第13話「しがらみ」
ジョーは真夜中に起きた。暴漢に襲われてできた傷は治りかけていて痒い。寝汗もかいていたので、井戸で身体を拭うことに。シズクは寝ているだろうから起こさないようにこっそり裏庭に出た。
井戸から水を汲み、布で体を拭う。
「あー、気持ちいい」
思わず声に出た。
昼よりも涼しい風が濡れた肌を冷やしてくれる。シズクがよく石鹸を使ってくれているようで、すでに買った時の半分ほどになっていた。
「新しいのを買ってこないとな」
寝すぎて体のあちこちが固まっている。半裸のまま伸びをして首を回し、身体をほぐしていく。
「ごめんください!」
玄関の方で女性の声がした。
夜更けにこんな町外れの家に用がある人間はいない。聞き間違いだろう。もし、誰か来てもシズクが起きて対応するかもしれない。
そう思っていたが、「ごめんください! ジョーさんのお宅でしょうか?」と声がはっきり聞こえてきた。
非常事態か、と慌てて玄関の方に走っていくと、魔石灯を掲げた女性が「キャ!」と悲鳴を上げた。
「ああ、失礼。井戸で身体を洗っていたので」
ジョーは服を着て、身なりを整えた。
「それで? こんな夜更けに女性が来るような場所ではありませんよ」
「あ、護衛は付けています」
女性が振り返る。ジョーが外を見ると、斧を担いだ冒険者が塀に背中を預けて立っていた。
「おつかれ」
ジョーが声をかけたが、冒険者の方は一度頷いただけで坂道を見ている。
「ジョーさんに折り入って頼みがあるのですが……」
「そうでしょうね。とりあえず、中で話しますか? ドアを開けたままでいいですから」
「わかりました」
ジョーは、塀にいる冒険者が女性を見守れる位置に椅子を用意して座らせた。襲う気はないという意思表示だ。
「ジョーさんは銀鎧のアルという人物をご存じですよね?」
女性は名乗らずに切り出した。
「昔の仲間です。今はもう縁が切れている。今は確か、この町のコロシアムの闘技会で勝ち上がってるんじゃないんですか?」
「その通りです」
「ということは、今のアルの冒険者仲間ですか?」
ジョーはよく女性の服を見た。どう見ても、戦いに向いている体つきではないが。
「いえ、私は冒険者ギルドの職員です」
「ああ、なるほど。なにかアルがやらかしたんですか?」
「ええ、ちょっと借金がありまして……」
「俺は返せませんよ」
前の仲間だったとしても、借金の肩代わりができるほど余裕はない。
「いえ、そう言う話ではなくて。なんと言いますか……」
女性職員は言い難そうに眉を寄せた。
「アルほどの実力があれば、闘技会でも稼げるはずです。借金も返せるのでは?」
アルは対魔物戦では実力を発揮しないが、対人戦となると滅法強かった。
「はい。冒険者ギルドとしてもそう思っていたのですが……」
「借金を返さずに浪費している、と?」
「いや、そう言うことなんですけど、なんと言いますか、人気が……」
「人気がない」
「はい、その上、戦った後に娼婦を……」
「娼婦を買って、散財してしまうんですね?」
「いえ、わかりやすく言うと娼婦を壊してしまうんです。それで獲得賞金は娼館への賠償にあてられて、借金が返せていない状況なんですよ」
「あぁ。性癖が歪んでしまったか……」
ジョーはようやく女性職員の憂いを理解した。
「それはいつから?」
「王都にいた頃に、パーティーを解散して借金だけが残ったようです。その時、担当したギルドの職員がコロシアムの闘技会に出ることを薦めたのが始まりなんですけど……」
「たいていコロシアムで強ければ人気出ると思うんですが、そうはならなかった?」
「戦い方が卑怯というか……」
「土魔法で相手の足を固めて、剣でぶん殴る?」
アルの常套手段。魔法を放っている間に攻撃してくる魔物には通用しない戦い方だ。
「全くその通りです。しかも態勢が有利になると命乞いをさせるんです。コロシアムなのに、血が出ないなんて」
コロシアムの観客は剣闘士たちの血を見に来ている。無用なやさしさは金にならない。
「人気が出ないわけだ。だけどコロシアムを出れば娼婦を壊しにいく。病気でしょうね。俺のところに来ても解決はできませんよ。冒険者は辞めてますし、関りがない」
「それはわかっているのですが、彼の最後の頼みと思って話を聞いてもらえませんか?」
「アル本人からの頼みなんですか?」
「いえ、本人は私がジョーさんに会っていることも知りません」
「だったら聞く必要はない」
「では、冒険者ギルドとして頼みます」
お帰り願おうと立ち上がったジョーの腕を女性職員が掴んだ。
「たとえ今の闘技会に優勝しても銀鎧のアルには一銭も入りません。賞金は借金を返しておしまいです。むしろ足りないくらいで。しかも決勝戦に観客が入らないと、主催の冒険者ギルドは赤字。ジョーさんは現在、コロシアムで働いていると聞きました」
コロシアムは闘技場を貸し出しているだけで、観客の入場料は主催者が持っていく。客入りが悪いと賃貸料で赤字になる。
「アルに、どうにか面白い試合をするように説得しろって言ってるんですか? もしくは決勝の前に倒せ、と? どっちにしろ借金が返せる見込みがないでしょ。本人は踏み倒す気でいるんじゃないですか?」
「借金は冒険者ギルドからの前借がほとんどです。このままだと奴隷として売り飛ばすことになります」
ジョーとしては昔の仲間が奴隷として売り飛ばされても仕方がないと思っているが、わざわざ深夜にここまで来た女性職員が不憫だ。
「銀鎧を売っても足りない?」
「あの鎧はすでに冒険者ギルドの所有物です」
女性職員は首を横に振った。
「せめてどうにかこれ以上借金をしないように説得できないでしょうか?」
「誰かが説得して聞くような奴だったら、夜中にあんたがここに来てないんじゃないか?」
「そうですよね……」
カプリの冒険者ギルドとしては、アルという不良債権が王都から回ってきて困っているということだろう。捕物となれば、対人戦に強いアルの事だ。少なからず犠牲者が出る。町中で魔法でも使われたら、一般人にも被害が及ぶかもしれない。強いことが枷になっている。
「寝込みを襲うか……いや、娼館が潰れちまうよなぁ……」
ジョーは顎に手を当てて考え始めた。カスミは死ぬほど嫌っているから、コルビンをけしかけるのも無理だ。大人数で囲んでも、魔法でこちらの足をとられて逃げられるだけ。
「仕方ない。過去の清算は済ませたつもりだったんだけどな」
「なにか思いついたんですか?」
女性職員はジョーを見た。
「筋書きはこっちで書かせてもらう。アルの処遇については諦めてくれ」
「殺すんですか? 命だけはどうにか……」
「いや、こちらもなるべく殺したくはない。それでどうにか冒険者ギルドの上とも話をつけてくれるか?」
「わかりました!」
おそらくこの女性職員はアルの担当なのだろう。自分の力不足で冒険者を殺したとは思いたくはない。それでも死ぬ奴はいる。
「あんた、冒険者ギルドの職員になって何年だ?」
ほっとしている女性職員にジョーが聞いた。
「2年になります」
「担当した冒険者が死ぬことだってあっただろ? それは別にあなたのせいじゃない。死ぬ奴は死ぬ。現実をちゃんと受け入れないと続かないぞ」
「はい。でも、どんなクズでも助けられる命なら、助けないと眠れない夜が来るので……」
「そうだな。クズも使いようだもんな。明日、冒険者ギルドでアルに会うよ。どんなことになっても口出ししないように」
「よろしくお願いします!」
女性職員はジョーに頭を下げて、家を出た。
塀で待っていた冒険者に「頼む」とジョーが手を上げて合図をすると、向こうも手を上げて「任された」と返してきた。信用はこうして仕事をしながら作り上げるものだが、アルにはそういう感覚がなかった。
ジョーは女性職員たちを見送って家の中に入った。家中を見たがシズクの姿はない。寝床も冷え切っている。さらに竹棒一本と、戸棚のナイフがなくなっている。薬草も少なくなっているようだ。
「ようやく愛想をつかしたか」
いつでもシズクが出ていけるようにと、置いておいた革の鞄と財布袋はそのままだ。
一人暮らしには大きい家を見渡して、ジョーは大きく息を吐いた。自分は主人としてシズクの力になれただろうか。今は使われていない森の旧道を通れば隣町まで、半日くらいで行けるはずだ。魔物に遭わない時間帯を狙って、身体能力の高いシズクならもっと早く行けるだろう。町まで行けば、どうにか仕事はできるだろう。
「もっといろいろ教えておけば高給取りになれただろうに。いや、シズクのことだ。護衛としてすぐに俺より稼げるか」
ジョーはシズクの寝床に使われていた毛皮を洗いながら、夜明けを待った。
次はどんな奴隷をコザックに頼むか。炊事場にいる娘がいいかもしれない。いや、不遇な娘だったら性奴隷にはできないな。そもそも、娼館に行けばいいのか。「娼婦を壊す」というアルの気持ちを理解できないが、自分には奴隷を物扱いできない弱さがある。だったら、奴隷など買うべきではない。今回はいい経験になった。
ジョーが今となってはどうしようもない考えを巡らせていたら、いつの間にか東の空が明るくなってきた。
立ち上がると、ふらっと立ち眩み。どんなに強がっていても、シズクがいなくなったことはショックだ。人が一人いなくなると、家も冷える。
「飯食って、コロシアムに行くか」
ジョーは坂道を下り、屋台の朝飯を食べることに。
屋台では仕事を終えた漁師が飲んでいた。広場では仕事に向かう冒険者たちが言い争い、娼館帰りの男が噴水で香水の匂いを消している。
いつもと変わらないカプリの日常だ。
魚のフライが入ったサンドイッチを買い、コロシアムへと向かう。
傷が癒えた奴隷たちが訓練場でストレッチをしていた。魔獣マンティコアに復讐をするため、気が高ぶっているのかもしれない。やりたいようにやらせてやろう。
朝飯を食べていると、コザックが出勤してきた。
「おう怪我人、早いな」
薄ら笑いを浮かべながらコザックが声をかけてきた。
「こんな怪我たいしたことはない。……シズクが、『アマゾネスの魔槍』が出てったよ」
「そうかぁ」
「傷だらけの俺を見て、こんなところにはいられないと思ったらしい」
「いや、本人の中で準備が整ったんだろ。世話かけたな」
「初めからわかって売ったくせになに言ってやがる」
ジョーの言葉は荒いが、表情は笑っている。
「奴隷を一人、ひとり立ちさせたんだ。誇っていい」
コザックは、から元気のジョーの背を軽く叩いて褒めた。
「次はどんな奴隷にする? 何も知らない生娘から貴族の元愛人までいろいろいるぞ。あ、実は今ひとり厄介な奴が残っていてな」
「しばらくはいい。それより、闘技会が終わったら一戦、コロシアムの枠を取れないか?」
「誰とやるんだ?」
「昔の仲間とさ。闘技会で勝ち上がっている銀鎧のアルって奴だ」
ジョーは簡単に事情を説明して、筋書きも伝えた。
「借金漬けの尻ぬぐいか。人がいいというか……。まぁ、いい。仕込みは自分でするんだろうな?」
「ああ、きっちりした負け戦を見せてやるよ」
「勝つ気がないのに、試合をするとはね」
「盛り上げりゃいいんだろ?」
ジョーは片頬を上げて笑った。
「その通りだ」
「どっちにしろ勝負は終わった後だ」
「わかった」
コザックが頷いたとき、コロシアムの入り口からスタンが血相変えて飛び込んできた。
「ジョー! ジョーはいるか!?」
スタンは荒々しく叫んだ。
「ここにいるよ。どうした?」
「昨日の昼、お前さんの奴隷、いやシズクがミルドワース家に乗り込んだ。動くなって言っただろ!」
「俺は怪我して夜まで寝込んでたんだ。何もしてねぇよ」
「だったらシズクはどこにいる?」
「出て行ったよ。ボロ雑巾みたいな俺を見て、貴族の家の方がいいと思ったんだろ?」
「バカか! いいか? 竹棒にナイフ括り付けて乗り込んだんだ。主人の仕返しに行ったんだよ!」
ジョーの全身に鳥肌が立った。
「どうして誰も止めなかった? 貴族の家を見張ってたんじゃないのか?」
「編み笠を被って使用人の格好をしてたんだ。見張りの衛兵たちも新しいメイドが増えたぐらいにしか思ってなかったんだよ。『くず屋』の客以外で、誰があの姿を見て『アマゾネスの魔槍』だと思う?」
ジョーはいても立ってもいられず、コロシアムから飛び出そうとした。
「動くな!」
スタンはジョーの腕をがっちり掴んだ。
「これ以上、動かないでくれ。頼む。俺はお前さんに注意しに来たんだ」
ジョーの腕に力がこもり、ぐっと奥歯を噛みしめた。
「俺のせいで、シズクが貴族の家に乗り込んだんだろ。……生きて帰れるのか?」
震えながらジョーがスタンに聞いた。
「わからん」
「捜査は任せる。でも、もし生きてるのなら、助けられる望みが一縷でもあるなら、必ず呼んでくれ。どんなことがあろうとも、ひとり立ちさせるまでは俺の奴隷だ。誰にも渡さない」
「わかった。必ず呼ぶ」
ジョーは大股でコロシアムの入り口に向かう。
「どこへ行く気だ!?」
「花火屋のところにいる! 別件だ! カスミには勝手に家を使えと言っておいてくれ!」
ジョーはそのままコロシアムから出ていった。
「別件って?」
残されたスタンはコザックに聞いた。
「災難は畳みかけるもんなんだな。あいつ見てるとよくわかるよ」




