第四十七話 悪魔の奴隷
リリアの言葉を聞いたイレーネは、頭を両手で触り慌てて脱げたフードを被る。
シーブルは加護を発動させ戦闘態勢をとると、リリアが手で合図をしてシーブルを落ち着かせる。
「シーブル、落ち着いて。大丈夫、魔封じの首輪が付けられてるから、とりあえず危険はないわ」
「でも、悪魔なんでしょ!? やっつけなきゃ!」
俺はシーブルの肩に手を置いて、振り向いたシーブルの目を見て首を横に振った。
リリアは笑顔を作って、少しイレーネに近づいてしゃがんで優しい声で話しかけた。
「私の名前はリリア、よろしくね」
リリアはイレーネに手を出し握手を求めたが、イレーネは震えて俯いたままだ。
イレーネの様子を見てリリアは手を引っ込めた。
「ごめんね、驚かせて。何もしないから、まずは名前を教えてくれる?」
リリアの問いかけに、イレーネはゆっくり頷き答えを告げる。
「……イレーネ」
「イレーネは魔族なのかな?」
「私……魔族と人間のハーフ」
「魔族と人の混血……『ディアマン』なのね」
リリアは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作る。
シーブルとキュイールは怪訝な顔をして聞いている。
「そっか、イレーネはどうしてこの街にいるの?」
イレーネは少し躊躇しながら、恐る恐る口を開いた。
「私を売る為に、エヴァンズバスクって所に連れて行かれる途中……昨日この街に辿り着いた」
「答えにくかったら答えなくていいのよ、生まれた時から……その、奴隷なの?」
リリアは言葉に詰まりながら尋ねるが、イレーネは俯いて震えている。
「半年くらい前、気が付いたらイグリス大森林ってところで倒れてたの。自分の名前と種族以外は全く覚えてなくて、森をさまよってたら知らない人達に捕まって……」
リリアは悲しい表情をしてから、立ち上がった。
「ありがとう、イレーネ。お腹空いてるでしょ? 何か食べるものを持って来るから、大人しくここで待っててくれる? ここは安全だから」
イレーネは不安そうな顔をして頷いた。
リリアは俺達に目で、一緒に来るように合図をして部屋から出て行く。
俺達もリリアに付いて出て行き、食堂までやって来た。
「何だよリリア、イレーネに聞かれちゃまずい話でもあんのか?」
「ユウシさん、あるに決まってるでしょ」
キュイールは呆れたように言い放った。
「あんなに痩せこけて、精神的にもかなり不安定だと思う。身体中に火傷や切り傷もあるだろうし、おまけに魔族のハーフで記憶もないのよ」
リリアは睫毛を伏せて小さな声で言った。シーブルは少し悲しい顔をして黙り込んでいる。
「だったら助けてよかったんじゃねぇの?」
俺はあまり状況がわからず、楽観的に言った。
「チラッと見えたけど、腕に奴隷の焼印もある。あの焼印があると、まともに生きていくことなんか出来ないのよ。記憶喪失だし、誰かが面倒見ないといけない。人間なら、とりあえず教会で面倒見てくれるけど……魔族のハーフだとそれも無理。また奴隷にされるか、殺されるかよ」
「じゃあイレーネは奴隷としか生きていけねぇってのか?」
俺は少し語気を強めて言い放つが、リリアは何も言えず黙っている。それがリリアの答えだった。
重苦しい雰囲気の中、シーブルは沈黙を破った。
「せめて精神的に安定するまで、あたし達と一緒に旅をするのはどう?」
「シーブルさん、それだと根本的な問題が解決出来ませ――」
「――それでも! ここで放り出すよりいいでしょ!?」
キュイールの反論にシーブルが感情的になって怒鳴ると、俺達は食堂にいた宿泊客の注目を浴びた。
シーブルは、自分と近しい境遇にいるイレーネを放っておけないのだろう。
「そうだな、シーブルの意見に賛成だ。俺もここで放り出したくねぇ、そもそも俺の責任だしな」
リリアとキュイールは、ため息を同時に吐いた。
「仕方ないわね……確かにこのまま放っておけないし、とりあえず今は先のことを考えるのはやめましょう」
「ですね、早く食事を持って行ってあげましょうか」
リリアの意見にキュイールも同調して、俺達の意見が一致した。食堂の料理人に食事を用意してもらい、イレーネの部屋に持って行った。
部屋に入ると、イレーネは身体をビクッとさせて相変わらず不安そうな顔をしている。
「お待たせイレーネ、熱いからゆっくり食べてね」
リリアはトレイごとイレーネに食事を渡すと、匂いを嗅いでイレーネは目を見開いた。
パンを掴んでかぶりつき、器を持ってスープを口に流し込む。
「よっぽど腹減ってたんだな……お代わりもらって来てやるから遠慮なく言えよ?」
イレーネは俺の言葉を聞いて、スープの器を置くと目に涙をいっぱい溜めた。
「あ、あったかい、お料理、おぃ……おい、しぃよ。あ、ありが……えぐ、うっうぅ」
イレーネはポロポロ涙を流して声を上げて泣き出した。
俺はイレーネの様子を見ていて、思わず胸が熱くなった。
その涙は、今までイレーネがいかにひどい目に遭わされてきたかを物語っていた。




