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第五十話 月炎刀緋龍

「一体どうなってんだ!? ワシがくれてやった剣はもうイカれちまったのか? とにかく間に合ってよかったわい。ほれ、()()()を使え!」


 ファイスが慌てて、出来上がったばかりの俺の刀を投げてよこす。


「ナイスタイミングだ。悪いな、じいさん!」


 刀の柄の部分には何やら文字が刻まれていて、(つば)は西洋風の装飾が施された十字型だ。

 鞘から刀を抜くと、刀身がぼんやり赤く光りだした。そして驚く程軽く、やがて柄が俺の加護の力を一気に吸収し始めて、赤く光った刀身が白い炎に包まれどんどん輝きが増していく。


 これなら……いけそうだ。


「おい、じいさん。危ないから離れててくれ」


 ブラッディスキル・鮮血斬撃【血刃乱舞(ジェノサイド)


 月島はまた手首から血を噴き出させると、血がナイフを形どり刃となって無数に飛んでくる。シーブルは魔法で氷の壁を作ってファイスを守る。


 俺は雨のように降り注ぐ血の刃を躱しながら、月島に向かって突っ込んでいく。そして月島を捉え斬りつけると、月島は血の剣で受け止める。


 しかし、俺の刀をは血の剣の刀身で止まらず、刀身を軽々と切断し切っ先で月島の首を斬る。


 ――ブシュッ


 月島の首から大量の血が吹き出したが、月島は咄嗟に血をコントロールして傷口を血で押さえる。


「これじゃ硬度(こうど)が足りなかったか、それすごい刀だな。もう少しその斬れ味を味わわせろよ」


「痛いのが好きなのかよ? たっぷり味わわせてやるぜ。変態のドMヤローが」


 月島は舌舐めずりをすると、遠くから声が聴こえて、その声は近づいてくる。




「あそこだ! 急げ! 何やってるんだ、お前達!」




 どうやら、ガレニア騎士団の衛兵のようだ。衛兵の二人はガシャガシャと着込んだ鎧が音を立てて、不格好に走ってこちらに向かっている。しかし、今はタイミングが悪過ぎる。




「ちっ、邪魔が入ったか。これまでかなぁ」


 月島はボソっと呟く。




「よせ! 来るな! お前達にどうにか出来るような相手じゃ――」




 俺がそう叫ぶと同時に、月島の持っている血の剣は蛇のように形を変え、勢いよく二人の衛兵に向かっていく。


 剣のスピードに全く二人は反応出来ない。月島の血の剣が二人の腹部を貫き(うめ)き声が上がる。蛇のようなそれは二人を巻き取り月島の元に引き寄せる。


 恐怖と激痛に濁った二人の目を、月島は嬉しそうに見つめながら、同時に二人の首をナイフで切り落とした。


 まさに一瞬の出来事だった、頭部が地面にゴロリと転がると同時に、首の付け根にある動脈から大量の血が噴き出し、月島は大量の返り血を浴びた。まるでバケツに入った血をこぼしたように、あたり一面血の海となる。


「心臓が元気だと噴き出す血の勢いもなかなかだろ? やっぱ心臓は動かしたまんまで、頭を落とした方が芸術的だと思わない?」


 得意げに語り、俺達に同意を求める月島を見て、コイツはやはりサイコパスなのだと実感した。




「こいつ……イカれてるわね」




 シーブルは月島を睨みつける。




「てめー……何考えてんだ! このサイコヤローが!」




 頭の中がいつものように、だんだん冷たくなっていく。殺意が増幅していく感覚だ。


 月島は叫び声の先にいる俺に向けて、ゆっくり顔を動かす。その目は背筋が凍るほど、恐ろしく冷たいモノだった。




「さぁ……何を考えてるのでしょうか? オレが操れるのは、自分の血液だけじゃないんだよ。こうやって自分の血を混ぜると――」




 月島は自分の手首から流れる血を、足元の血溜まりに垂らしながら、話を続ける。


「――名前が売れるのはイイけど、顔が売れるのはあんまり好きじゃないんだ……そんなわけで、イレーネはまた今度にするよ。それじゃまた」




「待て! このサイコ――」




 ――立ち去ろうとする月島を追いかけようとするも、足が全く動かない。足元に広がる大量の血が、まるで意思があるみたいに俺達の足に絡みつき、一切身動きがとれなくなっていた。


 その隙に月島の姿は見えなくなった、少しすると血は元の液体に戻った。






「くそ! 俺達の足止めする為だけに、この二人を殺したのか……あの野郎。そこら中が血塗(ちまみ)れじゃねぇか……何が血塗れの魔術師(ブラッディマジシャン)だ……ふざけやがって、あのサイコヤローが」


「お兄ちゃん、大丈夫? 一体何があったの!?」

 


 シーブルが不安そうな顔で、俺に視線を向ける。俺はシーブルの頭を軽く撫でた。


「ファイスのじいさん、ナイスタイミングだ、ありがとな。この刀がなかったらヤバかったかも知れねぇ」


 俺は刀身を眺めながらファイスに告げた。


「どうだ……最高の出来だぜ? 考えてあんだろうな、名剣には名前がねぇとしまらねぇぞ」


 しまった、全然考えてなかった。

 俺がしばらく目を瞑って考えていると、シーブルが突然声を上げた。


「おー! カッコいいの思いついた!」


 俺とファイスは同時にシーブルを見ると、誇らしげな顔つきをして腕を組んでいる。




「ヒヒイロカネを使ってて、お兄ちゃんは龍神の加護でしょ。だから『緋龍(ひりゅう)』ってはどう?」




 もっとふざけた名前を提案するかと思っていたら、案外いい名前だったので一瞬止まってしまった。


「『月炎剣(げつえんけん)緋龍(ひりゅう)』か、わりといい名前じゃねぇか」


 ファイスはニヤリと笑うと、シーブルは嬉しそうに小さくガッツポーズした。


月炎剣(げつえんけん)? なんだそりゃ」


「アダマンタイトを『月剛(げつごう)』オリハルコンを『月隕(げついん)』ヒヒイロカネを『月炎(げつえん)三大金属(さんだいきんぞく)を使った武器を、それぞれそう呼ぶんだよ。加護持ちが使うと、お月さんみてぇにぼんやりと金属が光るだろ? アダマンタイトは青白く、オリハルコンは黄色く、ヒヒイロカネは赤く、加護の力を吸収した金属がそれぞれ光りだすのさ。だからリリアちゃんが使ってるオートクレールも正式には『月剛剣(げつごうけん)オートクレール』っていうんだぜ」



 ファイスの説明を聞きながら、俺は刀身に光を当ててもう一度眺めてみる。


「そうだったのか、なるほど。ならこいつは刀だし、それから刃文(はもん)は……乱刃(みだれば)丁子(ちょうじ)……足長丁子(あしながちょうじ)……いやこれは重花丁子(じゅうかちょうじ)ってやつか? 本当に美しいモンだな、重花丁子(じゅうかちょうじ)の現物は初めて見たぜ」



「美しいもんだろ? 言われた通り作ったけどよ、研ぎ終わって刀身を見たら……ワシも思わずそいつの刃の模様(もよう)見惚(みと)れちまったぜ」



「ああ、わかる……見入っちまうな」


 俺とファイスがわかり合っていたら、シーブルが呆れるような目で口を挟む。



「お兄ちゃん、やけに詳しい感じなのね」



「うるせーな、好きなんだよ。それならそうだな……シーブル、こいつの名前は『月炎刀(げつえんとう)乱刃(みだれば)重花丁子(じゅうかちょうじ)緋龍(ひりゅう)』に決まりだ」



「何だか長ったらしい名前ね、魔法の詠唱みたいじゃない?」



「まぁ普通に『月炎刀(げつえんとう)緋龍(ひりゅう)』でいいよ」



「気に入ったんなら、あたしに感謝してくれてもいいよ」



 ニッコリ微笑んだシーブルの頭をくしゃくしゃっと撫でるが、物足りなそう表情を浮かべた。こいつ、だんだん贅沢になってきたな。




 俺は緋龍(ひりゅう)を鞘に収めると、身体中に痛みが走る。




「ダメだ、身体中が痛い。シーブルちょっと肩貸してくれ」


 駆けつけたガレニア騎士団の連中に後は任せて、俺はシーブルとファイスに支えられ宿に戻った。

 忘れないうちに、キュイールから預かっていた刀の代金をファイスに手渡した。


「その緋龍(ひりゅう)についてなんだけどな、刀身の根元の金具のとこに魔法石が埋め込んであんだろ? そいつが鞘の内側に仕込んだ魔法陣と柄の形状記憶術式に反応して、鞘の中で刀身を修復する仕組みになってる」


 ファイスは得意げな表情をして、緋龍(ひりゅう)の鞘を指差した。


「刃こぼれしても、刃が欠けても勝手に治っちまうんだよ。ヒヒイロカネは、しなやかさと硬さを兼ね備えた特殊な金属だからな、多少刃こぼれすることはあっても、折れたり曲がったりするなんてことは滅多にねぇ。常に最高の切れ味を保証してやる」


「じいさん、いい仕事するな。さすが名工なだけあるじゃねぇか」


 ファイスはニヤリと笑い、さっき渡した緋龍(ひりゅう)の代金の入った袋を投げてよこした。


「金はいらねぇ。にいちゃん、ありがとうな、ヒヒイロカネを使わせてもらっただけで充分だ。久しぶりにいい仕事が出来た、リリアちゃん達によろしくな」


 ファイスはそう言って帰って行くと、シーブルが俺に怪訝な顔をして視線を向ける。



「わかってる、今から話すよ」


 俺はさっきの経緯(いきさつ)をシーブルに説明した。





「イレーネの価値ってどういうことだろう? 記憶もなくしてるし……もしかして超絶お金持ちのお嬢様とか……?」


 シーブルは腑に落ちない様子で、首をひねっている。


「とにかくこれからもイレーネは守ってやらないとな。あの月島って野郎は元々シリアルキラーのあぶねぇ野郎だ。それよりあいつこっちでも有名なのか?」


血塗れの魔術師(ブラッディマジシャン)って言ったら、少し前から噂になってたわよ。加護の中でも珍しい『鮮血の加護』の持ち主で、魔王の一柱『レヴィ』を一人で追い詰めたとか何とか。ローセル達が話してるのを聞いたことある。まさか異世界人だとは思わなかったけど」


 俺はうんざりして、ため息を吐く。シーブルは何か腑に落ちないといった様子だった。




「どうしたんだよ?」




「うーん、聞いた時から思ってたんだけど、いくらなんでも魔王七柱(まおうしちはしら)深海(しんかい)悪夢(あくむ)レヴィ』をたった一人で相手出来る人間が存在するとは思えないのよね」



「さぁな、今日はあいつも本気出してる訳でも無さそうだったし、何もわかんねぇよ。あー面倒くせぇ、何だか敵ばかり増えていくな……。でも深海って? あまり強そうじゃねぇな」



「レヴイは水魔法の極限まで到達した、唯一の存在とされているわ。津波みたいな天変地異をも起こす伝説級(でんせつきゅう)の悪魔よ。――てか、お兄ちゃんわかってるの? 『魔王』を(かん)する悪魔は、それぞれが神話に登場するような悪魔で、他神教(たしんきょう)では神とされてたりもする者もいる。あたし達はそんなのを()()も相手に喧嘩売ってるのよ。さらにその上に皇帝までいるんだからね」



「でも、ベルゼは前に撃退したことがあるぜ」



 楽観的に答える俺の顔を見てシーブルは溜息を漏らす。



「ベルゼが本気だったらお兄ちゃん達は確実に全滅してたわよ、ベルゼは魔王七柱の中でも三本の指に入る実力者なのよ? ベルゼは気まぐれの変わり者で通ってる。お兄ちゃんがベルゼに気に入られたのが幸運だったの! 今まで生きてこられたのは()()()()、これからが大変なんだからね! わかった!?」



「は、はい……大変そうな印象を受けました」



 シーブルは俺の言葉を聞き、やれやれと言わんばかりの表情で回復薬を取り出した。


「傷、まだ痛むでしょ? 明日お姉ちゃん達が帰って来て、また心配しちゃうから早く治してね」


 シーブルから回復薬を受け取り、少し皮肉を込めて言い放つ。


「助かりますシーブル様、ありがたく頂戴します」


 そう言うとシーブルも皮肉を込めて、わざとらしくにっこりと笑って見せた。


()()()()()()()()


 月島との戦闘で受けた傷と、龍神の加護の反動で身体中が痛んでいた俺は、イレーネのことをシーブルに任せて先に休むことにした。


 このままじゃ厳しいな、龍神の加護の消耗が激し過ぎる。ちょっと戦っただけでこのザマだ、神炎の加護でもっと戦えるようにならないとな。


 俺は今日のことを反省しながら、眠りに落ちていった。


 翌日、俺が寝ていると激しく身体をゆらされて目を覚ます。


「お兄ちゃん! 起きてよ、大変なことになってるってば!」


 シーブルの慌てた声を聞いて、半分瞼を閉じたまま伸びをする。


「んん、何だよ? まだ身体が痛いんだから、あんまり揺らすなって」


 シーブルは深く息を吸い込んで大声を出した。






「リリアお姉ちゃんがさらわれたって!!」


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