第21話「銅貨ひとひらの笑顔を」
嵐が去って、一週間が過ぎた。
漁船は浜に停まり、港は閑散としている。相変わらず、壊れた船はそのままの状態だ。
海は凪いでいるのに魔物が出てしまったため、近海の航行は禁止され、衛兵と冒険者たちが対処していると公表しているが、状況は芳しくない。一週間の間に三度、海のクラーケンに挑んだが、追い返すどころか船一隻と衛兵、冒険者、船員含め8名が重傷を負って帰ってきた。
隣町に繋がる山道は嵐で飛んできた瓦礫で塞がれていた。
「そーれ!」
衛兵や奴隷たちと一緒にジョーも瓦礫や倒木を運んでいた。ごろごろと音を立てて、大きな折れた木が崖下へと落ちていく。
「ここが塞がれると、物資が何も入って来なくなる。馬車一台だけでも通せるようにしておくぞ!」
コザックの掛け声が聞こえてくる。衛兵がいても、力仕事は禿げ頭のコロシアム職員が仕切ってしまうらしい。
森の中を通る細い道から使者を出して、王都の優秀な冒険者たちを呼び寄せているが、時間はかかりそうだ。
「今は陸の孤島だ。そう長くは続けられない」
夕方、作業終わりにコザックがジョーに話しかけた。
「食料はあるんだろ?」
「生きていける分だけな。それもあと1か月が限界か。魔物の餌ぐらいは確保しないといけない」
「山道の修復も、あと数日だ。大丈夫だろう」
「だといいけど。コロシアムも剣闘士の選別を始めてる。山道さえ通れば売りに出すつもりだ」
「そんな……」
「剣闘士の寿命は短い。稼げるうちに稼がせてやらないと、動きのキレがなくなった剣闘士じゃ、どこも使ってくれないさ」
剣闘士の世界はシビアだ。
「漁業と海運が止まって、コロシアムまでなくなると、カプリの町はどうなる?」
「一気に衰退する。今が町の正念場だぜ。貴族も私兵を連れて逃げ出す準備をしてるらしい。ジョーも身の振り方考えておけよ」
そう言われてもジョーからすれば、冒険者を辞めて初めてできた自分の居場所。シズクと出会えた思い入れのある町。町人たちも気のいい人が多いし、仕事も無理をせず暮らしていける。
根無し草の冒険者に限らず、店を手放して行商人に鞍替えしようという人たちも出てくるだろう。もちろん誰しも離れたくて離れるわけではない。ただ、今の状況が続くようなら、町の存続そのものが危ういのだ。
冒険者ギルドの前を通ると、職員たちがチラシを配ってクラーケン討伐部隊を募っていた。冒険者は身体が資本。危険な魔物を相手にして怪我でもしたら、数か月、いや数年単位で仕事が出来なくなる。チラシに書いてある報酬は金貨5枚。2ヵ月ほどの生活費は賄えるものの、保証がなければ誰もやらないだろう。
「明日の夜、説明会がありますので、ぜひ来てください! 元冒険者さんの参加をお待ちしております!」
職員はジョーに深く頭を下げてチラシを渡した。ジョーのコロシアムでの悪名は広がっている。職員もジョーのことは知っているらしい。
「命あっての物種だ。貴族たちに掛け合って、なるべく報酬を上げたほうがいい」
「それはやったのです。今、ベッドで傷と戦っている冒険者たちの治療費もありますから。これが限界なんです」
「そうか……」
「お願いします!」
「考えておく」
ジョーはチラシを折りたたんでポケットの中に入れ、干し魚を買って家に帰った。
「おかえりなさい」
シズクは野菜のスープを作ってジョーの帰りを待っていた。
「ただいま、どうだった? そっちは」
ジョーは荷物を置いて、井戸で汚れた手と体の汗を拭いながら聞いた。シズクはコロシアムで、けが人たちを診療所に運んだり、世話をしたりしていた。
「回復薬が効いたみたいで長引く人はいなそうです。10日後には討伐隊を再編するって言ってましたけど、心が折れている人が結構……」
「ああ、海の上は逃げ場がないから、余計トラウマがな」
身体の傷は回復薬で治せても、心の傷はなかなか難しい。そばに寄り添ってくれる人にもよる。大事なことは失ったことを反省し続けることよりも、リカバリーする力の方だ。それは人も町も、きっと同じ。
「まぁ、落ち込んでいても仕方がない。暗い話より、明るい未来の話でも……」
「わっ! 旦那様、スープにぴったりの魚を買ってきましたね!」
干し魚の入った紙袋を開けて、嬉しそうにシズクが叫んだ。
その声を聞いて一瞬だけ、ジョーは室内が急に明るくなった幻を見た。
薄汚れていない壁は隅々まで明るく、足が折れそうにない椅子とテーブル。皿には金色に輝くスープ。シズクも仕立てのいい服を着て、今よりも少し艶っぽかった。
ほんの少し未来の優雅な風景だ。
おそらくシズクは、この先どんなに名誉やお金を手に入れても、変わらず紙袋を開けて笑っているだろう。たった銅貨一枚の干し魚で。
これさえあれば、ジョーは何度でも立ち上がれそうだった。クラーケン討伐隊の船に乗ることを決めたのは、この一瞬だった。
「どうかしましたか?」
「いや、早く食おう! 腹が減ったよ。もう何度、瓦礫を捨てても全然減らないんだ。嫌になっちゃうよ。コザックは口だけだしさ……」
「エッヘヘヘ!」
この夜、食べた夕飯は、ジョーの人生で一番美味しかった。
翌日、ジョーは腰をやってしまったスタンに言われ、花火屋にいた。
「悪いな。あの爺は肝心な時に役に立たねぇんだ。それ、こっちに持ってきてくれ」
花火屋は笑いながら、ジョーに指示を出した。
「ちょっと山道の瓦礫を片付けるのも飽きてきたところなんで都合がよかったです」
ジョーは出来上がった花火を倉庫から、作業場へと運んだ。
「不良品でも見つかったんですか?」
「いや、単純に道が塞がっちまったからな。湿気らないように倉庫に置いておいたんだけど、冒険者ギルドにクラーケン用特大の花火を作れって無茶言われてよ。町が潰れるって言われたらやらないわけにはいかないだろ」
「なるほど」
「山道さえ通れば祭りまでには間に合うからいいけどさ。魔物用の花火なんて普段作らないから、スタンに来てもらおうとしたら、あの爺、張り切りすぎて腰をいわしてよ」
「みたいですね」
「ジョーも冒険者の時に魔物と戦った経験はあるんだろ?」
「もちろん、ありますよ。まぁ、そんなにデカい魔物とは戦ったりしなかったですけど、コロシアムに出すような魔物は何度か」
「なら、大丈夫だ。ほら、俺たちは魔物のことはわからねぇからよ。なにか意見があれば、言ってくれ。とりあえず、花火を崩しちまってくれ」
「わかりました」
ジョーは花火屋一家と一緒に、マスクをして手作業で指示通り慎重に花火を解体していった。
昼過ぎまで花火の玉を解体していたら、コロシアムから鉛玉や釘、尖った砂利などが運ばれてきた。スタンが動けないので、コザックが馬車を操っている。
「こっちだって山道の修復で忙しいっていうのによ。お、ジョーも巻き込まれてんのか。ほら、荷台から下してくれ」
「おう。コザックも少し力見せとかないと、奴隷たちに口だけだってバカにされてるぞ」
「嘘だろ……。舐めやがって、俺だってこのくらいの荷物……」
「あんまり張り切るな! スタンみたいに腰いわすぞ」
花火屋がコザックに注意していた。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「普通に運べ」
「ああ、そうか」
ジョーとコザックは持ってきた荷物を花火屋の作業場に運んだ。
作業場の机には花火屋が、対クラーケン用花火の設計図を広げていた。
樽の中に火薬や鉛玉等を入れ、爆発させて周辺を吹き飛ばすつもりのようだ。
「これ一方向だけでいいから、鉛玉を入れないようにできないですか?」
ジョーは花火屋に提案した。
「それだとバランスが崩れてちゃんと爆発しないんだよ」
「たぶん、この樽爆弾は俺が爆発させると思うんですよ。導火線に火をつけて、海に飛び込んだとしても鉛玉で肉片飛び散っちゃうんじゃないかなと」
「ああ、そうだな」
花火屋は頷きながら、ジョーを見た。
「……なんでだ?」
「へ?」
「なんでジョーが爆発させるんだよ」
「クラーケン討伐隊に入るつもりなんで」
「いや、だからなんでそんなもんに入るんだよ?」
「だって、衛兵の精鋭も優秀な冒険者もけがしているじゃないですか。あとは木端みたいな新人冒険者か俺みたいな冒険者くずれしか残ってないですからね。ほら」
ジョーは冒険者ギルドの前で貰ったチラシを花火屋に見せた。
「そうだけど、なんでお前が……!」
後ろで聞いていたコザックもジョーに詰め寄った。
「俺なら花火のことも知ってるし、失うものが少ないだろ? 新人には未来があるからな」
「そうじゃねぇ! たかが金貨5枚だぞ。命賭けるほどの報酬じゃねぇだろ!」
「あのなぁ、この町のために人生なんかかけるな! お前ならどこでもやっていける。闘技場や店を構えてる俺たちとは違うんだ」
コザックも花火屋もジョーを説得した。
「別に金や町のために命賭けるわけじゃないさ」
「じゃあ、なんだよ」
「シズクがさ、銅貨一枚で買ってきた魚見て笑ったんだ。スープにぴったりだって言ってな。この町のどこの家にでもある普通の生活だろ。でも、俺はシズクの笑顔を初めてちゃんと見たんだ。その笑顔を守れるなら、俺の命くらい賭けるさ」
シズクの笑顔には銅貨一枚で魚が買える環境が必要だ。それが結果的に町を救うことになるだけ。
「……はっ! 金貨5枚より銅貨一枚か」
コザックは下を向いて顔を隠し、声だけは笑っていた。
「まぁ、そういうことだ。打算がないわけじゃない。成功すれば晴れて俺は町の英雄だ。これでようやくシズクと並ぶ。しかも金貨5枚付き。コロシアムへの借金もチャラになるか?」
「ああ、十分だ」
「だから、花火屋の親父さん、俺は生き残りたいんだ。設計を変えられないかな?」
「わかった。鉛玉を入れてない方に白いペンキを塗っておく。月明かりでも見やすいだろう。盾か鉄板は用意しておけよ」
「わかった。ありがとうございます」
ジョーは花火屋に深々と頭を下げた。
「やめろ! 命預かる奴に頭なんか下げられたくねぇよ。それより、ジョー、お前、必ず生きて帰って来い。寝覚めが悪くなるからよ」
「了解です」
「よし! 言質は取った。火薬の量を増やすぞ。どうせ失敗したってジョーが大火傷するくらいだ。思いっきり作るぞ!」
「「「よーし」」」
花火屋一家総出で作業が始まった。
「親父ぃ、目から鼻水出てんぞ」
コザックが花火屋をからかった。
「作業場は乾燥してんだよ。コザックは運び終わったんなら帰れ。ジョーは倉庫から黄玉持ってこい」
「はい」
ジョーは倉庫へと向かい、コザックは馬車を操りコロシアムへと戻っていった。




