第四十二話 負けられない
決闘裁判は翌日行われることになり、リリアとキュイールの身柄は教会で預かることになった。中央広場の処刑台は片付けられ、俺は一旦宿に戻ることにした。
「お兄ちゃん! キュイールは大丈夫だったの? お姉ちゃんは?」
「何だここにいたのか、シーブルの方こそ大丈夫……みたいだな。リリアもキュイールも無事だ。そんでキュイールの両親はどうした?」
「んー元気ないけど、お部屋にいるよ。それよりお姉ちゃん達は一緒じゃないの?」
シーブルはあっけらかんと答えた。
「マジか……ここに連れて来たのかよ」
俺は呆れ気味に言うと、シーブルはほっぺたを膨らませた。
「だってどこ連れて行けばいいかわかんなかったんだもん」
「いやまぁ、そうだけどよ……んじゃキュイールの両親にも説明するから、一緒に部屋に行くぞ」
部屋に行くとキュイールの両親がうなだれてベッドに座っている。
「あー初めまして、俺は瀬川勇史ってもんだけど……っておい、大丈夫かよ?」
俺が声をかけると、キュイールの父親が立ち上がり深く頭を下げる。
「ありがとうございます。私達を助けて下さって。私はガレット・ペストレアと申します。こっちは妻のフラリネ。それよりあの子は、キュイールはどうなったんですか!?」
当たり前だが、シーブルも知りたかがっていただけに聞き耳をたてる。
俺はシーブルが二人を連れて行った後のことを説明した。
「決闘裁判ですか……リリアちゃん、大丈夫でしょうか?」
俺はバレフォールの強さを知ってるだけに、リリアが勝てると言い切れない。
「相手のフォールと名乗るレイユの執事は、実は悪魔の公爵なんだよ。だからリリアが勝つのは難しいかもな」
「悪魔!? そ、そんな……ビスクイ家は悪魔と結託していると言うことですか!」
「あー、まだ詳しいことはわからないけどな。俺達がそれを主張しても、相手は大貴族だから認めさせるのは難しいってリリアが……」
それを聞いたガレットとフラリネは顔を伏せる、それを見て俺は頭を掻いた。
「まぁ大丈夫だ、安心してくれ。いざとなったら俺が何とかするさ。キュイールとリリアは絶対死なせねぇよ」
「そうよ! お兄ちゃんはこの前も悪魔の公爵をやっつけたんだから!」
シーブルが笑顔で二人を明るく元気づける。
するとフラリネが目に涙を溜めて、土下座をした。
「どうか……あの子をお願いします。あの子は特別なんです」
俺はフラリネの肩を掴んで引っ張り上げ、ベッドに座らせた。
土下座は好きじゃない、散々されてきたし見てきたからだ。
「土下座なんかすんな、あんたらが助けるなって言っても助けるからよ。とりあえず今日は、メシでも食って落ち着いてくれ」
すると、ガレットが俺の手を握ってまた頭を下げた。
「うちの息子はいい仲間を持った……ありがとう。ユウシさん、シーブルさん」
仲間か……何だか調子狂うな。今まで恨まれることはあっても、感謝されるなんてあんま経験ねぇからな……変な気分だ。
翌日、キュイールの両親はやはりあまり眠れなかったようで、少しやつれていた。
まぁ当たり前の反応だが、今日の決闘裁判で全て決着がつく。俺達は教会に向かった。
教会に到着すると司教に演習場へ案内される。そこで決闘が行われるらしい。
演習場には既に大勢の人達が集まっていた。
陪審員と言うより観客のようだ。
「結構な人がいるんだなら殺し合いが娯楽か……まぁ、そんなもんなのかもな。なぁシーブル、やっぱちょっと行ってくるわ」
「お姉ちゃんのとこでしょ!? じゃあアタシも行く!」
「いや、シーブルはここで待っててくれ。すぐ戻る」
シーブルの答えも待たずに、俺は演習場の裏手に回ってリリアに会いにいった。
わりとシンプルな造りの建物だったので、迷うことなく目的の場所まで辿り着けた。
近くにいる教会の関係者らしき男に、リリアの居場所を尋ねることにした。
「なぁ、悪いんだけどリリア……いや、聖女はどこに――」
「――ユウシ?」
聞き覚えのある声で、俺の名前を呼ばれて振り返ると、タイミングよくリリアが通りかかった。
「よぉ、特に話があるってわけじゃねぇんだけどよ……あー、えーと……」
「もしかして……心配してくれてるの?」
リリアは手を後ろに組んで、悪戯っぽく聞いてくる。自分でも何でわざわざリリアに会いにきたのか、よくわからなかった。伝えたいことがあるわけでもなく、ただ……会いにきてしまった。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
リリアは突然、俺に向けて手を伸ばし拳を突き出した。
「んっ」
リリアは目配せをして、俺に拳を合わせるように促す。リリアの拳に自分の拳を当てようと、手を伸ばす。するとリリアは『コツン』と拳を当ててきた。
「ありがと……」
「お、おう」
リリアは笑顔を見せてから、振り返り歩き出した。
「勝ってくる」
自信満々でそう告げるリリアの後ろ姿に、少し見惚れてしまった。あんなに泣いて、戦うのは好きじゃないと言っていたのは、きっとリリアの本音で、そんなすぐに変わるもんじゃない。
「覚悟ってヤツか」
強いな……と一瞬そう思ったがそうじゃない。リリアは強くあろうとしているんだと感じた。
「さて……戻るか」
何かあったらすぐに対処出来るよう、俺は急いでシーブルのところへ戻った。
「おかえり、お姉ちゃんに会えた?」
「ああ」
「……どうしたの?」
「いや、何でもねぇよ。それよりまだ始まってなかったのか」
「うん、でもちょうど始まるみたいよ」
シーブルの言葉通り、当事者の四人が演習場に現れる。
一応俺達は当事者なんだが、何故か関係者程度の扱いらしい。
「総主教のラフェルです。ただいまより、キュイール・ペストレアとレイユ・ビスクイの決闘裁判を執り行う。両者共に代理人を立てているので、代理人の二名は前に」
リリアとバレフォールが一歩前に出る。
覚悟を決めた真剣な表情をしたリリアとは対照的に、バレフォールは余裕の笑みを浮かべている。
「勝負はどちらかが負けを宣言するか、又は死亡するまで。勝者は無罪、敗者は有罪とする。両者の希望により自分の武器を使用することを許可します、よろしいかな?」
リリアとバレフォールは無言で頷くと、キュイールとレイユもそれに習う。
少しの間沈黙があり、リリアとバレフォールは剣を抜き構える。
すると総主教が大声で開始を告げた。
「それでは始め!」
勇気の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
リリアの身体が光に覆われると、驚きの歓声が湧いた。恐らく初めて加護の力を見たのだろう。
バレフォールはリリアに斬りかかる。リリアが剣で受け止めると『ギィン』と鋭い金属音が鳴り響いた。
「よく考えたら、悪くない展開かも知れませんね。こうして堂々と聖女を始末出来るとなれば、アスタロス様もお喜びになるでしょう」
「気が合うわね、確かに悪くない展開だわ。お前をここで倒せるなら、こっちも都合がいい」
リリアはニヤリと笑い、力づくで剣を押し返す。再び激しい攻防戦が繰り広げられた。
「お姉ちゃん大丈夫かなぁ?」
シーブルは心配そうな表情を浮かべて決闘を見ている。
「バレフォールは正体を隠しておきたいようだから、スキルはここで使わないだろ。例え使っても能力的にリリアが有利みたいだしな。純粋に剣で勝負するしかない……だけどあいつはリリアをナメてかかってる。付け入る隙があるとしたらそこかな」
俺は腕を組んで後ろの壁に寄りかかり、シーブルは浅いため息を一つした。
「あたしワガママなの。いざとなったら乱入するから、お兄ちゃん止めないでよね」
「本当にヤバそうなら止めねぇよ、みすみすリリアとキュイールを死なせる訳にはいかねぇからな。そん時は俺も乱入する」
俺がシーブルの目を見ると、視線がぶつかる。俺とシーブルはニヤリと笑った。
やがてリリアに疲れが見え始めると、リリアを心配してシーブルは両手を握っている。
肩で息をするリリアに、バレフォールの剣撃が襲いかかる。
「負けを宣言される前に死んでもらいましょうか」
リリアはバレフォールの剣を抑えきれずに、後ろに吹き飛んだ。倒れたリリアに向けてバレフォールは剣を振りかぶる。
ブレイブスキル【聖障壁】
「学習してないようですね。私の純粋な剣撃はただの障壁では完全に防げませんよ?」
俺とシーブルは飛び出そうとした。しかしリリアがうっすらと笑っているのを見て、俺達は踏み止まった。
障壁を貫いたバレフォールの剣を、リリアは剣で受け止めさらに威力を殺した。剣を滑らせて左手でバレフォールの剣の刀身を掴んだ。
「――――」
リリアはバレフォールを斬りつけるが、切り口は浅かった。
「ちっ、浅いわね」
リリアは瞬時に身体を回転させて、刀身を掴んだままバレフォールに回し蹴りを直撃させ剣を離す。
刀身を掴んでいたリリアの左手は、刃で手のひらが抉れて血が滴り落ちる。
テクニカルスキル【超加速】
蹴り飛ばされたバレフォールに一瞬で追いつき、推進力に自身の力を乗せた一撃を繰り出す。まるで捨て身のようなスキルだ。
ブレイブスキル・聖斬撃【桜花一閃】
リリアの剣がバレフォールの身体を深く斬りつけると、桜の花びらのように血しぶきが舞った。
「ぐっ……見事です。左手を捨てたんですか」
「他の誰でもない私が決めたの……戦うって――だからもう負けられないのよ!」




