第五話 自称神様
「ふざけんなよ? コピーだけどよ。この借用書に書いてあんだろ、あんたの名前と印鑑だ。よく見ろ」
俺は借用書のコピーをつまんで、神沼の目の前に持っていった。
さてどうすっかな、さすがにこのジジイじゃカニ漁船も無理だな。
少しイライラして、俺はタバコを吸おうと胸ポケットに手をやるが、何も入っていない。
ちっ、車の中かよ……。
神沼は借用書のコピーを手に取り、目を細めて遠くに離す。恐らく老眼だろう。
「確かに書いてあるなぁ……ワシには覚えはないんだがのう」
「ひでぇな、おいジジイ。本当はあんたの息子なんだろ? わかってんだよ……まぁどうでもいいけどよ、覚えてなくとも借金は借金だ。全財産はたいてでも返してもらうぜ」
俺は神沼の手に持っていた借用書のコピーを取り上げた。
神沼は頭を掻きながら少し考えて、真っ直ぐこっちを見て話を始めた。
「ワシには金はない。じゃが、お前さんが手を貸してくれれば、その借金は千倍にして返してやるぞ?」
「は? 千倍だと……どういうことだ」
「ワシはこの世界のではないが……神様なんじゃ。実はこっちの世界に来た時、なぜかこの部屋に出て来たんじゃよ」
俺は鼻で笑ってから、そのまま黙って聞いていた。
「そしたら、この身体の持ち主がワシが突然現れたもんで、驚いて食べてた餅を喉に詰まらせて死んでしまってのう。それでワシはこっちの世界で暮らすため、この身体を借りておるんじゃよ。申し訳ないことをしたのう」
「ほう、それで?」
「その斎藤さんはお前さんの言う通り、本物の神沼宗一郎の息子じゃろうな」
神沼のにんまりとした笑顔を見て、ボケたフリをして切り抜けようとしているのだと思った。浅はかな思考に、思わずため息をついて俺は呆れ気味に言った。
「黙って聞いてりゃ訳のわかんねぇことを。ボケたフリは通用しねぇぞ?」
「ボケてはおらん、まぁ最後まで聞きなさい。ワシの統べる世界は魔族に殆ど支配されてしまってのう。力の半分を奪われ、こっちの世界に逃げて来たんじゃ。もしその魔族から世界を取り戻してくれれば……お礼はたんまりするぞ?」
神沼はニヤリと笑い、人差し指と親指で輪っかを作りお金を表すジェスチャーをするが、よく見ると中指に高そうな指輪をはめていた。
経験上どうも、嘘を言ってるようには見えねぇ。これが演技なら大した役者だな、アカデミー賞ものだ。だがジジイの演技に、いつまでも付き合ってる訳にいかない。
「おい、その指輪は結構価値があるんじゃねぇか? ちょっと見せてくれよ、借金返済の足しになるかも知れねぇぜ」
「これはやらん、これは『全能者の指輪』といって神器の一つじゃ、金に換えられるような代物じゃあないのう」
おどけたように言って、もう片方の手で指輪を隠して首を横に振っている神沼の目を、少しの間じっと見つめて話を流しスマートフォンを取り出した。
「――よしわかった。んじゃまず家族の連絡先だな、ジジイの家族がダメなら親戚に払ってもらうしかねぇ。番号教えろよ?」
「まぁ信じてもらうのも難しいじゃろうな。論より証拠じゃ、ワシの世界に行ってもらった方が早い。それに見た所お前さんはとんでもない力を秘めておる。一目見て確信した、二人目はお前さんに決めたぞ」
まだ言ってんのかこのジジイ、ゲームや漫画の世界とごっちゃになってんのか? もしかしたら本当にボケてるかもな。
まぁそれより、ジジイの家族か親戚に不動産でもあればいい――
――そう思った瞬間に神沼の部屋は真っ白い光に包まれ、同時に重力を感じなくなった。
俺は驚いて、思わずスマートフォンを手から離してしまった。
何だ!? どうしたんだよ! 思うように身体が動かない、ふわふわして上も下もわからない、内臓が浮いてる感じで気持ち悪い。
「おい!! 何だこれ……身体が浮いてやがる。ジジイ! 何しやがったんだ! 下ろせこの野郎」
「お前さんの本当の力を解放する。ついでに加護もやろう、それと言語もな。そして魔族の皇帝を倒してワシの世界を取り戻してくれ。そうすれば元の世界に戻してやろう。もちろん報酬は思いのままじゃ」
「ふざけんなよ!! 加護だの言語だの、さっぱり意味わかんねぇぞ!」
「理解力のないヤツじゃな……これから行く世界をお前さんが救ったら、借金が千倍になって返ってくるんじゃよ。そんなに悪い話ではあるまい」
神沼は屈託のない笑顔で簡潔に説明する。
俺は浮いた身体をどうにかしようと、手足をバタバタと動かしていると神沼は俺の靴を投げてよこした。
「すまんのう、本来こっちの世界の人間を転移させるのはルール違反なんじゃが……まぁ、お前さんなら大目に見てくれるじゃろう」
「何で俺ならいいんだクソジジイ! 次会ったら絶対ぶん殴ってやるからな、覚えとけよ!」
思い切り叫んだが、もう神沼の姿は見えない。その時、衝撃音と呻き声が聴こえた。
すると突然重力が戻った。
真っ白い空間でどこまでも落ちて行く感覚だけはある、やがて俺は気を失った。
こうして俺の運命の歯車が、ゆっくりと動き始めた。




