第八話 二つの加護
雪原地帯ねぇ……寒いのはあんまり好きじゃねぇんだけどな。色々と思う所はあるが、今はリリアの考えを尊重するしかないな。
翌日俺達は、雪原地帯に入るための装備を整えることになった。身体の方はと言うと一晩寝たら嘘みたいに調子はよくなっていて一安心だ。
これからのことを考えると、やはり丸腰は不安なので、安物の剣を一振り買ってもらう約束をした。金庫番でもあるキュイールは、露骨に嫌な顔をしているが……仕方ない、そこは我慢する。
その他にテントや防寒具、魔道具や薬、保存食に飲料水などを購入することになった。
キュイールは店先で鉄の粉のような物や、裏面に魔法陣のようなものが描かれている地図やらを手に取り、ブツブツ独り言を言いながら物色している。
「何買おうとしてんだ? 無駄遣いってやつじゃねぇの?」
「備えあれば憂いなしです、大体あなたにいちいちさ指図される覚えはありません。放っておいてください」
こいつ、マジで張り倒してやりてぇな。
「そういや、昨日のあの似合わない鎧みたいなのどうしたんだよ? 今日は着ねぇの?」
「あれは借り物です、リリア様が魔王ベルゼを見つけた途端に飛び出して行ったから、少しでも生存率を上げる為に、町の人に借りたんですよ」
「ふーん、まぁ似合ってなかったしな」
「……………………」
リリアは買い物の途中で、俺が昨日空けた結界の穴の修復作業に出掛けて行った。必然的にキュイールと二人きりになり、全く会話が続かないまま結構気まずい雰囲気で町を歩いていた。
「なぁ、タバコとか売ってねぇのかな?」
「タバコ? 何ですそれ」
キュイールは怪訝な表情で聞き返す。
やっぱり売ってねぇか……仕方ない、いい機会だし禁煙するか。まぁそれしかないんだが。
「じゃあ整髪料とかって売ってねぇの? 今の髪型だと一般人って言うか……気合い入らねぇって言うかさ」
「せいはつりょう? そんなもん知りませんね。そんなことより、私はまだあなたを信用した訳ではないんです。ましてやあなたと二人で買い物など不本意以外何物でもないですね。しかもいい歳して無一文とは情けない」
仏頂面したキュイールは不満を漏らす。
「仕方ねぇだろ? 俺はこの世界に来たばかりで、この世界の金なんかねぇんだからよ。お前さ、何でそんな突っかかってくんの? 今はもう一応仲間なんだから仲良くしようぜ」
こいつはいちいち突っかかってくるんだよなぁ。これでもかなり我慢してる『昔と違ってだいぶ丸くなった』なんて、飲み屋のオヤジが言いそうなセリフを口にしたくなるほどだ。
俺の言葉を飲み込めない様子で、ジロリとこちらを睨む。
「あなたを信用した訳ではないと言いましたよね、当然ですが、私はあなたを仲間だとは認めていませんよ? リリア様はあなたを認めているみたいですが……私は絶対に認めません! せっかくリリア様と二人きりだったのに――」
なるほど……こいつが何で俺を気に入らないのか、今何となくわかった気がした。そいつをぶつけてみることにしよう。
「キュイール、お前さぁ……リリアのこと好きなのか?」
修学旅行の夜中にするような会話だが、世界共通のわかりやすい話題だ。そして案の定キュイールは顔を赤くして、思った通りの反応をした。
「な、な、な、何を言ってるんですか!? 私がリリア様のことを――」
キュイールは言葉がどもり、明らかに図星のようだった。わかりやすすぎるヤツだ。
「その反応だけで充分だよ。だからキュイールはリリアにくっ付いてんのか」
「違います! ……とも言い切れないですが――コホン。リリア様は『聖女』なのです。私は聖女様に仕えるために教育を受けてきました。リリア様が聖女としての本当の力を覚醒すれば、あなたなんて――」
ただの小間使いじゃねぇかと、思わず言い返したくなるが、それを言えばまたややこしくなる。それにキュイールの気持ちもわからないでもない、リリアは容姿に関しては確かにいい女だ、キャバクラで働いてたらナンバーワンに……と、ここで俺は自分の思考回路に嫌気がさした。
「ふーん、聖女だかなんだか知らねぇけどさ……好きなんだろ? ひとりの女としてさ」
その言葉で、またキュイールは顔を赤くして騒ぎ出す。でも、交流を深めるならこういう俗っぽい話は有効だ、こいつともしばらく一緒に行動するんだから、友好的な方がストレスも少なくて済む。俺なりの世渡りってヤツだ。
俺達はくだらない会話をしながら、必要な物を購入して宿に戻って来ると、リリアは結界の修復を終えて先に宿に戻っていた。
「ごめんね、買い出しを頼んじゃって。キュイールだけに任せてもよかったんだけど――ちょっと頼りない所があるから」
キュイールはリリアの言葉を受けて、愕然としている。落ち込みながら重い足取りで荷物を部屋に運びだした。
何だか可哀想なヤツだなこいつ。好きな女に全く頼りにされてねぇのか……リリアも悪気があって言った訳じゃねぇと思うが、まぁこいつが悪いんだから仕方ねぇし、仲を取り持つほど俺はお人よしじゃない。
「あれ? キュイールどうかしたの。何か悪いことでもあったのかな」
「そうだな、たった今あった……そんな落ち込むようなことでもねぇと思うけどな」
俺の話を聞いても腑に落ちない様子で、リリアは首を傾げている。この女はこの女で何もわかってないようだ、自分に向けられた好意は気付きにくいものだが、鈍感過ぎる。キュイールはわかりやす過ぎるんだけどな。
とにかく、氷の魔女に会いに行くための準備は整った。俺達は食事を取り、早めに就寝した。
翌日は早朝から出発した。三日間ほどかけて雪原地帯から一番近い『バイデルン』という町まで馬車に乗せてもらったが、目的地の『ユーリシア村』はまだまだ先だ。もう二日は歩いたが、まだ五日はかかるらしい。
これが旅ってヤツか、すげぇだるいな。馬車とか初めてだったけど本当乗り心地最悪だったし、歩いて一週間って意味わかんねぇよ。文明って偉大なんだな、産業革命って心から尊敬するわ。誰だエンジン開発したの? そいつこそ神だろ。皇帝倒すより、エンジン開発した方が儲かるんじゃねぇか……エンジンの仕組みちゃんと勉強しておくんだったな。
俺は意外と好奇心が強い。だからと言ってワイドショーでたれ流されている芸能人の私生活や、本人が語りたくないことを無理に聞き出すのが好きって訳じゃない。ふと疑問に思ったことだったり、知らない知識があるとすぐネットで検索するタイプって意味だ。
タバコよりグーグル先生が存在しないこの世界の方がキツイまである。
天気もいいし空気もうまい、最初こそ『だるい』だけだったが、暑さと疲労でだんだん不満が増してくる。歩き始めてしばらく経った頃、俺はいい加減イライラしてキュイールに八つ当たりしてしまった。
「おいキュイール、何でお前の方が俺よりずっと荷物が少ねぇんだよ? 従者ってことは小間使いなんだろ。もっと持てよ」
キュイールはジロリとこっちを見てからため息をついた。
「いいですか? 勘違いされてるようですが、従者と言っても聖女様をお守りする神聖な役職なんです。大体あなたはこの中では一番下っ端です。最後に入って来たんですからね、それに私は頭脳担当です。肉体労働はあなたの担当じゃないですか」
この野郎……やっぱ一回痛い目に遭わせねぇとわかんないんだな。そう思ったが皆同じだ、イラついてるのは俺だけじゃない。キュイールはいつにも増して言葉に棘があった。
俺の眉毛が自然とピクピク動いている。
「キュイール! そんなこと関係ないでしょ? 私達は仲間なのよ。助け合うものでしょう、ユウシがキツイなら私が――」
「いえ! リリア様に荷物を持たせることなど出来ません。私が持ちます!」
リリアは最初から三等分して荷物を持つことを提案していたが、女に荷物を持たせるというのは俺もキュイールも気が引けた。それで男が荷物を持つことになり、体力のある俺が多く荷物を持っていたのだが……ついイライラが爆発してしまった。
さすがに今回のこれは俺が悪い。結局リリアも男を立ててくれて、俺とキュイールで荷物はきっちりニ等分して持つことになった。
最初からやれよこいつ、メンドくせぇな――思わずまた悪態をついてしまいそうになった自分がイヤになる。イライラしても仕方ない、気を取り直して目的地に向けて歩き出すと、後方からものすごいスピードで生き物が走って近づいてくる気配を感じた。
異変に気付いて後ろを振り向いた時にはもう遅かった。「グォオオオオオ」という唸り声が耳に届いたと同時に、キュイールが体長二メートルほどの犬のようなモンスターに襲われた。
「ひぁあああ! リリア様!」
モンスターはキュイールに覆いかぶさり、よだれをたらし鋭いキバを見せる。
リリアは素早く剣を抜き、モンスターを斬りつけた。ダメージは浅かったが、キュイールからモンスターは離れ、距離を取ってこちらを威嚇する。
「グォオオオオ!」
願ったりかなったりだった、イライラしてたからちょうどいい。暴れたい気分ってだけでモンスター相手に暴れられるのは悪くない。元の世界じゃ簡単には暴れられないからな。
俺の身体の周りを炎が覆う。剣を抜いた俺は、猛スピードで突進した。するとモンスターも走り出し、真正面から飛びかかってきた。
不意を突かれ、モンスターに噛みつかれるかと思った瞬間、目の前に炎の壁が現れた。
――あの森の時と一緒だ。でもドラゴンと戦った時みたいに、身体は自然と動かなかった……どういうことだ?
今考えてる場合じゃない。炎で怯んだ隙をついて、モンスターを両断した。
俺の姿を見て、リリアが驚いて目を丸くしている。
「ユウシ……それって神炎の加護じゃないの!? どういうことなの。確かに私が見たのは白い炎だったはず……」
よく見ると確かに今まとっている炎は赤い色をしている。リリアは混乱している様子だ。
「でも待って……そういえば、確かベルゼは最初にあなたは神炎の加護を持ってるとかなんとか言ってたわね」
リリアは顎に手を当てて、記憶と辿りながら『ハッ』としたように、こちらを真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「まさか……ユウシは加護を二つ持っているの!?」




