第四十八話 大金と新しい仲間
食事を終えて泣き疲れた様子のイレーネを休ませて、俺達は部屋を出て食堂に向かった。
食堂で少し遅めの朝食をとっていると、給仕係の男が話しかけて来た。
「あの……お食事中申し訳ありません、ペストレア様。フロントにてビスクイ様がお待ちになっていらっしゃいますが……」
俺達は食事を中断してフロントに向かった。そこには神妙な顔をしたフィリングと、大きな聖杯を抱えた従者が立っていた。
「皆様、おはようございます。約束の品物をお持ちしました、どうぞお受け取り下さい」
フィリングと挨拶を交わすと、従者がキュイールに聖杯を渡して頭を下げる。
「このような貴重なものを譲って頂き本当にありがとうございます、フィリング卿」
キュイールはフィリングに深く頭を下げる。
「いえ、いくらあんなバカな息子でも私にとってレイユは大切な息子です。極刑を免れたのはあなた方のおかげですよ、これくらい安いものです。ところでキュイール卿、ご両親はどちらですか?」
「父と母は朝から教会に出かけています。いつ戻るかわかりませんので、言付けがあれば聞きますが」
「いえ、直接会って謝罪をしたいので、これから教会に向かいます。それから、これは旅の資金の足しにして下さい」
フィリングが合図をすると、従者が袋を取り出しリリアに手渡した。
「こんなに……」
リリアは受け取った袋の重さで金額を予測し、驚きを隠せない様子だった。
「それでは、私どもはこれで失礼させて頂きます」
フィリングと従者は軽く頭を下げて、踵を返して教会に向かった。
「昨日も思ったんだけどよ、気味が悪いくらいしっかりしてるな。どうしたらあんなバカ息子が出来上がるんだ?」
俺にはフィリングとレイユが親子とは、とても思えなかった。
「散々甘やかした結果があれなんでしょ? フィリング卿は保守的だからね。ビスクイ家の名声に傷をつけたくないし、他の貴族から悪く思われるのもイヤなのよ」
「そうですね、そのお金は投資みたいなもんでしょう」
「ああ、息子のケツを拭くいい父親だと、世間からは思われたいってことか。理想的な金づるじゃねぇか、さすが悪魔だな。バレフォールが目をつけただけのことはある……」
キュイールが薄目で俺をジトーと見てくる。
「それよりお姉ちゃん! いくらもらったの?」
シーブルがはしゃいでリリアに尋ねる。リリアは袋の中身をチラッと見ると、顔が少し引きつった。
「すごい……全部、金貨よ。少なく見積もっても五百万リアはあると思うわ」
シーブルとキュイールの動きが止まった。
「それって大金なのか?」
こっちの世界の金銭感覚がイマイチわからない俺は、五百万リアというのがどれだけ大金なのかわからない。
「すごい! あたしたち今日からお金持ちだよ!」
「ユウシさん、これだけあれば家を建てられますよ!?」
キュイールが興奮して説明する。
マジか……その金を持って元の世界に戻ってもいいんだけどな。いや待てよ、それよりレイユの件でもっと大金を引っ張れるかも……。
ふと、そんな考えが俺の頭をよぎるが、やはりそれは無理な話だ。
「やったぁ! 今夜は御馳走だよね!?」
シーブルも嬉しそうに飛び上がった。
「よし、それじゃあ聖杯を持って鍛治職人のお店に行きましょう」
「うーん……あたしはいいや、イレーネのことが心配だから宿に残る。それよりイレーネの服を買って来てあげて、傷とか焼印が隠れるヤツね」
シーブルは笑顔でそう告げると、リリアは優しく微笑んだ。
「わかった、うんっとかわいいの買ってくるわね。シーブルはイレーネのこと頼んだわよ」
シーブルを残し俺達は聖杯を携え、鍛治職人のファイスの店に向かった。
「よう、ジイさん。武器作ってもらいに来たぜ、ミスリルは手に入らなかったけどな」
俺がファイスに言い放つと、キュイールは得意げな顔でファイスの前のテーブルに聖杯を置く。聖杯を手に取りファイスは目を丸くした。
「こいつぁ……ディオーネの聖杯じゃねぇか!? まさかヒヒイロカネを持って来るとはな。でも……本当にこいつを使っちまっていいのかよ? コイツは確か……国の重要文化財に指定されてなかったっけか」
「いいんだよ、もう俺達のモノなんだか――」
「――あれ、もしかしてファイスさん?」
リリアの声を聞いてファイスの顔は明るくなった。
「リリアちゃんじゃねぇか!? 随分久しぶりだな、すっかり大人の女になっちまってよ。てことは……にいちゃん達はリリアちゃんのお仲間だったのか」
キュイールは怪訝な顔をしている。
「なんだ、リリアはこのジイさんと知り合いだったのかよ。有名な鍛治職人って聞いてたのに気付かなかったのか」
「気付かないというより、知らなかったわ。ファイスさんは、私に剣術を教えてくれた先生のお父様なのよ。先生もそんなこと一言も言ってなかったし」
ファイスは一瞬ふて腐れたような顔をして、フンと鼻を鳴らす。
「まぁ有名なのは親父だからな。んなことよりリリアちゃん、昔話はまた今度だ。聖女様御一行となったら、下手な仕事は出来ねぇ。にいちゃん、どんな武器がいいんだ?」
ファイスは急に真面目な顔と言うか、鋭い目つきをした職人の顔になっている。
「刀を作ってくれ」
ファイスは眉根を寄せて首をかしげる。
「刀? それはどんな武器なんだ」
「簡単に言うと片刃の湾曲した武器だな」
俺は昔から刀に憧れていた。刀についてはある程度ネットで調べていたから、大体の作り方ならファイスに説明出来る。実は最初からファイスに刀を作ってもらうつもりだったのだ。
俺は紙と書く物を借りて、刀の絵を描いて知ってる限りで詳しく説明した。
やはり、ファイスは名工と謳われる鍛治職人の息子? なだけあって、理解が早い。
「なるほどな、大体わかったよ、それにしてもにいちゃんはずいぶん詳しいんだな。それに、この『折り返し鍛錬』ってのは初めて知ったぜ。二種類の素材で層を作ったら面白れぇもんが出来そうだな……ところで、このワシも知らん技術を何でにいちゃんが知ってんだ?」
説明が面倒だから、ここはとりあえずごまかしておく。
「ま、まぁ俺の故郷の秘伝みたいなもんだ。せっかくだから技術は今後も有効利用してくれ、折り返し鍛錬は三回目以降強度が向上しないってネットでは……じゃなくてある筋ではそう聞いたんだが、その辺りはジイさんに任せるよ」
「秘伝……何だか申し訳ねぇな。あいわかった、後は任せておけ! 最高の名剣を完成させてやる。一週間くらい時間をくれ、にいちゃんは剣の名前でも考えて待ってな」
「一週間か……むしろ早い方だな。じゃあ任せるよ、期待してるぜ」
リリアとキュイールはファイスに挨拶をして、俺達は店を出ようとするとファイスに呼び止められた。
「おい、にいちゃん! 中古の安物だけど、こいつを持って行きな。さすがに剣士が丸腰じゃ困るだろ?」
ファイスは俺に剣を投げて渡すと、ニヤッと笑い親指を立てた。
「サンキューな、ジイさん。じゃあ遠慮なく借りてくよ」
俺達はファイスの腕に全てを託し、店を後にした。
宿に帰る前に洋品店に寄り、イレーネの着る服を数着リリアが見立てて購入している。
その間、俺は刀の名前を考えていた。
はっきり言って楽しみだな、刀は男のロマンだ。日本に生まれた男子なら、一度は憧れると言っても過言ではないはずだ。
さて、刀の名前か……何にするかな。
「ユウシさん、さっきリリア様と話したのですが。剣が出来るまでの一週間、私とリリア様は一度実家に帰ります。シーブルさんとイレーネさんのこと、お願いしますよ」
荷物を抱えたキュイールが、心配そうな表情で俺に言い聞かせる。
「ああ、そうか。両親を送ってやんなきゃならねぇしな、どうせ一週間やることもねぇし。ゆっくりして来いよ? あの二人は任せとけ」
買い物を終えたリリアが、訝しげに俺に視線を向ける。
「ユウシ……私とキュイールがいない間、イレーネにいかがわしいことしちゃダメよ。シーブルに監視してもらうように言っておくからね」
「んなことしねぇよ! ――多分」
「多分?」
俺の主張に懐疑的なリリアを、キュイールがなだめる。
「リリア様! ユウシさんはそういうことするタイプじゃないですよ――多分」
「多分?」
結局、保険で『多分』をつけるキュイールにどこか親近感を覚えるが、やはりリリアには通用しないようだ。
俺はリリアを納得させる為に『絶対に何もしない』と約束した。
大体リリアには関係ねぇだろうが、何でそんな約束しなきゃいけねぇんだよ。
本当に面倒くせぇな、これだから女ってのは……。
何とかリリアの疑いの目をかわし、買い物を済ませると日が落ち始めていた。ファイスに刀の説明をするのに、少し時間がかかっていたようだ。俺達はイレーネが心配になって、急いで宿に向かった。
相変わらず部屋で怯えているイレーネに、リリアが洋服を見せると少し柔らかい表情を浮かべる。
「よかったねイレーネ! こっちのも似合うよ、着てみようよ」
どちらかというと、シーブルの方がはしゃいでいるように見えるがきっとシーブルの優しさなんだろう。
しばらくシーブルが話し相手になっていたおかげで、少しだけシーブルには心を許しているように感じる。
「あ、あの……こ、このような、高価な衣類を、あり、がとうございます」
イレーネは膝をついて深々と頭を下げようとすると、シーブルが止める。
「いい? お手本を見せてあげる。こういう時はね、こうするの!」
シーブルは思い切りリリアに抱きつくと、リリアは苦笑いを浮かべた。
「イレーネ! こうやって抱きついて喜びを表現する――」
――パン
俺はシーブルの頭を軽く叩いた。
「それはシーブルだから出来るんだよ、イレーネにはまだ無理だ」
俺達のやり取りをイレーネは真剣に眺めている。
「イレーネ、俺達は対等なんだ。膝をつく必要はない、普通に礼を言うだけでいいんだよ。一言『ありがとう』って言ってくれりゃいい。そうだろリリア?」
「そうよ、この服は私達がプレゼントしたいから買ってきたんだしね」
リリアがイレーネに優しく微笑むと、ずっと黙っていたキュイールが突然口を開く。
「ただし、いいですかイレーネさん。あなたは私達の仲間に最後に入ったんですから、一番下と――」
――パン
リリアがキュイールの頭を叩いた。
「またそんなことを言って……いい加減にしなさいよ!」
「いや、いつもの冗談ですよ! 私はこの場をなごやかにしようとしただけです!」
「ぷっ……ふふふ」
イレーネが初めて笑った瞬間だった。
そして翌日の朝、リリアとキュイールが馬車に荷物を積んでいる間に、俺とシーブルはキュイールの両親と挨拶を交わした。
リリア達を見送り、それからファイスの連絡を待つ日々が続いた。
そろそろ一週間が経つという頃、夕暮れ時に客がやって来た。
宿の人間にフロントまで呼び出されると、そこには見覚えある男が立っている。
「ようやく見つけたぜ……にいちゃん。この前は随分世話になったが、俺の『持ち物』を返してもらおうか?」
俺は頭を掻いてため息をついた。
「んじゃ、ここだと迷惑かかるから外で話そうか。どうせ仲間も連れて来てんだろ?」
「随分と余裕みたいだが、そうも言ってらんなくなるぜ? 仲間っていうか、エヴァンズバスクで落ち合う予定だったイレーネの買い手が来てんだよ」
「あっそう」
男の後ろをついて宿から少し歩き、人気のない細い路地の先は少し広くなっている。そこには若い男が待っていた。
若い男は俺を一瞥してから、怪訝な表情を浮かべる。
「ん? 黒いスーツ……もしかしてアンタ日本人かよ」
「何でそんなこと――まさかお前も日本人なのか!?」
暗くてよく見えないが、赤い髪に黒いパーカー、スキニーパンツといったラフな格好をした日本人だった。
「あのクソジジイ……オレの他にも送ってきやがったのか。そんでアンタは何の加護をプレゼントしてもらったんだ?」
赤髪の男は、あからさまに不機嫌な口調で言い放つ。
「ナメた口を叩きやがって、礼儀がなってねぇガキだな。お仕置きされてぇのか?」
赤髪の男は不敵な笑みを浮かべると、ここに連れて来たもう一人男が勝ち誇ったように口を開く。
「にいちゃん、死にたくなかったら謝った方がいいぜ? その人があの『血塗れの魔術師』だ」
「ん、知らねぇ。何それ?」
一瞬空気が凍りついた。




