表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/38

疑問と真実と



 部屋の中へと入ってきたフィリップ様は、かなり遠くから「待たせてすまない。帰ろう、送る」と声をかけてきた。


 わたしはジェイミーにまたね、と別れの挨拶をし、彼の元へと向かう。けれどドアの近くにいたフィリップ様は、わたしを待つことなくさっさと部屋を出て行ってしまった。


 わざわざ部屋まで来てくれたのだから、一緒に馬車へと向かうのかと思ったけれど、だんだんと彼との距離は広がっていくばかり。


 今や長い廊下の先で、フィリップ様の姿は豆粒ほどの大きさになっている。そのくせ、チラチラと何度もこちらを振り返っているようにも見えた。何がしたいのかわからない。


 もしやまだ怒っているのだろうかと思いつつ、馬車へと着くと流石にエスコートしてくれ、二人で乗り込んだ。


「…………」

「…………」


 そしてやはり、沈黙が流れた。理由はよくわからないけれど、話もしたくないくらいに怒っているのなら、こうして待たせた上に一緒に帰る必要があったのだろうか。


 そんなことを思っていると、不意にフィリップ様の口からは「き、」という言葉が漏れた。


「…………き?」


 思わず聞き返せば、フィリップ様は顔を上げて。その美しい瞳には、不安が色濃く広がっている。



「嫌いに、なっていないだろうか」



 そして彼はこの世の終わりのような顔をして、そう尋ねてきたのだ。わたしは予想外の言葉にぽかんとしてしまう。


「何を、でしょうか」

「俺を」

「わたしが、フィルを?」

「ああ」


 どうしてそんなことを、そんな顔で尋ねるのだろうか。


「……本当に、すまない。あんなことを言うつもりでも、するつもりでもなかった。本当に間違えた」


 確かに彼の言う通り、先程のフィリップ様は色々と間違えていた気がする。言っていることも、色々とおかしかった。過去の謎の設定も、普通に破綻していた。


「あの、別に嫌いになってなんかいませんよ」

「……本当に?」

「はい。でも、どうして行かないなんて嘘を?」


 そう尋ねると、フィリップ様は安堵したように深い息を吐く。そして少しだけ躊躇うような様子を見せた後、口を開いた。


「君に、同窓会に来て欲しくなかったんだ」

「えっ」

「他の男に、シリルに、会わせたくなかった」


 なんだろう、それは。意味がわからない。


「……なぜ、ですか?」

「君のことが好きだからだ」


 ほら、また。表情一つ変えずに、そんな嘘をつく。


 それなのに、やけに真剣な表情を浮かべるものだから、悔しいことに心臓は大きく跳ねてしまう。


「君が俺に黙って参加して、シリルと二人でいるのを見た瞬間、頭に血が上ってあんなことをしてしまった」

「あ、あの」

「本当に、嫉妬でおかしくなりそうだった。頼むから、もうあいつとは会わないで欲しい」

「……フィル……?」


 そして彼は、わたしに縋るような視線を向けて。



「君のためなら何でもする。何よりも大切にする。だからもう一度、俺を好きになって欲しい」



 そんなことを、言ってのけた。熱を帯びた今にも溶け出しそうな蜂蜜色の瞳に、わたしは言葉を失ってしまう。


 ──今だって、「もう一度」なんて嘘をついた。やっぱり、フィリップ様は嘘つきだ。嘘つきな、はずなのに。


 それでも、ひとつの疑問を抱いてしまう。


 だって、あんなにも嘘が下手くそなのに。今の彼の表情は本気でわたしに、好きになって欲しいと訴えているようで。


 彼のこれは本当に演技なのかと、疑ってしまったのだ。


「……ヴィオラ?」

「ど、努力、してみます」

「ああ」


 ありがとう、と言ってひどく嬉しそうに笑った彼の顔を、わたしはもう見ることが出来なかった。




 ◇◇◇




「えっ、それ本当にフィリップが言ったの?」


 今日も何の連絡もなしに我が家へとやって来たレックスは、わたしの部屋で寛いでいた。ソファで寝転びながら、小馬鹿にしたような顔でわたしの愛読書を読んでいる。


 そんな中、最近の出来事を報告させられていたけれど。


「あいつも頑張ってるじゃん、俺ちょっと感動した」

「どうして、そんな嘘をつくんだろう」

「嘘、ねえ……」


 彼はソファから体を起こすと、じっとわたしを見た。


「本気で、今もそう思ってんの?」


 やはり彼は、今日も痛いところをついてくる。


「……だって、フィリップ様は嘘ばかりつくし」

「お前だって沢山嘘をついてるけど、口から出ることが全て嘘なわけじゃないだろ」

「うっ……じゃあ、本当だって言うの?」

「さあ? 俺は知らないけど」


 とぼけたようにそう言うと、レックスは笑った。


「まあ、何でも決め付けはよくないってことだよ。本当のことが何も見えなくなる」

「…………」

「目も耳もついてるんだから、ちゃんと自分で確かめなよ」


 そしてレックスはこちらへとやってくると、「お前らはまだまだ子供だなあ」なんて言って、わたしの頭をぐっしゃぐしゃに撫でた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヴィオラは記憶があってレックスさんもいてアドバンテージがあるけど、フィリップ様は孤軍奮闘といった感じなのでどうしてもフィリップ様を応援してしまう(笑) これはもう、シリル様に横やり入れるの頑…
[良い点] イタズラして怒られた犬move [気になる点] むしろよく記憶なくすまで不審行動せんかったなフィリップ様 [一言] 乱丁かな?レックスがかっこいい大人move
[一言] 仲直りできてよかったです! こんなにフィルが頑張って伝えているのに、ちっとも伝わらない鈍感なヴィオラが愛おしいです。 これからの進展が楽しみで仕方ないですね!! 毎日、子育てされながらお話…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ