第四十九話 血塗れの魔術師
「ククク、オレは月島圭、アンタ名前は?」
月島圭? 何か聞いたことあるな。てか、こいつどこかで見た気がする。
「俺は瀬川勇史だ。ったく……どいつもこいつも口の利き方がなってねぇな」
月島が加護を発動させると、赤い霧が発生して月島の身体を包み込む。俺も警戒して加護を発動させ戦闘態勢をとる。
「炎……神炎の加護ってヤツか。でかい口叩いてたわりにまだ普通の加護じゃん、瀬川。ガッカリなんですけど」
月島は小さく息を吐いてから、ポケットから刃渡り二十センチ程のナイフを取り出し、袖をまくった。
「何だよ、そんなナイフで戦うのか? それともハンデとかぬかすつもりか?」
俺の問いかけに答えず、月島はニヤリと笑い自分の手首をナイフで切りつける。すると腕から真っ赤な血が溢れ出した。
「おいおい何してんだ? お前イカれてんじゃ――」
ブラッディスキル【鮮血の散弾】
月島が血の流れる腕を振ると、噴き出た血が硬化して飛んでくる。まるで散弾銃だ。
「マジかよ!?」
「血を自在に操る。これがオレの加護『鮮血の加護』の力だ」
フレイムスキル【炎障壁】
血の弾丸は障壁を貫通し剣で弾くが、何発か腕と足に食らった。
「上級加護のスキルを、ただの加護の障壁で弾ける訳ないじゃん? ナメてんの、お前」
月島は呆れたような表情をして、また手首をナイフで抉って、さらに血を噴き出させる。大量の血は剣の形になって硬化する。
ブラッディスキル・血創造【直刀・殺戮】
くそっ、こいつ確かにシャレにならねぇな。
テクニカルスキル【超加速】
一瞬で距離を詰めた月島は血の剣で斬りつけて来るが、何とか剣で受け止める。
月島は目が見開き興奮している様子だが、その顔を見て俺は思い出した。
「どっかで見た顔だと思ってたんだが、今思い出したぜ。お前確か全国指名手配されてたな。連続殺人犯、シリアルキラーの月島圭……確か、解体されなかった遺体に残った血液の量が、極端に少ないことから『ヴァンパイア』とか呼ばれてたよな。殺した後に血を飲むんだろ?」
「そうだよ、でも若く美しい女性の血液だけね。美しい女性の死体は芸術性が高い、だからなるべく外傷を残さずに殺して、写真に納めるんだ。そして死体は損壊しないで血液だけをいただく。それ以外は解体して、健康な死体なら食べたりもするよ」
月島は全く悪びれることもなく、あっけらかんと言ってのける様子に、不快感がある。
「カニバリズムとかいうんだっけか……てめーのイカれた趣味に興味はねぇよ。それにしても……どおりで捕まんねぇ訳だ。こっちに転移してたんだもんな……あのクソジジイ」
月島は悪戯っぽくペロリと舌を覗かせた。
「ククク、顔もバレて捕まるのも時間の問題でさ。捕まる前にたまたま見つけたんだ、あのクソジジイをさ。どうせ捕まったら吊るされて終わりだし、この際ジジイでも仕方ない、人生最後の殺しを楽しんでやろうと思って近づいたらさ、こっちの世界に送ってくれたってわけ。本当に助かったよ。でも、これってすごくないか? オレに殺された人間を見捨てておいて、殺人犯のオレを救うなんてさ。所詮人間の善悪の基準なんて、神には関係ないってことの証明なんだよ」
「んなこたどうでもいいよ」
「なんだよ、瀬川も莫大な報酬が目当てで『皇帝』とかいうの殺しに来たんだろ? ……だから瀬川に邪魔されたら困るんだよね」
クソジジイ……あっちにもこっちにもいい顔して、昔のイギリスみたいな二枚舌外交しやがって……中東問題みたいになんぞジジイ。
「瀬川はさぁ、このゲームみたいな世界に来てどう思った?」
あのクソジジイに改めて怒りを感じていると、月島は意外にも問いを投げかけて来る。
「はぁ? どうもこうもねぇよ。俺は早く元の世界に帰りてぇだけだよ」
「つまんない答えだなぁ……ユーモアがない。それに帰りたいってのはさ、元の世界ではそれなりに幸せだったってことだろ?」
「テメーに俺の何がわかる……」
俺は月島のヘラヘラした態度とわかった風な口ぶりに腹を立てた。
「そう怒るなよ。オレはこっちに来てワクワクしたね……世間じゃオレをヴァンパイアだのモンスターだの悪魔だの言いたい放題だった。でもオレはこっちで本物の悪魔に会った……思わず笑っちゃったよ。元の世界の人間がどれだけズレてて、認識がいかに自己中心的かわかった。みんな自分の価値観で勝手に善悪を見極めてるだけさ、道徳心だの倫理観だのは誰かが勝手に『こうあるべきだ』と決めつけて押し付けた幻想……いやただの洗脳か。人間以外の生き物をモノとして扱って、食らいつくしてる奴らが何を今更きれいごと並べてるんだ? オレとどこが違うんだよ? 悪魔なんてのは、ただの別の生き物だろ。いくら残忍に残酷に冷酷に人を殺そうが、血を飲み肉を食おうが……やっぱりオレはただの人間なん――」
「――つまんねぇな、バカの話は眠くなって来る。感想文ならお家で書いてろよ」
「――」
月島は再び血の剣で襲いかかって来た。
真っ赤な刀身を剣で受け止めると、鈍い金属音が響く。
「オレが今話してんだろ? 途中で口を挟むなよ瀬川ぁ……」
月島は目をさらに見開き不気味な笑顔を見せるが、相手にせずもう一つ不思議に思っていたことを尋ねた。
「御託はどうでもいいんだよ、それよりてめーは何でイレーネにこだわってる? 今は皇帝を倒すのが目的なんだろ」
「モノには順序ってのがあるだろ。おまけにあのディアマンの価値がわからないなんて……瀬川は本当におめでたいヤツだな」
「ディアマン?」
「魔族と人間のハーフのことをこの世界じゃそう呼ぶんだってよ!!」
ブラッディスキル・鮮血斬撃【覇剣突伸】
血の剣が形を変えて刀身が伸び、俺の肩を貫き激痛が走る。
「くそ! 何だよそのふざけた剣は!?」
仕方ない、これ以上は本当にやられちまう。
「んじゃ、イレーネのこと聞かせてもらおうじゃねぇの? だが、その前にお仕置きだ」
「ククク『口だけは一丁前』って、お前の為の言葉だな瀬川」
俺は龍神の加護を発動させた、俺を包んでいた炎は赤から白に変わっていく。
肩の痛みは引いて、頭の中がスッキリする。
白い炎を見た月島は、警戒して後ろに飛んで距離を置いた。
「何だよそれ? 加護が変わった……それ神炎の加護じゃないじゃん、何の加護だよ――」
ドレイクスキル・龍神斬撃【爪覇一閃】
ブラッディスキル・血創造【鋼血防御壁】
月島の手首から大量の血が溢れ出し、硬化した血の壁が作りだされるが、俺の剣は血の壁を切り裂きそのまま月島を斬りつける。
しかし寸前で月島は血の剣で受け止めると、衝撃が走る。
俺の剣が耐え切れず、剣が砕け散ると同時に俺は月島に蹴りを入れた。
ジイさんに貰ったばかりの剣が、一発で粉々かよ? あのジジイ、マジで安物じゃねぇか!
「ククク、随分と脆い剣使ってんだね、そんなんで『お仕置き』とか、どの口が言ってんの?」
月島はバカにしたように笑う。
蹴りの反動を利用して後ろに飛んで距離をとると、追い打ちをかけるように血の弾丸が飛んでくる。
「冗談じゃねぇ! こんな化け物同士の戦いにこれ以上付き合ってられるか」
今まで黙って見ていた月島の仲間の男は、流れ弾が当たりそうになって逃げ出す。
ドレイクスキル【龍神障壁】
障壁で血の弾丸を全て弾くが、月島の仲間だった男は、何発か血の弾丸を被弾しながら逃げて行った。
「障壁だけでオレの鮮血の散弾が弾かれる……そんなんズルじゃん。だから……何の加護だよ! それ!」
氷結魔法【大氷槍】
「ちっ」
突然現れた巨大な氷の槍が、月島に向かって飛んでいくが月島の血の壁が防ぐ。
「シーブル? 何でここにいんだよ」
「お兄ちゃんこそ何やってんの!? ファイスのおじいちゃんが出来上がった剣を持って来てくれたのに、どこにもいないから魔力を辿って探しに来たの! てか、あれって『鮮血の加護』じゃないの!? もしかしてあいつが血塗れの魔術師!?」
シーブルの姿を見て月島はため息をつく。
「青い髪……あれは氷の魔女か……少し面倒なことになってきたな」




