第四十六話 仲間っぽい言い方
宿に到着すると、キュイールの両親が出迎えてくれた。
母親のフラリネは涙を流してキュイールを抱きしめる。
父親のガレットは俺達に深々と頭を下げると、それに習ってフラリネも頭を下げた。
もう何回頭を下げられてるかわからない、俺は何だかくすぐったい感じがしていた。
リリアはフラリネにハグをして、嬉しそうにしている。
俺達は夕食を一緒にとることになり、キュイールとリリアは思い出話に花を咲かせているようだった。
夕食を終えてから、俺は一人で街に飲みに行こうと外に出ると、キュイールが追いかけて来て呼び止められた。
「ユウシさん!」
「どうしたんだよ、久しぶりの家族水入らずってヤツだろ? ゆっくりしてろよ」
「いえ、少し訊きたいことがことがあって……」
キュイールは少し息を弾まながら、真剣な表情を見せる。
「本当に……本当にこれでよかったと思いますか?」
「ん? なにがだよ」
「レイユのことです……。もし、あの時、処刑台で両親が殺されていたら……僕はレイユを絶対に許さなかったと思います。極刑を望んだでしょう……。極刑に出来なかったとしても、この加護の力を使って復讐しようとしたでしょう。レイユが起こした事件で大勢の人が亡くなりました。でも僕は、『世界を救う』とか何だかんだ理由を付けて、極刑にするか悩んでいた総主教様を抱き込んで……レイユの立場も利用して、自分たちの利益を優先させました。そんなことが出来たのは、自分が大切な人を失っていないからです……」
キュイールは下を向いて握り拳を作っている。
「後悔してるってのか?」
「わかりません……ただ、結局僕は自分さえよければいい、自分のことしか考えてないんじゃないか? って思ってしまって……」
「んだよ、そんなことかよ」
「そんなことって……」
「モンスターを町に引き入れたのも、そのせいで死んじまった人間がいるのも、全部レイユの責任だろ? レイユが極刑にならなかったのは、あいつは大貴族で俺たちが必要としている物を持っていたからだ。お前には関係ねぇし、俺もお前もリリアもシーブルも責任感じる必要なんかねぇんだよ。そんな風に考えてたらキリがねぇぞ? それに自分のことを一番に考えるのは悪いことじゃねぇだろ、人間なんてそんなもんだろ」
キュイールはやはり真面目だ、少し哲学的な面もあるようだ。考えすぎるとろくな結果にならないのが世の常である。哲学者が自殺するのはよくある話だ。
「…………」
「言っとくけど、俺ももし自分の大切な人間が殺されてたら、絶対に許さないぜ。むしろ裁判で死刑になってたら、納得出来ねぇな……むしろ死刑にならなくて感謝するよ。だって自分の手で復讐出来るチャンスだからな。だからこれでよかったんだよ」
「何か物騒な意見ですけど、ユウシさんらしいですね……ても、確かにそういう考え方もありますね」
「だろ? んじゃ話が終わったんなら俺はいくぜ」
「いえ、まだちょっと待ってください……あの、まだきちんとお礼を言ってませんでしたよね。本当だったら私は……いえ、私達は昨日中央広場でレイユに処刑されてました。あなたはペストレア家の恩人です」
俺はため息をついた。
「もうそういうのはいらねぇよ、この件は俺もシーブルも自分で決めて行動した結果だ。恩を売るつもりもねぇし、見返りも求めてねぇんだ――」
「――それでも! 言わせて下さい!」
キュイールの力強い言葉と真剣な眼差しに俺は何も言えなくなった。
「あ、ありがとう……ユウシ」
キュイールは少しはにかんでそう告げた。
「……ああ」
俺は目を伏せて軽く頷いて一言だけ返事をすると、キュイールが頭を下げた。
「なぁんて……今のは少し仲間っぽく言ってみましたが、やっぱり柄じゃないですね……それじゃ私は戻ります、あまり飲み過ぎないようにして下さいよ! 明日は聖杯を受け取ったら、鍛治職人の所に行くんですから」
キュイールは照れ臭そうに笑ってごまかし、踵を返し走って宿に戻って行った。
仲間ねぇ……何だか調子狂うな。
俺はポケットに手を突っ込んで、酒場に向かって歩いていると思わず頬が緩んでいた。
酒場で酒を飲んだ帰り、少しいい気分で歩いていると細い路地から誰かが走って来てぶつかった。相手はぶつかった衝撃で思い切り転んだが、俺の方は体勢を崩すこともなかった。
「おい、大丈夫か。気をつけろよ」
俺は少しムッとして注意する。手を差し伸べると相手は顔を上げて、こちらを不安そうな表情で覗き込むように見ている。
ぶつかってきたのは、長い黒髪の女性だった。
黒髪の女性は慌てた様子で来た道を振り返り、フードを被り俺の手を取らず立ち上がり逃げ出そうとした。
どうやら追われているみたいだ。
「おい! 逃げられると思ってんのか!? イレーネ」
路地からガタイのいい男が現れ、イレーネを怒鳴りつける。
男の声を聞いたイレーネは、俺の後ろに隠れて怯えて震えている。
「にいちゃん、それをこっちに渡してくれよ? 痛い目に遭いたくねぇだろう」
俺はため息を吐いた。
面倒だな、こういうのはあんまり関わりたくねぇんだけどな……見て見ぬフリってのも性に合わねぇ。
「こいつ震えてんじゃねぇか。この女が何したか知らねぇけど、もう少し別のやり方があんじゃねぇの?」
男は腕を組んで、高笑いをした。
「女だぁ? 何か勘違いしてんじゃねぇのか。そいつは男だの女だのの前に奴隷なんだよ、つまり『物』なんだ。俺が俺の所有物をどう扱おうが、お前には関係ねぇだろ!」
俺は男の言い分を聞いて胸糞悪くなった。
「ふーん、そうか。じゃあ特別に俺の座右の銘を教えてやろう『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』だ。だからこの女は俺のもんだな」
「なんだぁ、ふざけんなよ!? 随分威勢のいいにいちゃんだ。それならお望み通り、痛い目に遭わせてやるよ!」
男が怒声を上げて襲いかかってきた。
俺は男の拳を躱し、顔面を殴りつけて回し蹴りを食らわすと男はあっけなく気を失った。
その光景をイレーネは震えながら見ている。
「もう大丈夫だ、早いとこ逃げちまえよ」
俺の言葉を聞いたイレーネは、安堵してそのまま気を失った。
「お前もかよ……俺が悪者だったらどうすんだ。いやそこそこ悪者だったっけ」
イレーネをその場で放置する訳もいかないので、仕方なく宿までおぶって連れて帰る。
部屋に戻りイレーネをベッドに寝かせて、俺はソファで寝ることにした。
翌日、俺は身体を激しく揺すられて目を覚ました。
「お兄ちゃん……おはよう」
目を開くとシーブルが怖い顔をして、俺の襟を掴んでいる。
「これはどういうことか、説明してもらいましょうか? お兄ちゃん」
「あんまり揺するなよ、これって何のことだ?」
周りを見ると、リリアとキュイールも俺を軽蔑の眼差しで見ている。
「女の人を連れ込んで何してたのよ! お兄ちゃん、きちんと説明してよね!」
シーブルは大きな声で怒鳴り、ベッドで眠っているイレーネに指を指した。
「あ、いや……違うんだ、これは誤解だ。君達は誤解しているんだ」
「ふーん、私達がどんな誤解をしているのかしら? 泣く子も黙るユーリンチーのユウシさん」
久々に聞いたユーリンチーのくだりにツッコミを入れたいとこだが、あいにくそんな空気ではない。
リリアは俺を蔑むような目で冷たい声を放ち、キュイールは何も言わずため息を吐いた。
とりあえず、俺は昨日の出来事を話した。
「――という訳で、仕方ないからここに連れて来たんだよ」
「それが本当ならいいけどね……」
シーブルは今だに訝し気な顔をしている。
「いやいや、ちょっと待ってください! よくないですよ? 聖都ラビナスでは奴隷制を禁止しています。その男はこの街の人間じゃないでしょう、見過ごす訳には……」
キュイールが難しい顔をしていると、イレーネが目を覚まして起き上がった。
すると、周りをキョロキョロと見回して俺達を目の端で捉えると、怯えた表情で後ずさりをする。
明るい所で改めて見ると、随分と端正な顔立ちをしているがやつれている。
「覚えてるか? 昨日あの後お前は気を失っちまったから、ここに連れて来たんだ――ってその頭」
俺がイレーネの違和感に気付くと、リリアはイレーネを見て驚愕している。
「あなた、その頭のツノ……もしかして魔族なの?」




