第四十五話 世界を救うため
全員が大聖堂に移動して待っていると、やがて拘束されたレイユが連れて来られる。
レイユはまるで廃人のような、生気のない表情で総主教の前にひざまずく。
「レイユ・ビスクイ、お前は悪魔と共謀してモンスターを招き入れ、この街を危険に晒しその罪を全てをキュイール・ペストレアに擦りつけようとした」
レイユはうなだれて何も弁明しなかった。
「よって、レイユ・ビスクイを有罪に――」
「総主教様! お待ち下さい!」
大聖堂に高級そうな衣服を着用した、身なりのいい男が現れ、大声で総主教を呼び止めた。
その男はレイユの横に並び土下座をする。
「なぁ、あれ誰だよ?」
俺はリリアに小声で尋ねた。
「ビスクイ家当主のフィリング卿よ、つまりレイユの父親」
「あーなるほど……」
総主教はフィリングを一瞥して咳払いをした。
「フィリング卿……これは決闘裁判における正当な判決です。いくらビスクイ家でも覆せませんよ」
「お願い致します! この愚かな息子には、もう二度とこのようなことはさせません。どうか……極刑だけは!」
総主教は目を瞑り少し考えている。
「フィリング卿、レイユは重罪です。この街の住民がどれだけ犠牲になったことか……キュイールだけでなく、キュイールの両親をも処刑しようともしたんです。極刑は免れません――」
「――お待ち下さい! 総主教様」
キュイールが声を上げて一歩前に出た。
「恐れながら申し上げます。レイユ・ビスクイの量刑を私に委ねていただけませんか?」
総主教はキュイールの話を聞き、また考えている。フィリングはキュイールに身体を向けて、再び土下座をする。
「個人的な争いならば、量刑は決闘裁判の勝者に委ねられることもある。しかし今回、レイユは法を犯している」
厳しい表情で答えるが、キュイールは食い下がる。
「この度は私達の活躍により、この街の被害も最小限に抑えることが出来ました。その功績を考慮して、ご検討頂けないでしょうか?」
総主教は顎に手を当ててしばらく考えている。
「……特例だがいいだろう、キュイール達の功績を考慮してそなたに量刑を委任する。
許可が下りてキュイールはフィリングに視線を向けた。
「フィリング卿、ひとつ条件を飲んで頂けるならレイユの極刑を取り下げましょう」
「キュイール卿、何でも言って下さい。今回のレイユの件は、本当に申し訳なく思って――」
「――ビスクイ家の所有しているディオーネの聖杯を譲って頂きたい」
フィリングは顔を上げてキュイールの目を見て、怪訝な顔をする。
「あれは、我がビスクイ家の家宝です。確かに高価な代物ですが……金銭ではなく、何故そのようなものを……」
キュイールは得意げな顔をして答えた。
「世界を救うために必要なんです」
「世界を救う? ……いえ、余計な詮索でしたね」
フィリングはチラチラと周りの様子を伺って、すぐに決断を下した。
「承知いたしました、すぐに持って来させます。ディオーネの聖杯もただ飾られているだけより、聖女様のお役に立てるなら幸せでしょう」
フィリングと取り引きをし、キュイールは総主教に改めて決めた刑を伝える。
「では、レイユ・ビスクイには身分刑を言い渡す。アレクバウト王には私が伝えておく、やがて正式に爵位の剥奪を伝える文書が送られてくるだろう」
フィリングはキュイールと総主教に深く感謝をした。
俺達は一旦宿に戻ることにして教会を出ると、フィリングが駆け寄ってくる。
「キュイール卿、この度は寛大なご配慮に言葉もありません。聖杯は早急に持って来させますので、もうしばらくお待ちを。それから、旅の資金も当家に支援させて下さい」
キュイールは深く頭を下げる。
「リリア様、ユウシ殿、シーブル殿もご迷惑をおかけしました」
「フィリング卿、資金援助の件謹んでお受け致します。ありがとうございます」
リリアも深く頭を下げると、それに習ってシーブルも頭を下げた。
仕方ないので俺も頭を下げることにした。
教会に戻って行ったフィリングを見送り、俺達はヤハル通りを歩いて宿に向かった。
「なぁ、キュイール。やけにあっさり、何とかの聖杯ってのをくれる約束してくたな。かなり高価な物なんじゃねぇの?」
リリアは首を横に振る。
「確かにかなり高価で希少な代物。いくら家宝って言っても、ビスクイ家にとっては安い物よ。それだけの財力があるの――って!」
リリアが何かを思い出したように手を叩いた。
「そういえば『ディオーネの聖杯』ってもしかして――」
「――そうです。聖杯はヒヒイロカネで出来ているんですよ」
俺はキュイールの話を聞いてすぐに理解した。
「キュイール、お前もしかして最初から狙ってたのかよ?」
俺はニヤっと笑ってキュイールに尋ねると、キュイールもはコクリと頷いた。
「実は決闘裁判を持ちかけられた時に、少し考えました。これはヒヒイロカネを手に入るチャンスかもって……だから昨夜、総主教様に協力をお願いしたんです」
「え、それじゃさっきの裁判って……」
俺はキュイールの発言に驚きを隠せなかった。キュイールはそんな俺達を見て、ニヤリと笑った。
「あれはお芝居ですよ、フィリング卿を呼び出したのも計算のうちです。彼は世間体を一番に考える人物です。自分の実の子が極刑になるなんて、絶対に避けたいはずです。総主教様は元々レイユを極刑にするのを、お悩みになっていました。三大貴族ビスクイ家の人間を極刑にしたら、さすがに他の貴族の反発もありますしね。しかし三大貴族だからといって刑罰を軽くするのも、法の番人として示しがつきません」
「そうか、お互いレイユを極刑にするのを避けたいなら、取引の余地がある」
「そういうことです、フィリング卿が家宝を手放してまで、息子を助けたという話は、領民にも他の貴族にもいい印象を与えます」
「でも、そんな面倒なことしなくてもよかったんじゃない? レイユの刑罰を『聖杯を没収する』みたいな刑にすればよかったんじゃないの?」
リリアは不思議そうな表情で、頬に人差し指を当てて考えている。
「その聖杯の所有権のこともあるが……まぁ、それでも聖杯を手に入れる目的は果たせるだろうし、結果的に問題はねぇと思うぜ。ただ、俺達にとっては……ってことじゃねぇの?」
「ユウシさんの言う通りです。それだと司法としては問題があります。総主教様にも世間体はありますからね。ラビナスの法の番人としては失格です。だから、公的な場で私に量刑を委任する必要があったんです、フィリング卿の目の前でね。まぁ端的に言うと、ただの責任逃れなんですけど」
「じゃあキュイールは、総主教のおじいちゃんに責任逃れさせてあげたのね!」
シーブルはニコニコしながら、人聞きの悪いことを言う。
「大きな声で言わないでくださいよ! もちろん、そんな言い方はしてません。総主教様には、この世界を救う『聖女に貢献するため』という形で、ご協力をお願いしました。予想通り快く引き受けてくれました、ガレニア教会は聖女に協力を惜しみません。それは総主教様も、例外ではありませんからね。これはれっきとした大義名分ですし、総主教様の希望でもある訳です」
「なるほどな」
「あとは、皆さんの見てた通りです。それから、私があえてあの場で『世界を救うために必要なんです』と言ったのにも、意味があったんですよ」
「そうなの? 確かに言われてみれば、何だか不自然な言い回しだったような……」
「だって、私達は大真面目に世界を救うと公言していて、ガレニア教会はそれを主導しているんですよ。聖女の従者にそんなこと言われたら、反論しにくいです。それに、本来レイユを極刑にすべきという大前提を、うやむやにすることも出来ました。本来なら、もっと反論があったと思いますよ? でも『世界を救うため』だから仕方ない……と、あの場にいた全員に、そんな風に思ってもらうのが目的でした。フィリング卿は始め、何で『ディオーネの聖杯』を? と疑問に思っていたみたいでしたが、周りの空気を感じ取って、すぐにその疑問を引っ込めました。早いところ刑を確定させた方がいいと判断したんでしょう。議論を長引かせて、異を唱える者が現れたら、厄介ですからね。やはり彼は頭の回る人物です」
リリアはキュイールを見てため息をつく。
「キュイールは自分が死ぬかもって時に、そこまで考えてたの? ビスクイ家に恩を売るなんて意外と策士なのねぇ。いえ……昔から賢いと思ってたけど……でも本当に心配したんだから」
「そうよ、お姉ちゃんの言う通りだわ! この馬鹿キュイール」
「でも、本当にレイユを許しちまってよかったのかよ? 街の住民も犠牲になったんだぜ、あの場にいた人間はともかく、極刑にしないと納得いかない連中が、街にはたくさんいるだろ」
突然リリアが納得したように手を叩いて、何度か小さく頷いた。
「そっか、だから身分刑なのね」
俺の疑問にリリアが眉根を寄せて答える。
「レイユにとって、爵位の剥奪は極刑よりもキツいかも知れないわよ。だって貴族じゃなくなったら、レイユはうかうか表を歩くことも出来ない。下手したら攫われて、どっかの誰かに死ぬより辛い目に遭わされるかも……それこそ今回の被害者の家族にね。これからはどこか辺境の地で、一生隠れて暮らすしかないわね」
「それもそうだな、あの性格じゃあいつを恨んでないヤツを探す方が大変そうだ」
キュイールは少し俯き、苦笑いをして口を開いた。
「レイユを極刑にするよりも、ヒヒイロカネを手に入ることの方が大切だと思っただけです。今は戦力を固めるのが先決ですから……それに本当にレイユが死んだら、私も寝覚めが悪いですし」
するとシーブルがキュイールの背中に飛び乗って、キュイールの頭を両手で掴んで揺すった。
「えらい! キュイールえらい! 大人だよ。そんなキュイールには頭フリフリの刑だ」
「ちょっと、当たり前でしょう! シーブルさんよりずっと年上なんですよ? 頭を振らないで下さい!」
キュイールは、今まで見たこともないような笑顔を見せていた。




