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わたしのスイカ

  夏真っ盛りの暑い頃、私は八百屋さんの店先に並んでいる旦那を見つけた。

「よう。」

 緑と黒のシマシマ模様の大きなまん丸い体を艶やかせながら、私に話しかけてきた。

「どこに居たの。」

  長らく私のそばから離れて居たくせに、久しぶり再会を、「よう」の一言ですまさないでよ。そう思いながら一人、旦那をにらんで今までどこに居たか問い詰める。

「待て、ここで話すのはやめたほうがいい。うちに帰ってからまた話そう。」

 そう旦那に言われて周りを見ると、周りに居た主婦と八百屋さんの店主が私たちを見て、ヒソヒソと話している。確かにこのままここで立ったまま話したら色々と人に迷惑だ。

「今俺は八百屋さんの品物だから、買ってもらわないと。」

 旦那に貼られた値札を見た後、私たちを見ていた店主に五千円札を押し付けて旦那を連れ帰った。


  家に帰り着くまで、私と旦那は一言も話さなかった。でも、腕に伝わってくるズッシリとした旦那の重みが旦那がそこにいることを伝えてくれているようで嬉しかった。


  家に着くと旦那が縁側であのタライに入れて冷やしてほしいと言ってきた。

 あのタライ、昔よくスイカを冷やすために使って居たあの大きめのタライで冷やして欲しいらしい。

 一旦、旦那を置いてどこにそれを置いたか思い出そうとした。納屋に置いた覚えはないし、かといって最近それを使った覚えもないそう一人考えているとフッと仏壇が目に入った。

 そうだ。そうだわ仏壇の後ろの隙間に置いたんだ。

 案の定、目当てのタライは伏せられうっすら埃を被ってそこに転がっていた。

 それを仏壇の後ろから引っ張りだして表にむけると、タライの中から意外な物が出てきた。

 

  それは紋付袴姿の男が縁側に座って、横に座ってスイカを食べようとしている白無垢姿の女をジィッと見ているところを撮った白黒写真だった。懐かしい、どこにも無いと思ったらこんな所にあったのか。それは私たちの結婚した日に旦那の友人に撮られたものだった。

 

  この写真を撮られる少し前、式を終え疲れた私は少し縁側に腰掛けて風に当たっていた。お見合いで出会った旦那と仲良くできるかとそんな不安でいっぱいだった。一人で夏の蒸し蒸しとした風に吹かれている風鈴の音をぼんやりと聞いていると旦那が三切れのスイカをお皿に乗せて持ってきた。

 そのうちの一切れを取ると、もう二切れをお皿にのせたまま私に食べろと言ってわたしてきた。こんなにも実の赤い所が多いスイカを見たのは生まれて初めてだったから恐る恐るそのスイカを口に入れると、そこから私はスイカが大好きになった。

 最初の一切れをあっという間に食べきると、もう一切れを食べたいと思って本当なら自分の夫よりも多く食べるのははしたない事なのけれど、その私は別に食べていいって言われたからいいかなと思いもう一切れを今まさに口に入れようとした時にこの写真を撮られた。


  この写真を現像されて初めて見たとき私は撮った旦那の友人になんて写真を撮ったんだと、一人恥ずかしいがっていたけど、旦那はスイカが好きなお前らしい写真じゃないかと笑っていた。


  いけない。私はタライを探していたんだ。見つかったから早くこれに入れて旦那を冷やさないといけないことを思い出して、見て居た写真をポケットに入れてタライのホコリを洗い流し、それに水を張って縁側に置いた後旦那を入れた。

 水に入れられた勢いがちょっとあったのかタライの中で少し転がったあと、タライの縁に当たりコツンと音を立てて止まる。

  旦那を入れたタライの横に私は腰掛け、しばらくの間旦那も私も喋らず、タライの水に手を入れてチャプチャプと波を立てた。


  「八百屋さんの一番日当たりがいいところに置かれてたから暑かった。なんだか今も暑い気がする。」

「水に浸かっているんだから今に冷えますよ。」


「八百屋さんの店先に並んでいた時にお前が来てくれて良かったよ。」

「どうして。」


「明日まで残っていたらこの丸い体じゃなくて幾つにも切り分けられて売られていたから。」

「それは、痛そうな。」


 湿気った風が私たちの間を吹き抜けチリリンと風鈴を鳴らす。


「どうして、スイカになったんですか。」

「お前に食べてもらいたいから。」


 旦那はゴロンと転がってタライの端までいった。


「お前、俺が居なくなってからちゃんとごはん食べてないだろう。あんなに食べるのが好きなお前が何も食べずにドンドン細くなっていくのを見て居られなくなったから帰ってきたんだ。

  お前は周りの連中にあまり食べてないことを言われたら、俺がよく食物を買ってきたから、それが残ったらもったいないから食べていただけで、今のあまり食べてないのが普通、元の量だって言っているけど、」

「美味しくないんですよ。」

 旦那が息継ぎもせず私があまり食べてないことを説教しているところに私は割り込むように言った。


「美味しくないんですよ。味はわかるんです。不味くはないんです。けどっ

 美味しいと思えないんです。また口に運びたいと思えないんです。」

  私は気づいたら泣いていた。美味しいと思うものを感じたりするのがない。旦那が居なくなってしまってから、食べるものすべてが何か足らない、味気ない物に感じられ、そのうち食べることすら億劫になり、一日で口にしたものが水だけだったりと食事をすることを欠かしたりすることが最近を多い。お腹が空くという感覚もどういうものか忘れてしまった。

 

 一人、私が泣いている横で旦那は何も言わなかったがしばらくして丸い体を左右にコトンと揺らした。

「おい。」

 旦那に呼びかけられ、私は旦那の方を見る。

「食え。俺を食え。」

 そう言うと丸い体をゴロンと転がし、私の手につけた。ぬるかった旦那の体はひんやりとしていた。

「わかるだろ。このタライで冷やされて

 丁度良い温度になった

 だから、

 食え。」

 それっきり旦那は喋らなくなってしまった。


 風が吹きチリリンと風鈴を鳴らす。


 私は冷えたスイカを水から出し、

 台所に向かった。

読了ありがとうございます!

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