第九話 氷の魔女
俺はベルゼの言葉を思い出した。
「もしかしたらそうかもな、ベルゼがあの時こう言った。『まさか龍神の加護も!?』ってさ。『も』ってことは、そういうことなんだろ?」
俺の答えを聞いたリリアとキュイールは、しばらく信じられないとブツブツ呟いていた。この様子からしてかなり珍しいことだと推測出来るが、この世界にいること自体俺からしたら異常事態だ。
赤い炎と白い炎、どうやって自分でも使い分けてるか理屈ではわからない。足を動かすとか手を動かすみたいな、当たり前のように自然にできることだった。
そういえば、あの白い炎を出して戦った後に身体の調子が悪くなったな。もし龍神の加護が原因だとしたら、あんまり使わねぇ方がよさそうだ。
俺達は日が暮れる前まで歩いては、水辺を探してキャンプする毎日を過ごした。旅をしてわかった事は、水の重要性だ。コンビニで何でも買える日本とは違うのだ。
もちろん道中では何度もモンスターに出くわした。
リリアから加護の使い方や初歩的なスキルを教えてもらい、だいぶ戦い方もわかってきた。ちょっとした修行みたいだ、しかし同時に少しだけ怖くもあった。
それはモンスターを殺すのに慣れていったことだ、あのドラゴンを殺した時みたいな殺意に塗りつぶされる感覚……あれがいつか当たり前になるんじゃないかと内心恐れていた。
その証拠にスキルを使って戦うことが、楽しいとさえ感じる場面もあった。
しかし、白い炎の時とはまた少し違うような気もする……。
退治したモンスターは解体して肉や角などの素材も手に入れる。
解体など俺にはわからないから、キュイールの仕事だ。食事は料理の練習だとリリアが担当していたが、とても食べれるような代物じゃない。
そこで俺とキュイールが交代で担当することになった。一人暮らしも長かったせいか料理はそこそこ自信があった。
そしてようやくあと少しで、雪原地帯にある町の近くまでやって来た。この坂道を登って降った先に町はあるらしい。ここまで来ると気温はだいぶ低くなっているが、俺とリリアは加護のおかげでそんなに寒くない。
スーツにコートを羽織れば充分だ。キュイールは防寒具を装備しているが、ガチガチ震えている。
「てか、俺達って東に向かってんだよな? 何で気温が低くなるんだよ。普通は北に行くと寒くなるんじゃねぇのか」
「普通はそうね。ニヴルはちょっと特別で、ここからは見えないけど【ニヴルのヤドリギ】って呼ばれてる大樹があるのよ。その大樹は熱を吸収して冷気を吐き出す特殊な大樹なの。そのおかげでニヴルだけは気温が低いのよ、冬は雪で埋まっちゃって大変らしいわよ」
「んな迷惑な木は切り倒しちまえばいいじゃねぇか」
キュイールが震えながら口を挟む。
「そんなこと出来る訳ないでしょう、死を司る女神ヘルがニヴルのヤドリギの下で眠っているという、創聖歴が始まる前からの言い伝えがあるんです。ニヴルに住む人々は、女神が安らかに眠れるようにとずっとニヴルのヤドリギを守って来たんですから、切り倒す訳ないです」
「ああ、そうですか……。なぁ、それよりもこの先もずっとこうして歩いて移動しなきゃなんねぇのか?」
俺はキュイールのうんちくと歩き続けている現状にウンザリして、また不満ををもらす。
「ここ、ルスタフィア地方は田舎ですからね。アレクバウト王国の王都まで行けば、飛空船などもありますから移動は楽になりますよ」
キュイールは疲れているせいか、それとも寒いせいか、しかめっ面で答える。
「飛空船! すげぇな、でもそのアレクバウトの王都ってのまでは馬車か歩きなんだよな?」
キュイールが無言で頷くのを見て、俺は思わずため息が溢れた。
俺の様子を見て、リリアは笑顔を作り話を変える。
「ところでユウシは剣の心得があるみたいだけど、誰に習ったの? 見たことない太刀筋なのよね……」
俺は苦笑いしてリリアの質問に答える。
「太刀筋ってそんな大層なもんじゃねぇよ。俺のいた世界にある、剣道っていう武術みたいなもんをやってただけだ。そんで基礎的な動きが出来てるだけだろ」
今考えると、この時の為に剣道をやってたんじゃないかと疑う程役に立っている。相手はモンスターばかりだから勝手は違うが、素人が剣を振り回すよりはよっぽど様になっている。
ここにきて一つわかったことがあった、赤い炎の時はただ身体能力が上がるだけだが、白い炎の時は殺意や身体が痛くなる以外に、戦い方を身体が理解している感覚だ。それはどうしてなのか……龍神の加護って何なんだ……。
それより――リリアと話してると、いちいちキュイールの視線を感じるな。キュイールは寒さと疲労のせいで喋らなくなってるから、視線で訴えてきやがる。
「ふーん、一度ユウシのいた世界に行ってみたいわね」
「そうだな……俺が帰る時についてくればいいさ、その代わりこっちの世界にはもう戻れねぇかも知れねぇけどな」
俺が冗談ぽく答えるとリリアは目を伏せて小さく呟いた。
「それいいわね……」
「――」
「なーんて、冗談よ冗談。戻れないなんて困るわよ、私は聖女なんだから」
リリアは笑って話しているが、俺には冗談で言ってるようには思えなかった。
長い上り坂を上りきると、ようやく町が見えて来た。するとキュイールは町に向かっていきなり走り出した、余程寒かったのだろう。俺もほっとした、確かにここまで歩くのは疲れた。寒くなかったのが唯一の救いだった。
町に辿り着いた俺達はまず宿を探した。荷物を部屋に置いて、俺は道中集めた素材を売りに出掛ける。気兼ねなく使える自分の金を手に入れる為だ。
この世界にはタバコはないが、酒はある。後で飲みに行こうと思い、素材を売った後で町を散策した。
ちょっとした旅行気分だな、これで温泉でもあれば間違いないんだが……贅沢は言えねぇか。
すると中央広場の方から、突然誰かの叫び声が聞こえて来た。
「魔女だ! 氷の魔女が来たぞ!」
お目当ての魔女が早速現れたのか。案外簡単に見つかったな……だが正直気が進まない、さっき着いたばかりでのんびりしたい気持ちが強い、ここは見て見ぬフリするのも手かな。
一瞬そんな思考が頭に浮かぶが、後回しにするとろくなことがないというのが人生の常だ。
――仕方ねぇ話しに行くか。
人だかりをわけて魔女の顔を拝みに行くと、目に入ってきたのは思っていた人物像とはかけ離れていた。
『氷の魔女』と言うからには、もっと冷たそうな雪女のようなイメージをしていたが、全然違った。肩にかかるくらいの水色の髪の毛に青いローブをまとい、頭には一見してカチューシャのようにも見えるバンダナを巻いている。前髪を出して結び目を前にした、可愛らしい結び方だ。まだ幼いが充分美少女と言ってもいいルックスだった。原宿を歩いていたら、芸能事務所のスカウトマンが黙ってはいないだろう。
何だよ……幼女じゃねぇかよ、魔女ってか魔法少女だろ。お菓子でもやりゃ喜んでついてくるんじゃねぇか? それじゃ誘拐だけど。
そんな幼女のような魔女を町の住人は少し離れて取り囲み、蔑むような目で見ていた。しかし魔女は町の住民をまるで気にせず、涼しい顔を浮かべている。その様子を見て俺は少し驚いた。
トラウマレベルで嫌われてるみたいだなこりゃ……仲間にして大丈夫なのかよ。でもまぁここまで来たからには手ぶらで帰れない。俺は魔女の前に立ち、ナンパでもするように気さくに話しかけてみた。
「よう、お前が氷の魔女なんだろ。俺は瀬川勇史っていうもんなんだけど、ちょっと――」
「――黙れ、あたしに話しかけるな」
魔女は冷たい目をして俺を睨みつける。
こりゃ難儀だな、文字通り話にならない。でもこれで『ハイ、そうですか』と帰る訳にいかない、せっかくここまで来たんだ。
「話くらい聞いてくれてもいいだろ? 俺達はわざわざここまで――」
魔女の身体を冷気が覆っていく、やばい感覚だった。全身に鳥肌が立ち、辺りの温度が急激に下がっていく。
氷の加護発動【身体能力上昇】【魔法威力上昇】
氷結魔法【氷結連弾】
「消え失せろ」
氷の弾丸がマシンガンのように発射された。
結構町の住民が集まっている、もし死傷者なんか出したら、後でリリア達に何を言われるかわかったもんじゃない。
「ざけんなよ! 俺を誰だと思ってんだ!? 泣く子も黙る龍神会の瀬川勇史さんだぞ、コノヤロウ!」
神炎の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
フレイムスキル【火炎障壁】
氷の弾丸は火炎障壁で全て溶かし無効化した。こんな喧嘩っ早いヤツはヤクザでもなかなかいない……もはやこれはテロリストだ、映画みたいに街中でマシンガンぶっ放すのと一緒だ。
「お前なぁ、住民に当たったらどうすんだよ!」
魔女は俺の言葉を全く聞いていない、聞こうともしない。無表情で冷たい目をして、どこか他人事のようだった。こいつをどうやって仲間にするってんだ? むしろ今のとこ敵だろ、『強敵』と書いて『とも』とでも読めばいいのか。少年漫画みたいにうまくいくと思えねぇけどな。
「神炎の加護……何でこんな所に……ちっ、相性が悪い、障壁だけで防げるのね」
魔女が怪訝な表情を浮かべて呟いた時には、俺はもう次の行動をしていた。魔女を取り押さえようと距離を詰めたその時――
氷結魔法【氷吹雪】
――しまった誘われたのか!?
強風とともに大量の氷の粒が飛んで来る、魔女の放った魔法は俺に直撃した。加護のおかげで身体に氷は届いていないが、風で吹き飛ばされる。魔法を使う敵と戦った経験がないから油断していた。
あちこち擦り傷を作り地面を転がりながら、何とか体勢を整え視界に魔女を捉える。
すると魔女は空中に浮き俺を睨んでから飛んで行く。やがて魔女の姿は見えなくなった。
非常にまずい、幼女にやられた……ナンパに失敗したあげく、ぶん殴られてそのまま車に轢かれたような気分だ。とにかくズタボロだ。
「くそっ、まいったな……リリアに何て説明するか。それよりあれを仲間にするのは無理だな、話にならねぇ。諦めるよう上手く説得する方が早いな、うん」
氷の魔女がいなくなって、集まっていた町の住民は全員戻っていった。
俺はとりあえず宿に戻ってリリアに報告する事にした。
宿に戻り、さっきの出来事を説明すると、リリアは頭を抱えた。
「まいったわねぇ。加護を持つ仲間を集めなきゃ、皇帝どころか魔王ともまともに戦えないし」
「んなこと言っても仕方ねぇだろ? 話しかけただけでいきなり魔法で攻撃してきたんだしよ」
話を聞いていたキュイールが、目を細めて割って入って来た。
「生理的に気に入らなかったんじゃないですか? ユウシさんは品性がないですから」
「ああん、キュイール……誰に口聞いてんだ? てめーいい加減に――」
「――やめて! 争っていても仕方ないじゃないの。それと今のはキュイールが悪いわ、ユウシにちゃんと謝らなきゃダメよ」
「……すみません」
リリアに怒られてキュイールは、しゅんとなった。その様子を見てとりあえず俺も溜飲を下げた。
正直、あの場にいなかったヤツにとやかく言われたくない。もうリリアが何とかしてくれ、俺には無理だ、向いてない。力づくで誘拐する方がまだ楽だ。
良からぬ考えが浮かびそうだった。
「せっかくここまで来たんだし、簡単に諦める訳にもいかないわね。町で聞き込みをしてもう少し情報を集めましょ」
「そりゃそうだな、わかったよ」
俺はリリアの提案を飲んだ、キュイールはまたいじけてブツブツ言いだした。
情報を集めるとなれば……当然酒場だよな。これで飲みに行く大義名分も出来たし、今日は疲れたし思い出したくない思い出も出来たしゆっくり飲むとしよう。




