“見えない”新型コロナウィルスの感染ルート
「少しでもショートカットが存在すれば、ネットワーク全体がスモールワールドの特性を持つようになる」
近年になり、このような事実をネットワーク科学は導きました。
例えば、知り合いの知り合いに一人でもブラジル人がいれば、一気にブラジルとの距離は近くなります。その知り合いを通して、ブラジルの様々な事柄に触れられるでしょう。すると、社会全体の距離がぐっと短くなるのです。
「当たり前だろ!」
って、これを聞いて思う人もいるかもしれませんが、この話の肝は“少しでも”って点です。
一本でも二本でも、ショートカットがあれば、それだけでネットワーク全体の“距離”が一気に短くなってしまうのですね。
これを踏まえると、新型コロナウィルスの“感染しても人によっては無症状、或いは軽症で済んでしまう”という特性は、大変に恐ろしいものである事が分かります。
誰でも重症になるのなら、ショートカットは機能しません。苦しくて、それほど動けなくなってしまうからです。しかし、感染しても自由に動ける人がいるのなら話は別です。ショートカットが活きてしまっています。そのショートカットによって、様々な地域に感染症は広がっていってしまうでしょう。
つまり、新型コロナウィルスにとっては、人間社会全体がスモールワールドになってしまっているのです。
……と、これとほぼ同じ内容を僕は“新型コロナウィルスへの対応についての個人的な意見”ってエッセイで書きました。
疫病の専門家らしい人が「感染力は弱い」と書いていたのをネットで読み、「勘違いをさせてしまう」と問題視したからです。
疫病の専門家だから、多分、ネットワーク科学の知識はないのでしょうが、例え新型コロナウィルス単体で観れば感染力が弱く思えても、そこに“人間社会のネットワークの特性”が加わると、感染力が高くなってしまうのです。
決して、油断しないようにしましょう。
……って、今(2020年4月現在)は、もう流石に大丈夫か。
さて。
ショートカットがあると、ネットワーク全体がスモールワールドの特性を持ってしまう訳ですが、それは一種類ではありません。様々な構造のスモールワールド・ネットワークが存在します。
代表的なものは次の二つ。
平均的にネットワークの要素にリンクがあるタイプで、稀にショートカットを持つというもの。
もう一つは集中型。極一部の要素にネットワークが集中していて、それがショートカットを持つというもの。
“顔が広い人”が世の中にはいるものですが、その“顔が広い人”が、ハブの役割を果たし、ショートカットを産み出しているなんてのは集中型の一例です。
“伝染病のネットワーク”が、この二つのうちのどちらのタイプなのか分析する事には非常に大きな意味があります。
平均的なタイプなら、幅広く感染予防処置を施す方法が有効になります。この場合は新たな感染者数が平均して1未満になれば、やがて感染症はなくなっていきます。
ところが、集中型のタイプではこれが違ってくるのです。
感染症のハブになっている少数の“何者か達”を見つけ出し、感染予防処置を施す方が効果的なんですね。
そして、このタイプの場合、平均して感染者数を1未満にしても、感染症はなくならないのかもしれないのです。
例え1未満になったとしても、多くの人を感染させている“何者か達”が、感染症を広め続けてしまうからです。
この二つのタイプを見極めるのにも、仮に集中型だとして、感染させている誰かを見つけ出すのにも、何よりもまず“情報を集める事”が重要です。
つまり、できる限り多くの人に検査を行い、その感染経路を見出す事が重要なのです。
が、しかし、日本は何故か、その検査を積極的に行おうとしません。「それが医療崩壊を防いでいる」なんて意見がありますが、「軽症の人は自宅隔離にする」という方針にすれば良いだけの話でしょう(なんて書いていたら、そんな方針を厚生労働省がようやく出しましたが)。各国の対応を観ても分かりますが、「感染症を防ぎたいのに検査しない」なんて滅茶苦茶です。
自分が感染した事も知らずに、どんどん感染させてしまっている人がいるかもしれないじゃないですか!
ただ、そんな風に文句を言っても、あまり効果はありません。
今ある条件だけで、何か“分かること”はないのでしょうか?
……実は、ないこともないんです。
“無症状の感染者が、どんどん他の人に感染させてしまう”
これを聞いて、僕は直ぐに“エイズウィルス”を連想しました。
エイズウィルスも新型コロナウィルスと同じ様に、無症状状態のいわゆる“キャリア”が、感染を広げてしまうという困った特性があるのです。
知っての通りエイズウィルスは、性行為によって感染します。
そして、なんとこの性感染のルートは“集中型”である可能性が知られているのです。
実際に男性一人がたくさんの人にエイズを感染させていたケースがあり、調べてみるとある種の人達はもの凄い数の性行為を行っている事が分かってしまったのですね。
つまり、エイズウィルスの感染を抑えたいと思ったのなら、そういった性行為をたくさんする人達をターゲットにすることが有効である可能性が大きいのです。
僕は、もしかしたら、新型コロナウィルスに関しても、この感染ルートが存在するのじゃないかと考えました。
性行為って、最大級の濃厚接触ですし。新型コロナウィルスだと、多分、一回でほぼ確実に感染してしまうのじゃないでしょうか?
そして更にこの場合、感染ルートが“見えなくなる”可能性が大きくなります。
考えてみてください。
もし、あなたが新型コロナウィルスに感染したとして、エッチなお店を利用していたり、不倫をしていたら、それを正直に言いますか?
世間的にも注目されちゃいそうですし、今はネットでそういう情報がどこから漏れ、どう拡散されるか分かりません。
正直に告白できる勇気のある人は少ないのじゃないでしょうか。
これを思い付いた僕は、
「よし! これを題材にミステリ小説を書こう!」
と、考えました。
ほんの思い付きですが、もしこの感染ルートが本当にあったとしたら、感染予防をする上で重要です。小説にして訴える価値は充分にあると思ったんです。
感染ルートが何故か分からないというのを謎として扱ったミステリで、オチはエッチなお店を利用していて言えなかった…… てな感じですね。
ですが、少し冷静になって思い止まりました。
この書き方だと、ルートが不明で感染した新型コロナウィルスの患者さんを揶揄する事に繋がりかねません。
当然ながら、感染ルートが不明であったとしても、エッチなことをしているとは限りません。そういう人を不当に貶めることになってしまうかもしれない。
それで、
「ううん、やめておくか」
と、僕はその代わりに、会話小説をコメディなノリで書く事にしました。話としては、ミステリの方が面白そうだったのですがねー。
念の為、架空の感染症の架空の国だという事にして、“見えない感染ルート”をメインにすると、やっぱり感染ルート不明の患者さんを不当に貶めてしまうかもしれないので、主題からは外し、効果的な感染予防をするには、どうすれば良いのか?と話し合っている内容にして、“感染予防とネットワークと濃厚接触”てなタイトルでそれを書きました。
ただ、これ、思った以上にアクセス数が伸びなかったのですね。
もっとも、それでも僕は「こんなもんかな」と妥協することにしました。
もしかしたら、万に一つくらいの確率で、感染予防を考えている人達に伝わるかもしれませんし。そもそもが、単なる思い付きで、証拠も何にもない話ですし。
が、それからニュース番組等で「不明の感染ルート」を不安視する声が大きくなっていくのを僕は耳にし続けたのです。
伝える価値はあるかも。
僕は悩みました。
「やっぱり、もう一回くらい、同じテーマでなんか書いてみようかな?」
と。
ただ、やっぱり証拠らしきものはない訳で、気にし過ぎかとも思いました。
そんなある日、ホテルに勤務している知り合いのこんな話を聞いたのです。
「今、ホテルって暇だって思うでしょう? でも、凄く忙しいんだって」
「どうして?」
「普通のホテルは暇なんだけど、ラブホテルの方は盛況みたいなのよ。
ほら、集団になる訳じゃないから、感染症の専門家達が出した『換気の悪い密閉空間』『多くの人が密集』『近距離での密接した会話』の“三つの密”からも外れるじゃない、ラブホテル。大体は二人きりだもんね」
それを聞いて僕は、顔を思い切り引きつらせました。そして、これを書く決心をしたという訳です。
参考文献は「新ネットワーク思考 世界の仕組みを読み解く NHK出版」