彼の思い
空いた時間でちびちび執筆してます。
遡ること数時間前。
山に囲まれた村を人目を気にしながら抜け出す青年がいた。人里離れた雑木林の道に入っってからは音を気にすること無く行動できるので、自然と駆け足になった。最小限の荷物しか持っていない事とこれから自分達が起こす行動への気持ちの高まりもあってか彼はいくらでも走れそうだった。
「あっちは大丈夫かな。あの子は大丈夫って言っていたけど… 。」
幼い頃に離れ離れとなり何年ぶりかに出会う少女のことを案じ、待ち合わせの場所の方角を見上げる。
手紙のやり取り自体はずっとしていた。彼女の明るく少しだけずれた性格が読みとれる文章はいつも青年の心を温かくさせてくれて、徐々に増えていく引き出しの中の手紙を見るのが嬉しくて…。彼女がどのような姿に成長したかを創造するのも彼の楽しみであった。
「昔はガリガリだったけど、今は大事にされているみたいだからな。沢山ご飯をもらえて健康的になれたかな?」
幼い頃、二人は同じ孤児院で生活していた。この国は小国であったが神の加護もあり周辺の国々よりも裕福である。国の政は行き届いており民は生活に潤いと信仰による団結力を産み出していた。それだけ聞けば非の打ち所の無い夢のような国であるようにに感じるが、どんな政策にも穴はある。この国のそれは"民"という人間のくくりであった。
この国には"始まりの書"と呼ばれる書物がある。この国の成り立ちや神の声を記したその書はこの国の絶対であり、それを基に国が回っている。その書の冒頭はこの国の成り立ちについて記されている。
『この地に古来より住まう十の民族。彼の者達の尊い祈りと供物によって天より神の依り代を得る』
この国で民と認められるのは"始まりの民"と呼ばれる十の民族の血を護る者だけであった。
青年の父親はこの国の者では無かった。母親はこの国の民であったが、この母親は民のくくりから外されることを恐れて生まれた子供の顔を見ることもなくあっさり彼を捨てた。どの民族にもいない目の色と顔立ちは隠せるものではなく、拾われた彼は血の定かでは無い子供達が入れられる孤児院へと送られたのだった。
「あの子達は汚い血が混ざっているのよ。」
その孤児院の子供達は国から守られることは無い。飢え、嘲り、暴力などの様々な理不尽が向けられる子供達の半分近くは大人になれないまま眠りにつく。そんな場所で彼は育ち、5才になった頃に彼女と出会ったのだった。