフィリップ様へと視線を向ければ、彼はいつも通りの表情のままで、かなり落ち着いているようだった。
「……とりあえず部屋は押さえてもらい、外が落ち着くまでそこで待機しよう。帰れそうになったらすぐにでも送る」
「わ、わかりました」
やはり彼は冷静なようで、少しほっとする。そうしてすぐに、部屋へと案内されることになった。
馬車が走れるようになるまで、とりあえず待機するだけなのだ。変に意識してしまった先程の自分が恥ずかしい。
そう思いながら、少し前を歩くフィリップ様に視線を向ければ、相変わらず彼は涼しげな表情を浮かべていたけれど。
右手と右足が、同時に前に出ていた。




